村上陽一郎


 現代の科学は、狭い範囲に限定され、出来上がったお膳立ての中で、限定された数の専門家たちが、小さな何か新しいものを積み重ねるという、「たこつぼ」的な営みである。それに対して、環境問題は狭い範囲の中で処理できる性格のものではない。
 例として、炭素の循環という現象にしても、細分化された科学が環境問題に立ち向かうことは不可能である。
 つまり、環境問題は、細分化され専門化された領域設定、設定された問題、設定された方法論、閉鎖的専門化集団の形成を、破壊する性質のものである。
 大気圏中の二酸化炭素の激増という事実から将来の状況を予測するのに、自然現象だけを対象にすればよいのでなく、その原因として、人間の社会生活や産業活動や経済活動や軍事活動や輸送移動活動などの社会現象を考慮しなければならない。
 しかし、自然科学の側にも社会科学の側にも、相互乗り入れの準備はない。むしろ、互いに峻別し分業を成立させてきた。自然科学は、客観性を標榜するあまり社会科学の人間的な要素を排除してきた。社会科学も対象を人間現象に限定してきた。
 しかし、環境問題は、自然科学と社会科学の境界を無意味にし、協力の必要性を要求する。科学は、環境問題という外からの課題によって転機を迎えている。
 アメリカの食品会社が飢餓に悩む子どもに配る善意のキャンペーンがあった。栄養状態が悪く母乳の出ない母親のためになり、栄養も偏らないという常識的な判断があった。
 しかし、指示通り使わなかったり、闇に横流ししたり、水で哺乳瓶や乳首を洗わなかったので細菌が培養し、無残な結果になった。
 その原因は、母親にあるのでなく、自分たちの常識と狭い領域に閉鎖的な科学で判断したアメリカの食品会社や、そのキャンペーンを支持した人々の側に、総合的な推理と判断が欠けていたことにある。
 その地域の生活水の状況、貧しい状態におかれた母親の心理状態、高価そうなものを手に入れた人の心理と行動について、基礎的な知識、それを統合する健全な推理力と予測力を持った人間が必要であった。
 このような場で必要な能力は、狭い範囲で専門家だけを相手に論文を書くようなものではなく、多くの一見無関係な領域の普通の知識に配慮でき、それらを不必要な情報や知識から分離して組み合わせ、さまざまな可能性を導き出すことができ、その結論を検討・評価して、未来について判断を下すことができる能力である。
 環境問題の解決に必要とされる学問は、より大規模で多様であるが、同じようなものである。環境問題が示唆しているものは、科学が独自の制度や方法から解放されなければならないことである。


第一段(1〜3)   板書

1.学習プリントを点検する。
2.読み方を確認する。
 1 営み 2 循環 範疇 
3.語句の意味を確認する。
1セッティング お膳立て。                         
 たこつぼ 海底に沈め、蛸が入るのを待って引き上げる素焼きの壺。
2範疇 同じような性質のものが含まれる範囲。                
 概念 物事のあらましをまとめた意味内容。
3自然科学 自然界の現象を研究する学問の総称。実験・観察・数理に支えられて、対象の記述・説明、さらには事実間の一般法則を見いだし実証しようとする経験科学。ふつう天文学・物理学・化学・地学・生物学などに分ける。
 否が応でも 承知でも不承知でも。どうしても。なにがなんでも。
4.現代科学について(1)
 1)現代の科学の営みとは。4つに分けて答えさせる。
  a)狭い範囲に限定
  b)実験も理論も出来上がったセッティング
  c)限定された専門家
  d)小さな《something new》を積み重ねる
 2)一言で表現すると。
  ・たこつぼ
  ★意味を確認し、図示して説明する。
 3)似ている点は。
  ・用途が限定されている。
  ・入ってくるのを待つ。受身的である。
 4)環境問題の性格は。
  ・狭い「たこつぼ」の中で処理されるような性格ではない。
  ・広い範囲の中で処理される。
  ・現代科学とは対照的である。
 5)この評論が、現代科学と環境問題の関係を論じようとしていることを確認する。

