行く河の流れ10


 川の流れは全体としてみた時は、永遠に変わらないように見えるが、部分としてみた時は絶えず変化している。淀みに浮かんでいる水の泡もできたり消えたりして、長くとどまっている例はない。人と住いの関係も同じである。
 都の中で家の大きさや立派さを争っている、身分の高い人や低い人の住いも、全体として見た時はいつも誰かの家が建っているが、部分的に見た時は昔からずっとある家は少ない。住んでいる人も、全体として見た時は数は変わらないが、昔からいる人はわずかである。朝に死んで夕方に生まれ、また次の朝に生まれ夕方に死ぬという繰り返しは、水の泡に似ている。
 人はどこから来てどこへ去るのかわからないし、住いは誰のために苦心し誰の目を喜ばせるためのものかわからない。
 住いと人がどちらが先に滅びるかは、朝顔と露の関係と同じである。露が先に消えて朝顔が残る場合もあるが、朝顔も朝日に当たると枯れてしまう。また、朝顔が先にしぼんで露が残る場合もあるが、露も夕方まで残ることはない。どちらが遅い早いはあるものの、まもなくどちらも滅びていくのだ。そんな住いに汲々としてとして心を悩ませるのは人生の浪費である。
 ここでは内容的には長明の無常観を理解させる。平安末期、1年生の現代文で学習した『羅生門』のような時代を体験した長明がこのような人生観にたどり着いたのは理解できるだろう。そして、東稜高校の近くの日野の方丈(三メートル四方)の草庵で書き記したものである。
 文体として目立つのは、人と住いの比喩である。人は、川の水、うたかた、露に例えられる。住いは、川の流れ、淀み、朝顔に例えられる。それをつなぐのが指示語である
 また、人と住いに関する対句の多用である。その順序が交互になっているのも、無常を争っている様子を表現している。


1.【指】学習プリントとノートのチェックをする。
2.【指】難読漢字の読み方を確認する。
 棟 甍 去年 大家 小家 朝 無常 
3.【指】教師が範読する。
4.【指】生徒を2つに分け、句点毎に交代して音読する。

5.行く河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。
 1)【法】助動詞をチェックする。
 2)【訳】
  ・流れていく川の流れは絶えない、(それでいて)もとの水ではない。
 3)【L2】どういう状態か。
  ・河の水はいつも流れている。
  ・流れている水は次々と変わる。
 4)【L2】接続詞「しかも」は順接か逆接か。
  ・「いつもあるもの」(不変)と「絶えず変わるもの」(変化)
   ・でから、逆接。
  ・「それでいて」と訳す。

6.よどみに浮かぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。
 1)【法】助動詞をチェックする。
 2)【語】「よどみ」の説明。
  ・水が流れが停滞している所。
 3)【訳】
  ・よどみに浮かぶ水の泡は、一方では消え、一方ではできて、長くとどまっている例がない。
 4)【L1】水の泡は、不変か変化か。
  ・変化。
 5)【L1】「消え」と「結び」の関係は。
  ・消え=消滅
  ・結び=生成
 6)【L2】「河」と「うたかた」の関係は。
  ・「河」の中に「うたかた」がある。
  ・入れ物と中身。

7.世の中にある人とすみかと、またかくのごとし。
 1)【法】助動詞をチェックする。
 2)【訳】
  ・世の中にある人と住まいも、またこのようなものである。
 3)【L1】「人」と「住まい」の関係は。
  ・人=中身。住まい=入れ物。
 4)【L2】「かく」の指示内容は。
  ・かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし

8.たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、いやしき人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。
 1)【法】助動詞をチェックする。
  ・「ありし」は直接体験の過去。自分の経験から書いている。
 2)【語】語句のチェックをする。
  ・いやし=1)身分が低い。2)みすぼらしい。3)下品だ。
  ・まれ=めったにない。
 3)【訳】
  ・玉を敷いたように美しい都の中で、棟を並べ、屋根瓦を競っている、身分の高い人や低い人の住まいは、時代を経てなくならないものだが、これを本当かと尋ねると、   昔あった家はめったにない。
 4)【L1】この部分は、「人」か「すみか」か。
  ・住まい。
 5)【L2】「棟を並べ、甍を争へる」とは何を競っているのかを考える。
  ・棟=屋根の一番高い部分なので、家の高さを争う。
  ・甍=装飾を施すので、家の豪華さを争う。
 6)【L1】「高き、いやしき」は何を比べているのか。
  ・身分の高さ、低さ。
 7)【L1】「これ」の指示内容は。
  ・世々を経て尽きせぬ
 8)【L2】不変と変化に分けると。
  ・不変=世々を経て尽きせぬ
  ・変化=昔ありし家はまれなり

