愛か友情か

私は大学生である。中学の頃に両親を亡くした。幸い財産があったので生活に
は不自由せず、信頼していた叔父に財産の管理を任せて東京の大学へ行った。し
かし、叔父は財産を横領していた。私は、信頼していた人に裏切られ、それ以来、
深い人間不信に陥り、性格も暗くなった。そして、自分だけは人を裏切らない確
かな人間になろうと決意した。
故郷の家を処分し、東京で下宿した。下宿は未亡人の奥さんとお嬢さんの2人
暮らしで、温かい二人のおかげで、私の心は次第にやわらいでいった。やがて、
私は下宿のお嬢さんにひそかに恋心を抱くようになった。
私には幼なじみで同じ大学に通うKという親友がいた。Kの性格は私に輪をか
けて暗く、女には全く関心がなく、一度思い込むと最後までやり抜く強い意志を
持っていた。進路の問題で親とトラブルを起こし、勘当されていた。経済的に非
常に苦しく、精神的にも極度の神経衰弱に陥り、かなりアブナイ状態だった。
私はKのためなら何でもやってやりたいし、Kだけは絶対に裏切るまいと心に
誓い、自分の下宿に引き取り、奥さんとお嬢さんにもKの面倒を見るように頼ん
だ。Kの状態は日に日によくなった。
ところが、最近、お嬢さんの態度が妙にKにだけ親切にしているように思えて
嫉妬心を抱くようになっていた。そしてある日、女には全く関心がないはずのK
が、お嬢さんを好きになってしまったがどうしたらいいだろうかと、親友の私に
相談してきた。その時、私は思いがけないKの告白に圧倒され、何も言えず話を
聞いていた。そしてKと別れて、自分もすぐにお嬢さんが好きだと告白すべきだ
ったと後悔し、この後どうするべきか悩んだ。
恋愛を取れば、Kとの友情を裏切ることになり、Kにショックを与え、何をし
でかすかわからない。かといって、友情を取れば、お嬢さんへの恋愛を諦めるこ
とになる。私は、どうすればいいのだろう……。

さて、あなたが私ならどうしますか。必ずどちらかを選び、その理由を書いて下さい。

 ア.Kとの友情を捨てて、お嬢さんとの恋愛を選ぶ
 イ.お嬢さんとの恋愛を諦めて、Kとの友情を選ぶ。




































ロール・プレイ  こころ


K (ただ漠然と)「どう思う」

私 「どう思うって」

K 「恋の淵に陥っている僕を君はどう眺めているのか」

私 「この際、なんで私の批評が必要なのか」

K (しょんぼりした口調で)「自分の弱い人間であるのが実際恥ずかしい。迷っている から自分で自分が分からなくなってしまったので、公平な批評を求めるよりほかしかたがない」

私 (すかさず)「迷うとはどういう意味か」

K 「進んでいいのか、退いていいのか、それに迷うのだ」

私 (すぐに)「退(ひ)こうと思えば退けるのか」

K (不意に行き詰まり)「苦しい」

私 (厳粛な改まった態度で)「精神的に向上心のない者はばかだ」(少し間をおいても  う一度)「精神的に向上心のない者はばかだ」

K (力の乏しい声で)「ばかだ。ぼくはばかだ」

私 (Kの口を出る次の言葉を腹の中で暗に待ち受ける)

K (悲痛な感じで)「もうその話はやめよう」(頼むように)「やめてくれ」

私 (狼がすきをみて羊ののど笛に食らいつくように)「やめてくれって、ぼくが言い出したことじゃない、もともと君のほうから持ち出した話じゃないか。しかし君がやめたければ、やめてもいいが、ただ口の先でやめたってしかたがあるまい。君の心でそれをやめるだけの覚悟がなければ。いったい君は君の平生の主張をどうするつもりなのか」

K (突然、独り言のように、夢の中の言葉のように)「覚悟?覚悟、──覚悟ならない  こともない」


K 「もう寝たのか」

私 「何か用か」

K (普段よりかえって落ち着いた声で)「たいした用でもない。ただもう寝たのか、ま だ起きているのかと思って、便所に行ったついでに聞いてみただけだ」


私 「昨日の夜、襖を開けて、私の名を呼んだか」

K 「確かに、襖を開けて、名前を呼んだ」

私 「なぜ、そんなことをしたのか」

K (それには答えず、調子の抜けた頃に)「近ごろは、熟睡できるのか」

私 (念を押すように)「あの事件について何か話すつもりではなかったのか」

K (強い調子で)「そうではない。昨日上野公園で、その話はもうやめようと言ったで はないか」