5.炭素の循環の例について(2)
 1)接続詞の使い方を説明する。
  ★「接続の言葉」を配布し、説明する。
  ・例えばA、しかもB、つまりC。
  ・例えば=例示
   しかも=添加
   つまり=換言
 2)「例えば」で、何についてどんな例を提示しているか。
  ・環境問題が狭い範囲で処理できる性格ではないことについて
  ・自然界における炭素の循環という現象の例を提示している。
 3)「しかも」は何に何を添加しているか。
  1)化学、海洋学や海洋動物学や海洋植物学、森林学や生態学、地質学や地形学、気象   学や大気圏物理学。
   既存の学問領域。
  2)大気圏物理学。
   新しい領域。
 4)「つまり」で言い換えていることは。
  ・現代科学で環境問題に立ち向かうのは不可能である。
 5)環境問題について詳しく説明する。
  ・二酸化炭素の増加が地球温暖化につながる。
  ・二酸化炭素は、大気圏、海洋圏、陸上生物圏に蓄えられる。
  ・動植物の呼吸が二酸化炭素を放出し、植物が光合成によって二酸化炭素を酸素に変   える。
 6)現代科学で環境問題に立ち向かうのは不可能である理由は。
  ・環境問題を考えるには、多くの科学領域が必要であるのに、現代科学は細分化され   ているから。
6.現代科学と環境問題について(3)
 1)「つまり」で換言になっていることを確認する。
 2)われわれが直面している事態とは。
  ・環境問題
 3)自然科学の現代的特徴での1の現代科学の特徴の言い換えは。
  a)狭い範囲に限定
   ・細分化され極度に専門化された極度に狭い領域設定と、そこに設定された問題
  b)実験も理論も出来上がったセッティング
   ・そこに設定された方法論
  c)限定された専門家
   ・専門的に扱う閉鎖的専門家集団
 4)3)の中から現代科学のキーワードを抜き出す。
  ・細分化、専門化、閉鎖的。
 5)環境問題が現代科学に対する要求は。
  ・現代科学が閉鎖的な状況から抜け出すこと。


第二段(4〜9)   板書

1.学習プリントを点検する。
2.読み方を確認する。
 4 考慮 5 必須 6 収めて 7 峻別 標榜 8 侵し 9 一途をたどる 
3.語句の意味を調べなさい。
5必須 必ず用いるべきこと。欠かせないこと。                
 要件 大切な用事。必要な条件。
6パースペクティブ 展望。見通し。
7自然科学 自然界の現象を研究する学問の総称。               
 人文科学 政治・経済・社会・歴史・文芸・言語など、人類の文化全般に関する学問の総称。                           
 社会科学 社会現象を研究の対象とする科学の総称。政治学・法律学・経済学・社会学・社会心理学・教育学・歴史学・民族学など。         
 相互乗り入れ 異なる業者どうしが互いに設備・組織などを利用すること。   
 峻別 厳しくはっきりと区別すること。                   
 標榜 目じるしとして立てる立て札。
 アイデンティティー 自己が環境や時間の変化にかかわらず、連続する同一のものであること。
9核心 物事の中心となる大切なところ。                   
 一途 他を考えないで、一つのことに打ち込むこと。
4.基本問題をさせる。
 1)接続詞を、□で囲め。
 2)「それ」の指示内容を、( )で囲み番号を付けよ。
 3)二酸化炭素の激増から将来の状況を予測するのに、まず対象にするものに、線を引き  番号を付けよ。
 4)二酸化炭素の激増の原因に、線を引き番号を付けよ。
 5)「人間の活動」の具体的なものに、線を引き番号を付けよ。
 6)こうした問題がさらに考慮しなければならないことに、線を引き番号を付けよ。
 7)現代の学問が出発点にしてきたことに、線を引き番号を付けよ。
 8)自然科学が人文・社会科学を峻別し分業するためにしてきたことに、線を引き番号を  付けよ。
 9)人文・社会科学が自然科学を峻別し分業するためにしてきたことに、線を引き番号を  付けよ。
 10)「学問領域の細分化」について述べていた段落番号を答えよ。
 11)「侵しがたい境界」について述べていた段落番号を答えよ。
 12)「外から課題として押しつけられた問題」とは何か。
 13)「一つの転機」の内容に、線を引き番号を付けよ。
5.接続詞をチェックする。
 ・逆接が多いので、そこで内容が変わる。
6.大気圏における二酸化炭素の急増について(4〜6)
 1)「それだけ」の指示内容は。
  ・自分を「たこつぼ」の外に向かって開いて、閉鎖性な状況から抜け出すこと。
 2)将来の状況は。
  ・自然現象だけを考慮するのでは不十分である。
 3)原因は。
  ・人間の社会活動。
  ・大量消費の社会生活、産業活動、経済活動、軍事活動、輸送や移動活動
 4)「人間の社会活動」を言い換えると。
  ・社会現象。
 5)ここまでを要約すると。
  ・環境問題を考えるには、自然現象だけでなく社会現象も考慮する必要がある。
7.自然科学と社会科学について(7)
 1)「ところが」が接続していることは。
  ・環境問題を考えるには、自然現象だけでなく社会現象も考慮する必要がある。
  ・自然科学と社会科学は相互乗り入れの準備が出来ていない。
 2)「むしろ」で添加していることは。
  ・互いに峻別し、分業を成立させてきた。
 3)自然科学は社会科学をどのように峻別してきたか。
  ・客観性を標榜する。
  ・人間的な要素を極度に警戒してきた。
 4)社会科学は自然科学をどのように峻別してきたか。
  ・守備範囲を人間現象に限定してきた。
8.環境問題について(8〜9)
 1)「しかし」が接続していることは。
  ・自然科学と社会科学が互いに峻別していること。
  ・環境問題は互いの境界を無意味にする。
 2)「あるいは」で対比していることは。
  ・環境問題は互いの境界を無意味にする。
  ・互いが協力しなければ問題の核心に迫れない。
  ★互いの区別をなくすだけでなく、協力関係を作る。
 3)「外から課題として押しつけられた問題」とは。
  ・環境問題。
 4)科学の「一つの転機」とは。
  ・細分化と閉鎖性を、開放へ向かわせる。

