因果の花


風姿花伝 


 優れた舞台成果である「花」の原因と結果を知ることは最も大切なことである。初心からの稽古が因で,名声を得ることが果である。だから、稽古をおろそかにすると果を得ることは難しい。稽古をしなければ良い結果は得られない。
 また、時の運を知ることも大切だ。男時と女時がある。良い時と悪い時である。能にも男時と女時がある。これはどうしようもない因果である。あまり大事でない舞台では、どうしても勝ちたいと執着せず、骨折りもせず、負けても気にしない。全力を出さずに能をして見物人を興ざめな状態にしておいて、大切な上演をする時には得意の演目を技巧をこらして演じると、見物人も意外と思うので、勝つことができる。勝ち目のない時は手を抜いてレベルを下げておいて、得意な演目の時に全力を出すと、実力以上に高い評価を得られる。
 三日にわたり三演目する時は、一日目は手を抜いて、重要な日に、得意な、良い能を、一番良い部分が見えるようにするのがよい。一日の内でも、女時になった場合は、最初は手を抜いて、相手の男時が女時に、良い能をたたみかけて演じるのがよい。その頃には自分の男時が回復している。とこでとっておきの上演をする。自分に男時と女時があるように、相手にも男時は女時がある。自分の女時の時は自重して、相手が女時に入った時に一気に攻める。
 すべての勝負で一方が華やかで調子づく男時がある。勝負の能を上演時間が長くなると、
男時と女時が味方にも敵にもめぐってくる。ある人は「勝つ神と負ける神が勝負の場を見守っている。相手の出来栄えが良い時は勝つ神が向こうに行っていると考えて慎むべきである。勝つ神が自分の方に来たと思う時は自信のある能をするのがよい。長い勝負の場合は勝機が行ったり来たりする。勝機が来た時に、自分の得意で一気に勝負するのが良い。これが、能の場での因果である。疎かに思ってはならない。信じる心のある所に功徳がある。この勝負の機微を信じるところに勝機が出てくる。


1.【説】風姿花伝について説明する。
2.【説】因果の花の主旨について説明する。
 ・能を極め名声を得るための既決が書いてある。それは、芸道だけでなく、勝負一般に  通じるものである。
3.【指】学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
4.【指】漢字の読み方の確認をする。
 因果  極め  時分  去年  男時  女時  申楽  我意執  貯ひて 醒め
 得手  精励  肝要  三庭  折角  眼精  揉み  宗と  勝神

5.因果の花を知ること、極めなるべし。一切みな因果なり。初心よりの芸能の数々は、因なり。能を極め、名を得ることは、果なり。しかれば、稽古するところの因おろそかなれば、果をはたすことも難し。これをよくよく知るべし。
1)【語】語句の意味
 ・因果の花=優れた舞台効果をもたらすためのら原因と結果。
 ・極め=到達点。最も大切なこと。
 ・芸能=稽古によって得られた技能。ここでは芸術一般ではない。
 ・しかれば=だから。
2)【L1】能における因と果は何か。
 ・因=芸能の数々
 ・果=名を得ること。
3)【法】助動詞「べし」の意味。
 ・す(推量)い(意志)か(可能)と(当然)め(命令)て(適当)。
 ・極めなるべし(推量)
 ・知るべし(当然)
4)【L1】「これ」の指示内容。
 ・稽古するところの因おろそかなれば、果をはたすことも難し
5)【訳】
 優れた舞台効果をもたらすためのら原因と結果を知ることは到達点である。すべては原因と結果である。初心の時から稽古によって得られた技能の数々は、原因である。能を極め、名声を得ることは結果である。だから、稽古をするという原因をおろそかにすると、良い結果を得ることも難しい。これをよくよく知るべきである。

