敬語への自覚、他者への自覚
  
  
橋本 治


 これからの日本語にとって重要なのは敬語への自覚である。年寄りを尊敬しろと言っても、誰を尊敬できるかという社会的な基準はない。人が生きていく限り、人と人との間の親疎の距離を測ることが必要で、他人との間の距離を再確認できるのが敬語である。
 敬語は、初対面の人間との距離を間の距離を設定する。親近感を成立させるためには相手と同じ言語を使う。相手と交わりたくなければ敬語を使う。相手の立場を尊重する敬語が、相手との接近を拒否するというパラドックスが生じる。
 言葉は自分と自分の外側との境に存在する。自分と他者を繋ぐものが言葉である。言葉がより内側に向かって使われればモノローグになる。限定された地域の内側だけで流通する言葉が方言である。したがって、方言は地域的なモノローグと言える。より外側に向かって使われた言葉が共通語である。共通語は他者との交流を目的とし、重点は外側=他者に置かれる。自分が希薄になるので、自分をより濃厚に明確に語るために方言が必要になる。

 若者言葉は、限定された範囲でしか流通しないという意味で方言の一種である。若者言葉を使う人間は仲間であるという安心感が得られる。しかし、意思疎通を図る必要のある他者は存在せず、言葉はぞんざいになるという言葉の罠がある。他者に対して説明する必要もなくなる。
 言葉の機能は説明することであるのに、他者や説明を欠く若者言葉が、他者との交流が頻繁な大都会で流通していることは不思議である。若者言葉が必要な理由は、より濃厚に明確に自分自身を語りたい欲求が強いからである。

 かつての日本では、まず自分の内側に向かう方言を使い、後に他者に向かう共通語を使った。それが逆になり、幼児期の親子の間で共通語や敬語が使われるために親子の間に距離ができる。子どもは成長してその距離を埋めるために方言=若者言葉を使って、自分をより濃厚に明確に語ろうとするのである。そのため、説明を必要とする他者が希薄になり日本語が劣化する。日本語を修復するために敬語で他者への認識への自覚が必要になる。


敬語への自覚、他者への自覚 学習プリント
                                
学習の準備
1.次の漢字の読み方を書きなさい。また、書けるようにもしておきなさい。

 親疎  横行  留まる  希薄  界隈  罠  図る  割く  稀  必須
2.次の語句の意味を国語辞典で調べなさい。
横行
水くさい
一通り
パラドックス
モノローグ
界隈
ぞんざい
必須
歴然

学習のポイント
1.これからの日本語にとって「敬語への自覚」が重要な理由を理解する。
2.敬語のパラドックスを理解する。
3.「方言は、地域的なモノローグである」(方言とモノローグの共通点)を理解する。
4.方言と対義である共通語の特徴を理解する。
5.「若者言葉は方言の一種である」(若者言葉と方言の共通点)を理解する。
6.若者言葉の長所と短所(「罠」)を理解する。
7.方言が必要とされる理由を理解する。
8.日本社会の家庭の中の言語の「不思議な様相」を理解する。
9.敬語という他者への認識への自覚が必要な理由を理解する。全体


0.『学習プリント』の漢字の読みと語句の意味を調べさせておく。
1.【L4】敬語とは何かを問う。
2.【W】『ビジネス敬語チェック』をする。
3.【説】『学習プリント』の漢字の読みと語句の意味を確認する。
 親疎  横行  留まる  希薄  界隈  罠  図る  割く  稀  必須
 横行=悪事がしきりに行われること。
 水くさい=よそよそしい。
 一通り=普通であること。
 パラドックス=一見、真理にそむいているようにみえて、実は一面の真理を言い表している表現。「急がば回れ」など。
 モノローグ=相手なしにひとりで言うせりふ。独白(どくはく)。⇔ダイアローグ。
 界隈=そのあたり一帯。
 ぞんざい=いいかげんに物事をするさま。投げやり。
 必須=必ず用いるべきこと。欠かせないこと。
 歴然=まぎれもなくはっきりしているさま。
4.【指】形式段落番号1〜7を振る。
 ・意味段落は、すでに3つに分けてある。
5.【指】形式段落ごとに音読させる。

