現代社会の不安
 
村上陽一郎


 まさしく、東日本大震災である。
 現代は、災害が続発し、人々の安全が極端に脅かされている。その理由は、天寿を完うする途中で「不慮の死」を迎えることに対する脅えである。とすれば、日本は世界一の長寿国であるから、不慮の死を迎える可能性は低くく、不安や脅えから解放されてもよいはずである。しかし、現実には、現代日本に生きる人々は不安に脅かされている。それはなぜなのか。
 不安は相対的なものでる。頻繁する自動車事故による死の不安より、滅多に起こらない原発事故による死の不安の方が強い。発生可能性からすれば、自動車に対する不安の方が高いはずである。人間の感じる不安は合理的ではない。相対的なものである。言い換えれば、不安は様々な社会的心理的な要因の複雑な相乗効果の結果である。しかし、その発生する可能性が低いはずの事故が現実に起こったのだから、その不安は計り知れないものになった。
 社会的心理的な要因の一つが、人間機能の「外化」である。「外化」とは、自分以外に社会が用意してくれる制度や社会装置に自らの機能を委託することである。「外化」は強制的に進むことが多かったが、最近では自ら進んで「外化」に依存する傾向がある。社会もそれに応える形で相乗的に拡大する。しかし、問題は、自然災害で「外化」装置が働かなくなった時である。自分の力で何もできなくなる。「外化」装置が奪われる可能性は、不安を生み出す。今回の災害の電力やガソリン不足はその証左である。このことを一般化すれば、物を持ち過ぎると、失うことに対する不安はますます大きくなる。
 二つ目の要因は、情報の過多である。現代社会は、情報を大量に垂れ流すメディアの価値観に強制的に誘導されている。取り上げ方、対比の仕方などによって、不安は操作される。また、知らなくてもよい情報が大量に与えられることによって、却って不安になることもある。大量に与えられているかに思える情報も、メディアの操作によって大事な情報は与えられていないかもしれない。操作されているにせよ、与えられた大量の情報の中から自分の判断で決定するとすれば、その責任はすべて自分にかかってくるという重圧に耐えきれない不安もある。
 三つ目の要因は、人工物の増加である。自然は人力の及ぶところでないので諦めもつく。しかし、人工物は設計から維持に至るまで人間が作ったものなので、人間の力でなんとかできるという責任を負わなければならない。しかし、人間のすることには欠陥が付き物なのである。災厄が起こる可能性が高く、起これば諦めることは許されない。そういう災厄が増えるということになる。そこに不安が生じる。今回の震災も、津波による被害は天災であるが、原発による被害は人災である。今日本は、後者に脅えている。

導入

1.【指】学習プリントを配布し、漢字の読みと語句の意味調べを宿題にする。
2.【指】点検する。
3.【説】漢字の読みを確認する。
 脅かされる  正鵠  不慮  全う  大往生  脅える  網羅  言及 溜まった  焚き火  委託  儲け口  掴む  生々しい  便宜  鉄条網 羨望  侮蔑  揶揄   辿る  無一文  執拗  溢れる  委ねる  不可抗力 如何  諦める  人為  齟齬  災厄  促す
4.【説】語句の意味を確認する。
 正鵠を射る=物事の急所を正確につく
 不慮=思いがけないこと。
 大往生=少しの苦しみもなく安らかに死ぬこと。
 相対的=他との関係や比較の上に成り立つさま
 相乗効果=二つ以上の要因が同時に働いて、個々の要因がもたらす以上の結果を生じること。
 網羅=残らず取り入れること。
 手に余る=物事が自分の能力以上で、処置ができない。
 揶揄=からかうこと。
 営々=せっせと休みなく励むさま
 過当=適当な程度を超えていること。
 言をまたない改めて言うまでもない。
 不可抗力=人間の力ではどうにもさからうことのできない力や事態。
 人為=人の力で何かを行うこと。
 齟齬=物事がうまくかみ合わないこと。食い違うこと。ゆきちがい。
5.【指】段落番号を1〜15を付ける。
6.【指】5分間で全文黙読し、全体を大段落に分ける。
 ・何人かに発表させる。
 ・全体を大づかみにする。
 第一=1〜2 現代日本社会の不安
 第二=2〜4 不安の相対性
 第三=5〜9 人間の機能の「外化」
 第四=10〜13 情報の過多
 第五=14〜15 人工物の増加

