神戸の児童連続殺害事件を題材に、重松清が書いた小説です。柳美里の『ゴールド・ラッシュ』とよく比較されますが、全く異質です。あんなグロテスクな奇形ではなく、ごく身近な視点で書いてあります。
 連続通り魔事件の犯人が、同じ中学校の同じクラスにいたという事実をめぐって、エイジという中学生の心理をリアルに表現しています。去年まで現役の1年生の教材として、しかも、去年、日野小学校児童殺害事件を身近で体験した生徒も学んでいる中で、生徒が非常に興味を示した教材です。
 長編小説の抜粋なので、バスケ部のキャプテンの岡野君へのイジメの問題、相沢への恋心など、いくつかのプロットはカットしてあります。


  本文 授業

 桜ヶ丘ニュータウンで、連続通り魔事件が起こる。クラスもその話題で持ち切り。ツカちゃんのウケ狙いの発言に女子生徒からブーイングが起こるが、実はツカちゃんは周囲の反応に敏感で、話が空回りすることを恐れている。僕はさりげなくフォローする。クラスの雰囲気が伝わってくる。
 僕の疑問、通り魔はなぜ見ず知らずの通行人を殴るのか? 特定の相手にむかつくならその相手を殴る、通り魔になるのは特定のむかつく相手がいないからだ。好きでも嫌いでもない無関係な相手をむかつかないのに殴る。頭がおかしいとしか思えない。
★通り魔事件について理解する。
★容疑者として挙がってくる偏見について考える。
★ツカちゃんの人柄を理解する。
★噂してはしゃいでいる中に犯人であるタカやんもいることに注意する。
★通り魔の動機の矛盾について考える。


  本文 授業

 通り魔が逮捕された。犯人は中学生らしい。しかも、職員室の雰囲気からして同じ中学の生徒らしい。そういえば、ツカちゃんがまだ来ていない。しかし、ツカちゃんの性格からしてそんなことはできない。タモツは通り魔に動機はない、快楽があるだけだという。その快楽も人それぞれだ。でも、僕は根本的に違うような気がする。
 そうこうしているうちに、ツカちゃんが学校に来る。知らない奴だったら他人事だと少し安心していると、タカやんが来ていない。犯人は同じクラスにいたのだ。
★犯人がタカやんに収束していく様子を理解する。
★通り魔の動機が快楽であるたどうかについて考える。


  本文 授業

 新聞は一斉に書き立てる。しかし、「少年」とか「A」と書いているだけで、タカやんという感じがしない。結局、固有名詞が大切なのでなく、中学生だったことが重要だった。なんか寂しい気がする。タカやんを知っている人は少ないが、中学生はみんなに関係がある。「少年」というはタカやんに結びつかない。でも、けっこうカッコイイ言葉だと思った。
★犯人の実像とマスコミの報道の違いについて考える。
ここまでの感想を書かせる。


  本文 授業

 タカやんのことについて、学校の先生は何も言ってくれない。僕が父親に相談すると、少年法について教えてくれる。
 名前だけでなく本人であることを推知できることを書いてはいけない。
 将来刑の言渡しを受けなかったものと見なす。それは間違ったことをしただけなのだから立ち直るチャンスを与えるという意味がある。
 逮捕後の処置についても教えてくれる。それでいくと、一カ月半後には帰ってくる。だから、軽々しく話せないのだ。
★少年審判の仕組みについて理解する。
★少年法の精神について考える。(加害者の擁護)