第三段

1.学習プリントを点検する。
2.読み方を確認する。
 10 福音 偏らない 非道 11 哺乳瓶 煮沸 勧め 繁殖 培養 
3.語句の意味を調べなさい。
10福音 喜びを伝える知らせ。                        
 販路 商品を売りさばく方面。                       
11横流し 物資を正規の手続きを経ないで、他へ売ること。           
 煮沸 水などを火にかけて煮立たせること。                 
 繁殖 動物や植物が生まれてふえること。                  
 培養 物事の根本を養い育てること。                    
12感染症 病原体が生体内に侵入・増殖して引き起こす病気。          
4.小段落ごとに音読し、答えに当たると思われる部分に線を引かせ、制限字数に収まるようにアレンジさせる。
5.缶ミルクを配布した食品会社や賛同した人々の常識は。
 ・栄養状態が悪く母乳の出ないお母さんにとっても福音に違いない。
 ・また、十分に栄養素も補強されているから、栄養も偏らない。
   ↓
 ・栄養状態が悪い母親にとって福音であるし、十分に栄養素が補強されているから栄養も偏らないという常識。(49字)
6.無残な結果に終わった理由を2つ。
 ・お母親さんたちは、少しずつ食い延ばそうとしたのだった。闇値をつけて横流しした人も出た。
   ↓
 ・母親たちが食い延ばそうとしたり、闇値をつけて横流ししたから。(30字)

 ・哺乳瓶や乳首は常に清潔にしておかなければならない。しかし、それは豊富な水があって、それが常時使えるという状況の中で初めて可能になる事がらである。
   ↓
 ・哺乳瓶や乳首を常に清潔にするのに必要な水が不足していたから。(30字)
7.このような悲劇が起こった食品会社や賛同した人々の側の理由は。
 ・自分たちの常識と、狭い領域の中に閉鎖的に閉じ込められた科学的な判断だけから、缶ミルクによって飢餓が救えると思い込んだ
   ↓
 ・自分たちの常識と狭い領域の中の閉鎖的・科学的な判断と推理だけで思い込んだから。(39字)
8.この悲劇を救える条件は。
 ・この場に、いくつか領域で基礎的な知識を持ち合わせ、それを統合する健全な推理力、予測力を備えた人間がいたならば、この悲劇は救えたかもしれなかったのである。
   ↓
 ・いくつか領域で基礎的な知識を持ち合わせ、それを統合する健全な推理力、予測力を  備えた人間がいること。(49字)
9.回収して添削し、返却して、解説する。
第四段

1.学習プリントを点検する。
2.読み方を確認する。
 15 利き 演繹 17 示唆
3.語句の意味を確認する。
15目配り いろいろな所に注意を行き届かせること。              
 因果 原因と結果。                            
 演繹 一つの事柄から他の事柄へ押しひろめて述べること。          
 しかるべき 適当な。ふさわしい。
17示唆 それとなく知らせること。                      
4.飢餓救済の場で必要とされる知的能力について(15)
 1)百字以内でまとめることを指示する。
 2)接続しを□で囲ませる。
 3)必要な部分に線を引かせる。
  ・多くの一見関係なさそうな領域におけるごく普通の知識に十分な目配りが利き、
    +「しかも」
  ・必要でない情報や知識からより分けたうえで組み合わせ、
    ↓「そこから」
  (絶対的な因果性に基づく演繹ではないながら)=譲歩条件
  ・さまざまな可能性を導き出してみることができ、
    +「しかも」
  ・結果を検討・評価して、
  ・判断を下すことができる
 4)百字でまとめる。
・多くの一見関係なさそうな領域における普通の知識に目配りが利き、必要でない情報や知識からより分けたうえで組み合わせ、さまざまな可能性を導き出し、結果を検討・評価して、判断を下すことができる能力。(96字)
5.環境問題の解決について(1617)
 1)各節の役割を確認する。
  ・環境問題に〜(譲歩)
  ・環境問題の〜(結論)
  ・よし、〜(補足)
  ・もう一度〜(結論の確認)
 2)「そうしたもの」の指示内容は。
  ・15段落を百字でまとめたこと。
 3)結論を確認する。
  ・科学は科学としての自己を確立するために採用してきた特徴的な制度や方法から解放されなければならない。



