伊勢物語


 「あづさ弓」に続いて、再婚について書かれた章段。今回は浮気でなく、仕事人間である。妻への愛情を顧みず仕事に打ち込む。妻は寂しくなって、まめに愛してくれる男の元へ行く。男は出世して、宇佐神宮の使者になる。使者として全国を回るのだが、ある時、ある国の接待役人の妻が、自分の前の妻であることを知る。男は、わざわざその役人に、「お前の妻に、つまり自分の前の妻に、酌をさせろ。さもなければ、俺は酒を飲まないぞ。そうしたら接待役人としてのお前は首になるぞ」と権力を傘に着て、女が逃げられない状況を作る。役人は、男の意図を知らないから、言われるままに妻に酌をさせる。妻も最初は気づかない。このあたりは妙である。かりにも前の夫である。気づかないはずはないのだが、そこは物語である。酒の肴に出された橘を見て、『古今集』にある詠み人知らずの歌を詠む。橘の花の香りを嗅げば、昔好きだった人の袖の香りがする。昔は、着物にお香を焚きつける。昔の妻のお香の香りが橘の香りだった。その歌を聞いて、やっと女は目の前にいる使者が前の夫であることに気づく。そして、女は尼になって山寺にこもる。
 男は、どういうつもりで女の前に姿を現したのだろうか。妻のことが好きでもう一度会いたかったのだろうか。それとも、自分を捨てて他の男と再婚したことへの復讐だろうか。それは、女の行動が答えてくれている男の行動が愛情に基づくものならば、女は、今の夫を捨てて男と寄りを戻すだろう。尼になるということは、自分の罪を償うためである。罪とは、前の夫を捨てて今の夫と再婚したことである。前の夫の出現は、女をそこまで追い詰めた。男の目的もそこにあったのだ。女の尼にすることで、女だけでなく、妻を奪いさった男へも復讐をしたのだ。歌を詠んでいる男の、陰湿な笑みが目に浮かぶ。女が他の男の元へ走った原因は、自分が仕事にかまけて妻を顧みなかったことにあるのに、それを棚に上げて妻を責める。仕事しか頭にない男だからこそ、こんな自己中心的なことができるのかもしれない。最低の男である。もしかしたら、女は、こんな最低の男と一度でも結婚した自分の愚かさを悔いて尼になったのかもしれない。それにしても、今の夫は災難である。自分は前の夫から妻を奪い取ったという意識はないだろう。夫が自分を顧みてくれない可哀相な女に情をかけて、田舎で細々と幸せな暮らしをしていたのに、突然前の夫が現れて愛情もないのに憎しみだけで妻を尼に追い詰めた。茫然自失であろう。これは、『あづさ弓』の夫と同様である。



0.学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
1.教師が音読する。
2.生徒と音読する。

★単語に区切らせ、助動詞を説明し(指摘させ)、難解語句説明し、訳させ、補足説明や 質問をする。

3.昔、男ありけり。宮仕へ忙しく、心もまめならざりけるほどの家刀自、まめに思はむといふ人につきて、人の国へ住にけり。
 1)「まめ」の意味を確認する。
  ・誠実に。
  ★現在でも、「まめな人」という言い方をする。この場合は、「勤勉な」の意味。
 2)「思ふ」の意味を確認する。
  ・愛す。
 3)主語の変化に注意する。
 4)妻が再婚した理由は。
  ・夫が誠実に愛してくれないので、寂しくなった。
 5)男が「まめ」でなかった理由は。
  ・仕事が忙しかったから。
  ★現代社会にもいる仕事人間。猛烈社員。
 
4.この男、宇佐の使にて行きけるに、ある国の祇承の官人の妻にてなむあると聞きて、 「女あるじにかはらけとらせよ。さらずは飲まじ。」と言ひければ、
 1)宇佐神宮を説明する。
  ・大分県宇佐市に鎮座。平安時代から豊前国の一宮でもあった。
《古事記》にもみられる。古くから朝廷の崇敬をうけたとみられ,奈良時代には鎮護国家の神として厚い崇敬をうけた。また源氏の崇敬を受け鶴岡八幡宮が勧請されるなど全国的に発展した。平安時代も、権威ある神社であった。その使者になったのだから、男は出世したことになる。
 2)祇承の官人の職務を確認する。
  ・勅使の接待をする。
  ・だから、男が宇佐神宮の使者として来たならば、接待しなければならない。
 3)男の魂胆を確認する。
  ・自分の職権を利用して、前の妻を酌をさせようとした。
  ★その理由が、愛情があったからなのか、自分を捨てた復讐なのか。問題提起だけしておく。
 
5.かはらけとりて出だしたりけるに、さかななりける橘をとりて、五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
 1)「橘」の説明をする。
  ・果樹の一つ。今のこうじみかん。初夏に香りの高い白い花が咲く。果実はみかんに似ていて、食用ともする。
 2)主語の変化に注意する。
 3)和歌について説明する。
  ・古今和歌集の詠み人知らずの歌。
  ・ふとかいだ橘の香りから昔の恋人を思い出し、懐かしんで詠んだ歌。
  ・昔は、着物にお香を焚きつけていた。前の妻のお香の香りが橘の香りであった。
 4)この歌を詠んだ男の気持ちを考える。
  ・後の女の行動から考える。
 
6.と言ひけるにぞ思ひ出でて、尼になりて山に入りてぞありける。
 1)主語の変化に注意する。
 2)女が尼になった理由を考える。
  ・尼になるのは、仏道に入って、罪を償うためである。
  ・前の夫と別れて、再婚したことを悔いている。
  ・しかし、愛情のない夫と別れることは悪いことなのか。
 3)再び、男の行動について考える。
  ・男は、復讐のために現れた。
  ・女の逃げられない状態にしておいて、厭味な歌を詠んで、女を追い詰める。
 4)新しい夫の気持ちを考える。
  ・確かに、女を奪ったのは悪いことである。『あづさ弓』のように三年夫が帰って来なかったという正当な理由もない。
  ・しかし、職権を使われて、目の前で妻を奪われる気持ちは耐えられないものがある。
7.まとめをする。
 ・『芥川』の女を奪い返された男、『筒井筒』の浮気をした男、夫を奪い返した女、浮気相手であった女、『あづさ弓』の三年帰って来なかった男、夫を追って死んでしまった女、『花橘』の仕事人間の男、尼になった女の生き方について、本文を引用しながら、感想を書く。



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