人は何のために生きるのか
 

小浜逸郎


教材観
 「人は何のために生きるのか」という問いは、「人生の意味や目的」を問うているが、それは具体的な人生を歩む中で見つけるものだから端的に答えることはできない。「人生全体」という長大な時間に対して問う所に無理がある。「どんな状態」、「どういう生活場面」で必要な問いかを考え直してみる。

 「どんな状態」かを考える要因は、「個体発達的要因」と「時代的要因」に分けられる。
 個体発達的要因としては、「思春期」に問いが生じる。思春期は自我の確立期で、親からの心的に自立し、他とは切り離された一個の身体や心の持ち主としての自分、人間の個体性を意識させられる。自分の人生を自分で作っていくとき、人生全体が視野に入り、人生の意味を考え、最終的に「人は何のために生きるのか」という問いにたどり着く。
 時代的要因としては、社会が全体的な目標を達成して、次の目標が見つからない「空虚感」を共通の気分として持っている時である。

 「どういう生活場面」においてか。意味や目的は行動や表現と終局点との距離を意識する時に意識する。人間は自己意識を高次化するので、意味や目的を自分の行動範囲から独立させてあらゆる観念や対象に適用し、あらゆるものに対して意味や目的を問うようになった。

 意味や目的を問う意識は、究極的には「自分自身の生の充足」のためである。「人は何のために生きるのか」という問いは、「人はいかにすれば自分の生を充足させることができるか」に発展する。私たちはこの世に生を与えられただけであって、意味や目的が与えられているわけではない。意味や目的は自分で作り出さざるをえないという条件を背負っているにすぎない。人間は、意味や目的という観念を、超越的なものや、広範囲のものに適用させようという性癖がある。そこで、「人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作り出すことができるか」という問いに言い換えられる。

 この問いは、「当人が生きる意欲を旺盛に持っていること」という条件が整えば答える必要がなくなる。その人が何らかの行動や表現をすれば、意味や目的は後からついてくる。だから、次の問いは「人の生きる意欲を支える一般的な原理はあるのか、あるとすればそれは何か」になる。それが何であるかを端的に言うことは保留すべきである。なぜなら、神秘的で独りよがりな断定に陥りやすく、公認の原理であるとして乱用する結果になりがちであり、原理は一つとは限らないからである。
 「人は何のために生きるのか」という問いは、「思春期」の人生全体が視野に入り、人生の意味を考えたり、時代に空虚感が漂う状態の時に発生する。また、行動を起こし、終局点を意識する場面で発生する。
 この問いは、生の充足のためである。人生の意味や目的は、あらかじめ与えられたのもでなく、作り出すものである。だから、問題は「人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作ることができるか」に置き換えることができる。その答えは、生きる意欲があれば自ずと出てくる。しかし、生きる意欲を維持することは難しい。そこで問題は「人の生きる意欲を支える一般的な原理はあるのか、あるとすれば何か」になる。しかし、この問いに答えることは、神秘的で独りよがりな断定に陥りやすく、公認の原理であるとして乱用する結果になりがちであり、原理は一つとは限らないので、保留すべきである。

人は何のために生きるのか 学習プリント       点検日  月  日
        
学習の準備
1.読み方を書きなさい。

 端的  普遍的  推奨  刹那  詮索  旺盛  否応
2.語句の意味を調べなさい。
端的
大上段
器量
推奨
高次化
詮索
同義反復 
ニヒリズム
否応なく 
恒常


学習のポイント
1.「人は何のために生きるのか」という問いに答えられない理由を理解する。
2.「人は何のために生きるのか」を考える2つの視点を理解する。
3.「人は何のために生きるのか」は問う2つの要因を理解する。
4.個体発達的要因を理解する。
5.時代的要因を理解する。
6.意味や目的を考える生活場面を理解する。
7.「人は何のために生きるのか」にはどうすれば自分の生を充足できるか知りたい動機 が潜んでいることを理解する。
8.「人は何のために生きるのか」は「人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や 目的を作り出すことができるのか」に言い換えられることを理解する。
9.この問いは、生きる意欲を持っていれば答える必要がなくなることを理解する。
10.この問いがさらに「人の生きる意欲を支える一般的な原理は何か」という問いになる ことを理解する。0.【指】学習プリントを配布し、漢字の読みと語句の意味を調べさせる。

1.【指】学習プリントを点検し、漢字の読みと語句の意味を確認する。
 端的  普遍的  推奨  刹那  詮索  旺盛  否応
 端的=ものごとをはっきりと表す様。
 大上段=威圧的な態度や高姿勢。上から目線。
 器量=地位や役割にふさわしい才能や人徳。
 推奨=すぐれている点をあげて、人にすすめること。
 高次化=高い程度になること。
 詮索=細かい点まで調べ求めること。
 同義反復=同じ意味での繰り返し。
 ニヒリズム=権威などを否定する立場。
 否応なく=無理やりに。
 恒常=一定していて変わらないこと。
2.【指】1〜31まで段落番号をつける。
3.【指】全文音読する。
4.【L4】「人は何のために生きるのか」を問いかける。
 ・ノートに書かせ、グループで発表させる。
 ★「リアル人生ゲーム」をして人生の意味と目的を具体的に考える。
 ★あるいは、「価値観ランキング」をする。
5.【L1】問題点の推移を確認し、学習の方向性を示す。
 1)人は何のために生きるのか。
 2)人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作り出すことができるのか。
 3)人の生きる意欲を支える一般的な原理はあるのか。あるとすればそれは何か。
 ●どのように推移したのかを学習していく。

