不易流行
  
森本哲郎


 人間にとって最も深刻な思索は、世の中が急激に変わるということである。その変化に対して、共に流れれば理想を失い個人の自覚は埋没する。流れに逆らって自分の価値観に固執すれば固陋と言われる。
 このアポリアな問題を、芭蕉は「不易流行」で解決しようとした。不易とは変わらないこと、流行とは変化すること、不変なものと変化するものを一つにまとめあげることである。不易流行とは、俳諧では、自然に四季の変化(流行)と実体の存続(不易)があるように、俳諧にも変わらない部分(不易)と一時的な形(流行)があり、両者を「風雅の誠」で統一、止揚することである。
 社会に当てはめれば、よき伝統を守りながら(不易)進歩に目を閉ざさない(流行)によって「理想」を創造する。別言すれば「温故知新」、歴史を踏まえ(不易)現実を踏まえ(流行)未来を思考する(理想)である。
 しかし、明治以降の日本人は、「新」(流行)を求め続け、「古」を顧みる知恵(不易)を失った。「新」とは何でもとにかく新しいもの、不易に根を持たない流行、風雅の誠を欠いているものである。
 漱石は「上滑りの開化」と言った。日本は経済大国になり国際的な発言力も増大したが、この傾向は変わっていない。
 その結果、「理想」が失われてしまった。上手いものを食べたいという物質的な理想(流行)はあっても、精神的に充足した真の生き方である理想(不易)は見当たらない。
 忘年会は、その年の出来事を忘れるため(流行)にするのだが、その年の出来事を心にとどめ人生の歴史として記憶する(不易)をしない。過去にこだわることを未練(不易)と考える歴史的意識の欠如である。
 仏教の「無常」はこの世のすべてのものは変化する(流行)ということである。インド人はそれを「苦」考え「常住」(不易)を求め、哲学になった。日本人は「無常」に安住(流行)し美学になった。徒然草の「定めなきこそいみじけれ」「うつりかはるこそ、物ごとにあはれなれ」は日本人の本性をよく表現している。
 しかし、これからの日本人に必要なのは、不易流行の心で「理想」を創り出すことである。
 急激に変わる現代社会にいかに対応するかがテーマである。その解決策として、松尾芭蕉の「不易流行」、「温故知新」、夏目漱石の「上滑りの開化」、「忘年会」、「無常」、
兼好の「徒然草」などを引用して、まさに不易や温故によって、不易流行で言うところの「風雅の誠」、理想を追及しようとしている。


1.【指】「学習プリント」を配布し、漢字の読みと語句の意味調べを宿題にする。
2.【指】宿題を確認する。
3.【L1】漢字の意味は。
 大勢  固執  固陋  不易流行  説く  要諦  千載  止揚  温故知新 顧みる  昨今  剥奪  一顧  肝心  体裁  祭祀  刻む  膾炙  嚙む
4.【説】語句の意味。
  思索=論理的に筋道を立てて考えること。
  固陋=古いものにこだわり、新しいものを受け入れようとしないこと。
  アポリア=解決できない難問。
  要諦=最も大切なところ。
  千載=長い年月。
  止揚=あるものを否定ながら、より高次なもの求めること。
  一顧=ちょっと振り返って見ること。
  まかり通る=わがもの顔で通る。堂々と通用する。「
  祭祀=神や祖先を祭ること。
  人口=世間のうわさ。
  膾炙=世の人々の評判になって知れ渡ること。
5.【指】形式段落に1〜20の番号を打つ。
6.【説】この教材では、「であることとすること」で提示された問題の解決策について 考える。
 ・「である」ことと「する」ことのアンバランスに混在した現代社会の中で、どのよう  に生きるか。

第一段落(1〜3)

1.【指】音読する。

2.現代社会の問題について(1)
 1)【L1】現代社会の問題は。
  ・世の中の急激な変化にどう対応すればいいのか。
 2)【L4】急激な変化の例は。
 3)【L1】どんな対応があり、その結果は。
  A変化と共に生きる
    ↓
   理想が失われる
    ↓
   個人の自覚が埋没する。
  B時流に逆らう
    ↓
   自分の価値観に固執する
    ↓
   固陋(古いものにこだわり、新しいものを受け入れようとしない)と見なされる。
 4)【説】だから、アポリア(解決できない難問)である。
 5)【L3】このような状態を何というか。
  ・二律背反。
  ・葛藤
   1)接近―接近
    ・どちらの結果も好ましい。
    ・2人の男性からほぼ同時に結婚話があって両者のどちらも断りきれない女性。
   2)接近―回避
    ・好ましい結果と好ましくない結果が同時に起こる。
    ・フグは食いたし命は惜しい。
   3)回避―回避
    ・どちらの結果も好ましくない。
    ・勉強するのも嫌だし、赤点になるのも嫌。
  ・この場合は、3)に当たる。

3.不易流行について(2〜3)
 1)【L1】不易とは。
  ・変わらないこと。
 2)【L1】流行とは。
  ・変化すること。
 3)【L1】「である」と「する」に当てはめると。
  ・不易=である
  ・流行=する
 3)【L1】不易流行とは。
  ・不変なものと変化するものを一つにまとめあげること。
 4)【L1】自然では
  ・四季が変化しつつ(流行)、自然が実体を存続させる(不易)。
 5)【L1】俳諧では。
  ・変わらない姿(不易)と一時的な形(流行)を統一して「風雅の誠」に統一する。
 6)【説】「風雅の誠」とは。
  ・俳諧の本質。
 7)【L1】「統一」を言い換えると。
  ・止揚。
  ・古いものが否定されて新しいものが現れる際、古いものが全面的に捨て去られるのでなく、古いものが持っている内容のうち積極的な要素が新しく高い段階として保持される。
  ・「僕は【焼きそば】が食べたい」(テーゼ)
   「私は【パン】が食べたい」(アンチテーゼ)
   「それなら【焼きそばパン】を食べようよ」(ジンテーゼ)

