ホンモノのおカネの作り方
 
岩井克人


 ホンモノのおカネの作り方は、ニセガネを作らないこと。そのためには、ホンモノのおカネに似せないこと。という逆説について、江戸時代からのおカネについて考える。
 佐土原藩は最も精巧なニセ金を作ったが、その他ありとあらゆる偽造の方法が知られていた。これらの共通点は、ホンモノの金銀でないものをあたかもホンモノの金銀に似せるように細工する作業であり、まさに「似せ」ガネである。
 江戸時代に大阪で両替商を営んでいた天王寺屋や鴻池屋は、金貨や銀貨などを交換する本業のかたわら、金貨銀貨と引き換えを保証する文章を添えた「預かり手形」を発行して、財産管理も行っていた。現在の銀行預金の通帳のようなもので、それを持っていけばいつでも金貨銀貨に交換してくれる。実際の金貨銀貨を使わなくても、「預かり手形」で支払い手段を代用できる。持ち運びも保管も容易なので、金貨や銀貨の「代わり」の支払い手段して通用し始めた。ホンモノのおカネの「代わり」が、本来のホンモノのおカネに「代わって」それ自身がホンモノのおカネになってしまったのである。もっとも、そのためには、資力による信用と厳重に守られた金蔵の安全性が条件である。
 金銀が交易の支払い手段として用いられるようになったのは、当時最も重要であった装身具や祭礼器具の材料として価値があったからである。当初は金銀の塊にその内容量が表示されていた。したがって、塊ごとに価値が異なっていた。一定の価値に合わせて金銀の塊の量を決めたので価値が一定し、いわゆる金貨として流通した。そして、その金貨の引換証書にすぎなかった預かり手形に代わる。それが制度化されて銀行券になった。銀行券も当初は金本位制のもとで券面額の金に交換できる兌換紙幣であったが、管理通貨制に移行して不換紙幣になった。その紙幣も持ち運びや保管の便利な小切手や、支払いに便利なクレジットカードへと代わって行った。つまり、ホンモノはその時の「代わり」の元になるものという意味で、その元になるものも以前は「代わり」に過ぎなかった。こうして、次々と「代わり」がホンモノになっていった。
 しかし、ニセガネ作りは、おカネは金銀でできているものだという「ホンモノの形而上学」という固定観念があったので、金銀に「似せ」ねばならないと考えた。しかし、それはいくら似ていても所詮ニセモノでしかなく、決してホンモノになれなかった。そして、罪に問われた。いわば、ホンモノの形而上学の犠牲者である。
 それに比べて、ニセガネを作ろうという意図もなく、代わりとして発行したホンモノと似ても似つかぬものがホンモノのおカネとして通用した。ホンモノに似せるのでなく、代わってしまうことが、ホンモノのおカネを作る極意である。
 もちろん、代わりを作るには大きな資力と厳重な金蔵が必要である。それらがない者は、ホンモノのおカネの作り方を科学するしかない。


1.【指】学習プリントを配布して宿題にする。
2.【確】学習プリントの漢字の読みを確認する。
  極意  至極  燦然  鋳型  煎って  坩堝  精巧  偽造  詮索
  細工  銭貨  相場  匁  短冊  変貌  返済  究極  装身具  祭礼
  交易  塊  担い手  末裔  形而上学  発覚  磔獄門  陰鬱
3.【確】学習プリントの語句の意味を確認する。
 ・極意=核心となる事柄。奥義。
 ・至極=この上ないこと。
 ・燦然=きらきらと光り輝くさま。
 ・精巧=仕組みが細かくよくできていること。
 ・詮索=細かい点まで調べ求めること。
 ・相場=市場で取引されるその時々の商品などの値段。
 ・究極=物事をきわめること
 ・交易=互いに品物の交換や売買をすること。
 ・末裔=子孫。
 ・形而上学=事物の本質、存在の根本原理を研究する学問。
 ・陰鬱=心が晴れ晴れしないさま。
5.【指】形式段落に1〜12の番号を付ける。
序段(1)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.【L2】表記上、気になることはないか。
 ・「ホンモノ」「カネ」がカタカナになっている。
3.【L3】その理由は。
 【注】ここでは問題提起に止める。
4.【L1】ホンモノのおカネの作り方の極意は。
 ・ニセガネを作らないようにする。
5.【L1】ニセガネを作らない極意は。
 ・ホンモノのおカネに似せないようにする。
6.【L3】なぜ、ニセガネを作らない極意が、ホンモノのおカネに似せないようにするこ となのか。
 ・ニセガネはできるだけホンモノに似せるのが大切なのではないか。
 【注】ここでは、答えが出ない。問題提起に止める。
7.【L1】その理由を考えるためにどうするか。
 ・江戸時代について考える。
8.【L1】江戸時代とはどんな時代か。
 ・金銀小判がホンモノのおカネとして燦然と輝いていた。
9.【L2】表現の修辞は。
 ・「燦然」が江戸時代の反映と、金銀小判の輝きを掛けている。

第一段落(2〜4)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.【説】佐土原藩のニセの二分判金の作り方を確認する。(2)
 ・銀貨を下金に、金貨を少し混ぜて、合金にする。
 ・型に入れる。
 ・極印を押す。
 ・薬品を入れて熱し、洗い、もう一度熱す。
 ・ニセモノの二分判金ができる。
3.【説】ニセモノの価値を確認する。
 ・一分銀=四分の一両。
 ・二分判金=二分の一両。
 ・二倍の価値になる。
4.【説】他の偽造法を確認する。(3)
 ・金箔で包む。
 ・金メッキをする。
 ・銅や合金をそのまま使う。
5.【L1】この段落で確認したいことは。(4)
 ・ニセガネとはホンモノでないものを、ホンモノに見えるように細工されたものである  こと。
 ・ニセガネを作るとは、ホンモノでないものを、ホンモノに似せようとする作業である。
 ・ニセガネとは、「似せ」ガネである。