6.また、時分にも恐るべし。去年盛りあらば、今年は花なかるべきことを知るべし。時の間にも男時女時とてあるべし。いかにすれども、能にもよき時あれば、必ず悪きことまたあるべし。これ、力なき因果なり。
1)【語】語句の意味。
 ・時分=時の運。
 ・男時=運が付いている時。
 ・女時=運が付いていない時。
 ・力なき因果=人力ではどうしようもない因果の道理。
2)【法】助動詞「べし」の識別。
 ・花なかるべき(推量)ことを知るべし(当然)。
 ・あるべし(推量)
3)【L1】「これ」の指示内容。
 ・能にもよき時あれば、必ず悪きことまたあるべし
4)【訳】
 また、時の運も恐ろしい。去年盛りがあれば、今年は成果がないだろうことも知るべきである。時の運には、男時と女時があるだろう。どうしても、能にも良い時もあれば、必ず悪いこともあるだろう。これは人力ではどうしようもない因果の道理である。

7.これを心得て、さのみに大事になからん時の申楽には、立ち合ひ勝負に、それほどに我意執を起こさず、骨をも折らず、勝負に負くるとも心にかけず、手を貯ひて少な少なと能をすれば、
1)【語】
 ・さのみ=(鹿に打ち消し語を伴って)それほど〜ない。ここでは「なからむ」。
 ・申楽=もともとは、即興の滑稽な芸。後に能楽に発展した。ここでは能の上演。
 ・立ち会ひ勝負=競演。他の役者と芸の優劣を競う。
 ・我意執=どうしても勝ちたいという執着心。
 ・手を貯ひ=技を出し切らずに残しておく。
2)【訳】
 これを心得て、それほど重要でない時の能の上演は、競演にそれほどどうしても勝ちたいという執着心を起こさず、苦労もせず、勝負に負けても気にせず、技を出し切らずに残しておき、控えめに能を演じれば、
3)【L2】「これ」の指示内容。
 ・いかにすれども、能にもよき時あれば、必ず悪きことまたあるべし。
4)【L3】要約すると。
 ・重要でない時は勝ち負けを気にせず手を抜け。

8.見物衆も、「これはいかやうなるぞ。」と思ひ醒めたるところに、大事の申楽の日、手立てを変へて得手の能をして、精励をいだせば、これまた、見る人の思ひのほかなる心出で来れば、肝要の立ち合ひ、大事の勝負に、定めて勝つことあり。これ、珍しき大用なり。このほど悪かりつる因果に、またよきなり。
1)【語】
 ・手だて=やり方
 ・得手=得意。
 ・精励=技術の最も優れたところ。
 ・肝要=大切な。
 ・定めて=きっと。
 ・大用=大きな効果。
2)【訳】
 見物人も「これはどうしたことか」と興ざめしているところに、重要な上演の日に、やり方を変えて得意な能を演じて、技術の最も優れたところを出せば、これまた、見る人が意外な感じが出てくるので、大切な競演や、重要な勝負に、きっと勝つこともある。これは、珍しさのもたらす大きな効果である。近頃の悪かったことが原因になって、また良い結果が出るのである。
3)【L1】「これまた」の指示内容。
 ・大事の申楽の日、手立てを変へて得手の能をして、精励をいだせば
4)【L1】「これ」の指示内容。
 ・大事になからん時の申楽には、〜大事の勝負に、定めて勝つことあり。
5)【L4】このやり方を他の場面でたとえると。
 ・野球のピッチャーか、わざと遅い球を投げることによって、他の球を速く見せる。

9.およそ三日に三庭の申楽あらん時は、指し寄りの一日なんどは、手を貯ひてあひしらひて、三日のうちに殊に折角の日とおぼしからん時、よき能の得手に向きたらんを、眼睛をいだしてすべし。
1)【語】
 ・指し寄り=最初。
 ・あひしらふ=適当に相手する。
 ・折角=重大な。
 ・眼睛=最も優れた部分
2)【法】助動詞「べし」の意味。
 ・すべし(適当)
3)【訳】
 だいたい三日間に三度催される能がある時は、最初の一日は、手を抜いて、適当に相手して、三日の内で特に、重要な日と思う時に、よい能で得意な能にあっているものを、最も優れた部分を出すのがよい。
4)【L2】三庭の能はるいつ見るのだよいか。
 ・初日を避けて、偉い人が見に来る時に合わせて見るのがよい。

