カフェの開店準備
 
小池昌代


 私は土曜の朝、喫茶店の外の椅子でコーヒーを飲みながら、向かいの喫茶店で、開店準備をしている若い女性に興味を見て、新鮮な好奇心を持つ。若い女性は、無駄なくやり慣れたことがらを次々準備していく。しかし、そこに耐え難い抵抗感とかすかなあきらめを感じる。準備というものは、隠れている、見えない行為である。それ自体に光が当たらない、なかったかのようにあしらわれる行為である。準備は客に気持ちよい環境を提供するためにすることであり,最終目的は給料をもらうことである。彼女はなぜ抵抗感と諦めを感じさせるのか。
 自分のことを考えると、掃除にしても料理にしてもペンキ塗りや詩を書くにしても、その最終目的よりもその行為自体に夢中になる。ビオラにしても、本来は本番のための練習であるはずのものが、練習のための練習、練習自体を楽しんでいる。受験勉強も大学に受かるという目的ではなく、勉強すること自体が目的にならなければ続かない。つまり、目的と行為が一致しているのである。未来の時間にある目的のために、現在の時間を仕方なしに練習に使う、現在の時間を空っぽにすることに耐えられない。未来や過去は関係なく、現在が充実していることにすべてがある。
 喫茶店に話を戻すと、私の考えでは、開店という目的ために仕方なく準備しているのでなく、準備自体に目的になっているはずである。しかし、若い女性の少し投げやりな態度は、早く切り上げて楽をしたいという気持ちの表れかもしれない。毎日同じように行なわれる習慣化した行為には抵抗するのが自然である。行為が習慣化すれば、行為の源である生命力が失われる。習慣化して、何も考えずに、手際よくできるようになれば、楽に軽やかになるように見えるが、実は私たちを下方へ引っ張り生きることを重くする。同じことを繰り返すことに罪の意識を感じる。
 行為を習慣化しないためには、行為そのものの中に喜びを発見することである。しかし、それは難しい。行為の目的と行為自体が分裂すれば辛さが増していく。人間は本来残そうという行為を求める。しかし、多くはなされるそばから消えていく行為である。平凡な日常の積み重ね、死んでいく時は何一つ残らず消えていく。しかし、消えていくことに耐えながら行為することは、けだかい行為である。行為が消えていくことに耐え、行為に喜びを見出していというしぶとい挑戦が必要である。


導入

1.【指】「学習プリント」を配布して漢字の読みと語句調べを宿題にする。
2.【指】漢字の読みを確認する。
 磨く  額縁  耐え難い  報酬  掲載  弾く  面倒  途端  手際 辛さ  記念碑  痕跡  容貌
3.【指】語句の意味を確認する。
 ・光が当たる=注目される。
 ・あしらう=軽く扱う。
 ・なげやり=いいかげんにすること。
 ・もくろみ=何かをしようとして考えをめぐらすこと。
 ・痕跡=過去に何かがあったあとかた。
 ・けだかい=すぐれて上品に見える。
 ・しぶとい=困難にあってもへこたれずねばり強い。
4.【指】段落番号を1〜15までうつ。

第一段落(1〜5)

1.【指】一文ずつ交代で音読させる。
2.【L1】私は、いつ、どこで、何をしていたか。(1)
 ・土曜の朝、
 ・喫茶店の外の椅子で、
 ・コーヒーを飲みながら、若い女性が開店準備をしているのを見ていた。
3.【L1】若い女性はどんな準備をしていたか。(2)
 ・椅子を揃える。
 ・テーブルを拭く。
 ・窓を磨く。
 ・窓のさんをふく。
 ・額縁の埃を払う。
 ・テーブルに砂糖壺を置く。
4.【L1】若い女性の開店準備の様子はどんな印象だったか。(2)
 ・無駄なく、やり慣れたことがらを次々こなしていく。
5.【L1】しかし、私がそこで感じたことは。(2)
 ・耐え難いというような抵抗感。
 ・かすかなあきらめ。
6.【L2】なぜ、私は、開店準備をしている若い女性に、視線が引き込まれたのか。
 ・やりなれて次々こなしていくのに、抵抗感とあきらめを感じさせるから。
 ★手際よくこなしているという良い印象と、抵抗感や諦めなどの悪い感じのギャップが  気になった。
7.【L4】なぜ、やりなれて次々こなしていくのに、抵抗感とあきらめを感じさせるのか。
 ・自分のアルバイトなどの体験から、自由に答えさせる。
 【注】答えは第三段落で出てくる。
8.【L1】そもそも、準備とはどのような行為か。(3)
 ・見えない。
 ・光が当たらない。
 ・行為が終われば、なかったようにあしらわれる。
9.【L1】若い女性が開店準備をしている目的は。
 ・客に気持ちよく空間や時間や飲食物を提供すること。
 ・給料をもらうこと。
10.【説】ということは、準備は目的を達成するための前段階の行為にすぎない。