9.あるいは去年焼けて今年作れり。あるいは 大家滅びて小家となる。
 1)【法】助動詞をチェックする。
 2)【訳】
  ・ある場合は、去年焼けて今年作った。ある場合は、大きな家が滅んで、小さな家になる。
  3)【L1】「大家滅びて、小家になる」とはどんな様子か。
  ・大きな家が取り壊されて、その後に小さな家が幾つも建っている。
 4)【L4】自分の家の周りを考える。
  ・ビルになったり、建て直しが行われていないか。
 5)【L2】消滅と生成に分けると。
  ・消滅=去年焼けて。大家ほろびて。
  ・生成=今年作れり。小家となる。

10.住む人もこれに同じ。
 1)【訳】
  住んでいる人もこれと同じである。
  2)【L2】「これ」の指示内容は。
  ・すみか
  【説】ここから「人」になる。
 3)【L2】「すみか」の様子は。
  ・変化しないようだが、変化している。なくなったり、できたりしている。

11.所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかに一人二人なり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける。
 1)【法】助動詞をチェックする。
  ・「見し人」は、直接体験の過去。自分の経験から書いている。
  ・「ぞ〜ける」の係り結び。
  ・「似たりける」は、詠嘆。
 2)【語】
  ・ならひ=1)習慣。2)世の常。3)言い伝え。
  ・ただ=1)真っ直ぐに。2)すぐ。3)まるで。4)ひたすら。5)わずかに。6)ともかく。
 3)【訳】
  ・場所も変わらず、人も多いけれど、昔見た人は、二、三十人の中に、わずかに一人二人である。朝に死んで夕方に生まれる世の常は、まるで水と泡の関係に似ているなぁ。
  【注】「水の泡」の「の」の意味に注意する。
 4)【L4】生まれてからずっと同じ家に住んでいる人が何人いるか聞いてみる。
 5)【L1】「不変」と「変化」に分けると。
  ・不変=所も変はらず、人も多かれど
  ・変化=いにしへ見し人は、二、三十人が中に、わづかに一人二人なり
 6)【L1】「消滅」と「生成」に分けると。
  ・消滅=朝に死に
  ・生成=夕べに生まるる
 7)【L3】「朝に死に、夕べに生まるる」と「朝に生まれ、夕べに死ぬる」の違いは。
  ○「朝に死に、夕べに生まるる」
   ・朝に死ぬが、夕方に生まれるので、次の日につながる。
   ・人類が脈々と続いていく。
  ○「朝に生まれ、夕べに死ぬる」
   ・朝に生まれたものが、夕方には死んでしまうので、次の日につながらない。
   ・一人の人間が生まれて死んでいく。

12.知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、仮の宿り、誰がためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
 1)【L2】修辞法は。
  ・倒置法。
  ・対句。
 2)【法】助動詞をチェックする。
 3)【法】係り結びをチェックする。
  ・いづかたへか→去る(四体)
  ・「なにによりてか→しむる(使役体)
  ・たがためにか→悩まし(四用)。読点があるので下に続き、結びが流れている。
 4)【訳】
  ・知らない、生まれて死ぬ人が、どこから来て、どこへ去るのか。
  ・また知らない。借りの住まいは、誰のために心を悩まし、何のために目を喜ばせるのか。
 5)【L1】「外と内」に分けると。
  ・生まれ死ぬる人=内
   仮の宿り=外
 6)【L1】「生成と消滅」に分けると。
  ・生まれ=生成
   死ぬる=消滅
  ・いづかたより来たりて=生成
   いづかたへか去る=消滅
  ・誰がためにか心を悩まし=消滅
   何によりてか目を喜ばしむる=生成
 7)【L3】「仮の宿り」と言う表現の意味は。
  ・短い人生の、しかも一時期しか住まないから。
  ・どんな豪邸を建てても「仮の宿り」である。
 8)【L4】生まれる人はどこから来て、死んだ人はどこへ行くのかを考える。
 9)【L4】人は何のために自分の家を持とうとするのかを考える。

