読書家・読書人になれない者の読書論
 
大岡 信


 辞書的な意味では、「読書家」は「読書を好み、よく書物を読む者。知識人、学者」、「読書人」は「よく書物を読む人、学者」とあり、ほぼ同じ意味である。一般に、「家」は専門の学問や技術者の流派やそれに属する物を言い、厳格な主義に基づいて努力する人というニュアンスがある。「人」はもともと身近な同族や隣人を意味し、才能ゆえに余裕を感じさせる。筆者の感じでは、読書家とは「本をたくさん、速く、次々と読む力のある人」、読書家とは「楽しみながら、本と遊ぶようにして読む人」である。筆者が「家」と「人」にこだわる理由は、どちらでもないからである。しかし、筆者は「物書き」という、本と深く関わりのある職業に就いているので、もっと読書する人のようなイメージがある。それは、多忙ゆえに時間をかけてゆとりある読書ができなかったり、読書するにも仕事上必要に迫られて乏しい読書を強いられるからである。
 人間が一生の内に読める本の数など限られている。しかし、私は本を一冊全部読み通すとは限らず、本の一部しか読まず、その一部が決定的に重要なこともある。そんな読み方を加えると、何十倍かになる。さらに、新聞や雑誌や広告やマニュアルなど、「本」の形をとっていない無限の文字情報を読んでいる。現在は、一冊の本から知識を授かるというのではなく、たくさんある本の中から必要な情報を得るためにいくつかの文献を参照するという状況に変化している。そんな中でわざわざ「本」を読むという行為は、いとおしく貴重である。
 しかし、だからといって良書を読まなければならないと考えるのは、滑稽である。なぜなら、人それぞれ好みや価値観が異なり、本の良し悪しを決定できるような絶対的な基準はありえない。万人に対する良書など存在しないからである。良書があるとすれば、万人にとっての良書ではなく、ある読者にとっての良書である。本を読むという関係は、作者対読者の一対一の関係に還元される。同じ本が大量に発行されているが、読者にとっては読書は個人的な体験であり、その本は自分だけに与えられた唯一のものなのである。そこに言葉を読むという行為の不思議さがある。言葉とは、複数の群れの中で生まれた意志伝達の手段であり、万人に理解されるために存在している。しかし、自分のためだけに単独で唯一絶対の言葉が存在していると思い込むことがある。言葉は、他者と共有されるものであると同時に、我こそ唯一の理解者という感覚を抱かせる可能性もある。この言葉の汎用性と単独性に、言葉のおもしろさとなぞがある。「本を読むのが好きな人」は、文字が氾濫する現在において、その言葉の謎に引き回されつつ、謎解きの魅力に引きずられて進む人である。


板書

全体把握
1.学習プリントを配布し、宿題にする。
2.次の漢字の読み方を書きなさい。
 過敏 該当 茫然 氾濫 滑稽 古今東西 還元 唯一 厄介
3.次の語句の意味を国語辞典で調べて書きなさい。
ニュアンス 言葉などの微妙な意味合い。
立項 一つの項目として立てること。
一笑 笑うべきものとして問題にしないこと。
曲がりなり 十分とまではいかないが。
氾濫 事物があたりいっぱいに出回ること。
ゆめゆめ (あとに禁止を表す語を伴って)決して。断じて。
滑稽 あまりにもばかばかしいこと。
古今東西 昔から今までと、東西四方のすべて。いつでも、どこでも。
還元 物事をもとの形・性質・状態などに戻すこと。
4.形式段落に1〜13の番号を付けさせる。
5.教師が全文音読し、大段落に分けさせる。
 ・段落数は示さない。
 第一 1〜4 読書家と読書人
 第二 5〜9 読書量
 第三 10〜13 言葉の二義性

第一段落
1.一緒に音読する。

2.「〜家」「〜人」について
 1)あてはまる単語を考える。
  ・〜家=勉強、努力、愛妻、愛煙、芸術、格闘、文筆、冒険、音楽、専門、料理研究、政治
  ・〜人=趣味、自由、苦労、遊び、料理、商売、(必殺)仕事
  ・〜屋=飛ばし屋、政治屋、
 2)違いを考える。
  ・〜家=専門の学問や技術者の流派やそれに属する物
      厳格な主義に基づいて努力する
  ・〜人=身近な同族や隣人
      才能ゆえに余裕を感じさせる

