アクティブ・ラーニング
 
現代社会の不安14

  
村上陽一郎


村上陽一郎
 現代日本社会は、平均寿命が世界最高水準であるので、天寿に至る途中で「不慮の死」を迎えるという不安から解放されて良い社会であるにもかかわらず、現実には不安に脅かされているという非対称性は、相対的なものであり、不安がさまざまな社会的・心理的要因の複雑な相乗効果の結果である現代社会の構造特性によるものである。
 第一の特性は、人間機能の「外化」である。「外化」とは、自分以外に社会が用意してくれる制度や社会装置に自らの機能を委託することである。その「外化」機能しなくなった時に不安になる。持てる者の失うことへの不安である。
 第二の特性は、情報の過多と、メディアによる価値観の強制的誘導である。メディアによる原子力発電所の事故と交通事故の取り上げ方の違いは、不安の形成に影響を与える。
また、インフォームドコンセントは、大量の情報を与えることによって、自己責任と応答可能性が全うできるかという不安を生じる。
 第三の特性はは、人工物の増加である。人工物は人間の責任であり、諦めることはできない。しかし、人工物は欠陥がつきまとい管理も難しい。人工物の増加は、諦めることができない災厄の増加である不安を醸成する。遺伝子組み替え食品が地球の生態系の歴史にどのような結果をもらすか不安である。

完全型のアクティブラーニングの授業をする。毎時間、次のパターンで授業を展開する。
@4組を作る。ベースになる4人組があり、毎回ホストが代わり、他の3人は他のチームに移動する。
A4人で相談しながら協同学習プリントを完成する。時間は20〜25分でできるように問題の量が調整してある。
B教師が、解答を兼ねて構造的板書をして、説明する。
C最後の要約問題を各自が解答する。
D模範例を示して、回収する。採点して、次回に返却する。
 
従来、教師が質問したり説明したりすることをプリントして生徒に配布して解答させることによって、ものごとを論理的に考える筋道を理解させる。質問に関しては、論理的な段階を踏まえたもので、質問と質問の間は説明でつなげるような配慮をする。それを人と相談してすることによって交流が生まれる。ただ、個人作業で終わろうと思えば終われる。それをチームでするには仕掛けが必要になる。考える面白さを感じる質問や自分で例を考える質問は、他者との交流が一層活発になる。その工夫がアクティブラーニングの成否を決定するだろう。教師との対話によってか深まる内容についてはアクティブラーニングでは扱いきれない。それは特化して一斉授業形態の中で扱う。

導入

1.【指】学習プリントを配布し、漢字の読みと語句の意味調べを宿題にする。
2.【指】点検する。
3.【説】漢字の読みを確認する。
 脅かされる  正鵠  不慮  全う  大往生  脅える  対概念  網羅  生々しい  便宜  羨望  揶揄  軌跡  顕在  委ねる  如何  人為  齟齬  錯誤  災厄  促す
4.【説】語句の意味を確認する。
 正鵠を射る=物事の急所を正確につく
 不慮=思いがけないこと。
 相対的=他との関係や比較の上に成り立つさま
 相乗効果=二つ以上の要因が同時に働いて、個々の要因がもたらす以上の結果を生じる     こと。
 手に余る=物事が自分の能力以上で、処置ができない。
 揶揄=からかうこと。
 営々=せっせと休みなく励むさま
 過当=適当な程度を超えていること。
 知らぬが仏=知らない方が却って幸せなこと
 言を俟たない=改めて言うまでもない。
 不可抗力=人間の力ではどうにもさからうことのできない力や事態。
 齟齬=物事がうまくかみ合わないこと。食い違うこと。ゆきちがい。
 錯誤=間違うこと
5.【指】段落番号を1〜15を付ける。
6.【指】5分間で黙読させ、全体をいくつか(4つ)の段落に分けさせ、10字以内で タイトルをつける。
7.【W】4人組で5分間で話し合わせ、発表させる。
 第一=1〜4 現代社会の不安の要因
 第二=5〜9 機能の「外化」
 第三=10〜13 情報の過多
 第四=14〜15 人工物の増加

