完璧之帰


 戦国時代末、秦が抜きん出た力を付けていた。北方の趙は、秦に対抗するため軍事力を強化した。秦の昭王は趙攻略のチャンスをうかがっていた。そんな折、趙は楚の和氏の璧を手に入れる。
 楚和氏璧は、楚人の卞和が楚の山中で見つけた玉の原石で、楚の脂、に献上したが偽物と鑑定され、卞和は左足を斬られる刑に処せられる。ついで武王に献上したが再び偽物と鑑定され、右足も斬られる。次いで即位したは、卞和が楚山の麓で三日三晩泣き通し血の涙を流しているという噂を聞き、その理由を問いただした所、偽物と鑑定されたことが悔しくて泣いていると分かり、職人に磨かせた所、立派な宝玉となったという伝説の宝玉である。これを手に入れることで、権力と名声を広く示すことができる。
 秦王は楚和氏璧を手に入れたいと思い、十五の都市との交換を要求する。趙王は、だまし取られるのではないかと恐れ、廉頗や諸大臣と相談するが、結論が出ない。とりあえず秦への使者を探した。去勢した男子で宮中の大奥に使える役人である宦官の長官の繆賢が部下の藺相如を推薦する。趙王は藺相如呼び、意見を問う。相如は、両者の力関係から考えて承諾するしかないだろうと言う。秦の要求を拒否すれば趙に非があるが、秦が約束を守らなければ非は秦にある。この二案を比較すると、秦に非を負わせる方が得策だと進言する。さらに、誰も使者がいないなら自分が行き、秦が約束を守るなら璧は置いて来るし、
約束を守らなければ璧を持ち帰ると言う。趙王はそのまま相如を使者として秦に派遣した。
 秦王は宮中の正庁ではなく遊楽に使う離宮の章台で相如に接見する。さらに献上された璧を愛妾や側近に回して大騒ぎする。国と国との会見の礼節を欠いた態度である。その様子から、相如は秦に十五の都市と交換する気がないことを察する。そして、璧に傷かあるので指摘したいといって璧を取り戻すと、後ずさりして柱に寄り掛かり、秦王の無礼な対応に対して激怒の表情をする。これは、外交上の演技でもあった。そして、要求に応じない意見に傾きかけたこと、庶民の間でさえ騙したりしないこと、趙王は秦の威光を恐れて敬意を払うために五日間身を清めた後、相如に璧と書簡を託したことを言う。趙王が斎戒したことは嘘である。そして、それに対する秦王の非礼を並べ立て、璧を取り返した正当性を主張する。そして、力付くで取り返そうとすれば、璧と共に頭ごと柱にぶつけて砕くつもりであることを主張する。璧をいったん秦王に見せ、その素晴らしさを確認させた上で取り返し、脅迫した所に相如の策略があった。
 この後、秦王は謝罪し、地図を広げて交換する十五の都市を示すが、相如はそれも本心でないことを見抜き、秦王に趙王と同じく五日間の斎戒要求し、その間に部下に粗末な服を着せて、璧を趙に持ち帰らせる。相如は部下に璧を持ち帰らせたことを伝える。秦王は相如を殺しても璧は手に入らないと思い、礼を尽くして帰国を許した。


1.【指】「学習プリント」と本文プリントを配布し、1と2を宿題にする。
2.【指】宿題を点検する。
3.【指】教師が範読し、漢字の読みを確認する。
4.【L1】3の書き下し文を板書して確認する。
5.【指】前半をペアリーディングさせる。
6.【L2】前半の登場人物と国名は。《板》
 ・趙───恵文王、藺相如
 ・秦───昭王
7.【説】歴史的状況を説明する。
 ・戦国時代末、秦が抜きん出た力を付けていた。北方の趙は、秦に対抗するため軍事力を強化した。秦の昭王は趙攻略のチャンスをうかがっていた。
 ・そんな折、趙は楚の和氏の璧を手に入れる。