10.一日のうちにても、立ち合ひなんどに、自然女時に取り逢ひたらば、初めをば手を貯ひて、敵の男時、女時に下がる時分、よき能を揉み寄せてすべし。その時分、また、こなたの男時に返る時分なり。ここにて能よく出で来ぬれば、その日の第一をすべし。
1)【語】
 ・自然=もし。
 ・揉み寄す=たたみかける。
2)【法】助動詞「べし」の意味。
 ・寄せてすべし(適当)
 ・第一をすべし(当然)
3)【訳】
一日の内でも、競演などに、もし女時に出くわしたならば、初めは手を抜いて、相手の運が男時が女時に下がる時に、よい能をたたみかけるのがよい。との時は、また、こちらの男時に返る時である。ここで能がうまくできたならば、その日の第一番の能をするべきである。
4)【説】自分の調子だけでなく、相手の調子に会わせて、力の出し具合を変える。

11.この男時女時とは、一切の勝負に、定めて、一方色めきて、よき時分になることあり。これを男時と心得べし。勝負の物数久しければ、両方へ移り変はり移り変はりすべし。あるものにいはく、「勝負神とて、勝つ神負くる神、勝負の座敷を定めて守らせたまふべし。」弓矢の道に、宗と秘することなり。
1)【語】
 ・弓矢の道=兵法の道。
 ・宗と=特に。
2)【法】助動詞「べし」の意味。
 ・心得べし(当然)
 ・移り変はりすべし(推量)
 ・守らせたまふべし(推量)
3)【訳】
 この男時女時とは、すべての勝負で、必ず一方が華やかに調子づいてよい時期になることである。これを男時と心得るべきである。勝負の上演される能の数が多くなれば、両方へ移り変はり移り変はりするだろう。ある者が言うには、「勝負神と言って、勝つ神負ける神が、勝負の場をきっと見守っていらっしゃるだろう。」兵法の道に、特に秘密にしていることである。
4)【L2】「両方」とは。
 ・男時と女時。

12.敵方の申楽よく出で来たらば、勝神あなたにましますと心得て、まづ恐れをなすべし。これ、時の間の因果の二神にてましませば、両方へ移り変はり移り変はりて、また我が方の時分になると思はん時に、頼みたる能をすべし。これすなはち、座敷のうちの因果なり。返す返す、おろそかに思ふべからず。信あれば徳あるべし。
1)【語】
 ・恐れ=慎みの心。

2)【法】助動詞「べし」の意味。
 ・恐れをなすべし(当然)
 ・頼みたる能をすべし(適当)
 ・思ふべから(命令)ず
 ・徳あるべし(当然)
3)【訳】
 相手の上演がよくできていたならば、勝つ神は向こうにいらっしゃると心得て、まず慎みの心を持つべきである。短い間に、原因と結果の二つの神がいらっしゃるので、両方へ移り変はり移り変はり、また自分の方に来る時期になると思う時に、自信を持っている能をするのがよい。これはつまり、場の中での因果である。返す返す、おろそかに思ってはいけない。信じれば功徳があるはずである。

13.【L3】因果の花を得るために必要なことは。
 ・長年にわたるたゆまぬ努力。
 ・自分が不調の時、勝負にこだわらず、手を抜くこと。
 ・相手が好調の時、時の運が回ってくることを待つこと。
 ・自分が好調の時、得意な能を演じること。
 ・花は観衆が決めるものだから、観衆の心理も操作すること。



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因果の花  学習プリント点検  月  日

学習の準備
1.次の語の読み方を書け。
 因果  極め  時分  去年  男時  女時  申楽  我意執  貯ひて 醒め 得手  精励  肝要  三庭  折角  眼精  揉み  宗と  勝神
2.次の語句の意味を調べよ。
 因果  極め  しかれば  時分  男時  女時  さのみ  申楽  貯ふ 得手  肝要  大用  自然  弓矢の道
3.訳を本文プリントの左側に書きなさい。

学習のポイント
1.「因果の花」とは何か理解する。
2.「時分」の重要性を理解する。
3.「男時」「女時」とは何かを理解する。
4.重要な「立ち会ひ」に勝つ秘訣を理解する。
5.「三日三庭」の演じ方を理解する。
6.一日の内でも、「立ち会ひ」の駆け引きの仕方を理解する。
7.長期戦の勝負神の行き来を理解する。