第一段落(1〜4)

課題「この間の非対称性は何によるのか」について、120字以内で説明せよ。
1)【L1】課題の意味を考える。「非対称性」とは「不一致、違い」という意味で、「何によるのか」とは理由が問われている。それでは、指示語「この間」とは何と何の間か。
 ・日本社会は、世界中で最もそうした不安や脅えから解放されてよい社会である
 ・現代の日本社会に生きている人々は、確かに不安に脅かされている。
2)【L2】「日本社会は、世界中で最もそうした不安や脅えから解放されてよい」理由について、「日本社会」はどんな社会か、「そうした」の指示内容を明らかにして、説明せよ。
 ・日本社会は平均寿命が世界最高水準にあるので、不慮の死を迎える不安に脅かされ
  ないでよいから。
3)【L3】「しかし」、現実には不安である。それは不安(安心)が《合理的な根拠》と並行するものでなく《相対的》なものであるからである。例として挙げられている、交通事故に対する不安と原子力発電所に対する不安が相対的なものであるとはどういうことか。
 ・死者の数から考えれば交通事故に対する不安の方が大きいはずだが、与える影響の大きさや深刻さから考えると原子力発電所に対する不安の方が大きいこと。
4)【L1】現代社会の不安の理由である「相対的なもの」の言い換えを2つ抜き出せ。
 ・社会的、心理的な要因の複雑な相乗効果の結果。
 ・現代社会の構造特性。
5)課題を120字以内で説明する。
★交通事故と原発事故の例を参考にして、現代社会の不安の非対称性が相対的であること を述べ、その理由を3つの言い換えを組み込んで説明する。
 ・1)日本社会は平均寿命が世界最高水準で不慮の死から解放されているはずなのに、2)現実には不安に脅かされている。その理由は、3)不安は相対的なものであり、4)社会的心理的な要因の複雑な相乗効果の結果として現れる5)現代社会の構造特性が生み出すものである。(116字)

 

板書
第一段落(1〜4)
 
・日本社会は、世界中で最もそうした不安から解放されてよい。
     
平均寿命が世界最高水準 不慮の死                  
   
⇔非対称性
 
・現実には、現代の日本社会は、確かに不安に脅かされるいる。
   

 
・相対的
   
交通事故───定量的に死者の数は多い
   
原発事故───心理的な不安が大きい
 
・社会的、心理的な要因の複雑な相乗効果の結果
 
・現代社会の構造特性。

第二段落(5〜9)

課題「外化が、現代社会の不安につながる理由」について
1)56現代社会の構造特性の一つが「外化」であるが、1)【L1】「外化」の定義は。
 (「つまり」に注目する)2)【L1】また、どんな例が挙げられているか4つ書け。
 1)自分以外に社会が用意してくれる制度や社会装置に自らの機能を委託すること。
 2)落ち葉、給水、下水処理、教育。
2)7【L2】「外化」が問題になるのはどんな時に、不安を生みだす要因になるのか。
 ・「外化」装置が働かなくなった時で、権利として享受しているサービスが奪われる可能性があるから。
3)891)【L2】1)「外化」の問題を一般化すると、現代社会の不安の要因は何か。(「つまり」に注目する)2)【L1】それを一言で言えば。
 1)人々が多くのものを持ちすぎた結果、所有し享受しているものを失うのではないかと 思うこと。
 2)持てるものの不安
4)9【L1】それは筆者の子供の頃からあるが、現代社会に特有であるのはなぜか。
 ・持つべきものが飽和しているから。
5)外化が現代社会の不安につながる例を2つ挙げなさい。
6)「外化が、現代社会の不安につながる理由」について、110字以内で説明せよ。
 ★「外化」を定義し、問題点を説明し、一般化する。
 ・1)外化は社会が用意する装置に自らの機能を委託することである。2)「外化」装置が働かなくなった時にサービスを奪われるので不安になる。3)一般化すると、多くのものを持ちすぎた現代社会は、4)それを失う不安はより顕著である。(85字)
 
板書
第二段落(5〜9)
 