3.「読書人」「読書家」の違いについて
 1)辞書的な意味の違いを読み取る。
  ・読書人=読書を好み、よく書物を読む人。
  ・読書家=よく書物を読む人。学者。
  ・辞書的な意味の違いはない。
 2)筆者の抱いている感じの違いを読み取る。
  ・読書家=本をたくさん、速く読む力のある人。本を次々に読む人。
       一生懸命に読む
  ・読書人=楽しみながら、本と遊ぶようにして読む人。
       ゆとりを持って読む
 3)楽しむとか、遊ぶ読み方とはどんな読み方かを考える。
  ・本の投げかける問題を考えたり、行間を読んだりする。
  ・気になる語句を調べる。
 4)生徒は強いて言えばどちらのタイプかを質問する。
  ・僕は読書家である。

4.筆者の立場について
 1)「家」か「人」かにこだわる理由を読み取る。
  ・読書家でも読書人でもないことからくる過敏反応があるから。
 2)「右に述べたような意味」の指示内容を読み取る。
  ・読書家というのは〜遊ぶようにして読む人。
 3)「右に述べたような意味では」のニュアンスを考える。
  ・違う意味では読書家や読書人であることを表している。
 4)現実の反対語を読み取る。
  ・理想。
 5)理想形はどんなことか。
  ・読書家か読書人であること。
 6)読書家でも読書人でもないと言うと冗談だろうと一笑される理由を読み取る。
  ・物書きであるから読書に関わっているはずである。
 7)物書きとは何かを確認する。
  ・作家。
 8)物書きがたくさん本を読んでいると思われる理由を考える。
  ・物書きは本を書く立場であるから、普通の人より本との関係が強いはずだから。
 9)筆者が読書家でも読書人でもない理由を憶測する。
  ・多忙ゆえに時間をかけてゆとりある読書ができない。
  ・仕事上必要に迫られて乏しい読書を強いられる。


第二段落
1.一生に読める本の数について
 1)七十歳までに読める本の数を計算する。
  ・365×60=21900
 2)七十歳まで読めない理由を読み取る。
  ・目が耐えられなくなる。
 3)一カ月に十冊のペースで計算する。
  ・10×12×60=7200
 4)この数がをどのように評価しているか読み取る。
  ・茫然とするほど、哀れな数字。
 5)毎日発行される本の数や、図書館にある本の数を思い浮かべる。

2.実際読む本の数について
 1)計算上の数字がリアリティがない理由を読み取る。
  ・必ずしも一冊全部を読み通すとは限らないから。
  ・一、二ページしか読まないこともある。
 2)なぜ一、二ページしか読まないのか。
  ・読者の知りたいことが書いてあるから。
  ・必要な情報を集めるために読むから。
 3)この読み方でいけば、どうなるか。
  ・何万冊も読むことができる。
  ・一冊読み通した本の何十倍かになる。
 4)筆者がこんな読み方しかできない理由を考える。
  ・本を書くために必要な情報を集めることに追われているから。

3.文字情報について
 1)「本」の形をとったもの以外に、日常読んでいるものを読み取り,それ以外のものを考える。
  ・新聞、雑誌、中吊り広告、電光ニュース、掲示板、手紙、議事録、文字盤、マニュアル
  ・メール、ちらし、配布プリント、看板、
 2)読書という行為がいとおしく貴重に思えてきた理由を読み取る。
  ・多様な文字が氾濫している中で、わざわざ「本」を読んでいるから。
  ・本を読まなくても文字に接することができるのに、わざわざ本を読んでいるから。
 3)そう考えると、一生かかって一万冊読むことにも価値がある。
 4)なぜ「本」を読むのか、本を読むことと文字を読むことの違いを考える。
  ・単なる情報でなく、そこにある考え方や感情に触れる。


第三段落
1.今まで読んだ中で最も心に残っている本とその理由を質問する。

2.良書について
 1)良書を選んで詠むことが滑稽である理由を読み取る。
  ・良書と決まった本などどこにもないから。
 2)「ある読者がある本をその読者にとって良書にした」とはどういうことかを考える。
  ・読者が良書を決める。
  ・良書であるかどうかは読者の好みや価値観によって決まる。
  ・すべての人にとっての良書というものは存在しない。
 3)どんなジャンルや作家の本が好きか質問する。
 4)このことを言い換えた部分を読み取る。
  ・本を読むという行為は、作者と読者の一対一の関係に還元されるから。
 5)この文を補足説明する。
  ・本は大量生産された複製である。
  ・同じ本を多くの読者が読む。
  ・しかし、受け止め方は読者によって異なる。