  本文 授業

 週刊誌に、タカやんに襲われて流産した人の夫の手記が掲載された。妻は精神的にひどく不安定で、誰かが後ろにたつと「助けて」でなく「許してください」と叫ぶのが悲しい。妻の状態と少年の罰を比べると怒りがこみあげてくる。
 それを読んでクラスメイトは自分の事を言われているような気になり、自己弁護をするようにどうでもいいことを先を争って口にする。
 母親が、タカやんをかわいそうというが、僕にはわからない。タカやんは「まじめでおとなしい子」で、そんなことをするはずがないという。「ふつうの生徒」が「まじめでおとなしい子」に変っている。母に聞くと、自分は「まじめ」でも「おとなしく」もないが「ふつう」ではあるらしい。自分では「まじめ」なのか「まじめじゃない」のかわからないが、とりあえず「ふつう」らしい。
 僕のタカやんの評価は、「かわいそう」と「許さない」の間にある。
★被害者の心情について理解する。
★それを受け止める僕たちの気持ちを考える。
★「ふつうの生徒」「まじめな子」「おとなしい子」とは何かを考える。
★僕のタカやんへの気持ちを考える。

少年法についてか、「まじめ」「おとなしい」「普通」について、意見文を書かせる。


  本文 授業

 ツカやんがテレビでインタビューされた。ヤンキー丸出しの格好で反感を買うことばかり話したのですごい顰蹙であった。タカやんはウケ狙いだったのだろうが、やりすぎだった。でも、自分がインタビューされたら何を言えばいいのだろう。
 父は、ツカやんは通り魔になるタイプじゃないと言うが、それなら通り魔になるタイプって何だろう。また、父は何を聞きたくて話しかけてきたのだろう。
★ツカちゃんのインタビューの感想を聞く。自分ならどう答えるかを考える。
★通り魔になるタイプについて考える。
★父が何を聞きたかったのかを考える。


  本文 授業

 新たにナイフ殺人が起こり、通り魔事件の報道は下火になった。いじめと逆ギレのダブルで特においしい事件だった。報道されている間は自分たちの知っているタカやんではなくなっていたが、今は「少年」でなくてタカやんの話をしている。でも、動機については触れない。それは答えが見つからないまま問いだけが残る気持ち悪さが嫌だったからだ。
 授業中タカやんの机を見ていると、背中がゾクッとすることがある。通り魔になる前と後のタカやんを見分けることができなかった。もし、他に通り魔がいても見抜けないはずだ。タカやんは「たまたま」通り魔になり「たまたま」捕まっただけじゃないか。
 通り魔になったタカやんのことを想像する。どんな気持ちだったのか。標的の背中を殴りつける瞬間、タカやんも標的もふっと消えてしまう。
 事件後のタカやんは捕まると思っていたのだろうか。今までは自分で答えの出せることしか考えなかったのに、最近は疑問形で終わることが多くなった。問自体までわからなくなる、何をわからないのかもわからなくなる。
★僕たちの事件やタカやんに対する態度の変化を理解する。
★通り魔をしたタカやんの気持ちや変化をイメージする。
★わかるとは何かについて考える。


  本文 授業

 タカやんが帰ってくる日が近いことがわかった。タカやんがいなくなってから一カ月半しかたっていないのにたいへん時間が経ったように思われる。
 前に座っている海老原の背中を見ると、隙だらけだった。「その気」になればコンパスの針で背中を突くことは容易である。そして、緊張を緩和する。これを繰り返しているうちに「その気」になるかどうかの境界線があやふやになっていく。「その気」がささいぼくのなものに見えてくる。境界線を向こう側に抜けて想像の中で海老原の背中を刺す。
 帰り道の人も無防備だ。「その気」をどこに隠せばいいのか困ってしまう。タカやんは通り魔の犯行と犯行の間の「その気」をどこに隠していたのか。僕の背中を刺す機会はあったのに。
★通り魔の犯人の方が幸せになるかもしれない矛盾について考える。
★僕の「その気」について体験する。