第一段落(1〜2)

1.【指】一分間で黙読し、大切な箇所に線を引く。
2.【L2】なぜ、現代の人々が極端な不安に脅えているのか。
 ・不慮の死を迎えることに不安を感じているから。
3.【L1】不慮の死はどんな場合に訪れるか。
 ・災害、病気、事故なと。
4.【L1】「不慮の死」と対義語は。
 ・天寿を全うした大往生。
5.【L2】なぜ、日本社会は、最も不安か解放されていい社会なのか。
 ・平均寿命が世界最高水準にあるから。
6.【L2】「この非対称性」とは何か。
 ・平均寿命が世界最高水準にあることと。
 ・現代の日本社会の人々が不慮の死の不安に脅えていること。

第二段落(3〜4)

1.【指】一分間で黙読し、大切な箇所に線を引く。
2.【L2】不安(安心)は相対的なものであるの言い換えは。
 ・不安(安心)は、社会的、心理的な要因の複雑な相乗効果の結果として現れる。
3.【L2】相対的の対義語は。
 ・合理的。
4.【L1】どんな例が挙げられているか。
 ・交通事故は毎日二十人前後の死者を出している。
 ・原子力発電所の事故は死者が出ていない。
 ・しかし、原子力発電所に対する不安の方が交通事故に対する不安より大きい。
5.【説】(原子力技術に関する限り)と言う記述に注目する。
 ・次の段落でも出てくる。

第三段落(5〜9)

1.【指】二分間で黙読し、大切な箇所に線を引く。
2.【L1】心理的、社会的要因の一つは何か。
 ・人間の機能の「外化」。
3.【L2】「外化」の定義は。
 ・自分以外に社会が用意してくれる制度や社会装置に自らの機能を委託すること。
 ・アウトソーシング。
4.【L1】どんな例が挙がっているか。
 ・落ち葉の処理、給水、下水処理、教育。
5.【L2】落ち葉の処理や給水や下水の処理と、教育の外化の違いは。
 ・落ち葉や給水は、社会が強制的に外化したのもである。
 ・教育は、自主的に、社会に依存して外化したものである。
6.【L4】教育の他にどんな例が考えられるか。
 ・介護、食事、ゲーム機、……。
7.【L1】「外化」の問題点は。
 ・自然災害などで「外化」装置が働かなくなった時にどうするか。
 【注】まさに、東日本大震災で起こっていることである。
8.【L1】「外化」の問題を一般化すると。
 ・現代社会の不安の要因は、多く持ちすぎたものを失うことにある。
9.【L3】私が子どもの頃の、金持ちの家の塀の鉄条網に対する侮蔑とは。
 ・「持てる者」への不安。
 ・あそこまで用心して持てるものを守りたいのかという哀れみ。
10.「金持ち」は何に当てはまるか。
 ・現代日本社会。

第四段落(10〜13)

