孤独の必然性 08
        


 人間がこの世に生きることは、他者とのかかわることである。自己は他己の前で、他己とともに生きる時初めて自己になることが、元来の意味である。これを理解するために、さみしさや孤独を分析すること、〈連帯〉への志向の中にある〈孤独〉について考える。
《なぜさみしいか》
 我々は、大勢の中にいる時の方が孤独を感じる。なぜなら、人間は感受性と想像力を持っているからである。それは人間の固有の特質であると共に、時代の進展とともに強くなる。
《孤独・孤立・個別性》
 〈孤立〉は仲間がなくひとりぼっちのことである。〈孤独〉は〈個別性〉、他の人間とはまったく異なった何か、個性、他人と代わることができないことである。しかし、普段は、独自性を隠し、類似性や共通性を目立たせようと、仲良くしている。
 人間は本来孤独なものであるという原点として生きることが大切である。孤独を固有の欠点と考えて失望するのでなく、共通の特質、一種の運命として受け入れるのである。
《〈神〉の死》
 今日孤独を感じるのは、〈絶対〉がない、絶対的なものとして〈神〉が死んだことによる。どれか一つしかないものは少なく、いくつかの選択の幅があり、いずれを選択しても大差がない、無数の相対性の中に置き去りにされている。その中から自己にとっての絶対を模索しなければならない。
 この場合、二つの態度が出てくる。一つは、ついていけないと敗北者意識を持つことである。自己にとっての絶対を選択するには、新しい基準を作り、選択の必然性を見つけなければならない。もう一つは、人間は孤独であるという、有りのままの姿に開き直ることである。


【指】指示。【説】説明。【注】注釈。【交】交流。【確】確認。【W】グループワークや心理テストなど。
【L1】抜き出す。【L2】縮めたり組み合わせたり言い換えたりする。【L3】解釈や想像。【L4】体験や知識。


導入

1.【指】学習プリントを配布し、宿題にする。
2.【L1】読み方を確認する。
 00 人倫 既成概念 厄介 代物 01 一際 駄目 明晰 02 寂寞 勘違い 03
 心中 際立つ 帰結 05 模索 煩わされる 既に 06 変遷 利く 落伍者 強靱
 居直る 07 挫折 仮初め
3.【説】語句の意味を確認する。
 人倫=人と人との間柄・秩序関係。人として守るべき道。
 既成事実=広く社会で認められ、通用しているおおまかな意味内容。
 志向=スル意識が一定の対象に向かうこと。考えや気持ちがある方向を目指すこと
 一際=他と比べて特に目立っているさま。一段と。
 明晰=明らかではっきりしていること。
 あげくの果て=最後の最後には。
 エートス=性格や習性など、個人の持続的な特質。
 寂寞=ひっそりしていてさびしいこと。
 帰結=最終的にある結論・結果に落ち着くこと。
 言われのない=正当な理由・根拠がないさま。
 絶対=他に比較するものや対立するものがないこと。他の何ものにも制約・制限されないこと。
 相対=他との関係において成り立つさま。 
 気転が利く=その場に応じた、機敏な心の働かせ方ができる。 
 さじを投げる=前途の見込みがないとして物事を断念する。
 コンプレックス=劣等感。
 強靱=強くしなやかで粘りのある
 挫折=仕事や計画などが、中途で失敗しだめになること。また、そのために意欲・気力をなくすこと。
 仮初め=一時的なこと。

4.【指】小段落に番号を付ける。

第一段落

1.【指】1をペアリーディングさせる。
2.【L4】「人間がこの世に生きるとは、他者とのかかわりにおいて生きることである」について、具体例を挙げさせる。
 ・家族、友だちなど。
 ・人間は社会的な生き物である。
3.「他者とのかかわり」について
 1)【L1】よく言われる言い換えは。
  ・間柄、人倫性
 2)【L2】この言葉が、既成概念の持つイメージの強さと重さから、一人歩きしてしまったイメージとは。
  ・道徳的なイメージ。
  ・プラスのイメージ。
  【注】人倫=人と人との間柄・秩序関係。人として守るべき道。
 3)【L1】「他者とのかかわり」が失った当初持っていた感じは。
  ・現実の生との生き生きした関係。
 4)【L1】難しく言い換えると。
  ・自己は他己の前で、他己とともに生き生きと生きる時はじめて自己になる。
 5)【L3】その意味は。
  ・他者と関わることによって自己という存在が明確になる。
  ・他人と比較することによって自分を理解する。
4.孤独について
 1)【L1】「他者とのかかわり」の当初持っていた「現実の生との生き生きした関係」を考えるのに必要な観点は。
  ・やり場のないさみしさ
  ・孤独感
 2)【L1】言い換えると。
  ・〈連帯〉への志向の中にもある〈孤独〉
 3)【L2】それが厄介なものである理由は。
  ・「孤独感」と「連帯」「他者とのかかわり」は、反対のものだから。
  【説】物事は、表から考えて答えの出ない場合は、裏から考える。

第二段落(なぜさみしいか)