8.趙恵文王、嘗得楚和氏璧。
 1)【説】「和氏璧」を説明する。
  ・璧は、宝玉。環状で平たく、中央に丸い穴があり、外周から穴までの幅が穴の直径 に等しい。
  ・楚人の卞和(べんか)が楚の山中で玉の原石を見つけた。
  ・楚の脂、に献上したが偽物と鑑定され、卞和は左足を斬られる刑に処せられる。
  ・ついで武王に献上したが再び偽物と鑑定され、右足も斬られる。
  ・次いで即位した文王は、卞和が楚山の麓で三日三晩泣き通し血の涙を流しているという噂を聞き、その理由を問いただした所、偽物と鑑定されたことが悔しくて泣いていると分かる。
  ・職人に磨かせた所、立派な宝玉となったという伝説の宝玉である。
  ・これを手に入れることで、権力と名声を広く示すことができる。
  ・現在は、立派な才能がありながら、世に認められていないことの意味で使う。
 2)【説】城を説明する。
  ・城は城壁で囲まれた町。
 3)【訳】訳す。
  ・趙の恵文王は、かつて楚の和氏の璧を得た。

9.秦昭王、請以十五城易之。《板》
 1)【語】「請」「以」「易」の意味。《板》
  ・願い出る。
  ・〜で。手段を表す。
  ・交換する。
 2)【訳】訳させる。《板》
  ・秦の昭王は、十五城でこれ(璧)と交換しようと願い出た。
 3)【指】「易之」の指示内容は。《板》
  ・和氏璧。

10.欲不与、畏秦強、欲与、恐見欺。
 1)【句】意志の句法。《板》
  ・「欲ス〜ト」
  ・〜しようとする。
 2)【句】受身の句法。《板》
  ・「見(る)〜」
  ・〜される。
 3)【構】「欲不与」の主語と目的語は。
  ・趙の恵文王は、和氏の璧を
 4)【訳】訳させる。
  ・(趙の恵文王は)(和氏の璧を)与えないようにしようとすれば、秦の強さを恐れ、与えようとすれば、だまされることを恐れた。
 5)【L1】恵文王の悩みは。
  ・璧を与えない→秦が強いことを恐れる。
  ・璧を与える →秦に騙されることを畏れる。
 6)【L2】秦が強いことを恐れるとは。
  ・璧と交換しないといって攻めてくる。
 7)【L1】秦に騙されるとは。
  ・璧を与えても、十五城をくれない。
  ・どちらにしても、弱い立場の趙には不利である。

11.藺相如願奉璧往。
 1)【説】藺相如を説明する。
  ・趙の宦官(去勢した男子で宮中の大奥に使える役人)の長官である繆賢(びゅうけん)の側近。以下の話の功績で大夫に用いられるが、これを妬んだ廉頗将軍との間に確執が生まれるが、和解して刎頸の交わりを結ぶ。
 2)【語】「奉」の意味。《板》
  ・両手で大切に持つ。
 3)【訳】訳す。
  ・藺相如は璧を大切に持って行くことを願い出た。

12.曰、「城不入、則臣請、完璧而帰。」《板》既至。
 1)【語】「スナハチ」について《板》
  ・則=〜すればその時は。条件句を受けて結果を導く。「〜(スレ)バ則」。レバ則。
  ・即=すぐさま。2つの動作の時間を置かずに続いて行われる。
  ・便=すぐに。「即」と同じ。
  ・乃=そこで、なんと。順接。意外。
  ・輒=そのたびごとに。そのまま。
 2)【語】「臣」「完」の意味。《板》
  ・わたくし。謙譲の一人称。
  ・完全な形に持ち帰る。
 3)【訳】訳させる。《板》
  ・「もし城が手に入らなければ、私は、璧を完全な形で持って帰ります。」既に(秦に)到着した。
 4)【L1】どこに至るのか。
  ・秦。
 5)【説】藺相如の申し出を補足する。
  ・秦は強く、趙は弱い。
  ・秦が要求しているのに、趙が承諾しない→非は趙。
   趙が璧を与えたのに、秦が約束を果たさない→非は秦。
  ・強弱ではなく、非がどちらにあるかを判断基準にする。
  ・城が手に入る→璧を秦に置いて来る。
   城が手に入らない→璧をまともな形で趙に持ち帰る。