第一段落(1〜4)
 
1.【L1】「人は何のために生きているのか」は、何を問うているか。
 ・人生の意味や目的
2.【L1】なぜ、誰も端的、普遍的な答えを出せないのか。
 ・人生の意味や目的は、具体的な人生を歩むなかで見つけていくものだから。
 【説】他にも、理由があることを提示している。
3.【L1】もう一つの理由は何か。
 ・「人生全体」という時間的に長大な視野のなかで見込むことが適切なのか。
4.【L1】「人生全体」に対する問いを、どういう条件に絞るべきか。10字以内で2   つ。
 ・どんな状態にある時
 ・どういう生活場面

板書
第一段落(1〜4)
1人は何のために生きるのか。
   意味や目的
  ↓
 端的、普遍的な答えが出せない
  1)具体的な人生の中で答えが出るから
  2)人生全体について問うているから
  ↓
  a)どんな状態にあるとき
  b)どういう生活場面

第二段落(5〜13)

1.【L1】「こういう問い」とは何か。
 ・人は何のために生きるのか
2.【L1】こういう問いが私たちの心を占める要因は何か。2つ。
 ・個体発達的なもの
 ・時代的なもの
3.【L1】個体発達的要因について、この問いはどのような時期に発生するか。
 ・思春期、青年期
4.【L1】「思春期、青年期」はどのような時期と呼ばれているか。
 ・自我の確立期。
5.【L1】この時期には何を強く意識させられるか。
 ・他とは切り離された一個の身体や心の持ち主としての「自分」
6.【L1】それを一言で言い換えると。
 ・人間の個体性。
7.【L3】英語で言うと。
 ・アイデンティティ
8.【L1】「他」とは何か。
 ・家族、特に親。
9.【W】「ラムッセンの自我同一性尺度〜思春期〜」をする。
10.【L1】自我統合の課題として、どんな観念が迫ってくるか。3つ。
 ・自分の人生は自分で作っていかなければならない。
 ・自分のしたことは自分で責任を追わなくてはならない。
 ・自分の努力や器量次第で幸不幸、成功失敗が左右される。
11.【説】両親との関係によって構成された自分を壊し、自我を再構成する時期である。
12.【L1】その時、何が視野に入ってくるか。
 ・自分固有の人生全体。
13.【L1】「自分固有の人生全体」とは何か。
 ・自分はいったい何をして生きていったらいいのか。
 ・自分は何に向いているのか。
 ・自分は何をすべくこの世に生まれてきたのか。
 ・自分の人生の意味は何か。
14.【L1】最終的にどんな問いにたどり着くか。
 ・人は何のために生きるのか。
15.【説】人生の目的や意味を問う意識は、大人になってからも続く。
17.【説】次に、時代的要因について考える。
18.【L1】この問いが取り上げられる「社会に共通してある気分」とは何か。
 ・空虚感
19.【L1】この「空虚感」は、どんな時代に訪れるのか。
  ・ある全体的な目的を達成してしまって、次の目的がまだ見つからない時代。
20.【説】成熟社会を迎え、不況と停滞に陥っている日本はまさにそうである。
  ・だから、今、哲学が流行っている。
S【L3】なぜ、思春期において「人は何のために生きるのか」と問うのか。80字以内でまとめよ。
  ・思春期は自我の確立期であり、親から切り離された一個の「自分」を意識して自我を統合するために、人生全体を視野に入れて、人生の意味を考えなければならないから。77

板書
第二段落(5〜13)
I人は何のために生きるのか。
  a個体発達的なもの
  b時代的なもの
Ia個体発達的なもの
 ・思春期
  ‖
 ・自我の確立期
  ・他とは切り離された「自分」
   親
  ・人間の個体性=アイデンティティ
  ↓
 ・自我統合の課題が迫る
  ↓
 ・自分固有の人生全体を視野に入れる
  ↓
I「人は何のために生きるのか」
Ib時代的なもの
 ・ある全体的な目的を達成
  ↓空虚感
 ・次の目的が見つからない。

第三段落(14〜17)

