管鮑之交


 斉の桓公(小白)は春秋時代の五人の覇者の最初の一人である。兄の襄公が暴君だったので鮑叔に護衛されて苢へ亡命した。諸侯の子どもの糾は管仲に護衛されて魯に亡命した。襄公は弟の無知に殺され、無知は人に殺され、斉には君主がいなくなった。斉の人々は桓公を苢から呼び戻して君主にすることを望んだ。魯国は派兵し自国に亡命している糾を斉に送り込んで君主にしようとし、管仲に桓公を暗殺させようとした。管仲は途中の道で桓公に矢を射るが、矢は帯金に当たって桓公は命拾いをする。しかし、死んだふりをして管仲を欺き斉に進んだ。魯軍は安心して進行が遅くなった。その間に桓公は斉に入り君主になる。魯軍は斉軍と戦うが惨敗して退却する。糾は殺され、管仲はとらえられて斉に引き渡される。鮑叔はその管仲を重用するように桓公に推薦し、桓公も自分の命を狙った罪をを問わずに管仲に任用する。そして、斉の国は栄え、桓公は管仲の業績を褒め称え、仲父と呼んだ。
 その鮑叔と管仲は昔の商売仲間で、管仲が儲けを独り占めしようとしても、鮑叔はそれは管仲を欲張りとせずに、貧しいからだといって許す。管仲が鮑叔のためにしたことが失敗し鮑叔が困ったときも、管仲を愚か者とせずに、時には利と不利があるから仕方がないといって許す。管仲が三度戦い三度敗走しても、管仲を臆病者とせずに、老婆の面倒をみなければならないからだといって許す。管仲は、自分の産んでくれたのと父母だが、自分を理解してくれるのは鮑叔といって、友情を語る。
 斉(という国)は(君主の姓が)姜である。太公望呂尚が領土を与えられた国である。後世、桓公の代になって、諸侯の旗頭になる。春秋時代の五人の覇者は桓公から始まる。(桓公の)名は小白と言う。兄の襄公は道徳を外れた悪い行いをする人であった。弟たちは災いが及ぶのを恐れた。公子の糾は魯へ亡命した。管仲はこれ(糾)の守り役を勤めた。小白は苢に亡命した。鮑叔がこれ(小白)の守り役を勤めた。襄公は弟の無知に殺され、無知もまた人に殺される。斉の人は小白を苢から呼び戻した。そして、魯もまた兵を送って糾を斉に送り込もうとした。管仲は苢の道を遮って小白を射たが、帯どめに当たってしまった。小白は先に斉に入り、即位した。鮑叔は管仲を推薦して政治を担当させようとした。桓公は怨みを問わず、これ(管仲)を任用した。
 管仲は字は夷吾である。かつて鮑叔と一緒に商売をした。利益を分ける時に自分の取り分を多くした。鮑叔は(管仲を)欲張りと思わなかった。管仲が貧しいことを知っていたからである。かつて(管仲が)鮑叔のために画策してやったことで(鮑叔が)困ったことがあった。鮑叔は(管仲を)愚か者と思わなかった。時勢に有利と不利があることを知っていたからである。かつて(管仲は)三度戦い三度とも敗走した。鮑叔は(管仲を)臆病者と思わなかった。管仲に老婆がいることを知っていたからである。管仲は言った。「私を産んだのは父母であるが、私を理解してくれるのは鮑叔である。」と。
 桓公は諸侯を集め合わして、天下を統一して、秩序立てた。みんな管仲がしたことである。一にも管仲、二にも管仲である。


1.【指】「学習プリント」と本文プリントを配布し、1と2を宿題にする。
2.【指】宿題を点検する。
3.【指】漢字の読み点検する。
4.【L1】3の書き下し文を板書させ、点検する。
5.【L2】登場人物を挙げさせる。
 ・太公望呂尚
 ・襄公(兄)−無知(弟)
 ・桓公(小白、弟、苢)−管仲
 ・糾(子、魯)−鮑叔

6.斉姜姓。太公望呂尚之所封也。後世至桓公、覇諸侯。五覇桓公為始。名小白。
 1)【説】「斉姜姓」「太公望呂尚」「五覇」の説明。
  ・斉という国は、姜という姓の一族が支配していた。
  ・周の文王が渭水で釣りをしていた呂尚を我が父(太公)の時から待ち望んでいた人(望)であると言って、迎えて師とし、「太公望」と号した。周の文王を補佐し、   殷を滅ぼした功績により斉を封ぜられた。
  ・春秋時代の五人の覇者。
 2)【語】「封」「覇」の意味。
  ・領土を与える。「ゼラレ」とあるので受身で「領土を与えられ」と訳す。
  ・征服したもの。
 3)【訳】
  ・斉(という国)は(君主の姓が)姜である。太公望呂尚が領土を与えられた国である。後世、桓公の代になって、諸侯の旗頭になる。五覇は桓公から始まる。名は小   白と言う。