13.秦王無意償城。
 1)【訳】訳す。
  ・秦王は町を代償にする気はなかった。
 2)【説】秦が町を代償とする気がないことについて。
  ・宮中の正庁ではなく遊楽に使う離宮の章台で相如に接見する。
  ・璧を愛妾や側近に回して大騒ぎする。
  ・相如を軽く扱っている。

14 相如乃紿取璧、怒髪指冠、卻立柱下曰、「臣頭与璧倶砕。」
 1)【説】「怒髪指冠」について
  ・激しく怒る。
  ・怒りによって頭髪が逆立つ。「怒髪天を衝く」
  ・猫が興奮すると毛が逆立つのと同じ。
 2)【訳】訳す。
・相如はそこで欺いて璧を取り戻し、激しく怒り、柱の傍に後ずさりして立って言った。「私の頭は璧と共に砕けるだろう」
 3)【説】相如が璧を取り戻したことについて
  ・璧に疵があるから説明する言って取り戻す。
 4)【説】頭と璧が共に砕けることについて。
  ・璧を頭上に掲げ、そのまま後ろの柱に激突して、自分の頭と璧を粉々にする。
  ・自分の命と共に、秦が欲しがっている璧も破壊される。
  ・相如の気迫。

15.遣従者懐璧間行先帰、身待命於秦。《板》
 1)【句】使役の句法。《板》
  ・「遣ムAヲシテBセ」。
  ・AにBさせる。
  ・従者に璧を懐に入れて抜け道を通って帰らせる。
 2)【語】「間行」「身」の意味。《板》
  ・抜け道を通って帰る。
  ・自分自身。
 3)【訳】訳させる。《板》
  ・(相如は)従者に璧を懐に入れて抜け道を通って帰らせ、自分自身は秦王の処分を待った。
 4)【説】この場面の後を詳しく説明する。
  ・秦王は、謝って、地図を広げて十五城を与えようと言う。
   相如は、与えるふりをしているだけで、本心ではないと指摘する。
  ・庶民のつきあいさえ相手をだまさない。ましてや大国ならなおさらである。
   一つの璧のために強い秦の友好に逆らうのは得策ではない。
  ・趙王は五日間斎戒して身を清めて、大国に敬意を払う。
   秦王に趙王と同じく五日間の斎戒要求する。
 ・その間に、部下に粗末な服を着せて、璧を趙に持ち帰らせる。

16.秦昭王賢而帰之。
 1)【訳】訳す。
  ・秦の昭王は賢者であると認め、これを帰した。
 2)【指】「帰之」の指示内容は。
  ・相如。
 3)【説】秦王の判断について。
  ・相如を殺しても、璧を手に入れることはできない。
  ・しかも、趙との関係も悪化する。

17.秦王約趙王会澠池。相如従。
 1)【説】澠池の会の経緯を説明する。
  ・秦王は会見しようと趙王を秦に呼び出し、そのまま人質として留め、領土の割譲を迫った。
 2)【語】「従」の意味。《板》
  ・随行する。お伴する。
 3)【訳】訳す。
  ・秦王は約束して趙王と澠池で会見した。

18.及飲酒、秦王請趙王鼓瑟。趙王鼓之。
 1)【説】瑟の説明をする。
  ・中国の雅楽で使われた弦楽器。25弦が普通。奏法は、柱(じ)を立て、右手で弦をはじく。中国ではかならず琴(きん)とともに用いることから、夫婦の仲がむつまじいことのたとえに「琴瑟相和(あいわ)す」のことばが生まれた。
 2)【訳】訳す。
  ・宴会になって、秦王は趙王に瑟を弾くように願い出た。趙王はこれ(瑟)を弾いた。
 3)【指】「鼓之」の指示内容は。
  ・瑟。
 4)【L3】秦王が趙王に瑟を弾くように願い出た理由は。
  ・宴会で秦王のために趙王に余興させることによって辱めようとした。
  ・余興をするのは身分の低い方である。

19.相如復請秦王撃缶為秦声。秦王不肯。
 1)【説】「缶」「秦声」を説明する。
  ・ほとぎ。酒を入れる土器。たたいて歌の調子をとるのにも使った。
  ・秦の俗謡。
 2)【語】「不肯」の意味。《板》
  ・承知しない。
 3)【訳】訳す。
  ・相如もまた秦王に缶をたたき秦の俗謡を歌うことを願い出た。秦王は承知しなかった。
 4)【L2】相如が秦王に缶をたたき秦の俗謡を歌うことを願い出た理由は。
  ・趙王のために秦王に余興させることによって辱めようとした。
  ・趙王を秦王と対等にしようとした。
 5)【L1】秦王が承知しない理由は。
  ・秦の方が上だと思っているから。

