東下り 芥川  筒井筒  あづさ弓  花橘


東下り


 男とは在原業平のことである。彼は皇族の家計に生まれながら政争の中で臣下に下り、
才能を生かせず、自分を都では用のない人間だと思い込んだ。かねてからの仲間と都落ちを企てた。行く先々で彼は歌人の才能をいかんなく発揮する。
 三河の国ではかきつばたを見て折り句を読む。都の妻を思い出し、乾飯の上に涙してしまう。
 駿河の国で、都へ行く修行者に出会い、妻への手紙を言付けて、夢でも会えない切なさを伝える。富士の山を見て都の比叡山と蔵へながら歌を詠む。
 武蔵の国と下総の国との間の墨田川で船に乗り、都鳥を見てまた都に残した妻のことを思い歌を詠むと、みんな泣いてしまった。
生徒観・指導観 
 平易な文章で旅の過程が書いてあるので内容を把握しやすい。助動詞や助詞の用法や識
別に注意したり、訳しにくい部分に注意しながらスラスラと訳していく。 
 特に注意を要するのは歌である。歌に則して技巧の説明したり、その効果を生かした訳
の工夫をする。そして、歌の心情を理解する。都から遠ざかるにつれて却って都を思う気
持ちが強くなる様子を理解する。 


1.学習プリントを配布し宿題にする。
2.宿題の点検をする。
3.教師が音読する。 
4.生徒と音読する。 

5.昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、京にはあらじ、東の方に住むべき国求めにとて行きけり。もとより友とする人、ひとりふたりして行きけり。道知れる人もなくて、惑ひ行きけり。
 1)「男」が在原業平のことであり、彼のプロフィールについて説明する。 
 2)「けり」が間接体験の過去であることを説明する。 
 3)「要なきものに思ひなして」の理由を説明する。 
  @高子との失恋 
  A母の死 
  B政治的な不遇 
  C生活の清算 
  D観光 
 4)「京にはあらじ、あづまの方に住むべき国求めにとて行きけり」を訳させる。 
  ・「じ」は打消意志 
  ・「べき」は適当 
  ・「求めに」の後に「行かむ」が省略 
  ・京にはいないでおこう、東国に住むのによい国を求めに行こうと思って行った 
5)「道知れる人もなくて、まどひ行きけり」を訳させる。 
 ・「る」は存続 
  ・道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。 

6.三河の国八橋といふ所に至りぬ。そこを八橋といひけるは、水行く河の蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりてなむ、八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に下りゐて、乾飯食ひけり。その沢にかきつばたいとおもしろく咲きたり。それを見て、ある人のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に据ゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめる。
  唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ
 とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。
 1)「至りぬ」の識別。 
 2)「八橋」を図示して説明。 
 3)「渡せるによりてなむ〜いひける」の係り結び。 
 4)「乾飯」の説明。 
 5)「から衣」の歌について、 
  @「かきつばた」という五文字を句の上にすえての意味を考える。 
  A折句の説明。 
   ・各句の最初にあるももの名を一文字ずつ置いて読む技法 
  B折句の例。 
   ・小倉山/峰立ち/ならし鳴く鹿の/へにけむ秋を/知る人ぞなき(おみなへし)
   ・夜(よ)もすずし/寝(ね)ざめかりほ/手枕(たまくら)も/真袖(まそで)の秋に/へだてなき風 (よねたまへぜにもほし)
   ・あくびがでるわ/いやけがさすわ/しにたいくらい/てんでたいくつ/まぬけなあなた/すべってころべ(あいてします)
   ・飽(あ)きもした/し、あの心痛(こころい/た)むごとき愛(/あい)の気持(きも)ち、つ/いに失(う)せたひと。(あしたあいたいきっと) 
   ・飽(あ)きた原因(げん/いん)知(し)らず。しか/たないわ。泣(な)/くのは、やめて、い/なかへ帰(かえ)るわ。(あいたくなんかないわ) 
  C掛詞の説明。 
   ・きつつ =着つつ、来つつ 
   ・なれ  =萎れ、慣れ 
   ・つま  =褄、妻 
   ・はるばる=張る張る、遙々 
  D縁語の説明。 
   ・きつつ(着つつ)なれ(萎れ)つま(褄)はるばる(張る張る)が、「衣」の縁語
  E「し」に注意する。 
   ・なれにし=過去の助動詞の連体形 
   ・つまし、旅をし=強意の副助詞 
  F2通りに訳す。 
   a)美しい着物を着て旅をしているので糊がとれて柔らかくなった褄があるので、洗い張りしながら着てきた旅のことを思う。 
   b)(「から衣きつつ」が「なれ」の序詞)長年慣れ親しんできた妻が京にいるので、遙々と遠くまで着た旅を思う。 
 6)「乾飯の上に涙落としてほとびにけり」のユーモアを説明する。

7.行き行きて、駿河の国に至りぬ。宇津の山に至りて、わが入らむとする道は、いと暗う細きに、蔦・楓は茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者会ひたり。「かかる道は、いかでかいまする。」と言ふを見れば、見し人なりけり。京に、その人の御もとにとて、文書きてつく。
  駿河なる宇津の山べのうつつにも夢にも人にあはぬなりけり
 1)「すずろ」の意味は。
 2)「む」の意味。 
 3)「修行者会ひたり」の訳。 
  a)修行者が旅の一行に会った。 
  b)旅の一行が修行者に会った。 
  ・「修行者」の後に「に」が省略されることはないので、a)がよい。 
 4)「か」「けり」「し」の意味。 
 5)「かかる道」とはどんな道か。 
  ・いと暗う細きに、つた、かへでは茂り、もの心細く 
 6)「と言ふを見れば」の主語は。 
  ・言ふ=修行者 
  ・見れ=旅の一行 
 7)どこで「見し人」なのか。 
  ・都 
 8)「その人」とはどんな人か。 
  ・「御もと」が敬語になっているので身分の高い人 
  ・「文書きて」から女性。 
 9)「うつつ」の意味。 
 10)「なる」「けり」の意味。 
 11)全部を訳させる。 
  ・(駿河にある宇津の山辺の)現実にも夢にも人に会わなかったなぁ。 
 12)序詞は。
  ・駿河なる宇津の山辺の 