1.孤独について考える。
 1)【指】1)どんな時に孤独を感じるか、2)それをどのように紛らしているか、3)孤独とは何かを、ノートに書かせる。
 2)【交】4人組になって、書いたものを発表させる。
 3)【指】いくつかの組に発表させる。
2.【指】2をペアリーディングさせる。
3.さびしくなる状況について
 1)【L1】どんな状況にいてもさみしくなるのか。
  ・生活の上で満たされていて何不自由。
  ・親や友や妻子がそばにいる。
  【説】これらは普通さみしくならない状況である。
 2)【L1】さびしさを紛らす方法は。
  ・音楽を聴く。
  ・本を読む。
  ・酒を飲む。
  【説】しかし、それらでは駄目である。
 3)【L4】最初に考えた、自分がさみしくなる時や紛らし方と比較する。
 4)【説】さみしさは生活の満足度や人間関係とは関連がない。
     さみしさの原因は深い所にあり、簡単な方法では解消できない。
4.「むしろ大勢の中にいる時に余計に〈私〉は一人なんだと感じること」について、
 1)【L3】その理由は。
  ・大勢の中にいる時の方が、比較の対象が多くなり、他との違いがより明らかになる。
  【注】次の段落で答えが出るので、ここでは答えを出さない。
 2)【L3】〈私〉にカッコがついている理由は。
  ・大勢の中にいてもさびしいと感じる「孤独感」を強調する。
4.人間がさみしさを感じる理由について
 1)【L1】さみしさを感じる理由は。
  ・感受性や想像力を持っているから。
  ・科学が進展するから。
 2)【L2】「空想的な想像力」とあるが、空想と想像の違いは。
  ・想像は、ただ心の中に思い浮かべること。
  ・空想は現実性のないことを思い浮かべること。
 3)【L3】なぜ、空想的な想像力があると必ずさみしくなるのか。
  ・人とのつながりを思い浮かべ期待するが、現実にはありえないから。
 4)【L2】「感受性や想像力」の言い換えは。
  ・人間の固有性にかかわりのある内的なエートス(持続的な特質)。
  【説】大勢の中にいれば、人とつながる可能性が高くなるが、それが現実に起こらないから余計にさみしくなる。
 5)【L4】科学の進展の例は。
  ・インターネット、携帯電話、メールなどの情報。
 6)【L2】科学の進展によってますますさみしくなる理由は。
  ・知らなくてもいい(知らない方がよい)ことまで知るようになり、気を回し、疲れ、ついていけないと思う。
  ・人の評判などが耳にはいり、気になる。
 7)【L1】内的なエートスとは。
  ・想像力や感受性
 8)【L2】人間にとってさびしさが不運なパートナーである理由は。
  ・さびしくならないために情報と無関係にいようとしてもできないから。

第三段落(孤独・孤立・個別性)

1.【指】3〜4をペアリーディングさせる。
2.孤独・孤立・個別性について
 1)【L1】「こうだろう」の指示内容を読み取る。
  ・孤独を孤立と同一視する。
 2)【L1】孤独・孤立・個別性の関係は。
  ・孤独と孤立は違う。
  ・孤独は個別性である。
  ・孤立=一人でいる。仲間がいないこと。
  ・孤独=個別性。
 3)【L1】「個別性」の意味は。
  ・〈私〉が一人の人間として、他の人間とはまったく異なった何かであるということ。
 4)【L1】更に言い換えを探す。
  ・個性を持って生きている。
  ・私が他人とは違うということ。
  ・私は私であって他人とは代わり合うことはできない。
  ・ユニークなものを持っている。
  ・代わり合えない独自性を持っている。
 5)【L2】「他人」に傍点が振ってある意味を考える。
  ・私とは違った、「個別性」を持った存在。
3.普段の生活について
 1)【L1】にもかかわらず、普段どのようにしているか。
  ・違いを際立たせないようにしている。
  ・類似性とか共通性を目立たせようとしている。
  ・仲良く共に仕事したり、うなづき合っている。
 2)【L3】そのようにしている理由は。
  ・孤独である(個性的である)ことはいけないことであると考えているから。
  ・孤独であること(個別性)を隠そうとしているから。
 3)【説】間柄や人倫性という語が、道徳的な強くて重い既成概念を持っている。

4.【指】5をペアリーディングさせる。
5.孤独であることについて
 1)【L1】孤独自体は何であるか。
  ・自己を認識するためのもの。
  ・原点にするべき出発点。
 2)【L1】「原点」「出発点」の言い換えは。
  ・当然の帰結
  ・前提
  ・共通の特徴
  ・ありのままの姿
  ・一種の運命
 3)【L1】孤独を「固有の欠点」と見なすとどうなるか。
  ・失望の種になる。
 4)【L2】その理由を考える。
  ・他の人は皆同じで、自分だけが違っていると考えるから。
 5)【L1】孤独を「共通の特徴」と考えるとどうなるか。
  ・気落ちから解放される。
  ・自己の孤独さを認める。
  ・孤独を新しい善さとして喜び大切にできる。
 7)【L1】普通の生活の「それをそうでない」の指示内容は。
  ・それ=人間のありのままの姿は孤独であること。
  ・そう=孤独。
 8)【説】第三段落の前半部分にある言い換えはを確認する。
  ・違いを際立たせないようにしている。
  ・類似性とか共通性を目立たせようとしている。
  ・仲良く共に仕事したり、うなづき合っている。
 9)【L1】「一種の運命」とは。
  ・寿命の違い、能力の違い、感受性の違い。

