城の崎にて
山手線の電車に撥ね飛ばされてけがをした。二、三年の間に脊椎カリエスにならなければ致命傷にならない。養生のために城崎に来ている。寂しい考えだが静かないい気持ちだった。いつかは死ぬ、自分は死ぬはずだったのに助かった、何かが自分を殺さなかった、自分にはしなければならない仕事がある。詩に対する親しみが起こっていた。
一匹の蜂が玄関の屋根で死んでいる。他の蜂は忙しく働いていて生きているという感じがするのに、一つ所で全く動かずにうつ向きに転がっているのを見ると静かな感じがした。寂しかった。自分は静かさに親しみを感じた。殺されて墓の下にいる静かさを書きたいと思た。
首に魚串を刺されたネズミは、死ぬに決まった運命を担いながら全力を尽くして逃げ回寂しい嫌な気分になった。願っている静けさの前に苦しみがあることは恐ろしいことだと思った。自分がネズミのようになれば、自分は助かろうと思い、できるだけの努力をしようとした。反面、「あるがまま」のあまり変わらない自分であろうと思う。
わたしが投げた石がイモリに当たって死んでしまった。偶然の不意の死だった。その気が全くないのに殺してしまった自分に嫌な気がした。かわいそうと思うと同時に、生き物の寂しさを感じた。自分は偶然死ななかったが、イモリは偶然死んだ。感謝しなければ済まないような気もするが、喜びの感情は沸き上がってこなかった。生きていることと死んでしまったことは両極ではなかった。わたしは脊椎カリエスになるだけは助かった。
1.小段落、大段落を指示する。
2.全体を音読する。
3.初発感想文を書かせる。.
第一段落
養生 脊椎 致命傷 要心 肝心 往来 山峡 激励
養生=病気の回復につとめること。
要心=気をつけること
肝心=最も重要なこと
1)【L1】なぜ城崎にいるのか。
・山手線の電車に撥ね飛ばされて背中を怪我し、脊椎カリエスなら致命傷になる。要心のため三〜五週間養生しに来た。
2)【L1】「そんなこと」(一五二02)の指示内容は。
・脊椎カリエスが致命傷になること。
3)【L1】生活の様子は。
・一人きりで話し相手はない。
・本を読むか、ぼんやり外を見るか、散歩をする。
4)【L1】散歩中、どんな気持ちになったか。
・寂しい考え。
・静かないい気持ち。
5)【L1】けがについてどのように考えたか。
・一つ間違えば死んでいる自分の姿が目に浮かぶから。
6)【L1】「こんなこと」(一五三08)の指示内容は。
・一つ間違えば〜何の交渉もなく
7)【L1】「そんなこと」(一五三10)の指示内容は。
・いつかはそうなる。それがいつか?
8)【L1】「そう」(一五三13)の指示内容は。
・自分は死ぬはず〜仕事があるのだ
9)【L3】なぜ寂しい考えの中に静かないい気持ちがあるのか。
・一つ間違えば死ぬ所だったと思うと寂しいが、助かったのは自分にはしなければならない仕事があるからだと考えると心が静まっていい気持ちになる。
10)【L3】なぜ死に対する親しみが起こったのか。
・いつかは死ぬと思っていたが、それが遠い先ではなく、本当に間近に感じられるから。
板書
第一段落
・山手線で電車にはねられる
↓
けがをする
・脊椎カリエス→致命傷
・二、三年ででなければ心配ない
↓
城崎温泉で養生する
・三〜五週間
・秋←稲の刈り入れ
・城崎での暮らし
・一人きりで誰も話し相手がいない
・部屋から山や往来を見る
・散歩する
・やまめ、川がに
・散歩中に考えたこと
・寂しい考えだが、静かないい気持ち
・一つ間違えば死んでいた=寂しい
・いつかはそうなる=遠い先
・本当にいつか知れない=間近
↓
・自分は死ぬはずだったのを助かった
・何かが自分を殺さなかった
・自分にはしなければならない仕事がある=心が静まる
↓
・死に対する親しみ
第二段落
羽目 欄干 拘泥
拘泥=こだわること
1)【L1】玄関の蜂の様子は。
・朝から暮れ近くまで毎日忙しそうに働いていた。
・いかにも生きている。
2)【L1】死んだ蜂の様子は。
・一つ所に全く動かずにうつ向きに転がっている。
・いかにも死んだもの。
3)【L3】死んだ蜂を見て、なぜ静かな感じど寂しい感じを受けたのか。
・動かずにうつむいて転がっているのは静かな感じで、
・忙しく立ち働いている他の蜂から取り残されているのは寂しかった。
4)【L1】「それ」(一五五01)の指示内容は。
・死んだ蜂
5)【L1】「そこ」(一五五03)の指示内容は。
・玄関の屋根
6)【L2】「それを動かす次の変化」とは何か。
・雨が死んだ蜂を洗い流すこと。
7)【L3】なぜ死んだ蜂の静かさに親しみを感じたのか。
・自分も偶然電車に跳ねられ、一つ間違えば蜂のように死んで静かになっていたかも しれないから。
8)【L1】「それを助長した」(一五五11)の指示内容は。
・嫉妬
9)【L3】なぜ殺された范の妻を書こうと思ったのか。
・自分は殺す側ではなく殺される側の人間だから。
板書
第二段落
・退屈すると蜂の出入りを眺めていた
生きている蜂 │死んだ蜂
───────────────────┼───────────────────
・朝から暮れまで毎日忙しそうに働く │・一つの所に動かずうつむきに転がっている
・いかにも生きている │ ・いかにも死んだもの
・日暮れ巣へ入る │・冷たい瓦の上に一つ残る
│ ↓
│・静かな感じ+寂しかった
│ ↓夜の間にひどい雨