第二段落(5〜7)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.【L2】両替商は何をする商売か。(5)
 ・金貨、銀貨をその時の相場に基づいて交換を行なう。
 ・人々の財産の保管。
3.【L1】預かり手形とは何か。
 ・金貨銀貨との引換を保証する文章が添えられている短冊形の紙切れ。
4.【説】預かり手形は、金貨銀貨とは全く似ていない。
5.【L2】預かり手形はどのように使われたか。(6)
 ・金貨銀貨の「代わり」として支払いの手段に使った。
 ・商取引の九十九%。
6.【L2】なぜ、預かり手形が用いられるようになったのか。
 ・持ち運びも保管も容易だから。
7.【L1】そこにある一つの逆説とは。(7)
 ・ホンモノのおカネの単なる「代わり」が、本来のホンモノのおカネに「代わって」そ  れ自身がホンモノのおカネになってしまう。
8.【L3】どこか逆説になっているのか。
 ・ホンモノに似ているニセモノではなく、ホンモノに似ていない「代わり」がホンモノ  になる。

第三段落(8〜11)

1.【指】ペアリーディングさせる。
2.【L1】なぜ、金銀が交易のための支払い手段として用いられたのか。(8)
 ・装身具や祭礼器具に代えられるから。
 【説】装身具や祭礼器具は金銀で作った。
3.【L3】おカネとは何か。
 ・交易のための支払い手段。
4.【L1】最初の金貨は。
 ・刻印で内容量を表示した金銀の塊。
 【説】刻印された表示と内容量は等しい。
5.【L2】次は。
 ・金貨に表示された価値。
 【説】刻印された表示と内容量は等しくない。
6.【L1】さらに次は。
 ・預かり手形
 ・金貨銀貨の引換証書。
7.【L1】さらには。
 ・銀行券。小切手。クレジットカード。
8.【L4】さらには。
 ・お財布ケータイ。イコカ。
9.【L2】ホンモノのおカネを作り続けてきた逆説とは。
 ・ホンモノの「代わり」がそれに「代わって」それ自身ホンモノになってしまう。
 【説】ホンモノとはその時の「代わり」の元になるものであり、そのホンモノも以前は   「代わり」に過ぎず、その元になるホンモノがあった。
10.【L1】ニセガネ作りを支配していた「ホンモノの形而上学」とは。(9)
 ・ホンモノのおカネがホンモノであるのは、それがホンモノの金銀でできている。
11.【L1】ニセガネ作りはどのようにしてニセガネを作ったのか。
 ・ホンモノのおカネをホンモノたらしめているとずの金銀に「似せ」たものを作ること  によって、ホンモノのおカネと同一の価値を得ようとしていた。
12.【L1】ニセガネの限界は。
 ・いかにホンモノに似ていても、あくまでホンモノに対するニセモノでしかなく、ホン  モノにはなれない。
13.【L1】ニセガネ作りは何と呼ばれているか。
 ・ホンモノの形而上学の哀れな犠牲者。

14.【L2】預かり手形とニセガネの違いは。(10)
 ・代わりか、ニセモノか。
15.【L1】ホンモノのおカネを作る極意とは何か。(11)
 ・ホンモノのおカネに代わってしまうこと。
16.【L1】ホンモノのおカネを作る逆説に必要なものは何か。(12)
 ・大きな資力と厳重な金蔵。
17.【L1】大きな資力と厳重な金蔵がない者はどうすればよいか。
 ・ホンモノの形而上学でニセガネを作る。
 ・ホンモノのおカネの作り方について科学する。まとめ
1.【L3】なぜ、「ホンモノのおカネ」がカタカナになっているのか。
 ・「ホンモノのおカネ」が時代によって変化し、「ホンモノ」「おカネ」の定義や内容  が固定していないから。
2.【L3】文中の23回の「ホンモノのおカネ」を、次の3種類に分類する。
 A 実物の金貨や銀貨
 B 金貨や銀貨の代わりの紙切れ
 C 広く支払いの手段
 序段
  1)4203=A 2)4205=A 3)4207=A
 第二段落
  4)4501=A 5)4502=B 6)4604上=A 7)4604下=A 8)4605=B
 第三段落
  9)4614=C 10)4615=A 11)4702=C 12)4704=A 13)4706=A 14)4707=A
  15)4713=A 16)4714=A 17)4801=B 18)4802上=A 19)4802下=A
  20)4803=C
 第四段落
  21)4805=C 22)4806=B 23)4808=C



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学習の準備
1.読み方を書きなさい。

  極意  至極  燦然  鋳型  煎って  坩堝  精巧  偽造  詮索

  細工  銭貨  相場  匁  短冊  変貌  返済  究極  装身具  祭礼

  交易  塊  担い手  末裔  形而上学  発覚  磔獄門  陰鬱
2.語句の意味を調べなさい。
極意
至極
燦然
精巧
詮索
相場
逆説
究極
交易
末裔
形而上学
陰鬱

学習のポイント
1.ニセガネを作るとはどういう作業か理解する。
2.「預かり手形」とはどういうものか理解する。
3.そこにはどんな裏付けがあったか理解する。
4.「預かり手形」が用いられた理由を理解する。
5.ホンモノのおカネの逆説とは何かを理解する。
6.金銀からクレジットカードまでの変遷を理解する。
7.ニセガネ作りを支配していた「ホンモノの形而上学」とは何か理解する。
8.ニセガネの限界を理解する。
9.ホンモノのおカネを作る極意を理解する。
10.23回出てくる「ホンモノのおカネ」を3種類に分類する。