第一段落

★敬語の意外な機能に気づかせ、方言と共通語の相違点を理解させる。

【L1】文中の語でそのまま答えられる質問。
【L2】文中の語を変形させたりまとめたりして答える質問。
【L3】文中の語を元にして解釈して自分の言葉で答える質問。
【L4】感想や体験を答える質問。

●1(二一〇03〜12)を読んで
1.これからの日本語について、1)【L1】何が重要なのか。2)【L1】その理由は。
 1)「敬語への自覚」。
 2)「他人との間の距離」を再確認するため。
2.【L1】「他人との間の距離」の言い換えは。
 ・親疎の距離。
3.【L1】どういう場合に、他人との距離を測る必要があるのか。
 ・初対面の人と出会ったとき。
4.【L4】クラス替えになって、初対面の人と話すときにどんな言葉遣いをするか。
5.【L1】ストーカーや通り魔が横行する理由は。
 ・「他人との距離」という発想がないから。
 ・ストーカーは、相手に自分と同じ感情を要求して、非常に近い距離になる。
  ストーカー規制法の定義によれば、ストーカーとは同一の者に対し、つきまといなどを反復してすることを指し(第2条)、『つきまといなど』とは、『恋愛感情その他の好意』や『それが満たされなかったことに対する怨恨』により、相手やその関係者に以下のいずれかの行為をすることをさす。
 (1号)つきまとい・待ち伏せ等(7,607人 51.3%)
 (2号)監視していると告げる行為(1,092人 7.4%)
 (3号)面会・交際の要求(7,738人 52.2%)
 (4号)乱暴な言動(3,069人 20.7%)
 (5号)無言電話・連続電話(4,453人 30.0%)
 (6号)汚物等の送付(139人 0.9%)
 (7号)名誉を害する行為(793人 5.3%)
 (8号)性的羞恥心を害する行為(987人 6.7%)
 ・通り魔は、相手との距離自体を無視する。
  「単発犯」
.  人の多いところに出向いて犯罪をおこなう。
   薬物などの影響や幻覚妄想などの陽性症状、感情の平板化など陰性症状等の精神症状、脆弱な自我や反社会性など人格の問題などにより特徴づけられる。
  「スプリー犯」
   複数の被害者に手当たり次第に犯行を行う
   ストレス耐性の低さや肥大化した自己愛、未熟な人格の問題、自我を守るための社会への怒りや恨み、防衛機制、刑事司法システムを利用した社会的自殺等に特徴づけられる。
  「連続犯」
   時間的に一連の犯行ではなく、散発的に行う
   未熟な人格や反社会性等の人格の問題、生の実感の喪失、それにともない力を確認したいという感覚に特徴づけられる。
●2(二一〇13〜二一一08)を読んで
6.【L1】敬語の働きは何か。
 ・正体の知れない人間との間に距離を設定する。
7.【L1】1)親密な関係、2)疎遠な関係を作る場合の言葉遣いはどうするのか。
 1)相手と同じ言語を使う。
 2)距離を取って敬語を使う。
8.【L2】人間関係を重要視する日本語のパラドックスとは何か。
 ・相手の立場を尊重する敬語が、相手と接近したくない意味になる。
●3(二一一09〜二一二07)を読んで
9.【L3】言葉は「自分とその外側との境に存在する」とはどういうことか。
 *その外側とは何か。その境でどんな働きをするのか。
 ・言葉は自分の内側と自分の外側にある他者をつなぐための存在である。
10.「方言は地域的なモノローグである」について、1)【L1】モノローグとは何か。2)
 【L1】方言とは何か。3)【L2】その共通点は何か。
 1)モノローグとは、言葉を自分の内側に傾けること。
 2)方言とは、限られた範囲で流通する言葉。
 3)どちらも内側とつながる言葉である。
11.【L2】方言に対する共通語とはどういう言葉か。
 ・共通語は、他者との交流の質用から生まれた言葉であり、
       重点は自分の外側=他者にあるので、
       自分を希薄にする言葉である。
12.【L1】なぜ、今の時代に方言の重要なのか。
 ・自分をより明確濃密に語る必然性があるから。
13.【L1】空欄に文中の語を補って、第一段落の要約を完成せよ。
 これからの日本語にとって、「【1)敬語】への自覚」が重要であり、「他人との間の【2)距離】」を再確認するべきだ。言葉は自分とその外側との境に存在し、自分の内側に傾けばけば【3)モノローグ】になる。それが限られた範囲で流通すれば【4)方言】になる。それに対して【5)共通語】、「【6)他者】との交流」の必要から生まれた。
14.【説】板書にまとめる。
一段落
  ・敬語への自覚
    他人との距離
    親疎の距離
    初対面の人との出会い
     ↓「他人との距離」という発想がない
    ストーカー=近すぎる
    通り魔  =無視する
     ↓
  ・敬語=正体の知れない人間との間に距離を設定
    親→相手と同じ言語
    疎→敬語
     ↓
    日本語のパラドックス
     相手を尊重
      ⇔
     接近したくない
  ・方言 =内側で流通する
       自分を濃密に語る
    ⇔
  ・共通語=他者との交流
       自分の外側=他人
       自分を希薄化