7.兄襄公無道。群弟恐禍及。子糾奔魯。管仲傅之。小白奔苢。鮑叔傅之。
 1)【語】「無道」「奔」「傅」の意味。
  ・道徳を外れた悪い行いをする人。
  ・逃げる。
  ・守り役を勤める。
 2)【訳】
  ・兄の襄公は道徳を外れた悪い行いをする人である。弟たちは禍が及ぶのを恐れた。諸侯の子である糾は魯へ逃げた。管仲はこれの守り役を勤めた。小白は苢に逃げた。   鮑叔がこれの守り役を勤めた。
 3)【L1】「之」の指示内容は。
  ・糾、小白
 4)【説】襄公の無道ぶりについて。
・襄公はいわゆる暴君であり、むやみに人を殺し、女色にふけり、よく大臣を欺いた。また彼は従兄弟の公孫無知が、生前の父・釐公からかわいがられていたのが気に入らなかった。それで即位すると公孫無知の待遇を引き下げたので、襄公は彼から恨まれるようになった。
・また襄公は、かつて自分の妹と密通していた。彼女はその後、魯の桓公のもとに嫁いで文姜と呼ばれるようになった。その文姜が夫の桓公とともに斉に訪れた時、襄公は再び彼女と密通した。しかしその事は魯の桓公に知られてしまった。そこで襄公は、彼を酒宴に招いて酔いつぶれさせ、怪力を持つ公子彭生(こうしほうせい)に命じて彼を馬車に運ばせ、その折に体を締め付けて殺させた。当然、魯の家臣たちは怒り狂い、襄公を責め立てた。仕方が無いので彼は下手人として公子彭生を処刑し、魯の人々をなだめたのであった。文姜はこの状況の中、魯に帰れるわけもなく、斉に永住することとなった。

8.襄公為弟無知所弑、無知亦為人所殺。
 1)【語】「弑」の意味。
  ・身分の低いものが高いものを殺す。
 2)【句】受身の句法
  ・「為AノBスル所ト為ル」
  ・AにBされる。
  ・弟の無知に殺される。
   人に殺される。
 3)【訳】
  ・襄公は弟の無知に殺され、無知もまた人に殺される。
 4)【説】無知が襄公を殺したことについて。
  ・その後、襄公は沛丘(はいきゅう)という土地で狩猟をしていたところ、大きなブタに出会った。従者の一人がこれを見て、「このブタは公子彭生の亡霊だ!」と騒ぎ出した。襄公は「そんなはずはあるまい!」と腹を立ててこれを矢で射たところ、ブタは突然人間のように立ちあがっていなないた。襄公は大変に驚いて馬車から落ち、足に怪我を負った上に靴を無くしてしまった。そしてうっぷん晴らしとばかりに靴係の(ふつ)という男を鞭打った。
・公孫無知は襄公の負傷を聞き、襄公を倒す絶好の機会であると考え、かねてから襄公を恨んでいた連称・管至父(かんしほ)の二人の大夫を引き連れて、宮殿を襲撃した。主君に鞭打たれた靴係の男はこの様子を見て、逆に主君のために逃げる時間をかせいでやった。しかし結局、襄公は公孫無知の手の者に殺され、襄公の従者たちも全員戦死してしまったのである。そして無知は、自ら斉の君主となった。
 5)【説】無知も王になったのに「公」と呼ばれない理由。
  ・「弑」とあるように、身分の低い無知が襄公を暗殺して王になったので、正史としては王と認められない。

