刎頸之交


 相如はメン池の会見を終えて帰国する。趙王は褒美に上卿の位を与える。面白くないのは廉頗である。自分は趙の為に命を懸けて戦場で戦い多くの武勲を立ててきたのに、相如は和氏の璧や澠池の会見で、口先だけで自分より上の地位に就いた。しかももともと身分の低い人物だ。廉頗のプライドが許さない。相如を見たら侮辱してやると広言する。相如は、それを聞いて、朝廷に行けば地位通りに座らなければならないので、仮病を使って朝廷には行かず、廉頗と序列を争うことを避けた。また、外出して遠くから廉頗を見かけると、こそこそと逃げ隠れた。そこで、相如の側近たちは恥ずかしくなって、相如に抗議を申し入れる。自分たちは相如の高潔な人柄を見込んで仕えているのに、同じ地位の廉頗の悪口を恐れて逃げ回っている。普通の人でも逃げ隠れすることは恥ずかしいのに、将軍や大臣になればなおさらだ。家来であることをやめさせてほしいと言い出す。相如は側近たちに質問する。おまえたちは廉頗と秦王とどちらが威光があるか分かりきっているだろう。側近たちは、勿論秦王だと答える。そこで相如は続ける。私はその秦王すらも宮廷で叱責した。ましてや廉頗など恐れるはずはない。ただ、秦が趙を責めないのは、私と廉頗の二人がいるからだ。もし、二人が争えばどちらかが死んでしまう。私が逃げ隠れする理由は、二人が健在で国家の危機を救うことを優先的に考えて、私的な恨みで争うことを後回しにするからだ。廉頗はそれを聞いて、肌脱ぎになりイバラを背負い、深い謝罪の気持ちを示し、仲介者を頼んで、相如に直接謝罪して言った。私こそ卑賤な男であった。あなたの心の広さがこれほどまでとは思わなかった。そこで、仲直りし、相手のために頸を斬られても後悔しないほどの深い友情を交わした。


1.「学習プリント」と本文プリントを配布し、訓点を打たせ、訳させておく。
2.ここまでのあらすじを説明する。
・秦の昭王は、今度はメン池で趙の恵文王と会見することを求めてきた。趙王は何か策略があると思い気が進まなかったが、廉頗と相如が行かなければ弱みを見せることになり、付け込む隙を与えると進言したので、行くことになる。
・廉頗が留守を預かり、相如がついていくことになった。
・酒席において秦王は趙王みずからに瑟を弾くことを要求し、その通りさせると、趙王が秦王のためにわざわざ瑟を弾いたと記録させた。
・そこで相如は秦王に缻(ほとぎ)を打つように要求する。至近距離まで接近し打たなければ自分の首を切って血潮を浴びせると脅かす。秦王は仕方なく缻を打つと、相如はすかさずそのことを記録させ、趙の面目を保つ。
3.音読する。


4.趙王帰、以相如為上卿。在廉頗右。
 1)相如が上卿となった理由を説明する。
  ・璧を持ち帰ったり、澠池で趙の面目を保ったこと。
 2)「上卿」の説明をする。
  ・臣下の位には、卿・大夫・士があり、それぞれに上中下がある。
 3)「右」の説明をする。
  ・秦漢以前では、左右では右が上位。
  ・右に出るものがない。官位を落とすことを左遷という。

5.頗曰、「我為趙将、有攻城野戦之功。相如素賤人。徒以口舌居我上。吾羞為之下。我見相如、必辱之」
 1)「為」の「為趙将」は動詞、「為之下」は断定の助動詞。
  1)為(な)ス、為(な)ル=〜スル、〜ナル。
  2)為(た)リ=〜デアル。
  3)為(る)、為(ら)ル=〜サレル。
  4)為(ため)ニ=〜タメニ。
  5)為(つく)ル=作る
  6)為(な)ル二Aノ所ト一レBスル=AにBされる
 2)「賤人」について説明する。
  ・相如はもともと宦官の長官の繆賢の部下に過ぎなかった。
 3)「徒ダ」の句法を説明する。
  ・限定。ただ〜のみ。
 4)「之下」「辱之」の指示内容を考える。
  ・相如
 5)「我見相如、必辱之。」と宣言した意図は。
  ・周囲の人に伝えると同時に、それが相如にも伝わるようにする。
 6)廉頗の不満の理由を考える。
  ・自分は命を懸けて趙のために尽くしてきた。しかし、相如は口先だけで手柄を立てた。
  ・相如はもともと身分が低い。

6.相如聞之、毎朝常称病、不欲与争列。出望見、輒引車避匿。其舎人皆以為恥。
 1)「聞之」の指示内容は。
  ・直前の廉頗の言葉。
 2)「朝」の意味は。
  ・朝廷に出仕する。
  ・「朝」は天子だけに用いられる語であるが、戦国の諸侯は自らを王と自称した。
 3)「争列」の意味は。
  ・朝廷で席次の上下を争う。
 4)それを望まなかった理由は。
  ・位によって座席が決まっていて、朝廷に出れば自ずと廉頗の上位に座らなければならず、廉頗と争うことになる。
 5)「出望見」の状況を確認する。
  ・朝廷内でなく、街中で顔を合わせた場合を想定している。
 6)「スナハチ」の用法を説明する。
  ・輒=そのたびごとに。
  ・則=(「〜れば」を受けて)そうであるならばその時は。仮定や条件と帰結が密接に関連する。上に「〜レバ」という送り仮名が来ることが多く、「レバ則」と言う。
  ・乃=そこで。とかくするうちに。一事の後に曲折や間があって次のことに及ぶ。
  ・即=すぐさま。ただちに。
  ・便=そのまま。すぐに。「即」よりやや軽い。
 7)舎人たちが「為恥」と思った理由は。
  ・漢では面子を重んじる。
  ・主人が侮辱されて逃げ隠れることは自分たちの面子もつぶれることになる。

