木曽の最期  忠度の都落ち  能登殿の最期


木曽の最期


 木曽義仲は朝廷の要望で都の平家を討伐した。ところが、田舎者の義仲とその部下は、都で狼藉を働き、朝廷や都の人々の顰蹙を買う。そこで、後白河法皇が鎌倉の源頼朝に従兄弟に当たる義仲追討の密命を出す。頼朝は弟の範頼と義経を派遣し、義仲を征伐する。義仲の軍は相次いで破れる。義仲は、大津の打出が浜で今井兼平や巴御前らと最後の戦いに打って出た。
 当時の戦はのんびりしたもので、大将が名乗りあう。第一の敵は甲斐一条次郎である。義仲の軍勢三百騎は六千騎の中を駆け抜けて五十騎になった。次いで土肥次郎実平の二千騎、四、五百騎、二、三百騎、百四、五十騎、百騎の中を駆け抜けて、最後に五騎になってしまった。
 その中に女性である巴御前が残っていた。義仲は巴を愛していたので何とか逃がしてやりたいと思い、自分の最期に女を連れていたと言われれば末代までの恥になるからどこかへ行けと言う。巴は御田八郎師重と言う豪傑の首をねじ切って最後の戦いを義仲に見せて東国の方へ落ち延びていく。手塚太郎は討ち死にし、手塚別当は落ち延びていく。
 義仲は今井兼平と二騎になる。義仲は「鎧が重くなった」と弱音を吐くが、今井はここで義仲が身分の低い敵に討たれれば末代までの恥になると思い、「疲れていないのにどうして鎧が重いと言うのか。自分が防ぎ矢をするので粟津の松原で自害をなさってください」と勧める。しかし、義仲は「自分は今井と一緒に討ち死にするつもりでここまで逃れて来た。別々の所で討たれるより、同じ所で討ち死にしたい」と言って、一緒に馬を走らせようとする。今井は慌てて馬から飛び下り、武士は日頃どんな高名を上げていても、最期に不覚をすれば末代までの恥になる。義仲は疲れているし、味方もいない。身分の低い敵に討たれれば残念です。あの松原で自害してほしい」ともう一度勧める。義仲はようやく松原へ馬を走らせる。
 今井はたった一騎で五十騎の中に駆け入り、名乗りを上げて、敵を自分に引きつけて戦う。残った八本の矢で八騎を打ち落とし、刀を抜いて切り倒す。多くの矢を受けるが鎧の中までは貫通しない。
 義仲は一騎で松原に駆け入るが、一月二十一日の夕方のことなので深田に薄氷が張っているのに気付かず、馬もろとも沈んでしまう。馬は頭まで沈み、身動きがとれない。今井のことが気になって振り仰いだ兜の中に、石田次郎為久の矢が刺さる。致命傷でうつ伏した所に石田の家来が来て首を掻っ切って、大声で名乗りを上げる。今井は義仲が不名誉な最期を遂げたことを知って、生きている甲斐も亡くなり、義仲の代わりに立派な最期を遂げて見せようと、刀を口に含み馬から逆さまに落ちて刀を貫通させて自害する。これで粟津の戦いは終わった。


1.学習プリント1を配布し、学習の準備を宿題にする。
2.宿題を点検する。
3.これまでのあらすじを音読させ、漫画で説明する。
4.音読する。
5.学習プリントのあらすじの空欄を埋める。

  ★助動詞や係り結びに注意して訳しながら説明する。
 
6.木曾左馬頭、その日の装束には、赤地の錦の直垂に唐綾縅の鎧着て、鍬形打つたる甲の緒締め、いか物づくりの大太刀はき、石打の矢の、その日のいくさに射て少々残つたるを、頭高に負ひなし、滋籐の弓持つて、聞こゆる木曾の鬼葦毛といふ馬の、きはめて太うたくましいに、黄覆輪の鞍置いてぞ乗つたりける。鐙ふんばり立ち上がり、大音声をあげて名のりけるは、

1)左馬頭を説明をする。
 ・左馬寮の長官。馬寮は宮中の官馬の飼育や調教や馬具のことを司った役所。
2)義仲の出で立ちについて、教科書の図と図説国語を参考にして説明する。
 ・赤地の錦の直垂、唐綾縅、鍬形打つたる甲、いか物づくりの大太刀、石打の矢、滋籐の弓、鬼葦毛、黄覆輪の鞍、鐙
 ・錦は、金銀など数種の色糸で模様を織り出した厚地の高級絹織物。
 ・直垂は、もとは庶民の平服であったが、鎌倉時代以後は武家の礼服となり、また公家(くげ)の常服にも用いられたもとは庶民の平服であったが、鎌倉時代以後は武家  の礼服となり、また公家(くげ)の常服にも用いられた。現在は相撲の行司が着用。
 ・唐綾縅は、中国渡来の様々な模様を織り出した絹織物を重ねて組紐や革紐で綴ったもの。
 ・滋籐は、弓の束を漆で塗り、その上に籐を幾重にも巻き付けたもの。弓が折れるの  を防ぎ、後世は装飾も兼ねた。
 ・鬼葦毛は、強そうな、白い毛に黒や褐色の毛の混じったもの。
 ・直垂と鎧は、色彩感と豪華さを強調。
 ・甲と大太刀と矢と弓と馬は、大将らしい威厳と力強さを強調。
3)音便に注意する。
  1)「打つ−たる」の活用形から考える。
   ・「打つ」は、完了の助動詞「たり」に接続するので連用形「打ち」。
   ・「打ちたり」より「打つたり」の方が言いやすいので変化した。
   ・これを音便という。
   ・ここでは「つ」に変わったので、つまる音便、促音便という。
  2)他に促音便を探させる。
   ・残つ(残り)たる、持つ(持ち)て、乗つ(乗り)たり
  3)他の種類の音便を探させる。
   ・太う(太く)は、ウ音便。
   ・たくましい(たくましき)に、置い(置き)ては、イ音便。
   ・踏ん(踏み)ばりは、はねる音便、撥音便。
 3)「鬼葦毛といふ馬の、きはめて太うたくましいに」の「の」の用法は。
  ・同格
  ・鬼葦毛という馬で、たいへん太くたくましい馬に、
 
7.「昔は聞きけんものを、木曾の冠者、今は見るらん、左馬頭兼伊予守、朝日の将軍源義仲ぞや。甲斐の一条次郎とこそ聞け。互ひによいかたきぞ。義仲討つて兵衛佐に見せよや。」とて、をめいて駆く。
1)音便を探す。
 ・よい(よき)かたき、おめい(おめき)て=イ音便。
 ・討つ(討ち)て=促音便。
2)「聞きけん」「見るらん」の助動詞の意味は。
 ・過去と現在の推量。
 ・昔は噂に聞いていただろうが、今は目の前で実際に見ているだろう。
 ・昔から武勇は鳴り響いていたはずで、今は武士の最高位になったことを誇示している。
 3)名乗りについて考える。
  ・昔は名誉のために名乗ってから戦うのが礼儀であった。
  ・木曾の冠者=出身地と若者である。
   左馬頭、伊予守=官位
   朝日の将軍=後白河院から与えられた称号。平家を追い落とした戦績と栄光。
  ・兵衛佐=源頼朝。義仲追討の命を下した。
  ★自分を将軍と呼び頼朝を格下の兵衛佐と言うことによって、優位性を強調している。
 
8.一条次郎、「ただいま名のるは大将軍ぞ。あますな者ども、もらすな若党、討てや。」とて、大勢の中に取りこめて、我討つ取らんとぞ進みける。
1)音便に注意する。
 ・討つ(討ち)取らん=促音便。
2)「余す」の意味。
 ・うちもらす。
3)「な」の意味は。
  ・禁止の終助詞。
4)「あますな、もらすな」について
  ・小勢を大勢が取り込めて皆殺しにする時に言う。
5)係り結びは。
  ・ぞ→ける。
 