6.富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。
  時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ
 その山は、ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ね上げたらむほどして、なりは塩尻のやうになむありける。
 1)「つごもり」の意味。 
 2)「ば」「に」の意味。 
 3)「五月の晦日」は現在の暦ではいつに当たるか。 
  ・7月中旬 
  ・7月中旬にもなって雪が残っている。 
 4)「時」「鹿子まだら」の意味。 
 5)「ぬ」「らむ」の意味。 
 6)訳させる。 
  ・季節をわきまえない山は富士の山。今をいつと思って鹿子まだらに雪が降っているのだろうか。 
 7)「時知らぬ」と言った理由は。 
  ・五月の晦日になっても雪が残っているから。 
 8)「ここ」とはどこか。 
  ・京都。 
  ・自分たちはまだ京にいると思って書いている。 
 9)比叡山と富士の高さの比較。 
  ・八六四メートルと三七〇〇〇メートル。 
 10)塩尻の説明。 

7.なほ行き行きて、武蔵の国と下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをすみだ河といふ。その河のほとりに群れゐて、思ひやれば、限りなく遠くも来にけるかなとわび合へるに、渡し守、「はや舟に乗れ。日も暮れぬ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわびしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。
 1)「なほ」の意味。 
 2)「思ひやる」「わぶ」の意味。 
 3)どこを「思ひやる」のか。 
  ・都 
 4)「わびし」「思ふ」の意味。 
 5)「暮れぬ」「渡らむ」の意味。 
 6)「なきにしもあらず」の品詞分解は訳。 
  ・なき/に/し(副助)/も/あら(ラ変未然)/ず(打消終止) 
  ・ないわけでもない。 

8.さる折しも、白き鳥の嘴と脚と赤き、鴫の大きさなる、水の上に遊びつつ、魚を食ふ。京には見えぬ鳥なれば、みな人見知らず。渡し守に問ひければ、「これなむ都鳥。」と言ふを聞きて、
  名にし負はばいざこと問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと
 とよめりければ、舟こぞりて泣きにけり。
 1)「白き鳥の、〜魚を食ふ」の用法と訳。 
  ・同格 
  ・白い鳥で、嘴と脚が赤い、鴫の大きさの鳥が、水の上に遊びながら魚を食べている
 2)「言ふを聞きて」の主語。 
 3)「名にし」「問はむ」「ありや」の意味。 
 4)訳す。 
  ・名として持っているならば、さぁ尋ねよう。都鳥よ。私が思っている人は無事でい
   るかどうか。 
 5)「わが思ふ人」とは誰か。 
  ・都に残してきた妻や恋人 
 6)「泣きにけり」の理由。 
  ・都を思い出している。 







東下り(伊勢物語) 学習プリント
                                                 点検  月  日
学習の準備
1.本文をノートに写しなさい。その際、右1行左2行空けておきなさい。
2.単語に分けなさい。
3.本文の右に、用言は−−−線を引き、行・活用の種類・活用形を書きなさい。助動詞 は、−−−を引き、意味・基本形・活用形を書きなさい。
4.読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
 蜘蛛手 乾飯 据ゑ 唐衣 駿河 蔦 楓 修行者 五月 鹿の子 比叡 二十 塩尻
 武蔵 下つ総 嘴 鴫 魚 都鳥 
5.次の語句を古語辞典で調べ、ノートに書きなさい。
 えうなし 思ひなす 乾飯 おもしろし 唐衣 つま ほとぶ すずろ うつつ
 つごもり 塩尻 なほ わぶ わびし こぞる
6.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.男が東国へ行った理由を理解する。
2.三河の八橋で歌を詠むきっかけを理解する。
3.「唐衣〜」の歌の修辞を理解する。
4.駿河の国の道の様子と歌を詠む動機を理解する。
5.「駿河なる〜」の歌の修辞を理解する。
6.富士山の描写を理解する。
7.「時知らぬ〜」の歌の解釈を理解する。
8.すみだ河のほとりでの気持ちと歌を詠む経過を理解する。
9.「名にし〜」の歌の解釈を理解する。


 これも在原業平の話。高貴な女で、身分の違いから親が反対していたのであろう女を、長年にわたって求婚していた。男は女がよほど好きだったのだろう。また、女も男が好きだったのだろう。やっと駆け落ちして、暗い中を芥川というところまでやって来た。略奪愛である。男は長年チャンスを待っていたのだろう。平安時代の恋愛の激しさは今以上かもしれない。
 女は深窓の令嬢で、外出したことがなく、ましてや夜の野原など見たこともなかったのだろう、草の上においている露を、「これは何?」と聞く。男は前途も遠く、また夜も更け、追手に追いつかれないうちに先を急ごうとした。こんな時に、男の気持ちも知らないで呑気な姫君だと思ったかもしれない。返事をしている余裕もなかった。このことを後で後悔することになる。しかも、雷が鳴り、雨が激しく降ってきた。そこで、目の前に在った荒れた蔵に女を入れた。そこは鬼が出るという噂の場所であったが、そんなことは知らず、また知っていても雨を防ぐには仕方がない。内にいる鬼よりも、外から追ってくる追手のほうが気になる。追手を阻むために武装し、一晩中寝ないで戸の前に座り、「早く夜が明けてほしい。そうしたら更に遠くに逃げよう」と思っていた。
 中の女も心細かったであろう。今朝までとは境遇が一転した。至れり尽くせりの生活から、汚く真っ暗な蔵の中で一人おびえている。少しは後悔しているのだろうか。蔵には始終雨が降りかかり、雷は鳴り響いている。いくら愛する男が扉一枚隔てていると思っても、心細かったであろう。その時、鬼か何者かと思われる者がいきなり表れ、女を連れ去ろうとした。女は「あれー」と悲鳴をあげたが、雷の音でかき消されて男には聞こえなかった。ようやく夜が明けて蔵の戸を開けて中を見ると、女がいない。男は、鬼が一口で女を食ってしまったのだと思った。地団駄を踏んで泣いたけれども仕方なかった。そして、その気持ちを歌にした。
 女が露を白玉ですかと聞いた時に、露ですと答えて、自分も消えてしまえばよかったのに。実際は、あの時答えることもなかったし、今も自分だけがこうしてここに取り残されてしまった。
 しかしこれは鬼ではなかった。女は二条の后の藤原高子で、いとこに当たる女御のもとに仕えていたが、容貌が大変美しかったので男が以前から求婚していたが、ゆくゆくは天皇の后にして勢力を拡大したいと思っていたので反対していた。それがちょっとした隙に男が連れ出して駆け落ちしてしまった。藤原家にとっては一大事である。そこで兄の基経と国経がまだ官位が低かったころであったが(二人は年齢ではなく官位の順で書かれている)、内裏に参上なさった時に、大変泣いている人がいるのを聞きつけた。この人はだれか。女なら駆け落ちをしたのであれは本意であり抵抗したり泣いたりしないはずである。とすれば、女の親か召使だろうか。とにかく、その声を聞いて男を尾行したのだろう。妹を連れているので、いきなり力づくで取り押さえれば妹に危害が加わるかもしれない。そこでチャンスを待った。男が妹を蔵の中に入れたのを見て、鬼の仕業に見せかけて奪回しようとしたのであろう。しかし、二人はどこから蔵に入ったのだろう。入り口は男が座り込んでいるはずである。予め蔵で待ち伏せしていたとしても、どこから出て行ったのであろう。出入り口が二つあったのか。女が叫び声をあげたのは、暗がりで誰かわからなかったからだろうが、内裏に帰るまでにはその正体が鬼ではなく兄であることがわかったはずである。男は鬼の仕業であると思って諦めるであろうが、女の気持ちはどうだったのだろうか。この時、高子はまだ若くて、入内して天皇の后になる前のことであった。