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科学者とは何か 学習プリント 第一段(1〜3)
点検   月  日
学習の準備
1.読み方を書きなさい。
 1 営み 2 循環 範疇 
2.語句の意味を調べなさい。
1セッティング  
 たこつぼ  
2範疇  
 概念  
3自然科学  
 否が応でも  
3.次の問題の答えにあたる部分に線を引き、番号をつけなさい。
  ○接続詞を□で囲め。
 11)現代科学とはどんな営みか。
 22)自然界の炭素の循環の例からどんな結論が導けるか。
 33)現代科学の条件は。
  4)環境問題が現代科学に突きつけた要求は。

学習のポイント
1.現代科学の特徴を理解する。
2.環境問題の特徴を理解する。
3.自然界の炭素の循環の例とそこから導ける結論を理解する。
4.現代科学と環境問題の関係を理解する。 


科学者とは何か 学習プリント 第二段(4〜9) 
点検   月  日
学習の準備
1.読み方を書きなさい。
 4 考慮 5 必須 6 収めて 7 峻別 標榜 8 侵し 9 一途をたどる 
2.語句の意味を調べなさい。
5必須  
 要件  
6パースペクティブ  
7自然科学  
 人文科学  
 社会科学  
 相互乗り入れ  
 峻別  
 標榜  
 アイデンティティー  
9核心  
 一途  

基本問題
 1)接続詞を、□で囲め。
42)「それ」の指示内容を、( )で囲み番号を付けよ。
 3)二酸化炭素の激増から将来の状況を予測するのに、まず対象にするものに、線を引き  番号を付けよ。
54)二酸化炭素の激増の原因に、線を引き番号を付けよ。
 5)「人間の活動」の具体的なものに、線を引き番号を付けよ。
66)こうした問題がさらに考慮しなければならないことに、線を引き番号を付けよ。
77)現代の学問が出発点にしてきたことに、線を引き番号を付けよ。
 8)自然科学が人文・社会科学を峻別し分業するためにしてきたことに、線を引き番号を  付けよ。
 9)人文・社会科学が自然科学を峻別し分業するためにしてきたことに、線を引き番号を  付けよ。
810)「学問領域の細分化」について述べていた段落番号を答えよ。
 11)「侵しがたい境界」について述べていた段落番号を答えよ。
912)「外から課題として押しつけられた問題」とは何か。
 13)「一つの転機」の内容に、線を引き番号を付けよ。

学習のポイント
1.二酸化炭素の増加の原因と未来像を理解する。
2.自然科学と人文・社会科学の関係とその理由を理解する。
3.環境問題が現代科学に対して持つ意味を理解する。 


科学者とは何か 学習プリント 第三段(10〜14)
点検   月  日
学習の準備
1.読み方を書きなさい。
 10 福音 非道 11 哺乳瓶 煮沸 勧め 繁殖 培養 
2.語句の意味を調べなさい。
10福音  
 偏らない  
 販路  
11横流し  
 煮沸  
 繁殖  
 培養  
12感染症  

記述問題
1.缶ミルクを配布した食品会社や賛同した人々の常識を50字以内でまとめよ。
2.無残な結果に終わった理由を2つ、それぞれ30字以内でまとめよ。
3.このような悲劇が起こった食品会社や賛同した人々の側の理由を40字以内でまとめよ。
4.この悲劇を救える条件を50字以内でまとめよ。

学習のポイント
1.缶ミルクを配布した食品会社や賛同した人々の常識を理解する。
2.無残な結果に終わった理由を理解する。
3.このような悲劇が起こった食品会社や賛同した人々の側の理由を理解する。
4.この悲劇を救える条件を理解する。 


科学者とは何か 学習プリント 第四段 
点検   月  日
学習の準備
1.読み方を書きなさい。
 15 利き 演繹 17 示唆
2.語句の意味を調べなさい。
15目配り  
 因果  
 演繹  
 しかるべき  
17示唆  

学習のポイント
1.第三段のような場面で要求される知的能力を理解する。
2.環境問題を解決するのに必要な学問の性格を理解する。