・元気に働いている │・地面に流される
│ ↓
│・静か+親しみ
───────────────────┴───────────────────
・『范の犯罪』
・妻を殺した范の気持ち
↓
・『殺されたる范の妻』
・范の妻の気持ち
・殺されて墓の下にいる静かさ
第三段落
車夫 頓狂 担う
頓狂=突然その場にそぐわない調子はずれの言動をすること
1)【L1】川の中のねずみの様子は。
・首の所に七寸ばかりの魚串が刺さった大きなねずみ
・一生懸命石垣に這い上がろうとするが、魚串がつかえてすぐ水に落ちる。
・子どもや車夫がおもしろがって石を投げる。
2)【L1】「それ」(一五六08)の指示内容は。
・ねずみ
3)【L3】なぜねずみの最期を見る気がしなかったのか。
・寂しい嫌な気持ちになるから。
・死ぬに決まった運命を担いながら、全力を尽くして逃げ回っている様子が妙に頭に ついて、寂しい嫌な気持ちになった。
・自分が願っている静かさの前にああいう苦しみがあることは恐ろしい。
4)【L1】自分は自分のけがの場合、どんなことをしようとしたか。
・自身で病院を決めた。
・病院へ行く方法を指定した。
・電話を先にしてもらうことを依頼した。
5)【L3】この傷が致命的なものかどうか自分の問題だったとはどういうことか。
・死に対してどんな気持ちになるか、どんな努力をするかは自分で決めることであ
る。
6)【L2】自分のけがが致命的なものでない場合とある場合の反応は。
・ない場合は、元気づいて快活になった。
・ある場合は、それほど死の恐怖に襲われず、助かろうと何かしらの努力をする。
7)【L1】「それ」(一五八05)の指示内容は。
・助かろうと思い、何かしら努力をすること。
8)【L1】「それ」(一五八06)の指示内容は。
・けがが致命傷だと宣告されること。
9)【L3】「気分で願うところ」とはどんな気分か。
・死を目前にして、ねずみのように逃げまどうのでなく、静かに死にたいと願う気分。
10)【L3】「両方」とはどんな場合とどんな場合か。
・気分で願うところが実際の場面で影響する場合としない場合。
・静かに死ぬ場合と逃げまどう場合。
板書
第三段落
・ねずみ
・首に七寸の魚串が刺さっている
・子どもや車夫に石を投げられる
・どうにか助かろうとしている
・一生懸命
‖
・死ぬに決まっている運命を担いながら全力を挙げて逃げ回っている
・自分
・ネズミの最期を見る気がしない
・寂しい嫌な気持ち
・願っている静かさの前に苦しみがある→恐ろしい
↓自分はどうするだろう
・できるだけのことをしようとした
↓「しかも」
・致命傷であるかどうかは自分の問題
↓「しかし」
・致命傷でない→元気づいた
・致命傷である→死の恐怖に襲われない
↓今来たら 助かろうと思い努力した
・気分で願うところ=静かに死にたい─┬─「あるがまま」
・実際=助かろうと努力する────┘
第四段落
臨む 狙う
1)【L1】「そんなこと」(一五八11)の指示内容は。
・首に魚串が刺さったねずみが死に際にもがいていたのを見たこと。
2)【L1】なぜ桑の葉を見て不思議に思ったのか。
・風もないのにヒラヒラ動いていたから。
3)【L1】いもりを見てどう感じたか。
・嫌いでなくなった。
・好きでも嫌いでもない。
・見ることを嫌った。
4)【L1】「そんなこと」(一五九1416)の指示内容は。
・いもりに生まれ変わったら自分はどうするだろう。
5)【L1】なぜ石を投げたのか。
・いもりを驚かして水に入れようと思ったから。
・いもりをねらわなかった。
6)【L1】なぜ「妙な嫌な気」がさしたのか。
・その気が全くないのに殺してしまったから。
7)【L1】いもりの身になってどう感じたか。
・かわいそうに思う。
・生き物の寂しさを感じた。
8)【L3】「生き物の寂しさ」とは何か。
・自分は偶然死ななかった。いもりは偶然死んだ。
・生き物の生死は偶然であること。
9)【L1】温泉宿に帰る道で何を考えたか。
・死んだ蜂はどうなったか。
・ねずみはどうしたのだろう。
・死ななかった自分は今こうして歩いている。
10)【L1】「それ」(一六一04)の指示内容は。
・死ななかった自分は居間こうして歩いていること。
11)【L3】自分が死ななかったことに対して、感謝しなければならないが、なぜ喜びの感じ は沸き上がって来なかったのか。
・生きていることと死んでしまったことは差はないから。
12)【L2】「そういう気分」とは何か。
・生きていることと死んでしまったことは差はない気分。
13)【L2】「自分は脊椎カリエスになるだけは助かった」とはどういうことか。
・致命傷にはならず生き続けることができる。
14)【L1】「ここ」(一六一09)の指示内容は。
・城崎
板書
第四段落
・桑の葉
・風もないのにヒラヒラ動く
↓
・不思議に思った
・怖い気もした
・好奇心もあった
・いもり
・自分は石を投げた
・驚かして水に入れよう
↓
・石が当たる=偶然
・イモリが死ぬ=不意
↓
・その気がないのに殺してしまった→妙な嫌な気
・かわいそうに+生き物の寂しさ
↑
・自分は偶然死ななかった
・イモリは偶然死んだ
↓
・死んだ蜂はどうなったか
・あのねずみはどうしただろう
・死ななかった自分は居間歩いている
↓
・感謝しなければ済まぬ
・喜びの感じは沸き上がってこなかった
↑
・生きていること≒死んでしまっていること