大きなプロットは、
何もない砂漠の中で生まれた抽象な「アラビア文字」文化圏と、豊かな自然の中で生まれた具象的な「サンスクリット文字」文化圏。自然豊かな国だったかつての日本は「サンスクリット文字」文化圏に属していたが、産業構造の大変動で外部に規範のない商品社会に変貌した現在の日本は、「アラビア文字」文化圏的なものに変質しなければならない。
キーワードの言い換えは、
「アラビア文字」は、イスラム世界・イスラム教(徒)。
「サンスクリット文字」は、インド゙ヒンドゥー語(文字)・ヒンドゥー教(徒)。
筆者とアラビア文字との出会いは、シリア砂漠に撮影に行った時に、村の長老に、砂の上に自分の名前をアラビア文字で書いてもらった時である。その時、「雲のような」「砂丘の風紋のような」形態のアラビア文字は、「イスラム地方の広大な砂のキャンパスに描かれたことに始まり、そして砂をキャンパスとして描くにふさわしい形へとフォーマライズされた」と「小さな発見」をする。「通説」では、アラビア文字は「石や金属」に描かれたらいしが、「歴史学者は、古代のアラビア人が砂に描いたかもしれぬ古代アラビア文字はけっして見ることができない」ので、この発見は「魅惑的」である。
砂に描かれたという印象だけでなく、アラビア文字そのものの持つ形態も「抽象的」で、「物質とは遊離した、『声』や『魂』あるいは『精神』を形象化したもの」のように見える。「一定の形をとどめず、常に変転として移ろう」「砂漠や半砂漠」の「イスラム世界の風景ほど抽象的なものはな」く、「もし、そこで人間が自己を維持していくには“意識”というもう一つの抽象しか残されていない」。
インド大陸のサンスクリット文字は、「曲線の上下にすべて一定の直線が描かれる」「地平線が現れる」印象がある。つまり、「具体的な生命力が宿る」「動かぬ大地」が現れたのである。さらに、中国大陸の漢字は、「目の前の具体的な自然物を写実した形象文字である。このように、文字の形態の変容は、「自然の変容に、あるいは自然の豊かさの変容に依拠しながら変容するもの」である。
これは、宗教的偶像の有無にも関連する。
イスラム教は「偶像という具体物を信仰の対象としない偶像否定の宗教」であるのに対し、ヒンドゥー教は「無数の偶像を頂く偶像崇拝の宗教」である。偶像を「さまざまな自然の形の様式化」と解釈するなら、ヒンドゥー教は「自然を規範とし、その中に律を求めた宗教」であり、イスラム教は「抽象的自然の中で人間が編んだ戒律を規範とする宗教」である。
ヒンドゥー教は「理念よりも身体感覚を優先させた性質の宗教」でありえた理由は、「インド亜大陸に生命豊かな自然が存在していた」からである。生命や自然は、「生命を正常に維持するための自然科学的な構造をあらかじめ内包しており、その構造を尊び、学び、準拠することによって人間生活をおのずから正常に律せられていった」のである。
イスラムの自然には「体で知るべき、生命や自然の規範が乏しい」。その中で人が自己を律するには「人間の知恵や心といった形のない『内なる自然』より出た規範に身をゆだねる」ことになる。したがってイスラム教は「理念の宗教」になる。
このことは「コーラン」に顕著である。「コーラン」は、激しい怒りと数々の戒めによって人間とその生活を次々と律していく」。それは、「間違いを犯しやすい人間という抽象的動物が抽象的な環境に置かれたとき、そこではより単純明快で強力な法規」が必要になるからである。
日本は、「自然の生命力は驚くほどある」のでヒンドゥー教徒の範疇である。「豊かな自然の中で農耕を営んできた」日本人は、「自然科学の中に潜む道徳を体で学び、それによって生命体としての自己を律してきた」。つまり、「農業とは広義の意味で宗教」であり、これまでの日本人は「自然という外部に自らを律せられ、甘え、それにおすがり」していればよかった。
しかし、日本の産業構造が農業から工業に大変動し、外部である自然が消え、それと交わる日常生活が消え、「人間の欲望を律するのではなく、無限に喚起する商品社会」に取って代わられた。「なんら規範のない、そして無限の蕩尽と消費をよしとする商品社会の中で、外部を無差別に受けいれていく昔からの身体性のみが居残ってしまった」。