展開

0.学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
 
1.伊勢物語について、二一六頁を読んで、簡単に説明する。
 ・平安時代
 ・歌物語
  ・物語の中に歌があるのでなくて、歌の説明として物語がある。
 ・作者未詳
 ・「昔、男ありけり」で始まる。
 ・男(主人公)とは、在原業平を指している。
 ・在原業平は、当時ナンバーワンのプレイボーイであった。
 
2.教師が音読する。
 
3.生徒と音読する。

★単語に区切らせ、助動詞を説明し(指摘させ)、難解語句説明し、訳させ、補足説明や 質問をする。
 
4.昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。
 1)「けり」が間接経験の過去である。
 2)「女」の「の」の用法を説明し選択させる。
  1)連体修飾格。「〜の」
  2)主格。「〜が」
  3)同格。「〜で」。下に連体形がある。
  4)独立所有格。「〜のもの」
  5)比喩。「〜のような」
 3)「え〜打消(まじ)」で不可能を意味を表す。
 4)なぜ、男は女を得ることができなかったのか。
  ・親が反対していた。
  ・身分が違う。
  ★よくある話である。
 5)「よばふ」の意味を説明する。
  ・「呼ぶ」に「ふ」がついたもの。
  ・「愛情を訴えて呼び続ける」の意味から、「求婚する」。
 6)「盗み出して」について状況を説明する。
  ・誘拐か、駆け落ちか。
  ・誘拐なら女は同意していない。駆け落ちなら女も同意している。
  ★略奪愛である。平安時代の恋愛も激しい。
 7)「いと暗きに来けり」で、時間設定は夜である。
 
5.芥川といふ川を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ。」となむ、男に問ひける。
 1)「露」ができることを「置く」と表現する。
 2)「なむ〜問ひける」の主語と係り結び。
 3)女はなぜ「かれは何ぞ」と問うたのか。
  ・夜露など見たことがなかったので知らなかった。
  ・深窓の令嬢、箱入り娘で、夜に外に出たことがなかった。
 
6.行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓・胡 を負ひて 戸口にをり、
 1)「更けにけれ」の「に」の識別。
  ・完了「ぬ」連用形
  ・下二段連用形に接続している。(断定ならば連体形に接続)
 2)「多く」「更けにければ」「知らで」「鳴り」「降りたりければ」「押し入れて」の  主語。
 3)正しい語順に入れ換える。
  ・行く先多く、夜も更けにければ、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、鬼ある所とも知らで、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、
 4)なぜ男は女の問に答えなかったのか。
  ・追手が来るといけないので先を急いでいた。
  ・夜が更け、今夜寝る所を探していた。
  ・天気が悪くなったので、さらに早く寝床を探さなければならない。
 5)なぜ男は戸口で武装していたのか。
  ・追手を防ぐため。
  ・鬼と戦うためではない。
 6)蔵の中の女の気持ちを推察する。
  ・男が戸口で守ってくれているとはいえ、恐ろしく、心細い。
  ・昨夜までの境遇と全く異なる。
  ★駆け落ちしてきたことを後悔しているかもしれない。
 
7.「はや夜も明けなむ。」と思ひつつゐたりけるに、鬼、はや一口に食ひてけり。「あなや。」と言ひけれど、神鳴る騒ぎに、え聞かざりけり。

 1)「なむ」の意味を説明する。
  ・願望の助詞。〜てほしい。
 2)「思ひつつゐたりける」の主語。
 3)「食ひてけり」の「て」の識別。
  ・完了「つ」連用形
 4)「思ひつつ」「食ひてけり」「言ひけれ」「え聞かざりけり」の主語。
 
8.やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。足ずりをして泣けども、かひなし。
 1)「やうやう」「足ずり」「かひなし」の意味を確認する。
 2)「来し」の「し」は直接体験の過去である。

9.白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを
 1)「問ひし」の「し」は直接体験の過去である。
 2)「消えなましものを」を品詞分解し、訳す。
  ・消え=ヤ行下二段連用形
  ・な=完了「ぬ」未然形
  ・まし=反実仮想「まし」連体形
  ・ものを=終助詞(逆接確定)
 3)「白玉か何ぞと人の問ひしとき」に該当する部分はどこか。
  ・草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ。」となむ、男に問ひける。
 4)「露と答へて消えなましものを」で男はどんな気持ちか。
  ・露は消えやすいものの象徴。
  ・現実には、「露」と答えていないし、男も消えていない。
  ・気持ちとして、あの時女とじっくり話をして、追手に捕まるかもしれないが、露が消えるように、女と一緒にはかなく死んでしまえばよかった。
  ・それほど女を愛していた。
 