第二段落(4〜11)

1.【指】4〜11を音読する。

2.明治以降の日本人について(4〜9)
 1)【L1】「不易」と「流行」の言い換えは。
  ・不易=伝統。
  ・流行=進歩。
 2)【L1】不易流行を別の四字熟語で言えば。
  ・温故知新
 3)【L1】意味は。
  ・歴史を踏まえ(温故)、現実を直視し、未来を志向する(知新)。
 4)【L1】明治以降の日本人は。
  ・「新」を追い求め、「古」を顧みる知恵を失った。
 5)【L1】「新」の基準は。
  ・とにかく「新しい」もの。
  ・未来を志向していようといないと関係なく。
  ・道徳的に正しかろうが間違っていようが関係なく。
 6)【L3】漱石の「上滑りの開化」とは。
  ・現代(明治の)日本の開化は、内発的でなく外発的なので、皮相上滑りの開化であるのは仕方がない。
  【説】内発的とは、自分の意志ですること。
     外発的とは、外から要求されてすること。
  【説】明治の社会の変化は、日本人が求めたものでなく、外国からの必要に迫られたものである。ゆっくりした堅実な開化ではなく、急激な荒っぽい開化である。
 7)【説】「であることとすること」で学んだ通りである。

3.理想について
 1)【L1】筆者が最も問題だと感じていることは。
  ・日本人から理想が失われていること。
 2)【説】漱石が「文芸と道徳」で述べていること。
  ・社会には理想があるはずである。
 3)【L1】現代日本の理想は。
  ・より上手いものを食べたいという理想はある。
  ・精神的に充実した真の生き方を求める理想はない。
 4)【L2】より上手いものを食べたいという理想を言い換えると。
  ・物質的な表面的な生き方を求めた理想。
 5)【L2】理想についている記号が違うのは。
  ・偽物と本物の違いを表記している。
 6)【L4】生徒の理想を聞いてみる。

第三段落(12〜20)

1.【L1】音読させる。

2.忘年会について(12〜14)
 1)【L1】意味は。
  ・年を忘れようとしてもつ会。
 2)【L2】なぜ、忘れようとするのか。
  ・一年の苦労を忘れて、元気に新しい年を迎えようと考えるから。
 3)【説】由来する中国の「別敏」について
  ・先祖の霊を慰める祭祀。
 4)【L1】筆者の考えは。
  ・一年の出来事を改めて心にとどめ、人生のかけがえのない歴史として、記憶すべきである。
 5)【L1】これは何の表れか。
  ・日本人の歴史観の欠如。
  ・過去にこだわる「未練」え悪徳のように考える。

3.無常について(15〜18)
 1)【L1】「無常」の意味は。
  ・この世のすべてのものは変化する。
 2)【L1】発祥のインドでは、どう考えるか。
  ・無常は「苦」であり、「常住(不易)」を求める。
  ・哲学。
 3)【L1】日本人は。
  ・安住して安らぎを求める。
  ・美学。
 4)【説】「徒然草」の一節について
  ・あだし野の露消える時なく、鳥部山の煙立ち去らないでのみ住み果てる習いならば、いかにもののあわれもなかろうか。世は定めなきこそすごかろう。
  ・あだし野の墓場から涙なくなる時はなく、鳥部山から火葬の煙が立ち去ることもない。生きて死ぬのが習いなら、それこそが もののあわれ だろう。世は定めがないからすごい。

4.不易流行について(19〜20)
 1)【説】「三冊子」について
  ・芭蕉の風雅に、永遠の不易がある。一時の流行がある。この二つに極まるが、その根本は一つ、風雅の誠である。不易を知らなければ誠を知ることができない。不易というのは新古を関係なく、変化流行にも関係なく、誠に立つ姿である。
 2)【L2】なぜ、これからの日本人に「不易流行」が必要なのか。
  ・「理想」創造の源泉になるから。

5.【L3】「であることとすること」で提示された問題の解決策は。
 ・「する」ことだけを求めるのでなく、「である」ことを踏まえた上で「する」ことが必要である。



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不易流行  学習プリント

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学習の準備
1.読み方を書きなさい。
 大勢  固執  固陋  不易流行  説く  要諦  千載  止揚  温故知新 顧みる  昨今  剥奪  一顧  肝心  体裁  祭祀  刻む  膾炙  嚙む
2.語句の意味を調べなさい。

思索
固陋
アポリア
要諦
千載
止揚
一顧
まかり通る
祭祀
人口
膾炙

学習のポイント
1.世の中が急激に変わることがすべての人間に深刻な思索を強いる理由を理解する。
2.芭蕉の「不易流行」の考え方を理解する。
3.明治以降の日本人の価値観について理解する。
4.筆者の考える「理想」を理解する。
5.「忘年会」についての日本人の考え方を理解する。
6.「無常」についての日本人の考え方を理解する。
7.「不易流行」が重要な理由を理解する。