永訣の朝
08
 
宮沢賢治


教材観
 (Ora Orade Shitori egumo )がなぜローマ字になっているのか。方言だからとすると、(あめゆじゅとてちてけんじゃ)や(うまれでくるたて〜)も方言なのに平仮名書きである。しかも、方の方言は字下げしているのにしていない。
 前後の行を見ると、「もうけふおまへはわかれてしまふ」「ほんとうにけふおまへはわかれてしまふ」と同じような内容である。前の行は「ちゃわんのこの藍のもやう」との別れであるのに対して、後の行は私やこの世からの別れで、「ほんとうに」と実感している。すなわち、この行で妹とし子との別れを現実のものとして受け止めたことになる。
 それ以前の部分は、「とほくへいつてしまふ」と表現しているように、死ぬことを直視しようとしていない。とし子は死ぬ直前になって、(あめゆじゅとてちてけんじゃ)と兄賢治に雨雪をとってきてくれるように頼む。それは、とし子のために何かしてやりたいが何をしてやればいいのかわからず悶々としていた賢治にとって、たいへんな救いになったはずである。雨雪を取りに行く様子は「まがったてつぽうだまのように」と比喩されているように、大きな喜びと使命感と緊張に満ち満ちていた。そして、その気持ちを「わたしをいっしょうあかるくするために」「ありがとうわたしのけなげないもうとよ」という言葉で表し、さらに「わたくしもまつすぐにすすんでいくから」ととし子と共に歩まんばかりの心情を吐き出している。そして、一緒に育ってきた間見慣れた
「ちゃわんのこの藍のもやう」を見て懐古と共に一緒に行きたい気持ちが表れている。 ところが、とし子は「私は私で一人で行く」と言う。その言葉は賢治にとっては非常に意外であった。だからこそ、平仮名よりもさらに音だけを無機的に伝えるローマ字を使ったのであり、とし子の言葉としてでなく、状況の一部として字さげをしなかったのであろう。
 さらにとし子は「今度生まれてくる時は自分のためだけに苦しむのでなく、人のために苦しめるような人生を送りたい」と言う。それを受けて、とし子のために取った雪が「天上のアイスクリームとなって/おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに/わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ」と、賢治もとし子の遺志を継いで、とし子だけでなくみんなに恵みがあるように、自分のすべての幸いを賭けて祈るのである。

生徒観・指導観
 生徒が今まで読んだ詩の中ではかなり長いものであろう。「表現を選ぶ」の後に学習するのであるが、賢治は何度も何度も推敲するので、まさしく表現を選びに選んだ詩として、言葉一つ一つの重さを実感できるだろう。平仮名が多く旧仮名遣いで書かれているので少し読みにくいが、難しい言葉は使われていないので、意味はとれるだろう。ただし、方言と天文用語が多いのにはやや戸惑うだろう。
 題材が愛する妹の死という緊張感のあるものなので、生徒の反応は敏感だろう。生徒にとってこの世で最も愛するもの、かけがえのないものが今死んでいこうとしている、それを見届けている場面と重ね合わさせれば、その心情はさらに深く理解できるだろ
う。
 授業の中では、最初から一語一語について味わっていくという方法をとらず、全体を何度か読んで感想を確かめた上で、(Ora Orade Shitori egumo )を中心に展開し ていく中で、全体的に考えていきたい。


【指】指示。【説】説明。【注】注釈。【交】交流。【確】確認。【W】グループワークや心理テストなど。
【L1】抜き出す。【L2】縮めたり組み合わせたり言い換えたりする。【L3】解釈や想像。【L4】体験や知識。


1.【指】詩をノートに書き写すことを宿題にする。
 ・一頁の上半分に一行ずつ空けて。
2.声のレッスンをする。
 1)腹式呼吸
 2)あおうえいヒーリング
 3)4つの声
 4)「ねがい」の朗読
  ・4つの声で
 5)「春の祈り」の朗読。
  ・一行ずつ交代して
  ・好きな一行を気持ちを込めて
3.「永訣の朝」の朗読
 1)【説】教師が範読する。
 2)【指】ペアになって、一行ずつ、気持ちを考えながら読む。
 3)【指】交代してする。
 4)【指】好きな一行を選び、読みつないでいく。

4.私読する。
 1)【指】次の点に注意して、気づいたことや疑問を、書写した詩の右横に書き込む。
  ・気持ちの表れている部分。
  ・特殊な表現。
  ・賢治の気持ちの変わり目。
  ・繰り返しと、その微妙な違い。
  ・同じもののとらえ方の変化。
  ・対照的に表現されているもの。
 2)【交】4人組になって書き込んだことを交流する。
 3)【指】出てきた感想や疑問を発表させる。
  ・グループ分けしながら板書する。