11.これは、二条の后の、いとこの女御の御もとに、仕うまつるやうにてゐたまへりけるを、容貌のいとめでたくおはしければ、盗みて負ひて出でたりけるを、
 1)「仕うまつるやうにて」の「に」の識別。
  ・断定「なり」連用形。(体言接続。完了なら連用形接続)
 2)「仕うまつる」「盗み負ひて」の主語。
 3)「これ」の指示内容は、女が鬼に食われてしまったこと。
 4)女(二条の后)、いとこの女御を系図で確認する。
  ・女(二条の后)=藤原高子。後に清和天皇の后になり、陽成天皇を生んだ。
  ・いとこの女御=明子
  ・堀川の大臣=藤原基経。弟であるが、最終身分が高いので先に書かれている。
  ・太郎国経の大納言=藤原国経。
 5)親が反対していた理由を考える。
  ・当時は自分の娘を天皇の后にして親戚関係を作り、その子どもを天皇にして勢力を拡大しようとしていた。
  ・女性は、政略結婚の道具として使われていた。
12.御兄人、堀河の大臣、太郎国経の大納言、まだ下揩ノて、内裏へ参りたまふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、とどめて取り返したまうてけり。それを、かく鬼とはいふなりけり。まだいと若うて、后のただにおはしける時とや。
 1)「下揩ノて」の「に」の識別。
  ・断定「なり」連用形。体言に接続。
 2)「いふなりけり」の「なり」の識別。
  ・断定「なり」連用形。
 3)「とや」は物語の終わりに用いて伝聞や断定を避ける働きをし、「〜ということだ」と訳す。
 4)堀川の大臣、太郎国経の大納言を系図で確認する。
  ・堀川の大臣=藤原基経。弟であるが、最終身分が高いので先に書かれている。
  ・太郎国経の大納言=藤原国経。
 5)「いみじう泣く人」とはだれか。
  ・女だとすれば、女は連れ出されることを嫌がっていた。
  ・女でないとすれば、いとこの女御か。
  ・また、泣いている場所が「あばらなる蔵」なら女であるが、そこまで追っていくことは可能か。
 6)女の連れ出したのは鬼ではなく兄であったが、「取り返したまう」の方法はどうしたのか。
  ・戸口には男が座っているので入れない。
  ・蔵の中で待ち伏せしていたとも考えられない。
  ・他の入り口があるとすれば、男は間抜けである。しかし、暗く初めての場所なのでそこまでわからなかったなら、仕方がない。



 伊勢物語を代表する純愛である。また、大人になっては愛の技巧の極致である。
 地方で行商をしている親の子供が主人公である。当時の物語として、貴族が主人公にならないのは珍しい。これは地方への憧憬ともとれるし、中央の読者に地方の生活を知らせて好奇心をあおる意図があったのかもしれない。二人は幼なじみで、幼い頃から井戸の周りで遊んでいた。井戸の周りは井戸端会議と言う言葉として今も残っているように、母親同士の社交の場であり、そこに連れてこられた子供たちの遊びの場でもあった。そして、この井戸は成人してからのプロポーズの贈答歌に利用される。
 二人は大人になっても愛し続ける。まるで『タッチ』の世界である。そこに親の邪魔が入る。これは当時の結婚の形態と大きく関連するが、それについては後で触れる。幼い頃に遊んだ井戸の筒の高さより大きくなったから結婚しようと男が求婚すると、髪が肩を過ぎて長くなり大人になったので結婚しましょうと女が答える。吉田拓郎の『結婚しようよ』は「僕の髪が肩まで伸びて君と同じになったら」であり、この話を下敷きにしている。互いに「貴方が見ない間に」とか「貴方でなくっちゃ」など相手を意識した言葉が入っている。そして、めでたし愛でたしゴールインする。
 しかし、女の親が死ぬと二人の愛も醒めてしまう。当時の結婚は婿取婚で、女の母親が男を自分の家に住まわせ経済的な面倒もみるという形態である。だから、女の親が死んでしまえば経済的に苦しくなり夫婦の危機が到来するのである。男は口減らしのため、あるいは性欲のため、新しいパトロンを求めて河内の高安の郡に新しい女を見つけ、足繁く通う。
 女の心中は穏やかでない。経済的に離れた心を愛の力で取り戻そうとする。しかし、追い縋ったり嫉妬をしたりして弱みを見せたのでは男は離れる一方である。そこで女は巧妙な愛の技巧を駆使する。素知らぬ顔をして男を送り出す。男の方は自分が浮気をしておきながら女が浮気をしているのではないかと疑い始める。女は庭の植え込みに隠れている男に聞かせるように、化粧をして男の安否を気づかう歌を読む。化粧は巫女への変身の意味である。女の愛の霊力に男は手もなく引き戻されてしまう。
 一方高安の女は、初めはしおらしくしていたが、慣れてくると油断をして下女につがせていた飯を自分でついでしまう下品な所を男に見られ、愛想を尽かされてしまう。それでも男を思う歌を詠み、一度は取り戻したかに見えたが、やはり元の女の愛の霊力の前には勝ち目はなかった。
 この話は、親が娘の嫁入り道具の一つとして必ず持たせた。これは新妻のバイブルである。女の賢さ、夫婦の危機の乗り越え方、男の扱い方が描かれている。
指導観
 難解語句や、習ったばかりの助動詞を一覧表になったプリントを見ながらチェックさせ、訳をつけさせる。語句は特に難しいものはない。当時の結婚形態などの風習や愛の技巧を今と比べて説明しながら、愛のテクニックのバイブルとして読んで行きたい。プロポーズの名文句や、言葉遊び、恋愛に関する心理テストなどをしながら、楽しく読んでいく。みるのも面白い。


展開

1.学習プリントを配布し、書写と語句の意味調べを宿題にする。学力伸長クラスでは、訳もさせておく。
2.教師が範読する。
3.生徒と一緒に音読する。
●語句や助動詞に注意し訳させて、補足説明する。

 
4.むかし〜恥かはしてありける。

 1)「いなかわたらひ」の説明をする。
  ・田舎で生活すること。あるいは、田舎回りの行商。
  ・主人公は庶民。都の貴族ではなきのが、当時としては珍しい。
 2)「井戸」の意義を説明する。
  ・当時は水道はなく、水は地域の共同の井戸から取っていた。
  ・女の社交場であり、連れて来られた子どもの遊び場でもあった。
  ・井戸端会議と言う言葉として今も残っている。
 3)大人になった二人の様子を考える。
  ・幼なじみが愛し合っている。
  ・『タッチ』の世界。
  ・大人になると恥じらいが混じってくる。
 