9.木曾三百余騎、六千余騎が中を、縦様・横様・蜘蛛手・十文字に駆け割つて、後ろへつつと出でたれば、五十騎ばかりになりにけり。そこを破つて行くほどに、土肥次郎実平二千余騎でささへたり。それをも破つて行くほどに、あそこでは四、五百騎、ここでは二、三百騎、百四、五十騎、百騎ばかりが中を駆け割り駆け割り行くほどに、主従五騎にぞなりにける。
1)音便に注意する。
 ・割つ(割り)て、破つ(破り)て=促音便。
2)軍勢の数から戦いの様子を考える。
 ・三百余──────→五十───────────────────────→五
   縦様・横様・蜘蛛手・十文字
 ・六千余(一条次郎)→二千余(土肥次郎実平)→四、五百→二、三百→百四、五十                                     →百
3)蜘蛛手・十文字の隊形を説明する。
4)「五騎にぞなりにける」の品詞分解。
 ・五騎−に−ぞ(係助詞)なり(ラ四用)に(完了ぬ用)ける(過去けり体)
 5)戦いぶりについて
  ・「行くほどに」の繰り返し表現によって、戦いが果てしなく続き、滅亡に向かって   いる緊張感を表す。
  ・数の減少によって、健闘ぶりと、少数になる悲壮感を表現する。
 
10.五騎がうちまで巴は討たれざりけり。木曾殿、「おのれはとうとう、女なれば、いづちへも行け。我は討ち死にせんと思ふなり。もし人手にかからば自害をせんずれば、木曾殿の最後のいくさに、女を具せられたりけりなんど言はれんことも、しかるべからず。」とのたまひけれども、
1)「おのれ」の意味は。
 ・おまえ。
 ・二人称で、目下に向かって言う。
1)「討たれざりけり」の品詞分解。
  ・討た(ラ四未)れ(受身る未)ざり(打消ず用)けり(過去けり止)
2)「疾う疾う」の意味と音便と係り受けは。
 ・早く早く。
 ・とうとう(とくとく)=ウ音便。
 ・行け。
3)「討ち死にせんと思ふなり」の品詞分解は。
 ・討ち死に−せ(サ変未)ん(意志ん止)と−思ふ(ハ四体)なり(断定なり止)
4)「具せられたりけりなんど言はれんことも」の品詞分解は。
 ・具せ(サ下二未)られ(尊敬らる用)たり(存続たり用)けり(過去けり止)なんど−言は(ハ四未)れ(受身る未)ん(婉曲ん体)こと−も
5)「しかるべからず」の品詞分解と意味は。
 ・しかる(ラ四止)べから(適当べし未)ず(打消ず止)
 ・ふさわしくない。
6)「のたまひけれども」の敬語は。
 ・「言う」の尊敬語。おっしゃる。
 ・作者が義仲を高めて義仲に敬意を表している。
7)木曽が巴を逃がそうとした理由を考える。
 ・表面上は、最後まで女を連れていたと言われると不名誉であるから。
 ・実は、愛している巴にきつい言葉を言って逃がし、死なせたくなかった。
 8)木曽殿の覚悟を考える。
  ・最後まで戦って死ぬ。
  ・深手を負って敵の手にかかるぐらいなら、自害する覚悟がある。
 
11.なほ落ちも行かざりけるが、あまりに言はれたてまつりて、「あつぱれ、よからうかたきがな。最後のいくさして見せたてまつらん。」とて、
1)音便に注意する。
 ・よから−う(む)=ウ音便。
2)「なほ」の意味。
 ・やはり。もとのとおり。
3)「落ちも行かざりけるが」の主語は。
 ・巴。
4)「言はれたてまつり」の助動詞と敬語。
 ・れ=受け身
 ・たてまつり=謙譲の補助動詞。〜申し上げ
 ・作者が巴を低めて義仲に敬意を表している。
5)「見せたてまつらん」の敬語。
 ・巴が自分を低めて義仲に敬意を表している。
 6)巴が落ち行かなかった理由は。
  ・義仲を愛していたので、最期も一緒に死にたかった。
  ・最後に自分の武勇を見せて別れることを決意した。
 
12.控へたるところに、武蔵の国に聞こえたる大力、御田八郎師重、三十騎ばかりで出で来たり。巴、その中へ駆け入り、御田八郎に押し並べ、むずと取つて引き落とし、わが乗つたる鞍の前輪に押しつけて、ちつともはたらかさず、首ねぢ切つて捨ててんげり。そののち、物具脱ぎ捨て、東国の方へ落ちぞ行く。手塚太郎討ち死にす。手塚別当落ちにけり。
1)音便に注意する。
 ・取つ(取り)て、乗つ(乗り)たる、切つ(切り)て=促音便。
 ・捨ててん(て)げり(けり)
2)巴の戦いぶりを鑑賞する。
3)残った五騎を確認する。
 ・木曽殿、巴、手塚太郎、手塚別当。
 ・もう一人が次に登場する
 
13.学習プリント2を点検する。
14.教師が音読する。
15.学習プリントのあらすじを埋める。
 
16.今井四郎、木曾殿、ただ主従二騎になつて、のたまひけるは、「日ごろは何ともおぼえぬ鎧が、今日は重うなつたるぞや。」
 1)「のたまふ」の敬語
  2)鎧が重くなったとはどういうことか。
  ・戦う気力がなくなってきた。
  ・幼友達の今井と主従二騎になって、今までの部下たちの手前の心の張りを失い、本心をそのまま述べる甘えが生じた。
  ・豪傑義仲の人間味が表れている。
 
17.今井四郎申しけるは、「御身もいまだ疲れさせたまはず、御馬も弱り候はず。何によつてか、一領の御着背長を重うはおぼしめし候ふべき。それは、御方に御勢が候はねば、臆病でこそさはおぼしめし候へ。兼平一人候ふとも、余の武者千騎とおぼしめせ。矢七つ八つ候へば、しばらく防き矢つかまつらん。あれに見え候ふ、粟津の松原と申す、あの松の中で御自害候へ。」とて、
 1)敬語に注意する。
  1)兼平の会話中の敬語はすべて、兼平→義仲。
  2)「疲れさせたまはず」
   ・尊敬の助動詞+尊敬の補助動詞の二重敬語。
  3)「候ふ」の識別。
   a)丁寧の補助動詞
    ・弱り候はず、おぼしめし候ふべき、おぼしめし候へ、見え候ふ
   b)丁寧の本動詞
    ・御勢が候はねば、兼平一人候ふとも、矢七つ八つ候へば、御自害候へ
 2)「何によってか〜候ふべき」の係り結びと反語に注意して訳す。
 3)「それは」「さはおぼしめし」の指示内容は。
  ・今日は鎧が重くなったと感じること。
 4)「御身もいまだ疲れさせたまはず」と言った理由は。
  ・弱気になっている義仲を励まし、最後の力で自害することを勧めている。
 
18.打つて行くほどに、また新手の武者、五十騎ばかり出で来たり。「君はあの松原へ入らせたまへ。兼平はこのかたき防き候はん。」と申しければ、
 1)「打つて」「申しけさば」の主語を確認する。
  ・義仲と今井。
  ・今井。
 2)「入らせたまへ」の敬語に注意して訳す。
  ・尊敬の助動詞+尊敬の補助動詞の二重敬語。
 3)松原に行く理由は。
  ・そこで自害するため。
  ・今井は時間稼ぎのために防戦する。
 
19.木曾殿のたまひけるは、「義仲、都にていかにもなるべかりつるが、これまで逃れくるは、なんぢと一所で死なんと思ふためなり。ところどころで討たれんよりも、ひとところでこそ討ち死にをもせめ。」とて、馬の鼻を並べて駆けんとしたまへば、
 1)「いかにもなりべかりつる」の意味は。
  ・死んでしまうこと。
 2)「これまで逃れくるは、なんぢと一所で死なん」の背景を説明する。
  ・都で戦って敗れた時、今井に会いたい一念で落ち延びてきた。
 3)木曽の決意を確認する。
  ・あくまでも今井と一緒に戦って討ち死にしたいと思っている。
  ・今井と一緒に死ぬことが大切である。
 