20.相如曰、「五歩之内、臣得以頸血濺大王。」《板》
 1)【説】五歩之内の説明をする。
  ・5歩の距離。
  ・極めて近いこと。
 2)【句】可能の句法。
  ・「得ン〜ヲ」
  ・〜できる。
 3)【語】「頸血」の意味。《板》
  ・首の血。
 3)【訳】訳させる。
  ・相如は言った。「わずかな距離、私は首の血を秦王に注ぎかけることができる。」
 4)【L2】首の血を注ぐとはどうすることか。
  ・自分の首を切って自殺し、その血が秦王まで飛び散る。
  ・その距離なら秦王を殺すこともできる。
 5)【L1】前半の同じような場面は。
  ・「臣頭与璧倶砕。」

21.左右欲刃之。相如叱之。皆靡。秦王為一撃缶。
 1)【語】「左右」「刃」「靡」の意味。《板》
  ・側近。
  ・切り殺す。武器で殺す。
  ・たじろぐ。
 2)【訳】訳す。
  ・側近たちはこれを切り殺そうとした。相如はこれを叱りつけた。皆たじろいだ。秦王は(趙王の)為に一つ缶を打った。
 3)【指】「刃之」「叱之」の指示内容。
  ・相如
  ・左右

22.秦終不能有加於趙。
 1)【語】「終」の意味。《板》
  ・最後まで。ついに。
 2)【句】不可能の句法。
  ・「不能ハ〜」
  ・〜できない。
 3)【訳】訳す。
  ・秦は最後まで(威圧を)加えることができなかった。
 4)【L1】何を加えることができなかったのか。
  ・威圧。

23.趙亦盛為之備。秦不敢動。
 1)【句】否定の句法。
  ・「不敢ヘテ〜」
  ・思い切って〜しない。すすんで〜しない。
 2)【訳】訳す。
  ・趙も亦十分にこれに対して備えをした。秦もすすんで動こうとしなかった。
 3)【指】「為之」の指示内容は。
  ・秦。
 4)【L2】趙亦盛為之備とはどうすることか。
  ・秦との国境に軍隊を派遣して、秦の侵略に備えること。
 5)【L2】この故事から生まれた言葉と意味は。
  ・完璧。
  ・欠点が全くないこと。



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完璧之帰  学習プリント

学習の準備
1.原文を写し、右に書き下し文、左に訳を書け。
2.次の語の読み方を歴史的仮名遣いで書きなさい。
 嘗テ  璧  請フ  易ヘン  往ク  完フ  既ニ  償フ  乃チ  紿ク 怒髪  卻立  倶ニ  遣メ  鼓ス  瑟  復タ  缶  肯ズ 頸血 濺グ  刃ス  叱ス  靡ク  終ニ
3.次の書き下し文に注意しなさい。
 1)秦昭王、請以十五城易之。
 2)欲不与、畏秦強、欲与、恐見欺。
 3)卻立柱下曰、「臣頭与璧倶砕。」
 4)遣従者懐璧間行先帰、身待命於秦。
 5)秦王請趙王鼓瑟。
 6)臣得以頸血濺大王。
 7)秦終不能有加於趙。
4.次の訳に注意しなさい。
 1)欲不与、畏秦強、欲与、恐見欺。
 2)遣従者懐璧間行先帰、
 3)臣得以頸血濺大王。
 4)秦終不能有加於趙。

学習のポイント
1.登場人物と国名を把握する。
2.秦と趙の力関係を理解する。
3.楚和氏璧の貴重さを理解する。
4.秦の条件と趙王の心配を理解する。
5.秦王の真意を理解する。
6.相如の気迫に満ちた行動を理解する。
7.澠池での秦王の趙王に対する要求を理解する。
8.それに対する相如の秦王に対する要求を理解する。
9.相如の気迫に満ちた行動を理解する。