・現代社会の構造特性1)=外化
  ・社会の制度や装置に自らの機能を委託すること。

   
(例)落ち葉、給水、下水処理、教育
   

  
・装置が働かなくなった時→サービスが奪われる可能性
   
↓一般化
  
・多くのものを持ちすぎた→所有し享受しているものを失うのではないか
   

  
・不安=持てるものの不安
   

  
・現代特有=持つべきものが飽和

第三段落(10〜13)

課題「情報の過多が、現代社会の不安につながる理由」について、90字以内で説明せよ。
1)10【L1】現代社会の構造特性の二つ目が「情報の過多」であるが、現代のメディアの発達は、過当な情報合戦を生み出すだけでなく、どんな問題を発生させるか。
 ・メディアの価値観に強制的に誘導されること。
2)10【L3】原子力発電所の事故の例における、メディアの強制的な価値観の誘導を2点指摘せよ。
 ・単なる蒸気配管の問題なのに、原子力技術の問題のように扱っている。
 ・交通事故と原子力発電所事故の記事について、同じ死者数なのに、扱う紙面の大きさが違う。
3)11【L2】インフォームド・コンセントでも情報の過多が問題になるが、知ったがゆえに不安になるのはなぜか。
 ・病状や治療法だけでなく、治癒の可能性や失敗の可能性まで情報を与えられるから。
4)12【L3】インフォームド・コンセントは自己選択するために充分な情報の提供が不可欠であるが、その場合でさえ起こる、患者が自己決定したと思い込む危険性のある「ごく自然な形での『強制』」とは何か。
 ・自己選択に必要な重要な情報をわざと隠していること。
5)13【L1】「ごく自然な形での『強制』」どんな不安を生じさせているか。
 ・自己の決定が自己の責任と応答可能性とを全うできるものかどうか。
6)【L4】情報過多の中で、強制的な誘導の例を1つ挙げよ。
7)現代社会の情報過多と不安の関係について、110字以内で説明せよ。
・1)現代社会は情報過多であるが、2)メディアの価値観に強制的に誘導されている不安がある。3)また、インフォームドコンセントの知ったがゆえの不安や、4)自然な形での情報による「強制」が働いている危険性が大きな不安を生じさせている。(103字)
 
板書

第三段落(10〜13)
 
・現代社会の構造特性2)=情報の過多による不安
  
1)メディアの問題
   
・過当な情報合戦
   
・価値観の強制的な誘導
    
(例)原子力発電所事故
     
・原子力技術≠蒸気配管の問題
     
・交通事故との紙面の大きさの差
  
2)インフォームド・コンセントの問題
   
・知ったがゆえの不安。
    
・病状や治療法+治癒や失敗の可能性
   
・ごく自然な形での「強制」
    
・重要な情報が隠されている
     

    
・自己の責任と応答可能性を全うできない

第四段落(14〜15)

課題「人工物の増加が、現代社会の不安につながる理由その対策」について
1)【L1】自然災害は法律的には《不可抗力》であり、《諦めるほかはない》。「しかし」人工物は人間に《責任》があり、「つまり」《諦めるわけにはいかない》。「しかし」常に《欠陥》が付きまとう。「その意味で」人工物の増加は《諦めることのできない》災厄が増え続けることになる。
2)【L2】人工物である、遺伝子組み換え食品が不安であるのはなぜか。
 ○地球の生態系の歴史にどんな結果をもたらすかは予想が付かないから。
3)【L1】人工物の増加の対策は何か。
 ○科学が保証する安全を超えた慎重さ。
4)【L4】現代社会を不安にする人工物の例を3つ挙げよ。
5)「人工物の増加が、現代社会の不安につながる理由その対策」について、70字以内で説明せよ。
・1)人工物は欠陥が付きまとうが、2)人間の責任なので諦めるわけにはいかない。3)したがって科学が保証する安全を超えた慎重さが必要とされる。(63字)
 
板書
第四段落(14〜15)
 
・人工物の増加=遺伝子組み換え食品
  
・人間に責任がある。
   

  
・「諦める」わけにはいかない。
   

  
・欠陥がある
   

  
・不安
   

 
・科学の保証を超えた慎重



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