20.今井四郎、馬より飛び下り、主の馬の口に取りついて申しけるは、「弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、最期のとき不覚しつれば、長き疵にて候ふなり。御身は疲れさせたまひて候ふ。続く勢は候はず。かたきに押し隔てられ、言ふかひなき人の郎等に組み落とされさせたまひて、討たれさせたまひなば、『さばかり日本国に聞こえさせたまひつる木曾殿をば、それがしが郎等の討ちたてまつたる。』なんど申さんことこそくちをしう候へ。ただあの松原へ入らせたまへ。」と申しければ、
 1)「弓矢取り」の意味。
  ・武士
 2)「不覚」の意味。
  ・不注意からする失敗。
 3)「長き疵」とは。
  ・末代までの不名誉。
  ・武士としては最も避けなければならないこと。
 4)「疲れさせたまひて候ふ」の敬語に注意する。
  ・尊敬の助動詞+尊敬の補助動詞の二重敬語+丁寧の動詞。
 5)「押し隔てられ」の助動詞の意味。
 6)「言ふかひなし」の意味は。
  ・取るに足りない。
 7)「組み落とされさせたまひて」「討たれさせたまひなば」の助動詞の意味。
  ・受身の助動詞+尊敬の助動詞+尊敬の補助動詞の二重敬語。
 8)「それがし」の意味。
  ・だれそれ。
 9)「口惜し」の意味。
  ・残念な
 10)前には「御身もいまだ疲れさせたまはず」と言っておきながら、ここでは「御身は疲  れさせたまひて候ふ」と言った理由は。
  ・前は、弱気になった木曽を励まし、最後の力をふりしぼって自害を勧めるため。
  ・今は、一緒に討ち死にしようとする木曽を説得して、戦う力もなくなっているのだから戦うのをあきらめさせ、覚悟を決めて自害を勧める。
 11)今井が木曽に3回自害を勧めているが、それぞれの理由は。
  ・武士は死に方を間違えると末代までの不名誉になるから。
  1)木曽が鎧が重くなったと弱音を吐いた時
   ・体力も気力も衰えていて、討ち取られるのは時間の問題だと思ったから。
  2)新たな敵が五十騎現れた時。
   ・ここで戦えば討ち死にすると思ったから。
  3)木曽が討ち死にをしようと言った時。
   ・自分と一緒に討ち死にしようとしているから。
 
21.木曾「さらば。」とて、粟津の松原へぞ駆けたまふ。
 1)「さらば」の意味に注意する。
  ・さ+あら+ば。そうであるならば。
  ・さようならではない。
 2)自害する覚悟を決めたことを確認する。
 
22.学習プリント3を点検する。
23.教師が音読する。
24.学習プリントのあらすじを埋める。
 
25.今井四郎ただ一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り、鐙ふんばり立ち上がり、大音声あげて名のりけるは、「日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまへ。木曾殿の御乳母子、今井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。さる者ありとは、鎌倉殿までも知ろしめされたるらんぞ。兼平討つて見参にいれよ。」とて、
 1)難解単語の意味を確認する。
  ・音=噂。
  ・乳母子=(母親に代わって、子供に乳を飲ませ養い育てる女の子ども。幼なじみ)  ・生年=生まれてから経てきた年月。年齢。
  ・さる者=そのような者。
  ・知ろしめす=「知る」の尊敬語。
  ・見参にいる=「見せる」の謙譲語。
 2)義仲の名乗りと比較する。
  ・昔と今を述べている。
  ・身分。
  ・年齢。
  ・知名度。
  ・挑発。
 3)今井が名乗った理由は。
  ・武士としての誇示。
  ・敵の注意を自分に引きつけて、義仲が自害をする時間を稼ぐ。
 
26.射残したる八筋の矢を、さしつめ引きつめさんざんに射る。死生は知らず、やにはにかたき八騎射落とす。そののち打ち物抜いて、あれに馳せ合ひ、これに馳せ合ひ、切つてまはるに、面を合はする者ぞなき。ぶんどりあまたしたりけり。ただ「射とれや。」とて、中に取りこめ、雨の降るやうに射けれども、鎧よければ裏かかず、あきまを射ねば手も負はず。
 1)難解単語の意味を確認する。
  ・死生=死んでいるか生きているか。
  ・やにはに=急に。
  ・手=傷。
 2)今井の戦い振りを考える。
  ・8本の矢を射て8旗を射落とす弓の腕前。
  ・刀を抜いて接近戦でも強い。
  ・「ぶんどり」と、敵を武器を奪ったり、敵の首を切り取り馬に付ける。
  ・鎧が堅固なので矢を通さない。
 
27.木曾殿はただ一騎、粟津の松原へ駆けたまふが、正月二十一日、入相ばかりのことなるに、薄氷は張つたりけり、深田ありとも知らずして、馬をざつと打ち入れたれば、馬のかしらも見えざりけり。あふれどもあふれども、打てども打てどもはたらかず。
 1)難解単語の意味を確認する。
  ・入相=夕暮れ。
 2)状況を確認する。
  ・一月二十一日の日の短い、夕暮れなので、視界が悪く、寒い。
  ・馬が深い田にはまり、もがくほど沈んでいく。
 
28.今井が行方のおぼつかなさに、ふりあふぎたまへる内甲を、三浦の石田次郎為久、追つかかつて、よつぴいて、ひやうふつと射る。痛手なれば、真向を馬のかしらにあててうつぶしたまへるところに、石田が郎等二人落ち合うて、つひに木曾殿の首をば取つてんげり。太刀の先に貫き、高くさし上げ、大音声をあげて、「この日ごろ日本国に聞こえさせたまひつる木曾殿を、三浦の石田次郎為久が討ちたてまつりたるぞや。」と名のりければ、
 1)難解単語の意味を確認する。
  ・おぼつかなし=気がかりだ。
  ・痛手=重い傷。
  ・聞こゆ=評判になる。
 2)義仲の最期について確認する。
  ・今井の様子が気がかりで顔を上げた時に、兜の中を射抜かれた。
   ・最後まで今井のことが気になった。
   ・顔を上げなければ致命傷は受けなかった。
  ・最後は自害したのではなく、身分の低い郎等に討ち取られてしまった。
   ・せっかくの今井の忠告が無駄になった。
   ・最後に汚点を残してしまった。
 
29.今井四郎いくさしけるが、これを聞き、「今は、たれをかばはんとてかいくさをばすべき。これを見たまへ、東国の殿ばら、日本一の剛の者の自害する手本。」とて、太刀の先を口に含み、馬よりさかさまに飛び落ち、貫かつてぞ失せにける。さてこそ粟津のいくさはなかりけれ。
 1)今井の最期を確認する。
  ・木曽が自害する時間を稼ぐために戦っていたが、木曽が討ち取られてしまったことを知り、戦う意味がなくなった。
  ・木曽に代わって、東国武士の名誉のために、「日本一の剛の者の自害の手本」として、壮絶な自害をする。