現代の日本は「イスラムの砂漠的環境」と似ている。イスラム民族が「理念や知恵によってその抽象的環境を克服した」ように、「ヒンドゥー教徒からイスラム教徒的なるものへ変質しなければならない」。
日本人は「規範や律という人間が生きていく上で不可欠な超自我的なものを失って、右往左往している状態」である。その中で、「イスラム教的なる抽象教義」が現れているが、正しい知恵ではなく、「暴力的な戒律である校則」や「血の通わない無機的な戒律であるマニュアル化社会」や「極度にキッチュな宗教」が氾濫し、いともたやすく洗脳される人が多い。
授業では、アラビア文字とサンスクリット文字の形状の比較から始める。インターネットで自分の名前をアラビア文字にするサイトがあるので活用する。漢字の成り立ちについても、いくつかの象形文字を見て考える。そうした「具体的」な所から入って、論理という抽象的なものを追究していく。
まず、大づかみに、アラビア文字(イスラム教)的なものとサンスクリット文字(ヒンドゥー教)的なものの比較から、日本の昔と現在の規範意識について考えていくというプロットを理解する。
次に、イスラム教が、砂漠という無味乾燥な抽象的な風景の中で、みずからを律する性格を帯びてきたこと。ヒンドゥー教が、豊かな自然という具象的な環境が人間を律してくれるという性格を帯びたことを抑える。
そして、農業を営んでいた昔の日本は、ヒンドゥー教的で、自然が自分を律してくれたが、商品社会に変容した現在の日本では、イスラム教的な抽象的な理念や知恵によって自らを律していかねばならないことを確認する。
文と文の内容的なつながりと、個々の文の意味を分かりやすく考えていく。
全体把握
1.イスラムについて連想すること、知っていることを列挙させる。
★出てきたものをA4の紙に書き、マグネットで黒板に貼り、似た物をまとめていく。
★文字、自然、宗教、風習、戒律など、後の展開の中で考える材料を集める。
★イラク戦争やテロの問題など、タイムリーなものなども多く出るだろう。
2.小段落毎に、1〜24まで番号を付けさせる。
3.全文を黙読させ、大切と思う箇所に線を引かせる。(12分間)
4.おおまかな要旨を50字以内でまとめさせ、初発の段階での感想や意見を書かせる。
・1)アラビア文字と2)ヒンドゥー文字を比較し、3)自然や4)宗教と関連させ、5)現代日本の規範について考える。(45字)
第一段 板書
0.学習プリントを配布し、読みと語句の意味調べさせる。
1.読みを確認する。
2.語句の意味を確認する。
3流麗 | よどみがなく美しいようす。 | ||
風紋 | 風によって砂地の表面にできる波形の模様。 | ||
形態 | ものや柄のかたちやありさま。 | ||
フォーマライズ | 形を与えること。 | ||
4メディア | 媒体。 | ||
通説 | 世間一般に認められている説。 反異説 | ||
魅惑 | 魅力によって、人の心をひきつけ迷わすこと。 |
6抽象 | 個々別々の事物・事柄・具体的概念からそれらに共通の属性を抜き出し、これを一般的な概念としてとらえる心的作用 反具象 | |
形象化 | 外に現れている姿。目に見えるものの形。 同具象 | |
具象 | 目や耳でとらえられるような、はっきりした形・形態をそなえていること 反抽象 | |
7様相 | 事のありさま | |
8堅牢 | 堅くて丈夫なようす。 | |
9写実 | 物事の実際のありさまをありのまま表すこと。 | |
10変容 | 姿・外観が変わること。 | |
依拠 | よりどころとすること。また、そのよりどころ。 | |
11偶像 | 信仰の対象になる像。(ひゆ的に、理想的・絶対的なものとして)崇拝・盲信の対象とされるもの。 | |
12様式化 | 長い間に自然に定まったやり方。約束で定められた形。 | |
規範 | 人間が行動したり判断したりするときに従うべき、価値判断の規準。 | |
律 | 物事がそれに従って行われる、おきて・法則。 | |