9.斉人召小白於苢。而魯亦発兵送糾。管仲嘗遮苢道射小白中帯鉤。小白先至斉而立。
 1)【語】「召」「而」「立」の意味。
  ・呼び戻す。
  ・そして。「シテ」と送り仮名がある時は順接。(レドモ、ルニは逆接)
  ・即位する。
 2)【訳】
  ・斉の人は小白を苢から呼び戻す。そして、魯もまた兵を送って糾を斉に送り込む。管仲は苢の道を遮って小白を射たが、帯鉤に当たった。小白は先に斉に入り、即位   した。
 3)【L2】なぜ、斉の人は小白を呼び戻したのか。
  ・襄公が無知に殺され、その無知も殺され、君主がいなくなったので、小白に君主になってもらおうとした。
 4)【L2】なぜ、魯は糾を斉に送り込もうとしたのか。
  ・糾を君主にし、操って、斉を魯のものにするため。
 5)【L3】なぜ、小白が先に斉に入ったのか。
  ・小白は咄嗟に死んだ振りをして車を走らせてその場を急いで離れ、二の矢以降から逃れた。更に小白は自分の死を確認する刺客が再度到来することを危惧して、念の為に次の宿場で棺桶の用意をさせた。この為、管仲は小白が死んだと思い込み、公子糾の一行は悠々と斉に帰国した。しかし、既に斉に入っていた小白とその臣下たちが既に国内を纏めてしまっており、管仲と公子糾はやむなく再び魯に逃げ込んだ。
 6)【説】その後を説明する。
  ・斉は魯を打ち破り、糾を処刑させ、管仲を捕らえて引き渡させた。

10.鮑叔牙薦管仲為政。公置怨而用之。
 1)【語】「置怨」の意味。
  ・怨みを問わない。
 2)【訳】
  ・鮑叔は管仲を推薦して政治を担当させようとした。桓公は怨みを問わず、これを用いた。
 3)【L1】「之」の指示内容は。
  ・管仲。
 4)【L1】桓公の怨みとは。
  ・管仲が苢道で矢を射たこと。
 5)【説】この部分の詳細について。
・鮑叔より桓公に「我が君主が斉のみを統治されるならば、私と大夫の二人で十分です。しかし天下の覇権を望まれるならば、管仲を宰相として得なければなりません」と言われていた。
・鮑叔の推薦により管仲は桓公と面会し、強兵の前に国を富ませることの重要性、そしてそれには民生の安定と規律の徹底が必要だと説き、即日宰相に命じられた。鮑叔は管仲の下の立場にあえて入り、その補佐に回った。管仲は才を存分に発揮できる場所と右腕を得て、その優れた能力を発揮した。
・鮑叔牙は、心の中に、いろんな大望をいだいていたが本来、臆病な人であった。主君に意見をいって、容れられず殺されたりすることが怖かったのだ。そこで彼は、管仲を宰相にして、彼に意見をして管仲の口から、桓公に意見させていたのだ。
 6)【L4】鮑叔や桓公の行為をどう思うか。
  ・敵であったとしても個人的な怨みは捨てて、能力のあるものは認め、国や自分の役に立てる。

11.管仲字夷吾。嘗与鮑叔賈。分利多自与。鮑叔不以為貪。知仲貧也。
 1)【説】「字」の説明。
  ・成人したときに付ける。自分自身及び目下の者を呼ぶ時には名を用いるが、それ以外と字を用いる。
 2)【語】「賈」「貪」の意味。
  ・商売する。
  ・欲張り。
 3)【句】思うの句法
  ・「以ツテAヲ為スBト」
  ・AをBと思う。
  ・(管仲を)欲張りと思わなかった。
 4)【訳】
  ・管仲は字は夷吾である。かつて鮑叔と商売をした。利益を分ける時に自分の取り分を多くした。鮑叔は(管仲を)欲張りと思わなかった。管仲が貧しいことを知っていたからである。

12.嘗謀事窮困。鮑叔不以為愚。知時有利不利也。
 1)【語】「謀事」「時」の意味。
  ・鮑叔のために画策してやったこと。
  ・時勢。
 2)【訳】
  ・かつて(管仲が)鮑叔のために画策してやったことで(鮑叔が)困った。鮑叔は
   (管仲を)愚か者と思わなかった。時勢に有利と不利があることを知っていたから   である。

13.嘗三戦三走。鮑叔不以為怯。知仲有老母也。
 1)【語】「走」「怯」の意味。
  ・敗走する。
  ・臆病者。
 2)【訳】
  ・かつて(管仲は)三度戦い三度とも敗走した。鮑叔は(管仲を)臆病者と思わなか   った。管仲に老婆がいることを知っていたからである。

14.仲曰、「生我者父母、知我者鮑子也。」
 1)【語】「子」の説明。
  ・男子の尊称。
 2)【訳】
  ・管仲は言った。「私を産んだのは父母であり、私を理解してくれるのは鮑叔である。
 3)【L2】管仲の行為に対して、鮑叔はどう思わず(×)に、どう思った(○)のか。
  1)分利多自与 ×貪 ○貧
  2)謀事窮困  ×愚 ○時有利不利
  3)三戦三走  ×怯 ○有老母
 4)【L3】(×)と(○)のグループの共通点は。
  ×性格や能力など、内的な条件に関すること。
  ○環境など、外的な条件に関すること。
 5)【L3】つまり、鮑叔は管仲をどのように評価していたのか。
  ・様々な失敗は、外的な条件によるものである。
  ・管仲の能力を認めていた。
  ・だから、政治を託すように推薦した。