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木曾の最期  
学習プリント1


学習の準備
1.本文をノートに写しなさい。その際、右1行左2行空けておきなさい。
2.単語に分けなさい。
3.本文の右に、用言は───線を引き、行・活用の種類・活用形を書きなさい。助動詞 は、───を引き、意味・基本形・活用形を書きなさい。
4.読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
5.次の語句の読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
左馬頭 装束 錦 直垂 唐綾縅 鎧 鍬形 甲 頭高 滋籐 鬼葦毛 黄覆輪 鞍 鐙 大音声 冠者 伊予守 甲斐 兵衛佐 駆く 若党 巴 武蔵 物具
6.次の語句の意味を調べなさい。
聞こゆ をめく あます とうとう 具す たてまつる あつぱれ はたらく しかるべし
7.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.あらすじの空欄を埋めなさい。
 木曾義仲は立派な鎧を着、立派な武器を持ち、立派な馬に乗り、名乗りながら(
          )と戦った。義仲の軍勢は(    )騎、敵の(    )騎の軍勢と様々な陣形で戦い、最後には(    )騎になっていた。続いて(     )の軍勢(      )騎と戦い、さらに(     )騎、( )騎、(     )騎、(  )騎の敵の中を駆け抜けた後、義仲の軍勢は( )騎になっていた。その中に(  )がいたが、義仲の説得によって(   )の軍勢(   )騎と戦い、その首を取って(   )へ落ちのびて行った。さらに残った義仲の部下の内(      )は討ち死にをし(      )は落ちのびて行った。
2.義仲の武具や馬の様子を理解する。
3.義仲の名乗り方に注意する。
4.数字を使った戦いの表現の躍動感を鑑賞する。
5.義仲が巴に逃げるように言った理由を考える。
6.巴の豪傑ぶりを鑑賞する。
7.助動詞「る・らる」「す・さす」「べし」に注意する。
8.接続助詞に注意する。
9.敬語の種類・主体・対象を考える。
10.音便に注意する。







木曾の最期  
学習プリント2


学習の準備
1.本文をノートに写しなさい。その際、右1行左2行空けておきなさい。
2.単語に分けなさい。
3.本文の右に、用言は───線を引き、行・活用の種類・活用形を書きなさい。助動詞 は、───を引き、意味・基本形・活用形を書きなさい。
4.次の語句の読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
着背長 新手 候ふ 高名 疵 郎等
5.次の語句の意味を調べなさい。
おぼゆ 不覚 いふかひなし 郎等 さばかり くちをし
6.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.あらすじの空欄を埋めなさい。
 木曾義仲は(      )と2人になった。義仲が弱音を吐くと今井は義仲を励まし(       )で(   )することを勧める。その時、新しい敵が(   )騎現れ、今井は義仲を急がすが義仲は聞かない。しかし、今井がさらに執拗に説得するので、とうとう義仲は(        )へ駆けていった。
2.義仲が「日ごろはなにとも覚えぬ鎧が、けふは重うなつたるぞや」と言った気持ちを考える。。
3.今井が初めは「御身もいまだ疲れさせたまはず」と言ったのに後で「御身は疲れさせたまひて候ふ」と言った理由を考える。
4.義仲が今井の自害の勧めを聞かなかった理由を考える。
5.今井が義仲に自害を勧めた理由を説明せよ。
6.助動詞「る・らる」「す・さす」「べし」に注意する。
7.接続助詞に注意する。
8.敬語の種類・主体・対象を考える。
9.音便に注意する。










木曾の最期  学習プリント3

学習の準備
1.本文をノートに写しなさい。その際、右1行左2行空けておきなさい。
2.単語に分けなさい。
3.本文の右に、用言は─線を引き、行・活用の種類・活用形を書きなさい。助動詞 は、─を引き、意味・基本形・活用形を書きなさい。
4.次の語句の読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
乳母子 生年 見参 死生 馳せ 面 入相 痛手
5.次の語句の意味を調べなさい。
乳母子 生年 知ろしめす 見参にいる やにはに 入相 痛手
6.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.あらすじの空欄を埋めなさい。
今井四郎兼平は一騎で(   )騎の敵の中に入った。今井の木曾義仲との関係は(     )で年令は(   )だった。今井は(  )騎の敵を射落とした。一方、義仲は一騎で(        )へ行った。時は(       )の(  )ごろだったので、(    )に(    )が張っていたのに気がつかずはまってしまった。(      )がその義仲の(    )を射て、(      )に首を取らせて名乗りを上げた。今井はそれを聞いて自害した。
2.木曾義仲と今井四郎兼平の最後の違いを比較する。

























忠度の都落ち


 平家の忠盛の四男、清盛の末弟の忠度は、優れた武将であると同時に優れた歌人でもあった。木曽義仲の来襲によって都から落ちのびる平家一門と一緒に西国へ移動するが、わずかな手勢で危険を冒して京へ舞い戻る。その理由は、歌の師である俊成に会うためである。中断されていた勅撰和歌集に自分の作った歌を知れてもらうため、歌をしたためた巻物を手渡すためである。その歌道にかける執念の激しさに、俊成も動かされ、必ず歌集に採録することを約束する。忠度は安心して死地に赴く。平家が滅びて後、千載和歌集が編まれることになった。俊成は約束どおり、忠度の歌を入れようとするが、罪人の歌を実名で入れるわけにはいかない。そこで「詠み人知らず」の歌として採用することで、忠度との約束を果たす。
 戦乱の世にあって、風流を尊ぶ忠度の執念がうかがえる。


0.学習プリントを配布し、書写と意味調べを宿題にする。
1.宿題を点検する。
2.教師が音読する。
3.生徒と音読する。
4.ここまでの背景を説明する。
 ・平家は清盛を頂点に栄華を極めたが、貴族化し、権力を持ちすぎたため、天皇や貴族  たちが危機感を抱き、源氏の頼朝に頼んで、平家を都から追討するように依頼した。  そこで、木曽義仲が都に入る。平家は義仲を恐れて、都に火を放ち、都落ちを決行した。
 ・1年生で学習した「木曽の最期」はこの後の話である。
 ・この話は、平家の側での出来事である。
 
5.薩摩守忠度は、いづくよりや帰られたりけん、侍五騎、童一人、わが身ともに七騎取つて返し、五条の三位俊成卿の宿所におはして見給へば、門戸を閉ぢて開かず。
 1)薩摩守忠度の説明をする。
  ・忠盛の四男、清盛の弟。
  ・腕力に優れ、和歌を得意にする。
 2)音便に注意する。
  ・取つ(り)て=促音便。主に活用語の連用形の語尾の「ち」「ひ」「り」が「て」   「た」「たり」などの語に連なるとき、促音「っ」となること
 3)助動詞を確認する。
  ・れ=尊敬。薩摩守忠度が主語。
  ・けん=過去推量連体。疑問の係助詞「や」の結び。
 4)敬語の種類と主体と対象を考える。
  ・おはし、給へ=尊敬、忠度。
 5)訳す。
  ・薩摩の守忠度は、どこからお帰りになったのであろうか、侍五騎、童一人、自分を   入れて七騎が引き返し、五条の三位の俊成卿のお屋敷にいらっしゃって御覧になる   と、門を閉じていて開けない。
6)危険を冒して何のために帰って来たのかに注意させる。
 
6.「忠度。」と名のり給へば、「落人帰り来たり。」とて、その内騒ぎ合へり。薩摩守、馬より下り、みづから高らかにのたまひけるは、「別の子細候はず。三位殿に申すべきことあつて、忠度が帰り参つて候ふ。門を開かれずとも、このきはまで立ち寄らせ給へ。」とのたまへば、
 1)語句の意味を確認する。
  ・落人=戦に負け、人目を避けて逃げていく人。
  ・別の子細=特別の事情。
 2)音便に注意する。
 3)助動詞を考える。
  ・べき=意志。
  ・れ=尊敬。
  ・せ=尊敬。
 4)敬語を考える。
  ・主体を考える。会話文か地の文か。
 5)訳す。
  ・「忠度です」とお名乗りになると、「落人が帰ってきた」といって門の内側は大騒ぎになった。薩摩の守は馬から下りて、自分で高らかにおっしゃったことは、「特別の事情はない。俊成卿に申し上げたいことがあって、忠度が帰って参りました。門をお開けにならなくても、門の近くまでお立ち寄り下さい。
 6)門の内側が大騒ぎになった理由を考える。
  ・危険なことに関わりたくなかった。
 7)「申すべきこと」とは何か後で考える。
 