  本文 授業

 また通り魔事件や様々な傷害事件が起こる。「めちゃくちゃ」が「ふつう」の世の中で暮らしている。クラスでは犯人探しが話題になる。
 タモツがしたり顔で推理する。通り魔だとしたら自分でもどうしようもない暴力衝動を持っているという推理を聞いて、僕はドキンとして「その気」が動いた。
 それを聞いてツカちゃんが怒り出す。ゲームではなく人の生死の問題である。もし家族が襲われたら……。
 タモツくんは、知らない人の善意を求めるのに悪意を認めないのは身勝手であると言う。僕はどこか違うと思いながらも言い返せない。
★僕の中の暴力衝動について考える。
★身近な人が被害者になったらという仮定について考える。
★人間の善意と悪意について考える。


10  本文 授業

 「キレる」という言葉。我慢とか辛抱が切れるのでなく、自分と他人のつながりが切れる。人は体中を人間関係というチューブでつながれている重病人のようなもので、それが煩わしくなった時に「キレる」のである。細い人間関係ならいいが、家族のような太いチューブは体に絡みつくのでキルのが大変だ。「中学生」「息子」「弟」「友だち」「カレシ」「卑怯者」「同級生」「後輩」「先輩」「十四歳」「オトコ」「ぼく」。
 コンパスの針を消しゴムに突き刺すと,胸のところがざらつき始める。胸のむかつきが抑えられなくなって「その気」が爆ぜてどうでもよくなってキレる。
 僕は、教室を出て「授業を受ける中学生」から切れ、「学校」から切れ、「桜ヶ丘」から切れて渋谷に立っている。慢性的にキレている奴がたくさんいる。一人で歩いている奴はたいていキレている。グループの中には一人二人キレていて、全員キレている連中もいる。こいつら「うざく」なり、「その気」が爆ぜて、幻のナイフで次々刺していく。でも、自分も幻のナイフで刺されていく。結構楽になれた気がする。
 電車でタモツくんと一緒になる。僕は、善意は負けっぱなしだと言う。いくつかのチューブがつなぎ直されているが、もう少しこの気分を楽しみたい。
★「キレる」とはどういうことかについて考える。
★僕がキレていく様子を考える。
★再度、善意と悪意について考える。

「エイジ」のビデオを見せる。


11  本文 授業

 自転車で家に向かう。無断欠席を目茶苦茶叱られてみたい。そして両親にむかつく方が、太いチューブからキレる方が楽になれる。「その気」を隠そうと思う。タカやんも僕みたいに「その気」を隠そうとして隠しきれなかった。許すとか同情するとかでなく、タカやんはあっち側に行って僕はこっちにとどまっているだけで、根っこはつながっている。タカやんと同じだと思うことでタカやんにはならない気がする。
 おばさんに通り魔と間違えられ、悲鳴をあげられる。ぼくは必死で否定するが、腰が抜けて、泣いていた。僕はタカやんと同じになってしまった。だから、大丈夫タカやんではない。
 父も母も怒っていない。それは僕を信じているのでなく、僕が「少年」にならないことを信じているだけだ。でも、僕は「少年」になった僕も信じてもらいたい。嫌いになってもかまわないから。
★親に叱られたい気持ちを理解する。
★僕とタカやんの距離について考える。
★僕自身を信じてほしい気持ちを理解する。
★最後の場面を読ませる。
テーマを決めて感想を書かせる。


12  本文

 朝からの予感通り、タカやんが学校に来る。みんなどう声をかけていいか戸惑っている。最初に声をかけたのは、相沢だった。自分の対応がタカやんが通り魔に追いやったという噂を謝った。女の子は強い。次はツカちゃん。これでタカやんは再びクラスの一員になる。
 美術の時間、校内の写生。みんな思い思いの場所で書いている。タカやんはマイナー系の友だちとウサギ小屋を書いている。タモツくんは水のないプールを書いている。相沢は体育館でバスケットのゴールを書いている。相沢は逆恨みが恐くないかと「負けてられねーよ」と答えた。エイジも、地球は大変なことになっているらしいが、ちっぽけな自分たちも大変なことがいっぱいある。でも、「負けてられねーよ」と、コンクリートの床に大きなお日様を書く。



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