13.その主とすみかと、無常を争ふさま、いはば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずと いへども夕べを待つことなし。
 1)【法】助動詞をチェックする。
 2)【語】
  ・無常=世の中のすべてのものが、絶え間なく変化生滅、変化を繰り返し、永久に不変ではないこと。
 3)【訳】
  ・その、主人は住まいとが、生滅変化の速やかさを争うように滅び去っていく様子は、いわば朝顔と露の関係と違わない。
  ・ある場合は、露が先に落ちて花が後に残っている。残るといっても、朝日に当たると枯れてしまう。ある場合は、花がしぼんで露はまだ消えない。消えないといっても、夕方を待つことはない。
  【注】「朝顔の露に異ならず」の「の」の訳し方を説明する。
 4)【L1】対句は。
  ・あるいは露落ちて 花残れり。残るといへども朝日に枯れぬ。
   あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずと いへども夕べを待つことなし。
 5)【L2】「あるじとすみか」と「朝顔と露」の関係は。
  ・あるじ=露(内)
  ・すみか=朝顔(外)
 6)【L2】「不変と変化」に分けると。
  ・露落ちて=変化
   花残れり=不変
   朝日に枯れぬ=変化
  ・花しぼみて=変化
   露なほ消えず=不変
   夕べを待つことなし=変化
  【説】どちらが先か後かはあるが、いずれどちらも消滅してしまう。
 7)【説】このような修辞を、連鎖法と言う。

14.主題を表す言葉。
 ・無常
15.各段落での比喩と内容を整理する。
 ・1)川の流れ=3)6)すみか=8)朝顔───(外)
 ・2)うたかた=4)5)人  =7)露 ───(内)
 ┌─川の流れ=絶えずして(不変)、もとの水にあらず(変化)。
└ うたかた=久しくとどまりたるためしなし(変化)。
┌─すまひ=世々を経て尽きせぬものなれど(不変)、昔ありし家はまれなり(変化)。
└ 人  =多かれど(不変)、わづかに一人二人なり(変化)。
┌─朝顔 =残るといへども(不変)、朝日に枯れぬ(変化)。
└─露  =消えずといへども(不変)、夕べを待つことなし(変化)。
 ・かつ消え(消滅)、かつ結びて(生成)
 ・去年焼けて(消滅)、今年作れり(生成)
 ・大家滅びて(消滅)、小家となる(生成)
 ・朝に死に(消滅)夕べに生まるる(生成)
 ・生まれ(生成)死ぬる(消滅)
 ・いづかたより来たりて(生成)、いづかたへか去る(消滅)
 ・誰がためにか心を悩まし(消滅)、誰がためにか目を喜ばしむる(生成)。

16.【L3】対句の複雑さに気づかせる。
 ・外と内の順序が入れ代わっている。争っている様子を表現している。
 ・消滅→生成の順になっている。永続性を表現している。一カ所だけ、逆になっている。
 ・不変→変化の順になっている。すべてが不変なものはなく、変化している。 



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行く河の流れ
(方丈記)  学習プリント

点検日  月  日
学習の準備
1.本文をノートに写しなさい。その際、4行ずつ空けておきなさい。
2.読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
 棟 甍 去年 大家 小家 朝 無常 
3.次の語句の意味を古語辞典で調べなさい。
 しかも 淀み うかかた かつ たましき 棟 いやし(賤し) まれ ならひ 
 ただ(副詞) 無常 なほ
4.できれば、本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.作者の無常観を理解する。
2.論の進め方を理解する。
3.数多くある対句を指摘する。
4.対句の使い方を理解する。
5.比喩を理解する。
6.指示語の指示内容を理解する。
7.助動詞の意味を理解して訳す。