7.俊成卿、「さることあるらん。その人ならば苦しかるまじ。入れ申せ。」とて、門を 開けて対面あり。ことの体、何となうあはれなり。
 1)語句の意味を確認する。
  ・苦しかるまじ=さしつかえあるまい。
  ・ことの体=体面の様子。
 2)助動詞を考える。
  ・らん=現在原因推量終止。
  ・まじ=打消推量終止。
 3)敬語を考える。
 4)訳す。
  ・俊成卿は「そのようなことの理由があるのだろう。その人ならさしつかえあるまい。お入れ申し上げよ。」と言って、門を開けて対面した。体面の様子は、なんとなく   感慨深いものであった。
 5)「そのようなこと」の指示内容を考える。
  ・忠度が引き返して俊成を訪れること。
  ★どんな理由があるのかはこの後を読んで考える。
 6)「その人」とは誰かを考える。
  ・忠度。

8.薩摩守のたまひけるは、「年ごろ申し承つてのち、おろかならぬ御ことに思ひ参らせ候へども、この二、三年は、京都の騒ぎ、国々の乱れ、しかしながら当家の身の上のこ とに候ふ間、疎略を存ぜずといへども、常に参り寄ることも候はず。君すでに都を出でさせ給ひぬ。
 1)語句の意味を確認する。
  ・年ごろ=長年。
  ・おろかなら=いいかげんだ。おそろかだ。
  ・しかしながら=ことごとくすべて。すべて。そっくり。
  ・疎略=おろそかな。
  ・君=安徳天皇。脚注では7歳で死んでいる。即位したのは2歳。壇の浦の戦いで母    建礼門院徳子とともに入水。
 2)助動詞を考える。
  ・おろかならぬ=打消ず体
  ・給ひぬ=完了ぬ止
 3)敬語を考える。
  ・多くの敬語の種類を考える。
  ・させ給ひの対象は安徳天皇。
 4)訳す。
  ・忠度がおっしゃったことは、「長年和歌の教えをいただいて以来、(ご指導を)おろそかなことと思っていませんが、この二、三年は京都の騒動や、国の乱れ、ことごとくすべて平家一門の身の上のことでございますので、(和歌を)おろそかに思っておりませんけれども、常に(俊成卿の所に)伺うこともございません。安徳天皇はすでに都をお出になった。
 5)目的語を考える。
  ・申し承つ=和歌を教えてもらうこと。
  ・おろかならぬ御ことに思ひ参らせ=俊成卿のご指導。
  ・疎略を存ぜず=和歌。

9.一門の運命はや尽き候ひぬ。撰集のあるべきよし承り候ひしかば、生涯の面目に、一首なりとも御恩をかうぶらうど存じて候ひしに、やがて世の乱れ出で来て、その沙汰なく候ふ条、ただ一身の嘆きと存ずる候ふ。
 1)語句の意味を確認する。
  ・面目=名誉。
  ・かうぶる=「受く」の謙譲語。いただく。
  ・沙汰=命令。
  ・やがて=すぐに。ただちに。
  ・条(でう)=〜とのこと。
 2)助動詞を考える。
 3)敬語を考える。
 4)訳す。
  ・平家一門の運命ももう尽き果ててしまいました。勅撰集が編まれるはずだとのことお聞きしましたので、生涯の名誉のために、一首だけでも(入れていただくように)ご恩をいただこうと思いましたが、すぐに世の中の乱れが起きてきて、(撰集の)命令もございませんことは、ただ私自身の嘆きと思っております。
 5)世の中が乱れても、自分の一門の命運が尽きても、和歌に対する執着心の強さを鑑賞する。
 
10.世静まり候ひなば、勅撰の御沙汰候はんずらん。これに候ふ巻き物のうちに、さりぬべきもの候はば、一首なりとも御恩をかうぶつて、草の陰にてもうれしと存じ候はば、 遠き御守りでこそ候はんずれ。」とて、
 1)語句の意味を確認する。
  ・草の陰=あの世。
  ・遠き御守り=遠いあの世からあなたをお守りする者。
 2)助動詞を考える。
 3)敬語を考える。
 4)係り結びを考える。
  ・こそ→むずれ
 5)訳す。
  ・世の中が静まりましたならば、勅撰集の命令もございますでしょう。ここにございます巻き物の中に、撰集に入れるのにふさわしい和歌がございますので、一首だけでも(入首の)ご恩をいただいて、(私が)あの世でもうれしいと思いますので、遠いあの世からあなたをお守りする者にございましょう。」
 6)「さりぬべきもの」の指示内容を考える。
  ・撰集に選ばれるのにふさわしい優れた和歌。
 
11.日ごろよみ置かれたる歌どもの中に、秀歌とおぼしきを百余首書き集められたる巻き物を、今はとてうつ立たれけるとき、これを取つて持たれたりしが、鎧の引き合はせより取り出でて、俊成卿に奉る。
 1)助動詞を考える。
  ・れ、られ=すべて尊敬。
 2)訳す。
  ・普段から詠んでお置きになっていた歌などの中で、秀歌と思われる和歌を百首あまりお書き集めになった巻物を、今はこれまでとお立ちになった時に、これを取って持っていらっしゃたのだが、鎧の引き合わせから取り出して、俊成卿に差し上げる。
 
12.三位、これを開けて見て、「かかる忘れ形見を給はり置き候ひぬるうへは、ゆめゆめ疎略を存ずまじう候ふ。御疑ひあるべからず。さてもただ今の御渡りこそ、情けもすぐれて深う、あはれもことに思ひ知られて、感涙おさへがたう候へ。」とのたまへば、
 1)語句の意味を確認する。
  ・ゆめゆめ=(下に打消語を伴って)まったく〜ない。
 2)助動詞を考える。
  ・思い知られて=自発。
 3)敬語を考える。
  ・給はり=「受く」の謙譲語。いただく。
 4)係り結びを考える。
  ・御渡りこそ→候へ
 5)訳す。
  ・三位は、これを開けて見て、「このような忘れ形見をいただきました置きましたうえは、決しておろそかに思ってはおりません。お疑いなさいますな。それにしても、只今のお越しは、風流の心も優れて深く、感慨も自然と感じられて、感動の涙は抑えがたくございます。」とおっしゃえば、
 
13.薩摩守喜んで、「今は西海の波の底に沈まば沈め、山野にかばねをさらさばさらせ。浮き世に思ひ置くこと候はず。さらばいとま申して。」とて、馬にうち乗り甲の緒を締め、西をさいてぞ歩ませ給ふ。
 1)語句の意味を確認する。
  ・いとま=離別のあいさつ。
 2)助動詞を考える。
 3)敬語を考える。
 4)訳す。
  ・薩摩の守(忠度)は喜んで、「今は西海の波のそこに沈むなら沈んでもよい。山野に屍をさらすならさらしてもかまわない。この世に思いを残すことはできません。それならば離別のあいさつを申し上げて」と言って、馬に乗って兜の尾をしめ、西へ向かってお進みになる。
 
14.三位、後ろをはるかに見送つて立たれたれば、忠度の声とおぼしくて、「前途ほど遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す。」と、高らかに口ずさみ給へば、俊成卿いとど名残惜しうおぼえて、涙をおさへてぞ入り給ふ。
 1)語句の意味を確認する。
 2)助動詞を考える。
 3)敬語を考える。
 4)訳す。
  ・三位は、(忠度の)後ろ姿を遠くなるまで見送って立っていらっしゃるところ、忠度の声と思われて、「行き先ははるかに遠い。私の思いは(これから越える)雁山の夕べの雲に飛んでいる」と、高らかに口ずさみなさると、俊成はたいへん名残惜しく思われて、涙を抑えてお入りになる。
 5)歌の気持ちについて考える。
  ・再会が約束しにくいことを詠んでいる。
  ・和漢朗詠集は、朝綱が人を見送る立場で詠んだ。一度別れて後また会うことははるかに遠い難しいことです。別れの悲しみのために冠の紐が濡れています。
 