5.男は「この女を〜聞かでなむありける。
 1)「女をこそ得め」の係結びに注意する。
 2)「この男を」の後の省略を考える。
  ・得む。または、「こそ得め」
 3)「聞かでなむありける」の係結びを考える。
 4)「あふ」の意味。
  1)対面する。2)偶然会う。3)結婚する。4)争う。5)遭遇する 
 5)親の条件で結婚話を持ってくることは現在でもよくある。
 
6.さて、〜見ざるまに
 1)「かくなむ」の後の省略を考える。
  ・ありける。
  ・直前の「聞かでなむありける」を参考に考える。
 2)「井筒」の説明。
  ・井戸の地上部分を木や石などで囲ったもの。筒井筒は筒状の外枠。
 3)「まろ」の意味。
  ・私。自称の人称代名詞。平安時代、男女・上下の別なく広く用いられた。
 4)「妹」の意味。
  ・妻、恋人、姉妹。男性から女性を親しんで呼ぶ語。
 5)「過ぎにけらしな」の省略と品詞分解。
 6)歌の技法は。
  ・倒置法
 7)男の歌の本意は。
  ・背が高くなった→大人になった→結婚してほしい。
  ・男から女へのプロポーズ。
  ・当時のプロポーズは歌の贈答でした。
 
7.女、返し、〜あひにけり。
 1)「たれ上ぐべき」の係結びと反語の意味。
 2)「振り分け髪」「髪上げ」「上ぐ」を説明する。
  ・女性が成人した時の儀式。
  ・子どもの頃は、振り分け髪で、肩のあたりで短く切り揃えていたが、大人になると髪を伸ばすので、その髪をアップにしてくくる。
 3)女の歌の本意は。
  ・髪が伸びた→大人になった→あなた以外には結婚相手はいません。
  ・吉田拓郎の『結婚しようよ』の歌詞と「♪僕の髪が肩まで伸びて、君と同じになったら、約束取り迎えに行くよ、結婚しようよ、うんん♪」と比較する。
 4)求婚の歌の言葉遊びをする。
  1)男女の言葉を提示する。
   ・男「飽(あ)きもしたし、あの心(こころ)痛(いた)むごとき愛(あい)の気持(きもち)、ついに失(う)せたひと」
   ・女「飽(あ)きた原因(げんいん)知(し)らず。しかたないわ。泣(な)く
   のは、やめて、いなかへ帰(かえ)るわ」
  2)どちらも三十一文字あることに気づかせ、短歌と同じく五七五七七に区切り、句の最初と最後の字をつなげる。
   ・男「飽()きもし、あの心(こころ)痛()むごと/愛(い)の気持(きもち)、に失(う)せたひ
   ・女「飽()きた原因(げん)知(し)らず。しないわ。/泣()/のは、やめて、かへ帰(かえ)る
  3)すると、次のような言葉が浮かび出てくる。
   ・男「明日、会いたい。きっと」
   ・女「会いたくなんかないわ」
  4)初めの歌と後の言葉で、男と女の立場が逆転している。こういう言葉遊びを、アクロスティック、日本では、沓冠(くつかぶり)と言う。
 5)「本意」の意味。
  ・本来の目的、本来の志、かねてからの願い。
 6)角川文庫の『口説き言葉辞典』の中から面白いものを紹介する。
 7)昔は歌の贈答で愛を告白していた。今は……。
 
8.さて、〜いできにけり。
 1)「年ごろ」の意味。
  ・長年の間。長年。数年間。数年来。
 2)「頼り」の意味。
  1)よりどころ 2)縁故、ゆかり 3)具合、配置 4)機会、ついで 5)知らせ、手紙
 3)「ままに」の意味。
  1)〜のとおりに 2)〜にまかせて 3)〜するにつれて 4)〜ので 5)〜したまま 
  6)〜するやいなや。
 4)「あらむやは」の文法的説明と訳。
  ・反語。
  ・いようか、いや、いないでいよう。
 5)当時の結婚の形態について
  1)どちらの親が結婚を勧めたのか。
   ・女の親。
  2)結婚の形態について
   ・当時は婿取婚であった。
   ・女の親が男を選び、婿入りさせ、経済的に面倒を見た。
   ・女の親が死んでしまえば経済的基盤を失う。
 6)高安に新しい女ができた理由は。
  ・男は行商に出た。そこで知り合った女。
  ・妻の巻き添えをくうのはやりきれないという男の利己心?
  ・自分が出ていくことによって経済的な負担を軽くする?
 7)金の切れ目が縁の切れ目。今も昔も同じなのだろうか。
 
9.さりけれど〜うちながめて、
 1)「あし」の意味。
  ・悪い。
  ・よし→よろし→わろし→あし。
 2)「このもとの女」とは。
  ・妻
 3)「異心」の意味。
  ・浮気心
 4)「ながむ」の意味。
  1)物思いにふける。2)一点を見つめる。3)遠くを見る。
 5)「かかる」の指示内容。
  ・「あしと思へる気色もなくて、いだしやりけれ」
 6)女が化粧をしているのを見た男の気持ちは。
  ・やはり自分の留守中に他の男と会うので美しくしていると思っている。
  ・本当は、男の安全を祈るために、巫女に変身するため。(後で説明する。)
 7)自分が浮気をしているのに、妻を疑う男の身勝手さ。妻の素行の正体はいかに。次の段落で明らかになる。
 
10.風ふけば〜越ゆらむ
 1)序詞を含めて全文を訳させる。
  ・風が吹くと沖で白波が立つという竜田山を夜中にあなたは一人で越えているのでしょうか。
  ・山で波が立つのか?から序詞について説明する。
 2)使われている修辞技巧について説明する。
  1)序詞(ある言葉を導く、比較的長い語句)
   ・「風吹けば沖つ白波」が「たつ」を導く。
   ・枕詞(ある言葉を導く、5文字以内の言葉)との違いも説明する。
  2)掛詞(一つの言葉が2つの意味を表す技法)
   ・「たつ」。
   ・「(白波が)立つ」と「竜田山」
 3)歌の心は。
  ・浮気に出ていても夫のことを心配している。
 4)浮気に行く夫を知りながらも、健気に夫の安否を気づかう妻?
 