理念 | ある物事に関して、何を最高のものとするかについての根本的な考え方。経験を超越し、純粋に理性によって得られた最高概念。 | |
戒律 | 僧尼の守らなければならない道徳的な徳目や修行上の規範。 |
イスラム | インド |
アラビア文字 | サンスクリット文字 |
抽象的 | 具体的 |
砂漠 | 大地 |
イスラム教 | ヒンドゥー教 |
偶像否定 | 偶像崇拝 |
人間が編んだ | 自然を規範とし、その中に律を求める |
13準拠 | よりどころ。 |
15必然 | 必ずそうなること。反偶然 |
16機能 | 物のはたらき。相互に連関し合って全体を構成している各因子が有する固有な役割。 |
体得 | 十分会得(して自分のものとすること。 |
介在 | 両者の間に他のものがはさまってあること。 |
ヒンドゥー教 | イスラム教 |
1)身体感覚を優先させた宗教 2)生命豊かな自然が存在していた=具象 3)自然科学の構造に準拠する |
1)理念の宗教 2)生命や自然の規範が乏しい=抽象 3)「内なる自然」(人間の知恵や心)より出た規範に身をゆだねる ‖ =抽象 ・「コーラン」 ・「六法全書」に近い機能 単純明解で強力な法規 ・声を出して読む 身体性=具象 |
17範疇 | 同じ種類のものの所属する部類・部門の意。 外来カテゴリー | |
広義 | 同じ言葉の指す意味に幅があるとき、指す範囲の広い方の意味。反狭義 | |
18喚起 | よび起すこと。 | |
劇的 | 劇に出て来るようなありさま。緊張し感激させられるさま。 | |
メンタリティー | 精神構造。心的傾向。 | |
19蕩尽 | 財産などを湯水のように使いはたすこと。 |
20克服 | 努力して困難にうちかつこと。 | ||
21的を射る | 物事の肝心な点を確実にとらえる。 | ||
22不可欠 | 欠くことのできないこと。 | ||
超自我 | イド・自我と共に心を構成する三要素の一。自我から分化発達し、あるべき行動基準によって自我を観察し、欲動に対して禁止的態度をとるもの。 | ||
右往左往 | 秩序なくあちらへ行ったりこちらへ行ったりすること。混乱の状態などにいう。 | ||
教義 | 特定の宗教や宗派の信仰内容が真理として公認され、信仰上の教えとして言い表されたもの。ドグマ。 | ||
23無機 | (生命力がない意) 無機化学または無機化合物の略。反有機 | ||
キッチュ | まがいもの。俗悪なもの。 | ||
闊歩 | ゆったりと歩くこと。大股に歩くこと。いばって歩くこと。傍若無人に行動すること。 | ||
洗脳 | 新しい思想を繰り返し教え込んで、それまでの思想を改めさせること。 |
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第一段 ・自分の名前をアラビア文字で砂の上に描かれた。 ↓小さな発見 ・イスラム地方の広大な砂のキャンパスに描かれたことに始まった。 砂をキャンパスとして描くにふさわしい形へとフォーマライズされた。 ・通説=石や金属に描かれた。 ↑ ・歴史学者は、古代のアラビア人が砂に描いたかもしれぬ古代アラビア文字はけっして見ることができない。 |
第二段 1)アラビア文字=抽象 2)サンスクリット文字(ヒンドゥー文字)=具象 3)漢字=具象 ↑ ・自然の変容。自然の豊かさ ↓ ・宗教 1)アラビア文字=抽象性 ・物質とは遊離した『声』『魂』『精神』を形象化したもの ↑面白い=依拠している ・イスラムの風景 ・砂漠 ・生命という具象性が乏しい。 ・一定の形をとどめず、常に変転して移ろう。 ↓ ・人間が自己を維持していく“意識” 2)サンスクリット文字=具象性 ・地平線が現れる ↑ 曲線の上下にすべて一定の直線が描かれる ・インドの風景 ・動かぬ大地 ・堅牢な ・具体的な生命力 3)漢字=具象性 ・目の前の具体的な自然物を写実した形象文字 ↓ ・宗教 ・偶像の有無 ・イスラム教=偶像という具体物を信仰の対象としない偶像否定 ・ヒンドゥー教=無数の偶像を頂く偶像崇拝 ・自然の様式化 ・イスラム教=抽象的自然の中で人間が編んだ戒律を規範とする ・ヒンドゥー教=自然を規範とし、その中に律を求めた |