1.【指】二分間で黙読し、大切な箇所に線を引く。
2.【L1】二つ目の要因は。
 ・情報の過多。
3.メディアについて
 1)【L1】情報過多の一つ目の例は。
  ・メディアの災害や事故に関する執拗かつ過当な情報合戦。
  【注】今回の震災のニュースを考えてみる。
 2)【L2】そこに潜んでいるもう一つの意味は。
  ・メディアの価値観に強制的に誘導されている。
 3)【L1】その例は。
  ・美浜原子力発電所の事故と中国地方の交通事故との扱う誌面の差。
   ・美浜原子力発電所の事故は一面トップ。
   ・中国地方の交通事故は十三文の一。
 4)【L3】どんな価値観があるのか。
  ・交通事故にはインパクトがない。
  ・原子力問題を必要以上に危険視している。
 5)【L3】美浜原子力発電所の事故に関する(  )内の記述の意図は。
  ・原子力技術とは無関係の原因で起こった事故であることを強調している。
   【注】第二段落にもあった。
  ・これは作者の価値観の強制である。
4.インフォームド・コンセントについて
 1)【L1】情報過多の二つ目の例は。
  ・インフォームド・コンセント
 2)【L2】インフォームド・コンセントの目的は。
  ・医者が患者に医療情報を伝える。
  ・患者が自己選択する。
 3)【L3】なぜ患者は不安になるのか。
  1)情報による「強制」が働いているかもしれない。
   情報が多いほど自己決定したと思い込む。
   【L3】情報による強制とは。
    ・最も必要な情報が与えられていない。
   【注】今回の原発事故もそうである。原子力の安全性ばかり伝えられた。
  2)自分の決定が自己の責任と応答可能性とを全うできるか不安である。
   ・自分の責任が果たせるかどうか。
   ・強制的に選択肢が少なければ、情報を多く出すように戦うことができるので、そちらに意識が向けられて不安が意識されない。
   【注】菅総理がそうである。野党時代は元気だったが、自己責任がかかると錯乱常態になる。
 4)【説】「と当人が信じている場合でさえ」「ごく自然な形での情報による『強制』が働いていない、という保証はないのである」という表現に込められたニュアンスを感じとる。

第五段落(14〜15)

1.【指】一分間で黙読し、大切な箇所に線を引く。
2.人工物の増加について
 1)【L1】三つ目の要因は。
  ・人工物の増加。
 2)【L1】人工物の対義語は。
  ・自然。
 3)【L2】人工物と自然の違いは。
  ・自然は、人間には如何ともし難いので、「諦める」ほかはない。
  ・人工物は、人間が作った物なので、「諦める」わけにはいかない。
 4)【L1】その結果、どんな状況になるか。
  ・諦めることができない災厄が地球上に増え続ける。
 5)【説】津波による災害は自然災害で諦められるが、福島原発による災害は人間の責任であり、諦めらてはいけない。
 6)【L1】例として何が挙がっているか。
  ・遺伝子組み換え食品。
 7)【L1】その影響は。
  ・人間の健康に府の影響を与える可能性は見当たらない。
  ・地球の生態系の歴史にどんな結果をもたらすかは予想が付かない。
3.【L1】筆者の言いたかったことは。
 ・不完全な人間が大規模な自然介入を試みる時、科学の保証を超えた慎重さが必要である。



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学習の準備
1.読み方を書きなさい。

 脅かされる  正鵠  不慮  全う  大往生  脅える  網羅  言及 溜まった  焚き火  委託  儲け口  掴む  生々しい  便宜  鉄条網 羨望  侮蔑  揶揄   辿る  無一文  執拗  溢れる  委ねる  不可抗力 如何  諦める  人為  齟齬  災厄  促す

2.語句の意味を調べなさい。
正鵠を射る  
不慮  
大往生  
相対的  
相乗効果  
網羅  
手に余る  
揶揄  
営々  
過当  
言をまたない  
不可抗力  
人為  
齟齬  
 
学習のポイント
1.現代社会で人々が不安に脅えるが理由を理解する。
2.日本は世界中で最も不安から解放されてよい社会である理由を理解する。
3.自動車に対して感じる不安と原子力発電所に対して感じる不安の違いを理解する。
4.人間の機能の「外化」とは何かを理解する。
5.人間の機能の「外化」が不安の要因である理由を理解する。
5.持つべきものが飽和した段階の方がより不安になる理由を理解する。
6.メディアが現代社会の価値観を強制的に誘導する方法を理解する。
7.情報の過多が人々を不安にする理由を理解する。
8.溢れる情報の中から自己決定することが人々を不安にする理由を理解する。
9.人工物の特徴を理解する。
10.人工物が増加することが人々を不安にする理由を理解する。
11.この評論から、東日本大震災や福島原発の事故について考える。