3.言葉を読む不思議さについて
 1)言葉のもともとの特徴を読み取る。
  ・複数の群れの中で生まれた意思伝達の手段。
  ・万人に理解されるために存在している。
  ・唯一絶対の言葉というものはない。
   (特定の人のために存在する言葉はない)
 2)この特徴を「汎用性」と名付けることを確認する。
 3)それと反する現象を読み取る。
  ・言葉が自分のためにのみ存在していたと思い込む。
 4)この現象を表す語句を読み取る。
  ・単独性
 5)言葉を読むと言う行為の不思議さの理由を考える。
  ・万人に理解されるために存在しているのに、特定の個人のためだけに存在しているのだと思い込ませるから。
  ・汎用性と単独性を持っているから。
 6)「不思議さ」を言い換えている語句を読み取る。
  ・おもしろさ
  ・なぞ
  ・厄介な性格
 7)「本を読むのが好きな人」とはどんな人かを読み取る。
  ・なぞに引き回されつつ、なぞ解きの魅力にこうしがたく引きずられて先へ先へと進んでいく人。
 8)「読書家」「読書人」「本を読むのが好きな人」の違いを考える。



コメント

ホーム























第一段落

読書家              読書人              
辞書 読書を好み、よく書物を読む人 よく書物を読む人。        
筆者 本をたくさん、速く読む力のある人本を次々に読む人 楽しみながら、本と遊ぶようにして読む人               
特徴 厳格な主義に基づいて努力する 才能があり余裕を感じさせる
   ↑過敏反応
 筆者=読書家でも読書人でもない
    物書き=普通の人より本との関係が強いはず

第二段落
本の読み方
 1)1冊全部読む
  ・茫然とするほど哀れな数字。
 2)一、二ページだけ読む
  ・読者の必要な情報を集めるため
  ・1冊全部読む本の何十倍
 3)日常生活の文字情報
  ・多様に氾濫している
  ↓
読書がいとおしく貴重に思えてきた
 ・多様な文字が氾濫している中で、わざわざ「本」を読んでいるから。

第三段落
良書
 ・良書と決まった本などどこにもない
  ・すべての人にとっての良書というものは存在しない
 ・ある読者がある本をその読者にとって良書にした
  ・読者の好みや価値観によって良書が決まる
   ‖
  ・本を読むという行為は、作者と読者の一対一の関係に還元される
言葉を読む不思議=おもしろさ、なぞ、厄介な性格
 ・言葉のもともとの特徴=汎用性
  ・複数の群れの中で生まれた意思伝達の手段。
  ・万人に理解されるために存在している。
  ・唯一絶対の言葉というものはない。
 ・実際の現象=単独性
  ・言葉が自分のためにのみ存在していたと思い込む。
  ↓
・本を読むのが好きな人
 ・なぞに引き回されつつ、なぞ解きの魅力にこうしがたく引きずられて先へ先へと進ん  でいく人。
・読書家
・読書人
























読書家・読書人になれない者の読書論

                              点検   月   日
1.次の漢字の読み方を書きなさい。
 過敏 該当 茫然 氾濫 滑稽 古今東西 還元 唯一 厄介
2.次の語句の意味を国語辞典で調べて書きなさい。
ニュアンス
立項
一笑
曲がりなり
氾濫
ゆめゆめ
滑稽
古今東西
還元


学習のポイント
1.読書家と読書人の辞書的な意味の違いを理解する。
2.読書家と読書人の筆者の感じの違いを理解する。
3.筆者が読書家と読書人の違いに過敏になる理由と筆者の立場を理解する。
4.人が一生に読める本の量と実際の本の読み方を理解する。
5.日常の文字の氾濫と読書の意義を考える。
6.良書が存在しない理由を理解する。
7.読書における読者と本の関係を理解する。
8.言葉を読むという行為の不思議さを理解する。
9.読書する理由を理解する。