15.そののち、世静まつて、千載集を撰ぜられけるに、忠度のありしありさま、言ひ置きし言の葉、今さら思ひ出でてあはれなりければ、かの巻き物のうちに、さりぬべき歌、いくらもありけれども、勅勘の人なれば、名字をばあらはされず、故郷の花といふ題にてよまれたりける歌一首ぞ、「よみ人知らず」と入れられける。
 1)「世静まって」の説明をする。
  ・一一八五年三月二十四日、、壇の浦の合戦で平家一門が全滅し、世の中は平和にな   った。 
 1)語句の意味を確認する。
  ・さりぬべき=きっとそうであるにふさわしい
  ・勅勘の人=天皇のおとがめを受けた人。
  ・故郷=以前都であった所。
 2)助動詞を考える。
  ・「れ」「られ」はすべて尊敬。「よまれたりける」の対象だけが忠度。
  ・さりぬ(強意)べき(適当)
 3)敬語を考える。
 4)訳す。
  ・その後、世の中が落ち着いて、千載集をお選びになった時、忠度の(生前での)様子や言い残した言葉、あらためて思い出して感慨深いものだったので、あの巻物の内の、ふさわしい歌はいくらでもあったのだが、天皇のおとがめを受けた人なので、姓名を明らかになさらないで、故郷の花と言う題で(忠度が)お読みになった歌一首を、「詠み人知らず」として(俊成が)お入れになった。
 
16.さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな
 1)語句の意味を確認する。
  ・さざなみや=「志賀」「大津」にかかる枕詞。
  ・志賀の都=天智天皇が都を定めた近江大津の宮。
  ・ながら=「昔ながら」と「長等(ながら)山」を掛けた掛詞。
 2)助動詞を考える。
 3)敬語を考える。
 4)訳す。
  ・志賀の都はすっかり荒れ果ててしまったが、長等山の桜だけは、昔のままに咲いているなぁ。
 
17.その身、朝敵となりにしうへは、子細に及ばずといひながら、うらめしかりしことどもなり。
 1)訳す。
  ・その身が、天皇のおとがめを受けた者になってしまった上は、あれこれ言っても仕方がないけれども、残念なことであるよ。
 2)何が「うらめしかりしこと」なのか考える。
  ・名前を出すこともできず、しかもただ一首だけであること。



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忠度の都落ち(平家物語) 学習プリント
                               点検  月  日 
学習の準備
1.本文をノートに写しなさい。その際、右1行左2行空けておきなさい。
2.空欄に文中の後を入れて、あらすじを把握しなさい。
 薩摩守  は主従 騎で京へ戻ってきて、   を訪れ、  の御沙汰があることを聞いて  でも入集させてほしいと願う。。そして、日頃詠んでおいた  を書き集めた   を   に託す。俊成卿は  に扱わない旨を答える。   は高らかに詩を吟じながら の方角へ向かう。   は     思う。
 その後、   を撰集する時に、  の歌を入れようとしたが  の人なので、    という題で詠まれた歌を      として入れた。このような扱いは      しことである。
3.単語に分けなさい。
4.本文の右に、用言は───線を引き、行・活用の種類・活用形を書きなさい。助動詞 は、───を引き、意味・基本形・活用形を書きなさい。
5.読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
 侍 落人 子細 疎略 撰集 沙汰 鎧 名残惜し
6.次の語句の意味を古語辞典で調べなさい。
 おはす 落人 子細 年ごろ おろか しかしながら 疎略  存す やがて 沙汰
 かうぶる 給はる ゆめゆめ 渡り いとま 馳す 勅勘 うらめし
7.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.忠度と俊成の関係を理解する。
2.忠度の立場を理解する。
3.忠度の和歌への執心を理解する。
4.忠度の西国へ向かう心境を理解する。
5.忠度を見送る俊成の心情を理解する。
6.俊成の忠度の和歌への扱いと心情を理解する。
7.音便に注意する。
8.敬語の種類・主体・対象、特に「候ふ」に注意する。
9.受身の助動詞「る・らる」の意味に注意する。
10.助動詞「ぬ」の識別に注意する。























能登殿の最期


 平家は負け戦が続いて壇の浦で最後の合戦に挑んだ。
 能登守教経は剛の者で彼の矢の前に出る者はなかった。教経も最後の戦いと思って矢を射尽くして両手に大太刀と長刀を持って振り回して戦った。正面から立ち向かう者はなく多くの者が討ち取られた。
 知盛が使者を立てて「これ以上人を殺して罪を作るな。あなたの敵ではない」と伝言したので、「それでは大将の義経と戦おう」と源氏の舟に乗り移った。しかし、義経の顔を知らないので走り回った。義経も危機を察知して教経と戦わなかった。しかし、とうとう義経の船に出会って飛び掛かったが、義経は叶わないと思って見方の船に飛び移った。教経は追うことをあきらめ、これが最期と思い、太刀も長刀も甲も鎧も脱いで、銅だけをつけ髪もバラバラにして、大手を広げて立った。それは恐ろしい形相だった。大声を上げて、
「腕に自信のある者は教経と組み合って生け捕りにせよ。鎌倉へ行って頼朝に一言言うことがある」と言ったが、近寄る者はなかった。
 そこに、安芸太郎次郎兄弟と従者の三人が教経の船に飛び乗り、打ってかかる。しかし、教経はいとも簡単にやっつけ、安芸兄弟を道連れに海へ飛び込む。この時、二十六歳であった。
 知盛は教経の最期を見届け自害を決意する。伊賀平内左衛門家長を呼んで、約束通り、共に鎧を二領着て重しにして海へ飛び込んで自害した。これを見て、二十人の侍たちも後れないでおこうと、手に手を取って海へ飛び込んで自害した。その中で、越中次郎や上総五郎や悪七兵衛や飛騨四郎は逃げ延びた。海上は平家の赤旗が投げ捨てられ、竜田川の紅葉を嵐が吹き散らかしたようになった。水際に打ち寄せる白波も薄紅になった。


0.【指】学習プリントを配布して、本文写し、語句の読みと意味、現代語訳を宿題にする。
1.【指】学習プリントとノートの点検をする。を配布し、漢字の読みを調べさせ、分からない語句を調べさせ、書き写し、訳させるのを、宿題にする。
2.【説】平家物語について
 ・軍記物語。
 ・鎌倉時代初期に成立。
 ・作者不詳。琵琶法師によって語り継がれる。
 ・平家一門の栄華と没落。
 ・和漢混交文。
 ・冒頭は、「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。
3.【説】ここまでのあらすじ。
 ・寿永四年(一一八五)、源氏によって追いつめられた平家の軍勢は、長門(現在の山口県北西部)の壇の浦で最後の合戦にのぞんだ。
4.【指】教師が音読する。

5.およそ能登守教経の矢先にまはる者こそなかりけれ。矢だねのあるほど射尽くして、今日を最後とや思はれけん、赤地の錦の直垂に、唐綾威の鎧着て、いかもの作りの大太刀抜き、白柄の大長刀の鞘をはづし、左右に持つてなぎまはりたまふに、おもてを合はする者ぞなき。多くの者ども討たれにけり。
 1)【説】語句の意味。
  ・およそ=そもそも。話を切り出す時の言葉。
  ・能登殿教経=清盛の弟教盛の次男。平家屈指の勇将。
  ・矢だね=手元にあるすべての矢。
  ・直垂=鎧の下に着る着物。袖口と裾口を紐で縛る。赤地のものは大将格の武士が多く着用した。
  ・唐綾威=中国伝来の絹織物を細く切って綴り合わせた鎧。革や組紐でなく、朽ちやすく脆弱な綾絹を使ったのは、華麗さや風雅さを優先したから。
  ・いかもの作り=太刀の外装を威圧感を与えるように作ったもの。
 2)【L1】文法事項は。
  ・こそ(係助詞強意)→けれ
  ・や(係助詞疑問)→けん
  ・れ(尊敬連用)けん(過去原因推量)
  ・ぞ(係助詞強意)→なき。
  ・れ(受身連用)に(完了連用)けり(過去終止)
 3)【L1】音便は。
  ・持つて(促音便)→持ちて
 4)【説】訳す。
  ・そもそも、能登殿教経の矢先に回る者はなかった。手元にあるすべての矢を射尽くして、今日が最後とお思いになったらかであろうか、赤地の錦の直垂に唐綾威の鎧を着て、厳めしく作った大きな太刀を抜いて、白木の柄の大きな長刀の鞘を外して、左右を手に持って横に振り回しになるので、正面から立ち向かう者はなかった。多くの者が討たれてしまった。
 5)【L1】敬語は。
  ・たまふ(尊敬、作者→教経)
 6)【L1】なぜ、教経は矢を射尽くしたのか。
  ・これが最後の戦いだと思ったから。
 7)【L2】能登の出で立ちの特徴は。
  ・実用性より華麗さを優先させた。
  ・武士の貴族化。
 8)【説】能登の強さを鑑賞する。