第四段 ・日本人=ヒンドゥー教徒 ・自然の生命力がある。 ↓ ・自然科学の中の道徳を体で学ぶ。 身体感覚 ・自然によって自己を律してきた ‖ ・農業 ・自然に甘え、おすがりしていれば間違いはなかった。 主体性の欠如 ↓外部である自然や日常生活が消えた ・商品社会 ・人間の欲望を律するのでなく、無限に喚起する。 + ・身体構造 ・外部に甘え、外部に律せられる。 ↓ ・緊急事態 ・無限の蕩尽と消費をよしとする。 ・外部を無差別に受け入れていく。 |
第五段 現代のニッポン=イスラムの砂漠的環境 ・外部になんらの規範がない ↓ ・理念や知恵によってその抽象的環境を克服 ↓ ・イスラム的抽象教義が立ち現れる ・暴力的な戒律である校則 ・血の通わない無機的な戒律であるマニュアル化社会 ・極度にキッチュな宗教 ↓ ニッポン遊牧民族の行き先には、まだ濃い砂塵のとばりが立ちこめたままである。 イスラム 砂漠 |
イスラム感覚 第一段 学習プリント 点検 月 日 組 番 氏名 学習の準備 1.読み方を書きなさい。 2 収める 3 流麗 4 魅惑 2.語句の意味を調べなさい。
学習のポイント 1.作者がアラビア語を意識したきっかけを確認する。 2.作者のアラビア語の印象を確認する。 3.作者の「小さな発見」を理解する。 4.アラビア語成立の通説を確認する。 5.作者が「小さな発見」にこだわる理由を理解する。 6.第一段落の全体での役割を理解する。 |
イスラム感覚 第二段 学習プリント 点検 月 日 組 番 氏名 学習の準備 1.読み方を書きなさい。 7 突如 8 堅牢 10 完璧 顧み 経て 即 依拠 11 偶像 12 頂く 戒律 2.語句の意味を調べなさい。
1)「私の名前が抽象的ではかないもののような気がした」理由は。2つ。 2)「アラビア文字の形態の抽象」とは。 3)「その抽象性を面白いと思う」理由は。 4)「その風景の大半」は何か。 5)「砂漠」の特性は。2つ。 6)そこで「人間が自己を維持していく」のに必要なものは。 7)ヒンドゥー語の新聞を見た時の「視覚的な驚き」とは。 8)ヒンドゥー文字の「地平線」とは。 9)「地平線」は言い換えると何か。 10)「動かぬ大地」の特性は。 11)中国大陸の文字である「漢字」の特性は。 12)「文字の形態の変容が依拠する」ものは。 13)「文字の変容」と関連するものは。 14)「宗教的偶像の有無」から考えて、イスラム教は。 15)「宗教的偶像の有無」から考えて、ヒンドゥー教は。 16)「偶像を自然の形の様式化と解釈する」と、ヒンドゥー教は。 17)「偶像を自然の形の様式化と解釈する」と、イスラム教は。 |
イスラム感覚 第三段 学習プリント 点検 月 日 組 番 氏名 学習の準備 1.読み方を書きなさい。 13 準拠 16 犯し 介在 2.語句の意味を調べなさい。
1.イスラム教やヒンドゥー教の、自然や規範との関係を理解する。 2.「コーラン」の法律的な機能を理解する。 3.「コーラン」を声を出して読まなければならない理由を理解する。 |
イスラム感覚 第四段 学習プリント 点検 月 日 組 番 氏名 学習の準備 1.読み方を書きなさい。 17 範疇 潜む 18 喚起 19 蕩尽 2.語句の意味を調べなさい。
学習のポイント 1.日本人がヒンドゥー教の範疇である理由を理解する。 2.日本人の規範意識を理解する。 3.日本のここ数十年の産業構造の大変動を理解する。 4.日本人の身体構造の変化を理解する。 5.日本人の「緊急事態」を理解する。 |
イスラム感覚 第五段 学習プリント 点検 月 日 組 番 氏名 学習の準備 1.読み方を書きなさい。 20 克服 22 右往左往 23 闊歩 24 砂塵 2.語句の意味を調べなさい。
学習のポイント 1.現代ニッポンとイスラムの共通点を理解する。 2.作者の考えるこれからのニッポン人のあるべき姿を理解する。 3.今のニッポン人の状態を理解する。 4.間違った「イスラム的な抽象教義」を理解する。 |