1.【説】次に、「b)どういう生活場面」について考える。。
2.1)【L2】人生の意味や目的は何を意識した場面で発生するか。
 ・現にとっている行動や行為と、終局点の間の距離を意識したとき。
3.【説】バスの例で説明する。
4.【L4】他の例を考えさせる。
 ・試験勉強、受験勉強。
5.【L3】「人間は、自己意識を極端に発達させた動物である」あるが、この場合に即して言い換えるとどうすることか。
 ・「意味」や「目的」の意識それ自体を独立して心の対象として扱う。
6.【説】人間は、自分だけの意識や感情の体験を積み重ねて、自分を超えた高次化した問題として、あらゆる観念の対象に適用しようとする。その結果、至る所で意味や目的を詮索する。

板書
第三段落(14〜17)
・人生の意味や目的は「どういう生活場面」で問うのか?
 ・現在の行動や表現
  ↓意味や目的
 ・終局点
  ↓自己意識の極端な発達
 ・「意味」や「目的」=独立した心の対象
  ↓
 ・あらゆる観念の対象に適用


第四段落(17〜25)

1.【L1】意味や目的を問う意識は、究極的に何に帰着するか。
 ・自分自身が充足な生を送るため。
2.【説】バス停まで走っている意味や目的の連鎖を追う。
 ・バスに間に合うため。
  ↓
 ・勤務をきちんとこなすという社会的評価をえるため。
  ↓
 ・よりよい生活を支える糧を確保するため。
  ↓
 ・充足した生を送るため。

3.【L4】勉強する意味や目的の連鎖を考える。
4.【説】しかし、「ある行動や表現の目的は自分自身の生の充足のためである」という答えは、究極的であって、その先を求めることはできない。
     「自分自身の生の充足の意味や目的は何か」という問いは意味がない。
5.【L1】とすれば、「人は何のために生きるのか」という問いには、何が潜んでいるか。
 ・いかにすれば自分の人生を充足させることができるのか知りたいという動機。
 【注】「意味」や「目的」を問うのではなく、「方法」を問う。
6.【L1】「人生にあらかじめ意味や目的は与えられていない」とすれば、どんな条件を背負っているか。
 ・自分を納得させるに足る意味や目的を作り出さざるをえない。
7.【説】人生に意味や目的があるように錯覚するのは、その適用範囲を超越的なものにまでおよぼそうとする性癖からである。
    だからといって人生には何の意味も目的もないとニヒリズムを正当化してもいけない。
    生の本能や感情は、生きよ、何かをなせと命じる。
8.【説】また、意味や目的を広範囲にまで適用させるのものがれがたい性向である。
9.【L1】そこで、「人は何のために生きるのか」という問いはなんと言い換えられるか。
 ・人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作り出すことができるか。
10.S【L3】「人は何のために生きるのか」という意味や目的を問う問いが、「人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作り出すことができるか」という方法を問う問いに発展する経過を80字以内で説明せよ。
 ・人生の意味や目的は、自分自身の生の充足である。しかし、あらかじめ与えられた意味や目的は与えられず、いかにすれば充足させることができるかも考えなければならない。79

板書
第四段落(17〜25)
I人は何のために生きるのか=意味や目的
  ↓
 ・自分自身が充足な生を送るため=究極的な答え
  ↓
 ・いかにすれば自分の人生を充足させることができるのか=方法
  +
 ・自分を納得させうる意味や目的を作り出す
  ↓超越的、広範囲
II人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作り出すことができるか。


第五段落(26〜31)

1.【L1】この問いとは何か。
  ・人はいかにすれば自分の生を充足させうる意味や目的を作り出すことができるか。
 2.1)【L1】この問いに答える必要がなくなる条件は何か。
 ・生きる意欲を旺盛に持っていること。
 ・生きる意欲を持っていれば、意味や目的はあとからついてくる。
3.【説】しかし、生きる意欲が希薄であったり、失ったり、維持が難しかったりする。
4.【説】そこで、次のようなことが問われるべきである。
  ・人間の生きる意欲はどこから生まれてくるのか。
  ・それは何によって規定されるのか。
  ・何が人間の生きる意欲を失わせてしまうのか。
  ・どういうしくみがあるから、人間は生き続けることが可能なのか。
5.【L1】結局、何を問題にすることにつながるか。
  ・人間の生存(実存)の構造がどうなっているのか。
6.【L1】最終的にどのような問いの形になるのか。
  ・人の生きる意欲を育てている一般的な原理はあるか、あるとすればそれは何か。
7.【L2】しかし、筆者が端的な答えを保留する理由は何か。3つ。
 ・神秘的で独りよがりな断定に陥りやすいから。
 ・作業仮説にすぎないものを公認の原理であると乱用する結果になりがちだから。
 ・複数の原理がからみあっているから。

板書
 ・生きる意欲の有無
  ↓
 ・人間の生存(実存)の構造がどうなっているのか。
  ↓
III人の生きる意欲を育てている一般的な原理はあるか、あるとすればそれは何か。
  ↓↑
 ・端的な答えを保留
 ・神秘的で独りよがりな断定に陥りやすいから。
 ・作業課程にすぎないものが公認の原理になるから。
 ・複数の原理がからみあっているから。
  



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