5.状況を確認する。
 ・とし子は2歳年下で、肺結核のため、『永訣の朝』が書かれた日の午後8時半頃死去。享年二十四歳。

6.「ああとし子」
 1)【L3】何に感嘆しているのか。
  ・とし子が雨雪を頼んだ理由に気づいたから。
 2)【L1】理由の分かる詩句は。
  ・「わたくしをいっしょうあかるくする」
 3)【L3】なぜ賢治は明るくなるのか。
    ・賢治は、死んでいくとし子のために何かしてやりたい。
  ・とし子は、その私の気持ちを察して、雨雪を頼んだから。
 4)【L1】その気持ちや決意が表れている詩句は。
  ・「ありがとう」
  ・「わたしもまつすぐにすすんでいくから」
 5)【L2】気づくまでは、どう思って雪を取っていたか。
  ・熱で苦しいから。
  ・末期の水。
 6)【L1】雪を取ろうとして外に出る賢治の様子を表した詩句は。
  ・「まがつたてつぱうだまのやうに」
 7)【L2】どんな様子か。
  ・直線的に、跳ね返りながら、前に進んでいく。
  ・非常に急いでいる。
 8)【L3】雪を取りながら、賢治の気持ちはどう変わったか。
  ・とし子の為に、とし子に食べさせようと雪を取っている。
  ・取りながら、気持ちが治まっていくことに気づく。
  ・とし子のために何かをしてやりたかった自分に気づく。
  ・とし子が賢治のために頼んだことに気づく。

7.(あめゆじゅとてちてけんじゃ)について
 1)【L1】意味を確認する。
  ・雨雪を取ってきてください
 2)【L1】なぜ字下げになっているのか。
  ・とし子の言葉だから。
 3)【L2】4回繰り返されているが、内容は同じか。
  1)2)部屋の中で、とし子が直接言っている。
  3) 屋外で、とし子の声が耳に残っている。とし子のため。
  4) 屋外で、とし子の声が耳に残っている。賢治のため。

8.雪の表現の変化
 1)【L1】「ああとし子」の前後で雪の表現の変化は。
  ・みぞれ→雪→さいごのたべもの→兜率の天の食
 2)【L1】みぞれの修飾語は。
  ・びちょびちょ
 3)【L3】「みぞれがびちょびちょふってくる」と「みぞれがびちょびちょ沈んでくる」の違いは。
  ・ふってくる=家の中で、外のみぞれを見ている。
  ・沈んでくる=屋外で、空を見上げている。
 4)【L1】雪の修飾語は。
  ・さっぱりした
  ・まつしろ
  ・うつくしい
 5)【L1】空の表現の変化は。
  ・うすあかくいつさう陰惨な雲
  ・蒼鉛いろの暗い雲
    ↓
  ・銀河や太陽、気圏などとよばれたせかい

9.「ひとわんを…/…ふたきれ」
 1)【L3】「…」の意味は。
  ・時間の経過。
  ・心の中から風景へ。

10.(Ora Orade Shitori egumo )
 1)【L1】意味は。
  ・私は私で一人で行きます。
 2)【L3】なぜローマ字で表記されているのか。
  ・方言だから
  ・しかし、他の方言は平仮名になっている
  ・しかも、字下げになっていない
 3)【L3】なぜローマ字で字下げになっていないのか。
  ・ローマ字は表音文字である。
  ・とし子のことばとは思えなかった。
    ・私にとって意外な言葉だったので、意味がすぐにわからなかった。
 4)【L2】私の気持ちは。
  ・とし子のために何でもしてやりたい。
  ・いつまでもとし子と一緒にいたい。
  ・できれば、とし子と一緒に死んでしまいたい。
 5)【L4】この言葉は、とし子がいつ、どこで言ったのか。
  ・部屋の中で、今朝言ったのだが、その時は賢治には意味がわからなかった。
  ・しかし、今ようやくその意味が分かった。

11.それを挟んでいる「もうけふおまへはわかれてしまふ」と「ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ」について
 1)【L1】どういう意味か。
  ・死んでしまう。
 2)【L1】似た表現は。
  ・けふのうちにとおくへいってしまう
 3)【L1】表現の違いは。
  ・「ほんたうに」があるかないか。
 4)【L2】何と別れるのか。
  ・ちゃわん
   ↓
  ・この世
  ・賢治
 4)【L2】気持ちの変化は。
  ・物理的な別れから、心理的な別れへ。
  ・この時初めて、とし子の死を実感した。
 5)【L3】なぜ実感したのか。
  ・とし子の「一人で行きます」と言う言葉を聞いたから。
  ・いつまでも一緒にいられると思っていたのに、とし子の方から別れを告げられた。

12.(うまれてくるたて/こんどはこたにわりやのごとばかりで/くるしまなあよにうま れてくる)について。
 1)【L1】意味は。
    ・生まれてくるとしても、今度はこんなに私のことばかりで苦しまないように生まれてくる。
 2)【L2】何が言いたかったのか。
  ・生まれ変わったら、自分のためでなく、他人のために苦しみたい
  ・人の役に立ちたい。
 3)【L2】この言葉が賢治に与えた変化がわかる表現は。
  ・「おまへとみんなとに」
 4)【L3】賢治の気持ちの変化は。
  ・今までは「おまへ」だけのために雪を取っていたが、この雪が「みんな」にも聖い資糧をもたらすことを願う。
  ・とし子のことばかりを考えていたが、私もとし子だけでなく皆のために生きたい。
  ・宗教的な心境になっている。



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