11.と詠みけるを〜いかずなりるけり。
 1)「かなし」の意味。
  1)しみじみとかわいい。切なくいとしい 2)身にしみておもしろい。すばらしい
  3)切なく悲しい 4)ふびんだ、かわいそうだ、いたましい 5)くやしい、残念だ、しゃくだ 6)貧しい、生活が苦しい
 2)女の策略について考える。
  ・女は夫の浮気を知りながら、純粋に夫の安否を気づかっていたのか?
  ・女の策略だったのか?
   ・浮気にでる夫を表立って責め立てない。そのうち夫の方が 不安になるのを待つ。
   ・夫が植え込みに隠れているのを知っていて、夫を心配している歌を聞かせる。
   ・化粧したのは貞淑な妻を装うため。あるいは、巫女に変身し霊力をつける。
 
12.まれまれ〜〜雨は降るとも
 1)「心にくし」の意味。
  1)奥ゆかしい。2)恐るべきだ。3)不審だ。
 2)「こそ〜けれ、」の用法を説明する。
  ・逆接
 3)「心憂がり」の意味。
  1)情けない、つらい、心苦しい 2)不快だ、あってほしくない
 4)「来てみれば」「つくれけれ」「見て」の主語。
 5)「心憂がり」の理由は。
  ・高安の女は男が通うだけあって裕福なはずである。
  ・当然侍女が飯を盛るはずなのに、自分で盛っているのがはしたない。
 6)「な〜そ」の意味。
 7)「かの女」とは。
  ・高安の女
 8)大和の方を見ている理由は。
  ・男が大和に住んでいるから。
 9)歌の修辞について説明する。
  ・倒置法。
  ・雨は降るとも→生駒山雲な隠しそ
 10)高安の女は金はあるが品のない女だった。メッキはすぐにはがれる。金の力より愛の力の方が強かった。
 
13.と言ひて〜住まずなりにけり。
 1)大和人とは誰か。
 2)「見いだす」「言へり」「待つに」の主語を確認する。
  ・男
 3)「もとの女」と「高安の女」を比較する。
  ・もとの女は、財力はなくなったが、夫を思う気持と、歌の才能ががあった。
  ・高安の女は、財力はあるが、品がなく、歌も直接的で才能がなかった。
 4)この話から、教訓として学べることをまとめる。
 5)「恋愛に関するアンケート」をする。



 都から余り遠くない田舎に住んでいた男が主人公である。「筒井筒」と同じく都の貴族以外が主人公である。田舎だけの仕事では生活ができないため、男は宮仕えするために、愛する妻と別れを惜しんで都へ行く。男は再会を約束したのだろう。女も再会を固く信じていたのだろう。
 しかし、都へ行ってから三年間、男は一度も帰って来なかった。都から余り遠くない所なので、せめて正月や盆の休みには帰って来れるはずである。帰って来ないのは、主人に気に入られてよほどの忙しかったのか、他に女ができた可能性が強い。当時の法律では、子供がない場合、夫が三年帰って来なければ、妻は離婚してもよいとされていた。女は夫を愛し信じていたが、ついに待ち疲れてしまい、一生懸命言い寄ってきた男と結婚の約束をしてしまう。女盛りのこの女を責めることはできない。
 そして、初夜を迎える日、なんと夫が帰ってきた。戸を開けてくれと男は言うが、女は開けないで歌を詠む。
 「三年間、待ち疲れて今夜初夜を迎えるのですよ」と、事実を報告しているのだが、歌に込められた女の気持はどうだろう。「三年間帰って来なかったので、私は新しい男と再婚するのよ、ざまーみろ」という当てつけ、怒りなのか。「新しい夫と初夜を迎えるというのに、諦めたはずの愛情が再び燃え上がってきたわ、どうしましょう」という困惑なのか。「今夜初夜を迎えることを伝えたら、きっと止めてくれるにちがいない」という期待、喜びなのか。
 ところが、夫は、「私との愛の生活と同じように、新しい夫と年月を経て愛し続けなさい」と言って去ろうとする。その時の男の気持ちはどうだろう。「三年間帰って来なかった俺が悪かった。まだ妻に対する愛は変わらないが、ここは妻の新しい門出を祝福して、潔く身を引こう」と後悔したのか。「都に愛人ができたが、妻のことが気になって戻ってきたが、妻も再婚するなら、お互いさま。ラッキー」と喜んだのか。男は立ち去ろうとする。立ち去ってしまうなら、自分との生活を思い出させるような言葉を詠むのは、女を苦しめるだけである。これが復讐でないとすれば、自惚れであろう。
 妻は「まだ私に愛情が残っているのかどうか、あなたの気持ちがどうであれ、私は昔からあなたが好きで、今も変わらない」と慌てて訴える。女の愛情はまだ昔のままだった。夫の愛情も変わらないものと信じていたのだが、夫の愛情は離れてしまったのかもしれない。それなのに、思わせぶりな歌を詠んで夫の気を引こうとしたのが裏目に出た。女は必死で自分の気持ちを伝えようとする。
 しかし、男は去って行った。女は非常に悲しみ、後を追ったが追いつかなかった。男はかなりの速さで去って行ったことになる。男が妻に未練を残していたなら、足取りも重く、もしかしたら女が追ってくるのではないかと、振り向きながら帰るはずである。やはり、肩の荷が下りて気分も軽やか足どりも軽やかに、愛人の待つ都へスタコラサッサと急いで帰って行ったのであろう。
 女は走り続けたが、とうとう力尽きて清水の湧き出ている所で行き倒れてしまう。指を切って血を出して、そこにあった岩に歌を書きつける。「私の愛にこたえてくれないで去って行った夫を引き止めることができないで、私は死んで行くのだろう」。私は愛し続けていたのに、夫の愛はとっくに冷めてしまっていたことをはっきりと認識した。私の愛は及ばず、死んでいくのだろう。自分のことなのに、客観的なのが気になるが、愛の敗北宣言である。そして、女の愛は無駄になり、女も愛と共に死んでいく。
 「筒井筒」でも夫が浮気をするが、妻はしおらしく夫の安否を気づかう歌を詠んだことによって、男の愛情を取り戻した。「あづさ弓」でも、最初の歌をもっと素直に詠めばよかったのか。それでも、結果は同じだったのか。三年前に約束した愛はなぜ消え去ってしまったのか。それにしても、今夜結婚を目前にしていた男は災難である。ドラマでも、こんな三枚目はよく登場する。
 様々な愛の形を、「筒井筒」と対照させながら考えていく。和歌が四首あり、その歌に込められた気持ちだけでなく、枕詞、序詞、縁語、言葉の受け継ぎなど、さまざまな修辞法についても学習していく。また、助動詞とその接続としての動詞の活用、係り結びの、文法についてもさらに繰り返して学習していく。