第二段落

★若者言葉と方言の共通点を確認し、若者言葉の長所と短所を考え、若者言葉が使われる理由を考える。

1.【説】若者言葉を紹介する。
 ・「意味がわかった個数」
  0〜1個:化石
  2〜3個:おじさん or おばさん
  4〜5個:普通の人
  6〜7個:若い人
  8〜9個:今を生きる人
  10個 :危険なほどに流行好き
 1)【つらたん】
  ・「辛い」を意味する若者言葉。
  ・「辛い」と「◯◯たん」の「たん」が組み合わさった若者言葉。
 2)【ベッケンバウアー】
  ・「別件がある」という意味。
  ・「今日ヒマ?」「あ、ごめん。アタシ、ベッケンバウアー。」
 3)【ズッ友】
  ・「ずっと友達」の意味。
  ・ギャルが友達と一緒にプリクラを撮った際に「これからもずっと友達でいようね」の意味で「ズッ友」と書くことから流行った。
  ・それ以降プリクラのスタンプに「ズッ友宣言」というものが出てくる。
 4)【カミッテル】
  ・マジでヤバイこと。
  ・神がかって素晴らしい様子を表すギャル語。神がかっているの略。
 5)【しょんどい】
  ・正直しんどいの略語。
 6)【Bダッシュ】
  ・とにかく急ぐこと。
  ・スーパーマリオで、Bボタンを押しながら移動するとダッシュすることから。
 7)【ウーロン茶】
  ・「うざい・ロン毛・茶髪」の略。
  ・若い女性が長髪で茶髪の男性を嘲ったり、卑しみを込める時に使用する言葉。
 8)【アラシック】
  ・アラシ(嵐)×シック(病気)
  ・病気になてしまうほどに「嵐」のことが好きなファンのこと。ファンが自分たちを表現するために使用する。
 9)【ディスる】
  ・軽蔑し、攻撃すること。
  ・ディスリスペクト=軽蔑、無礼
  ・リスペクト(尊敬)に反意語を意味する接頭辞「ディス」をつけた単語
  ・ラッパーで人種差別や貧富の差の不満をリズムに乗せて歌われていたことから始まったと言われている。
 10)【てへぺろ☆】
  ・うっかりした時に、てへと笑ってぺろっと舌を出す仕草の擬態語
  ・声優・日笠陽子が考案したフレーズ。
●4(二一二08〜二一三14)を読んで
2.【L1】若者言葉と方言の違いは何か。
 ・方言は田舎で、若者言葉は都会にあるもの。
3.【L2】そうであるのに、「若者言葉は方言の一種である」とはどういうことか。
 *若者言葉と方言の共通点を考える。
 ・若者言葉は方言のように、限られた範囲内でしか流通せず、
              親疎の別がなくなる。
4.若者言葉の1)【L1】長所、2)【L2】短所(罠)は。
 1)言葉が共有されているからこそ仲間だという安心感があること。
 2)意思疎通を図らなければならない他者が存在しないので、
  言葉がぞんざいになり、
  他者に説明する行為が不要になること。
●5(二一三07〜14)を読んで
5.【L1】言葉の機能とは何か。
 ・説明すること。
6.【L1】「同質な人間たちによって成り立っている言葉」とは何か。
 ・方言や若者言葉。
7.【L1】「言葉としての機能が劣化する」とはどういうことか。
 *要約の接続詞「つまり」に注目する。
 ・他者を欠き、他者への説明も欠くこと。
7.【L2】なぜ、若者言葉が「不思議で不自然」であるのか。
 *「大都会」とはどんな所か、若者言葉の特徴と何かを考える。
 ・多くの他者が存在する大都会で、「他者への説明」という機能を欠いた若者言葉が流通しているから。
8.【L1】なぜ、若者言葉が必要であるのか。
 ・より濃密かつ明確に自分自身を語りたいという欲求があるから。
9.【L1】空欄に文中の語を補って、第二段落の要約を完成せよ。
 ある限られた範囲内でしか流通しない【1)若者言葉】は、方言の一種である。ここでは仲間としての【2)安心感】はあるが、「【3)他者】」が存在せず、第三者に対して「【4)説明】する」行為が不要になる。そこには、より【5)濃密】かつ明確に自分自身を語りたいという欲求がある。