6.新中納言使者を立てて、「能登殿、いたう罪なつくりたまひそ。さりとてよき敵か。」とのたまひければ、「さては大将軍に組めごさんなれ。」と心得て、打ち物茎短にとつて、源氏の船に乗り移り乗り移り、をめき叫んで攻め戦ふ。
 1)【説】語句の意味。
  ・新中納言=平知盛。清盛の四男。教経の従兄弟。清盛の後を継いだ大将軍。
  ・な(副詞)〜そ(終助詞)=禁止。〜するな。
  ・さりとて=だからといって。
  ・さては=それでは。
  ・ござんなれ=ということだな。
  ・をめく=わめく。
 2)【L1】助動詞の意味。
 3)【L2】音便は。
  ・いたう(ウ音便)→いたく
  ・とつ(促音便)て→とりて
  ・叫ん(撥音便)で→叫びて
 4)【説】訳す。
  ・新中納言知盛は使者を立てて、「能登殿、あまり罪をお作りになるな。だからといってよい敵か。」とおっしゃったので、「それでは大将軍に組めということだな」と心得て、太刀の柄を短めに持って、源氏の船に乗り移り乗り移り、わめき叫んで攻め戦った。
 5)【L1】敬語は。
  ・たまひ(尊敬、知盛→教経)
  ・のたまひ
 6)【L3】知盛はどのような意図で言ったのか。
  ・勝敗のすでに決まった戦いでこれ以上無益な殺生をして、死後の往生の障害を作ることを戒めた。
 7)【L2】教経はそれを聞いてどう思ったか。
  ・多くの下っぱの武士を殺すより、敵の大将を狙おうとさらに闘士を燃やした。
  ・負けん気が強く、一本気な様子。
 8)【説】太刀の柄を短く持ったのは、小回りが利き戦いやすいから。

7.判官を見知りたまはねば、物の具のよき武者をば判官かと目をかけて、馳せまはる。判官も先に心得て、おもてに立つやうにはしけれども、とかく違ひて能登殿には組まれず。されどもいかがしたりけん、判官の船に乗り当たつて、あはやと目をかけて飛んでかかるに、判官かなはじとや思はれけん、長刀脇にかい挟み、味方の船の二丈ばかり退いたりけるに、ゆらりと飛び乗りたまひぬ。能登殿は早業や劣られたりけん、やがて続いても飛びたまはず。
 1)【説】語句の意味。
  ・物の具=武具。鎧、兜、弓、矢、槍など。
  ・馳す=走る。
  ・とかく=あちらこちらと。
  ・されども=しかし。
  ・あはや=あっ。
  ・やがて=すぐに。
 2)【L1】文法事項は。
  ・れ(受身未然)ず(打消終止)
  ・けむ(過去原因推量連体)
  ・や(係助詞疑問)→けむ
  ・れ(尊敬、作者→義経)けん(過去原因推量)
  ・ぬ(完了終止)
  ・や(係助詞疑問)→けむ
  ・れ(尊敬、作者→教経)たり(完了)けん(過去推量)
 3)【L1】音便は。
  ・あたつ(促音便)て→あたりて
  ・飛ん(撥音便)で→飛びて
  ・かい(イ音便)挟み→かき挟み
 4)【説】訳す。
  ・(教経は)判官義経をお知りにならないので、武具のよい武者を義経かと目をつけて、走り回る。義経も先に心得て表に立つようにはしたけれども、あちらこちらと行き違って教経には組まれない。しかし、どうしたからだろうか、(教経が)義経の船になり当たって、あっと目をつけて飛び掛かると、義経はかなわないとお思いになったからであろうか、長刀を脇に挟んで、味方の船が二丈(六メートル)ほど退いたところに、ゆらりと飛び乗りになる。教経は早業では劣っていらっしゃったのだろうか、すぐに続いて飛び移りなさらない。
 5)【L1】主語を補う。
 6)【L1】敬語は。
  ・たまひ(尊敬、作者→義経)
  ・たまは(尊敬、作者→教経)
 7)【L2】教経と義経の戦い方の違いは。
  ・教経=負け戦だから、命懸けで勇猛に戦っている。
  ・義経=勝ち戦だから、命を守るために逃げている。

8.今はかうと思はれければ、太刀、長刀海へ投げ入れ、甲もぬいで捨てられけり。鎧の草摺かなぐり捨て、胴ばかり着て、大童になり、大手を広げて立たれたり。およそあたりをはらつてぞ見えたりける。恐ろしなんどもおろかなり。
 1)【説】語句の意味。
  ・今はかう=もうこれまで。これで最後。
  ・草摺=鎧の胴部の下の前後左右に垂れている板。
  ・大童=もとどりを結ばず、髪がバラバラになる。甲をかぶる時はもとどりを解いて鉢巻きをした上に着用した。甲を脱ぐと乱れ髪になる。
  ・およそ=まったくのところ。
  ・おろかなり=言い尽くせない。不十分である。
 2)【L1】文法事項は。
  ・れ、られ(尊敬連用、作者→教経)
  ・ぞ(係助詞強意)→ける
 3)【L2】音便は。
  ・かう(ウ音便)→く
  ・ぬい(イ音便)で→ぎ
  ・はらつ(促音便)て→ひ
 3)【説】訳す。
  ・もうこれまでとお思いになったので、太刀や長刀を海へ投げ入れ、甲も脱いでお捨てになった。鎧の草摺もかなぐり捨て、胴だけを着て、乱れ髪になり、両手を広げて、まったくのところ周囲を圧倒しているように見えた。恐ろしいという表現では言い尽くせない。
 4)【説】絵を描いて説明する。
 5)【L1】鎧や甲を脱ぎ捨てた理由は。
  ・死ぬ覚悟をした。
  ・鎧や甲は身を守る武具であり、戦うには動きにくく負担になる。
 6)【説】死を決意した教経の威圧感を鑑賞する。

9.能登殿大音声をあげて、「我と思はん者どもは、寄つて教経に組んで生け捕りにせよ。鎌倉へ下つて、頼朝に会うて、もの一詞言はんと思ふぞ。寄れや寄れ。」とのたまへども、寄る者一人もなかりけり。
 1)【説】語句の意味。
  ・下る=当時は京都が中心だったので、京都から遠ざかる方向に移動することを下るという。
  ・頼朝=義経の兄。鎌倉にいて源氏の総大将。
 2)【L1】文法事項は。
 3)【L1】音便は。
 4)【説】訳す。
  ・教経は大声をあげて、「我と思わん者は、近寄って教経に組み付いて生け捕りにせよ。鎌倉に下って、頼朝に会って、一言文句を言ってやろうと思う。近寄れ、近寄れ」とおっしゃったけれど、近寄る者は一人もなかった。
 5)【L1】敬語は。
  ・のたまふ(尊敬、作者→教経)
 6)【L2】なぜ、「我と思わん者は、生け捕りにせよ」と言ったのか。
  ・最後に勇敢な武士と戦って死にたいと思った。
  ・捕まる気はなかった。
 7)【L1】なぜ、近寄る者はなかったのか。
  ・教経の迫力に圧倒されたから。
10.ここに土佐の国の住人、安芸郷を知行しける安芸の大領実康が子に、安芸太郎実光とて、三十人が力持つたる大力の剛の者あり。我にちつとも劣らぬ郎等一人、弟の次郎も普通にはすぐれたるしたたか者なり。安芸太郎、能登殿を見たてまつつて申しけるは、
 1)【説】語句の意味。
  ・知行=土地を領有する。
  ・したたか=しっかりした。
 2)【L1】文法事項は。
  ・ぬ=打消連体。
 3)【L1】何人が名乗りを挙げたか。
  ・3人
  ・安芸太郎実光
  ・安芸次郎
  ・郎等
 4)【説】訳す。
  ・ここに土佐の国の住人で、安芸郷を領有する安芸郡の長官で実康の子に、安芸太郎実光と言って、三十人力を持った大力の剛の者がいた。自分に少しも劣らない郎等が一人、弟の次郎も普通より優れた者である。安芸太郎は教経を見申し上げて申し上げたのは、
 4)【L1】敬語は。
  ・たてまつつ(謙譲、作者→教経)
  ・申し(謙譲、作者→教経)