0.学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
1.教師が音読する。
2.生徒と音読する。

★単語に区切らせ、助動詞を説明し(指摘させ)、難解語句説明し、訳させ、補足説明や 質問をする。

3.昔、男、片田舎に住みけり。男、「宮仕へしに。」とて、別れ惜しみて行きけるままに、
 1)「片田舎」について
  ・注の説明を確認する。
  ・『筒井筒』と同じく、地方にする人物が主人公になっている。
 2)「宮仕へ」について、
  ・注の説明を確認する。
  ・田舎では収入がなく生活できないので、都会へ出稼ぎに出かけた。
 3)「別れを惜しみ」について、
  1)誰が誰に別れを惜しんでいるのか。
   ・夫が妻に。
  2)二人の気持ちは。
   ・愛し合っているが、別れた。
   ・夫は再会を約束し、妻は再会を信じている。

4.三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねんごろに言ひける人に、「今宵あはむ。」と契りたりけるに、
 1)「ねんごろ」の意味を確認する。
  1)丁寧な 2)親しい 3)一生懸命
 2)「来ざりければ」「待ちわびたりける」の主語を確認する。
 3)夫が、都から余り遠くないのに、三年間一度も帰って来なかった理由は。
  ・主人に気に入られ、休みがもらえなかった。
  ・都に別に好きな人ができた。
 4)三年間、夫を待つ妻の気持ちを想像する。
  ・安否を気づかう。
  ・三年間、夫がいなければ、精神的にも、肉体的にも寂しい。
  ・再婚したくなるのも自然である。
  ・放っておいた男が悪い。
 5)再婚に関する令について説明する。
  ・夫が他国へ行って帰らない時は、子供のある妻は五年、ない妻は三年で再婚できる。
  ・子供の有無で期間を変えた根拠は何か?
 6)「今宵をはむ」とは、具体的にどうすることか。
  ・今夜、初夜を迎える。

5.この男来たりけり。「この戸開けたまへ。」とたたきけれど、開けで、歌をなむよみて出だしたりける。
 1)「この男」とは誰か。
  ・宮仕えに行った夫。
 2)「たたきけれど」「開けで」の主語を確認する。

6.あらたまの年の三年を待ちわびてただ今宵こそ新枕すれと言ひ出だしたりければ、
 1)「あらたまの」が「年」にかかる枕詞であることを説明する。
  ・枕詞=ある語を導き出す、五音の語。
 2)歌の意図を考える。
  ・単なる事実報告ではない。
  a.三年間帰って来なかった夫への、当てつけ、怒り。
  b.新しい夫と初夜を迎えるという日に、前の夫が現れ、まだ愛情が冷めていないことへの困惑。
  c.きっと再婚を止めてくれるにちがいないという、期待、喜び。 
  ★ここが、女の気持ちを考えるポイントになる。

7.あづさ弓ま弓槻弓年を経てわがせしがごとうるはしみせよと言ひて、いなむとしければ、女、
 1)「あづさ弓ま弓槻弓」が「年」の序詞であることを説明する。
  ・「槻」に「月」をかけて「年」を導く。
  ・序詞=ある語を導き出す、7音以上の語句。
 2)歌の意図を考える。
  a.せっかく帰って来たのに、新しい夫と再婚した妻を責め、皮肉を言っている。
  b.三年間放っておいた自分を責め、未練を残しながらも、妻の新しい人生を祝福し   ている。
  c.都に好きな女ができたが、妻のことが気になって戻ってきたが、妻も再婚するの   で肩の荷が下り、心から祝福している。

8.あづさ弓引けど引かねど昔より心は君に寄りにしものをと言ひけれど、男帰りにけり。

 1)相手の歌の言葉を使って答えるのが贈答歌のルールであることを説明する。
 2)「あづさ弓」が「引く」の枕詞であることを説明する。
 3)弓は「引く」と体に「寄る」ので、「引け」「引く」「寄り」は「弓」の縁語である  ことを説明する。
 4)歌の意図を考える。
  ・相手の気持ちがどうであれ、自分は今もあなたを愛している。
  ・最初に拒絶的なポーズをして夫を責めたことを後悔し、慌てて本心をぶつけている。
  ・最初は夫を責める強い立場だったが、今は夫にすがる弱い立場に逆転している。

9.女、いと悲しくて、しりに立ちて追ひ行けど、え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり。そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
 1)女が追いつかなかったことから何がわかるか。
  ・夫が急いで都へ帰った。
  ・夫には未練はなく、喜んで都の女の所へ帰って行った。
 2)急いで走ってきたので喉が渇き、水を飲もうとしたのであろうことを説明する。
 3)指の血はどうして出てきたか。
  ・転んで指を傷つけた時の血。
  ・岩に字を書くために、わざわざ指を傷つけて血を出した。
  ・後者だとしたら、女の激しい情念を感じる。

10.相思はで離れぬる人をとどめかねわが身は今ぞ消え果てぬめると書きて、そこにいたづらになりにけり。
 1)歌の気持ちを考える。
  ・愛情を裏切られ、絶望して死んでいく。
 2)『筒井筒』の妻と比べる。
  ・『筒井筒』では、夫の浮気を知りながらも、夫を責めず、逆に心配していたので夫の愛情が戻った。
  ・『あづさ弓』では、夫の無沙汰を皮肉を込めて責めたので、夫の心を引き戻すことができなかった。