9.【説】板書にまとめる
 第二段落
  ・方言
   ‖
  ・若者言葉
 ○安心感
 ×他者の不在→言葉がぞんざい→説明が不要
  ↓
 ・濃密に自分を語りたい欲求

第三段落

★共通語を基本的な日本語にした現代社会の家庭の中の言語の不思議な様相が、方言を求 める理由であることを抑え、その結果劣化した日本語を修復するために敬語という他者 への認識への自覚が必要であることをまとめる。

●6(二一三15〜おわり)を読んで
1.【L4】家庭内でどんな言葉を使っているか、敬語を使っているか問う。
2.【L3】「家庭の中の言葉が不思議な様相を呈する」とはどういうことか。1)【L1】本来の親子の関係は、2)【L1】共通語とはどんな言葉か、3)【L1】敬語が家庭を支配するとどうなるか。4)【L2】まとめると「家庭の中の言葉の不思議な様相」とは何か。
 1)最も人との間に距離を感じなくてすむ関係。
 2)敬語を必須とする言葉。
 3)家庭に育つ子どもと親の間に距離が生まれる。
 4)本来親子は最も人との間に距離を感じなくてすむ関係であったが、敬語を必須とする敬語が家庭を支配したので、親子の間に距離が生まれたこと。
3.【L2】なぜ親は共通語を採用したのか。
 ・教育の任務を実感し、子どもとの間に距離を設定するため。
4.【L1】その一方で、なぜ子どもは方言を求めるのか。
 ・親子の間に生じた距離を縮めたいから。
●7(二一四10〜おわり)
5.【L2】日本人の方言と共通語の関係の変化は。
 ・過去は、まず方言の中で育ち、その後に共通語をマスターした。
 ・現在は、共通語の中で育ち、その後に方言をマスターするようになった。
6.【L2】なぜ、敬語という他者への認識への自覚が必要なのか。
 *「それを修復した」の「それ」の指示内容を考える。
 ・存在を主張すべき自己ばかり肥大し、
  説明を要される他者の存在が希薄になり、
  日本語は大きく劣化した。
  それを修復するため。
 ○方言を使うことによって、存在を主張すべき自己ばかりが肥大し、説明を要される他者の存在が希薄になって劣化した日本語を修復するため。
6.【L1】空欄に文中の語を補って、第二段落の要約を完成せよ。
 日本社会では、【1)敬語】を必須とする【2)共通語】を採用した結果、家庭に育つ子供と大人との間に【3)距離】が生まれるという不思議な様相を呈するようになった。これを埋めたいから、子供は【4)方言】を求める。その結果、存在を主張すべき【5)自己】ばかりが肥大し、【6)他者】の存在が希薄になって、日本語は大きく劣化した。それを修復するために、【7)敬語】という他者への認識への【8)自覚】が必要だ。
7.【説】板書してまとめる。
 第三段落
  過去 方言→共通語(敬語)
  現在 共通語(敬語)→方言
     親子の間に距離 距離を埋める
      ↓
     自己の肥大
     他者の存在の希薄
     日本語の劣化
  未来 敬語=他者への認識の自覚



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