7.相如曰、「夫以秦王之威、相如廷叱之、辱其群臣。相如雖駑、独畏廉将軍哉。
 1)「夫」の意味は。
  ・そもそも、いったい。
  ・発語の言葉で、文頭に置かれ、その後にまとまった主張が述べられる。
 2)「廷叱之」の指示内容は。
  ・秦王
 3)「駑」の意味は。
  ・足の遅い馬。
  ・愚か者という謙遜の表現。
 4)「独畏廉将軍哉」を反語の句法に注意して訳させる。
  ・独リAン哉(や)=どうしてAだろうか、いやAでない。
  ・どうして廉将軍を恐れるだろうか、いや恐れない。

8.顧念強秦不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也。今両虎共闘、其勢不倶生。吾所以為此者、先国家之急、而後私讐也」
 1)「顧念」の意味は。
  ・よく考えてみると。
  ・「顧」も「念」も思うの意味。
 2)「強秦不敢加兵於趙者、徒以吾両人在也」を理由の句法に注意して訳させる。
  ・「不敢A」は強い否定。決してAしない。
  ・「徒ダ」は限定。ただ〜のみ。
  ・強い秦が決して兵力を趙に加えない理由は、ただ私たち両人がいるからである。
 3)「両人」の指示内容は。
  ・廉頗と相如。
 4)「今両虎共闘、其勢不倶生」を仮定と部分否定の句法に注意して訳させる。
  ・「今Aバ」は仮定。もしAならば。
  ・「否定語+倶ニハ+動詞」は部分否定。ともに動詞することはない。(一方は生きるが、両方とも生きることはない)
   「倶ニ+否定語+動詞」は全部否定。ともに動詞しない。(両方とも生きない)
 5)他の部分否定の副詞を説明する。(全部−部分)
  ・必ずー必ずしも、甚だ−甚だしくは、全く−全くは、尽く−尽くは、久しく−久しくは、多く−多くは、重ねて−重ねては、皆−皆は、重ねて−重ねては、復た−復た
 6)「吾所以為此者、以先国家之急、而後私讎也」を理由の句法に注意して訳させる。
  ・私がこれをする理由は、国家の危機を先に考え、個人的な恨みを後にするからである。
 7)「而」の意味は。
  ・順接。
  ・「先ニシテ」とある。
 8)「為此」の指示内容は。
  ・「毎朝常称病、不欲与争列。出望見、輒引車避匿。」
  ・私が逃げ隠れすること
 9)「国家之急」「私讎」とは。
  ・国家之急=趙が秦の侵略の危機にあること。
  ・私讎=廉頗が自分を侮辱していることへの復讐。
 10)相如が廉頗を避けている理由は。
  ・秦は廉頗と相如の二人がいるから、趙を攻めて来ない。
  ・もし二人が争えば、どちらかが死ぬ。
  ・そうすれば、趙は弱くなり、秦は趙に攻め込んで来る。

9.頗聞之、肉袒負荊、詣門謝罪遂為刎頸之交。
 1)「聞之」の指示内容は。
  ・「吾所以為此者、以先国家之急、而後私讎也」
 2)「肉袒負荊」の説明をする。
  ・「肉袒」は、衣服を脱いで上体をあらわにすることで、服従、降伏、謝罪の気持ちを表す。
  ・「負荊」は、罪人を打つイバラの笞を背負うこと。
  ・自らの罪を認めて、罰を願い出ることで、謝罪の気持ちが深いことを表している。
 3)「刎頸之交」を説明する。
  ・その人の為に頸を斬られても後悔しない深い交際。



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刎頸之交(廉頗・藺相如) 学習プリント

学習の準備
1.次の漢字の読み方を書け。
 上卿 為り 賤人 徒ダ 羞ヅ 為ル 辱メン 毎ニ 望見 輒チ 夫レ 廷叱 雖モ 駑 畏レン 顧念ニ 敢ヘテ
2.原文を写しなさい。
3.原文の右に書き下し文を書きなさい。特に、次の部分に注意しなさい。
 1)吾羞為之下。
 2)不欲与廉頗争列。
 3)相如廷叱之
 4)相如雖駑、独畏廉将軍哉。
 5)顧念強秦不敢加兵於趙者、
 6)其勢不惧生。
 7)所以為此者。
4.原文の左に現代語訳を書きなさい。

学習のポイント
1.登場人物を確認する。
2.本文までの相如と廉頗の功績について理解する。
3.廉頗が相如を辱めようとする理由を理解する。
4.相如の廉頗に対する態度を理解する。
5.相如の廉頗を避けた理由を理解する。
6.それを聞いた廉頗の行動を理解する。
7.理由、反語、部分否定の句法に注意する。