 「あづさ弓」に続いて、再婚について書かれた章段。今回は浮気でなく、仕事人間である。妻への愛情を顧みず仕事に打ち込む。妻は寂しくなって、まめに愛してくれる男の元へ行く。男は出世して、宇佐神宮の使者になる。使者として全国を回るのだが、ある時、ある国の接待役人の妻が、自分の前の妻であることを知る。男は、わざわざその役人に、「お前の妻に、つまり自分の前の妻に、酌をさせろ。さもなければ、俺は酒を飲まないぞ。そうしたら接待役人としてのお前は首になるぞ」と権力を傘に着て、女が逃げられない状況を作る。役人は、男の意図を知らないから、言われるままに妻に酌をさせる。妻も最初は気づかない。このあたりは妙である。かりにも前の夫である。気づかないはずはないのだが、そこは物語である。酒の肴に出された橘を見て、『古今集』にある詠み人知らずの歌を詠む。橘の花の香りを嗅げば、昔好きだった人の袖の香りがする。昔は、着物にお香を焚きつける。昔の妻のお香の香りが橘の香りだった。その歌を聞いて、やっと女は目の前にいる使者が前の夫であることに気づく。そして、女は尼になって山寺にこもる。
 男は、どういうつもりで女の前に姿を現したのだろうか。妻のことが好きでもう一度会いたかったのだろうか。それとも、自分を捨てて他の男と再婚したことへの復讐だろうか。それは、女の行動が答えてくれている男の行動が愛情に基づくものならば、女は、今の夫を捨てて男と寄りを戻すだろう。尼になるということは、自分の罪を償うためである。罪とは、前の夫を捨てて今の夫と再婚したことである。前の夫の出現は、女をそこまで追い詰めた。男の目的もそこにあったのだ。女の尼にすることで、女だけでなく、妻を奪いさった男へも復讐をしたのだ。歌を詠んでいる男の、陰湿な笑みが目に浮かぶ。女が他の男の元へ走った原因は、自分が仕事にかまけて妻を顧みなかったことにあるのに、それを棚に上げて妻を責める。仕事しか頭にない男だからこそ、こんな自己中心的なことができるのかもしれない。最低の男である。もしかしたら、女は、こんな最低の男と一度でも結婚した自分の愚かさを悔いて尼になったのかもしれない。それにしても、今の夫は災難である。自分は前の夫から妻を奪い取ったという意識はないだろう。夫が自分を顧みてくれない可哀相な女に情をかけて、田舎で細々と幸せな暮らしをしていたのに、突然前の夫が現れて愛情もないのに憎しみだけで妻を尼に追い詰めた。茫然自失であろう。これは、『あづさ弓』の夫と同様である。



0.学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
1.教師が音読する。
2.生徒と音読する。

★単語に区切らせ、助動詞を説明し(指摘させ)、難解語句説明し、訳させ、補足説明や 質問をする。

3.昔、男ありけり。宮仕へ忙しく、心もまめならざりけるほどの家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へ住にけり。
 1)「まめ」の意味を確認する。
  ・誠実に。
  ★現在でも、「まめな人」という言い方をする。この場合は、「勤勉な」の意味。
 2)「思ふ」の意味を確認する。
  ・愛す。
 3)主語の変化に注意する。
 4)妻が再婚した理由は。
  ・夫が誠実に愛してくれないので、寂しくなった。
 5)男が「まめ」でなかった理由は。
  ・仕事が忙しかったから。
  ★現代社会にもいる仕事人間。猛烈社員。
 
4.この男、宇佐の使にて行きけるに、ある国の祇承の官人の妻にてなむあると聞きて、 「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ。」と言ひければ、
 1)宇佐神宮を説明する。
  ・大分県宇佐市に鎮座。平安時代から豊前国の一宮でもあった。
《古事記》にもみられる。古くから朝廷の崇敬をうけたとみられ,奈良時代には鎮護国家の神として厚い崇敬をうけた。また源氏の崇敬を受け鶴岡八幡宮が勧請されるなど全国的に発展した。平安時代も、権威ある神社であった。その使者になったのだから、男は出世したことになる。
 2)祇承の官人の職務を確認する。
  ・勅使の接待をする。
  ・だから、男が宇佐神宮の使者として来たならば、接待しなければならない。
 3)男の魂胆を確認する。
  ・自分の職権を利用して、前の妻を酌をさせようとした。
  ★その理由が、愛情があったからなのか、自分を捨てた復讐なのか。問題提起だけしておく。
 
5.かはらけとりて出だしたりけるに、さかななりける橘をとりて、五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
 1)「橘」の説明をする。
  ・果樹の一つ。今のこうじみかん。初夏に香りの高い白い花が咲く。果実はみかんに似ていて、食用ともする。
 2)主語の変化に注意する。
 3)和歌について説明する。
  ・古今和歌集の詠み人知らずの歌。
  ・ふとかいだ橘の香りから昔の恋人を思い出し、懐かしんで詠んだ歌。
  ・昔は、着物にお香を焚きつけていた。前の妻のお香の香りが橘の香りであった。
 4)この歌を詠んだ男の気持ちを考える。
  ・後の女の行動から考える。
 
6.と言ひけるにぞ思ひ出でて、尼になりて山に入りてぞありける。
 1)主語の変化に注意する。
 2)女が尼になった理由を考える。
  ・尼になるのは、仏道に入って、罪を償うためである。
  ・前の夫と別れて、再婚したことを悔いている。
  ・しかし、愛情のない夫と別れることは悪いことなのか。
 3)再び、男の行動について考える。
  ・男は、復讐のために現れた。
  ・女の逃げられない状態にしておいて、厭味な歌を詠んで、女を追い詰める。
 4)新しい夫の気持ちを考える。
  ・確かに、女を奪ったのは悪いことである。『あづさ弓』のように三年夫が帰って来なかったという正当な理由もない。
  ・しかし、職権を使われて、目の前で妻を奪われる気持ちは耐えられないものがある。
7.まとめをする。
 ・『芥川』の女を奪い返された男、『筒井筒』の浮気をした男、夫を奪い返した女、浮気相手であった女、『あづさ弓』の三年帰って来なかった男、夫を追って死んでしまった女、『花橘』の仕事人間の男、尼になった女の生き方について、本文を引用しながら、感想を書く。



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