15.桓公九合諸侯、一匡天下、皆仲之謀。一則仲父、二則仲父。
 1)【語】「九合」「一匡」「父」の意味。
  ・集め合わす。
  ・天下を統一して、秩序立てる。
  ・父として尊敬すること。
 2)【訳】
  ・桓公は諸侯を集め合わして、天下を統一して、秩序立てた。みんな管仲がしたこと   である。一にも管仲、二にも管仲である。
 3)【確】私怨を捨てて管仲を任用したことによって、管仲はその期待に答えて、立派な   政治をした。
 4)【説】管仲の功績について。
・管仲は内政改革に当たり、周代初期以来の古い制度である公田法を廃止し、斉の領土を二十一郷に分けた。物価安定策、斉の地理を利用した塩・漁業による利益などによって農民・漁民層の生活を安定させたが、これらにより民衆は喜んで働き、産業が活性化した。活発な産業は商人を呼び寄せ、商業も活性化した。活発な商業は他国から人を呼び、この中から優れた人材を積極的に登用した。一方で、五戸を一つの単位としてそれぞれの間で監視の義務を負わせたり、不正に対しては厳罰をもってあたった。これらは高い規律と多くの税収を生んだ。
・国内を整備した桓公は魯に攻め込み、領土を奪った。講和条約の調印の際、魯の将軍曹沫は自らの敗戦を償おうと、桓公の首に匕首を突きつけて奪った領土を返還する事を要求した。やむなく桓公はそれに応じたが、斉へ帰った後に「脅された盟約など守る必要はない。今一度魯を攻め、曹沫の首を取ってくれよう」と言った。しかし管仲は「たとえ脅迫の結果であろうとも、一度約束した事を破って諸侯の信望を失ってはいけません」と諌め、領地を返させた。これ以降、桓公の約束は諸侯の間で信頼を持って迎えられ、小国の君主達は桓公を頼みにするようになった。
・これらの政策によって増大した国力と信頼を背景に、桓公は覇者への道を歩む。周王室内部の紛争を治め、北上してくる楚を討って周への忠誠を誓わせ、小国を盟下においた。 この功績により桓公は、周王室から方伯(周を中心とした四方のうち東を管轄する諸侯の事)に任じられた。
・桓公は度々傲慢に傾き、周王朝を蔑ろにしたりしようとするが、管仲はその度毎に諌め、桓公も自らの意に逆らうことであってもその言を受け入れた。曹沫の件や燕斉の国境の不利な変更についても、自分では嫌だと思いながらも管仲の言に従った。

16.【L3】「管鮑之交」の意味を考える。
 ・利害に影響されない、親密な関係。



コメント

ホーム























管鮑之交  学習プリント

学習の準備
1.原文を写し、右に書き下し文、左に訳を書け。
2.次の語の読み方を歴史的仮名遣いで書きなさい。(用言の読みは終止形で)
 斉  桓公  覇  禍  糾  奔  魯  管仲  傅  苢  鮑叔  襄公
 弑  亦  嘗  遮  帯鉤  薦  政  字  夷吾  賈  貪  謀事
 窮困  怯  一匡  則  
3.次の書き下し文に注意しなさい。
 1)襄公為弟無知所弑、無知亦為人所殺。
 2)嘗与鮑叔賈。
 3)鮑叔不以為貪。
 4)桓公九合諸侯、一匡天下、皆仲之謀。
4.次の訳に注意しなさい。
 1)太公望呂尚之所封也。
 2)襄公為弟無知所弑、無知亦為人所殺。
 3)斉人召小白於苢。而魯亦発兵送糾。
 4)鮑叔牙薦管仲為政。
 5)鮑叔不以為貪。

学習のポイント
1.登場人物とその関係と移動先の国を理解する。
2.斉の人が小白を呼び戻した理由を理解する。
3.魯が糾を斉に送り込んだ理由を理解する。
4.小白が先に斉に入れた理由を理解する。
5.鮑叔が管仲を推薦し、桓公が承諾した理由を理解する。
6.鮑叔と管仲の間の出来事と鮑叔の対応とその理由を理解する。
7.管仲の鮑叔に対する評価を理解する。
8.桓公の管仲に対する評価を理解する。