第四段落(〈神〉の死)

1.【指】6〜7をペアリーディングさせる。
2.今日の孤独について
 1)【L1】今日特に孤独を感じる理由は。
  ・〈絶対〉がないという絶望的な状況。
 2)【L1】〈絶対〉の代表的なものは。
  ・〈神〉
 3)【W】1)〈神〉とはどういう存在か、2)〈神〉は「死ぬ」のか、3)〈神〉が「死ぬ」とはどういうことか、を話し合う。
  ・すべての物を作り出した存在。
  ・すべての事を決定する存在。
  ・苦しさから救ってくれる存在。
  ・願いをかなえてくれる存在。
  ・神は不死身であるはず。
  ・もともと神など存在するのか。
  ・理屈では説明できないことをすべて神という架空の存在の行為だと考えた。
  ・科学の発達によって今まで不明であったことが説明できるようになった。
  ・人間が神という架空の存在を必要としなくなった。
  ・神を信じることによって苦しみから救われると理性を誤魔化していた。
  ・いくら神を信じても救われない苦しみが多くなったから。
 4)【L1】「絶望的な状況」を言い換えると。
  ・無数の相対性の中に置き去りにされている状況。
 7)【L1】どういう状況か。
  ・一つしかないというのもはない。
  ・幾つかの選択の幅がある。
  ・いずれをとっても大差がない。
  【説】どれを選んでも唯一正しいというものがない。
 8)【W】1)大学へ行く意味、2)父親とは何か、3)行きたい観光地について、話し合わせる。
  ・東京大学が絶対ではない。
  ・父親の権威も落ちてきている。
  ・評論家の言うことは勿論絶対ではない。
  ・誰もが行きたい観光地はなくなっている。
  ・国民的なヒーローや流行歌もなくなった。
  ・巨人やプロ野球が絶対的な人気を持っているわけでもなくなった。
  ・価値観の多様化が進んだ。
 9)【L1】相対だけの世界でどうしなければならないか。
  ・自己にとっての絶対を模索していく。

3.【指】8〜9をペアリーディングさせる。
4.〈神の死〉という考え方について
 1)【説】ニーチェの言った意味。
  ・神の存在を否定したのではなく、神を過信し主体性を捨てた人間への警告。
 2)【L1】ニーチェの「神の死」と今日の「神の死」の違いは。
  ・ニーチェは、個人的な考え。
  ・今日は、多くの人の庶民の実感。
 3)【L3】〈神の死の神学〉という言葉の矛盾は。
  ・神学では、神は不死の存在であることを前提に学問する。
  ・死んだ神を学問することはありえない。
  ・神が死ねば、神学も存在しなくなるはずである。
 4)【L1】神の死に対する2つの態度は。
  1)敗北者意識を持つ。
  2)開き直る。
 5)【L1】敗北者意識を持つ理由は。
  ・相対だけで我慢する生活についていけない。
  ・しかし、自分が新しい基準作って、選択の必然性を見つけることが難しい。
  ・それには強靱な神経と意志が必要になるから。
 6)【L1】開き直る生き方の言い換えは。
  ・有りのままの姿に居直る。
 7)【L1】従来の生き方は。
  ・(孤独が)あるのにないと見る。
  ・ないかもしれないもの(絶対が)を、あると仮定してきた。
  ・(絶対が)あってほしいからあるに違いないと楽観的に見てきた。
 8)【L1】開き直るとどうなるのか。
  ・唯一の絶対がなくなる。
  ・〈神〉が死ぬのは当然だと考える。
 9)【L3】絶対がなくなると、孤独が必然になる理由は。
  ・唯一正しいという共通の価値観がなくなり、一人一人個別にならざるを得ないから。



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1.読み方を書きなさい。
 00 人倫 既成概念 厄介 代物 01 一際 駄目 明晰 02 寂寞 勘違い 03 心中 際立つ 帰結 05 模索 煩わされる 既に 06 変遷 利く 落伍者 強靱 居直る 07 挫折 仮初め
2.語句の意味を調べなさい。
人倫
既成事実
志向
一際
明晰
あげくの果て
エートス
寂寞
帰結
言われのない
絶対
相対
気転が利く
さじを投げる
コンプレックス
強靱
挫折
仮初め
 
学習のポイント
1.「他者とのかかわりにおいて生きる」とはどういうことか理解する。
2.現実の生を考える場合に必要な観点を理解する。
3.人間がさみしくなる理由を理解する。
4.さみしさとは何であるか理解する。
5.孤独と孤立の違いを理解する。
6.〈個別性〉とは何か理解する。
7.孤独と自己認識の関係を理解する。
8.孤独を感じる今日の状況を理解する。
9.その状況の中で我々がしなければならないことを理解する。
10.神の死の結果、現代出てきている二つの態度を理解する。
11.その中で生きていくのに必要なものを理解する。