11.「いかに猛うましますとも、我ら三人取りついたらんに、たとひたけ十丈の鬼なりとも、などか従へざるべき。」とて、主従三人小船に乗つて、能登殿の船に押し並べ、「えい。」と言ひて乗り移り、甲の錣を傾け、太刀を抜いて一面にうつてかかる。
 1)【説】語句の意味。
  ・錣=甲の鉢の左右と前後につけて首を覆うもの。
 2)【L1】文法事項は。
  ・か(係助詞反語)→べき(可能連体)
 3)【説】訳す。
  ・「どれほど勇猛でいらっしゃるとも、我等三人が取りついたなら、たとえ背丈が三十メートルの鬼であるとしても、どうして服従させることができないだろうか、いやできる。」と言って主従三人が小舟に乗って、教経の船に押し並べ、「えい」と言って乗り移り、甲のしころを傾け、太刀を抜いて一列で打ってかかる。
 4)【L1】敬語は。
  ・まします(尊敬、太郎→教経)

12.能登殿ちつとも騒ぎたまはず、真つ先に進んだる安芸太郎が郎等を、裾を合はせて海へどうど蹴入れたまふ。続いて寄る安芸太郎を弓手の脇にとつて挟み、弟の次郎をば馬手の脇にかい挟み、ひと締め締めて、「いざうれ、さらばおのれら、死出の山の供せよ。」とて、生年二十六にて海へつつとぞ入りたまふ。
 1)【説】語句の意味。
  ・弓手=左。弓を持つ手。
  ・馬手=右。馬の手綱を持つ手。
 2)【L1】文法事項は。
  ・ぞ(係助詞)→たまふ
 3)【L2】どういう順番でかかったか。
  ・郎等、太郎、次郎。
  ・太郎を弓手(左)、次郎を馬手(右)に抱えた。
 4)【説】訳す。
  ・教経は少しもお騒ぎにならず、真っ先に進んだ安芸太郎の郎等を、足を蹴って海へどっと蹴り入れなさる。続いて寄る安芸太郎の左の脇に抱えて挟み、弟の次郎を右の脇に挟み、一締めし、「さあ、いざ。それならおまえたち、あの世の山へお供せよ」と言って、成年二十六歳で海へつつとお入りになる。
 5)【L1】敬語は。
  ・たまは(尊敬、作者→教経)
 6)【説】教経の豪快な最期を鑑賞する。

13.新中納言、「見るべきほどのことは見つ。いまは自害せん。」とて、めのと子の伊賀平内左衛門家長を召して、「いかに、約束は違ふまじきか。」とのたまへば、
 1)【説】語句の意味。
  ・召す(尊敬「呼ぶ」作者→知盛
  ・
 2)【L1】文法事項は。
  ・べき(当然連体)
  ・つ(完了終止)
  ・ん(意志終止)
  ・まじき(打消意志連体)
 3)【説】訳す。
  ・知盛は、「見なければならないものは見た。今は自害しよう。」と言って乳母子である伊賀平内左衛門家長をお呼びになって、「どうして約束を違えようか、いや違えない」とおっしゃると
 4)【L1】敬語は。
  ・召して(尊敬→知盛)

14.「子細にや及び候ふ。」と中納言に鎧二領着せたてまつり、我が身も鎧二領着て、手を取り組んで海へぞ入りにける。これを見て侍ども二十余人後れたてまつらじと、手に手を取り組んで、一所に沈みけり。
 1)【説】語句の意味。
  ・子細=細々したこと。
 2)【L1】文法事項は。
  ・や(係助詞反語)→候ふ
  ・ぞ(係助詞強意)→ける
 3)【説】訳す。
  ・(家長は)「細々申し上げることもございません」と知盛に鎧を二揃い着せ申し上げ、自分も鎧を二揃い着て、手を取り合って海へ入った。これを見て侍たち二十人余りも後れ申し上げないでおこうと、手に手を取って、同じ所に沈んだ。
 4)【L1】敬語は。
  ・候ふ(丁寧、家長→知盛)
  ・たてまつり(謙譲、作者→知盛)

15.その中に、越中次郎兵衛、上総五郎兵衛、悪七兵衛、飛騨四郎兵衛はなにとしてか逃れたりけん、そこをもまた落ちにけり。海上には赤旗・赤印投げ捨て、かなぐり捨てたりければ、竜田川のもみぢ葉を嵐の吹き散らしたるがごとし。汀に寄する白波も薄紅にぞなりにける。
 1)【説】語句の意味。
  ・赤旗、赤印=平家は赤い旗、源氏は白い旗であった。
  ・竜田川=紅葉の名所。
       ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは
       嵐吹くみむろの山のもみぢ葉は竜田の川の錦なりけり
 2)【L1】文法事項は。
  ・か(係助詞疑問)→けん
 3)【説】訳す。
  ・その中に、越中次郎兵衛、上総五郎兵衛、悪七兵衛、飛騨四郎兵衛は、どうして逃げたのだろうか、そこもまた落ち伸びたのであった。海上は、(平家の)赤旗や赤印が投げ捨てかなぐり捨てられていたので、竜田川の紅葉を嵐が吹き散らしたようであった。水際に寄せる白波も薄紅になった。
























能登殿の最期1(8912〜9112) 学習プリント
                                点検  月  日
学習の準備
1.本文を4行ずつ空けてノートに写しなさい。
2.次の漢字の読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
錦  直垂  唐綾威  鎧  大太刀  大長刀  鞘  左右  茎短  判官  物の具  武者  馳せ  早業  甲  草摺  大童  大手  大音声  生け捕り
3.次の語句の意味を古語辞典で調べなさい。
 およそ 矢先 矢だね 直垂 唐綾威 いかもの作り なぐ さりとて さては ござんなれ をめく 物の具 馳す とかく されども あはや やがて 今はかう およそ おろか 
4.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.登場人物と敵味方を理解する。
2.教経の強さを理解する。
3.知盛の伝言の意味を理解する。
4.教経と義経の戦いを鑑賞する。
5.教経の死ぬ覚悟を理解する。
6.音便に注意する。
7.尊敬の助動詞と敬語に注意する。
8.係り結びを注意する。









能登殿の最期2
(9112〜おわり) 学習プリント
                                点検  月  日
学習の準備
1.本文を4行ずつ空けてノートに写しなさい。
2.次の漢字の読み方を現代仮名遣いで書きなさい。
安芸  知行  郎等  猛う  主従  錣  弓手  馬手  死出  生年  召し  違ふ  子細  後れ  上総  汀
3.次の語句の意味を古語辞典で調べなさい。
 知行 したたか 弓手 馬手 いざうれ めのと子 召す 
4.本文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.登場人物と敵味方を理解する。
2.教経と安芸兄弟らとの戦いを鑑賞する。
3.教経の最期を鑑賞する。
4.知盛の自害を鑑賞する。
5.戦いの後の海上の様子を理解する。
6.音便に注意する。
7.反語の訳に注意する。
8.係り結びに注意する。