第二段落(6〜10)

1.【指】一文ずつ交代で音読させる。
2.【L2】この段落の視点は。(6)
 ・若い女性ではなく、筆者。
3.【L2】本来、筆者が掃除をする目的は何だったか。(6)
・人を迎えるために、家をきれいにすること。
4.【L2】しかし、筆者が掃除している時の気持ちは。(6)
・汚れが落ちることが楽しく夢中になる。
 ★人を迎えるためではなく、汚れが落ちることが楽しいから掃除をする。
5.【L3】ビオラを弾く時の、「本番に向けて練習する」と「練習のために練習する」の違いは。(8)
・「本番に向けて練習する」は、本番で上手く弾くために(目的)、嫌でも練習する(行為)。
・「練習のための練習」は、弾くことを楽しむために(目的)、楽しみながら練習する(行為)。
6.【L2】掃除やビオラを楽しむことの構造はどうなっているか。(7)
・目的と行為が一致している。
7.【L2】目的と行為を時間的にはどうなっているか。
 ・目的は未来のことで、行為は現在していること。
8.【L2】なぜ、未来のために現在を使うことに耐えられないのか。(9)
・現在がからっぽになるから。
9.【L2】言い換えると。(9、10)
 ・あるのは現在だけ。
 ・現在にすべてがある。
 ・いつも本番である。

第三段落(11〜15)

1.【指】一文ずつ交代で音読させる。
2.【L1】話題と立場は。(11)
 ・喫茶店の開店準備。
 ・若い女性。
3.【L2】なぜ、若い女性のなげやりな態度にうなずけるのか。(12)
 ・毎日同じように行なわれる習慣化された作業に対しては、抵抗する方が自然だから。
4.【L2】なぜ、手際よくすることが、生きることを重くするのか。(12)
 ・行為が習慣化すると、行為の源にある生命力が死ぬから。
5.【L1】行為を習慣化させない方法は。
 ・行為そのものの中に喜びを発見すること。
6.【説】それは難しいことである。
 ・例えば、勉強することに、喜びを発見できるか。
 ・掃除することに、喜びを発見できるか。
7.【L1】私たちには二種類の行為があるが、何と何か。
 ・生を残そうという行為
 ・なされていくそばから消えていく行為。
8.【L1】けだかいのはどちらの行為か。
 ・なされていくそばから消えていく行為。
9.【L3】なぜ、けだかいのか。
 ・人間は何かを残したいのに、直ぐに消えいくことを受け入れているから。
10.【L2】「私たちの生はそんな容貌をしている」とあるが、「そんな容貌」とは。
 ・自分の行為を誰も見てくれないこと。
11.【L3】「しぶとい挑戦」とは。
 ・消えていく行為に喜びを発見すること。
 ・消えていく行為を受け入れること。
12.【L1】なぜ、しぶとい挑戦が必要なのか。
 ・生の次の段階を開くため。
13.【L3】「生の次の段階」とは。
 ・何かを残すこと。
 ・目的を達成すること。



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1.読み方を書きなさい。

 磨く  額縁  耐え難い  報酬  掲載  弾く  面倒  途端  手際 辛さ  記念碑  痕跡  容貌
2.語句の意味を調べなさい。
光が当たる  
あしらう  
なげやり  
もくろみ  
 
痕跡  
 
けだかい  
 
しぶとい

学習のポイント
1.私が開店準備をする若い女性に感じたものを理解する。
2.私が開店準備をする若い女性に新鮮な好奇心を持った理由を理解する。
3.準備という行為の意味を理解する。
4.私にとっての目的と行為の関係を理解する。
5.私たちにとっての現在の意味を理解する。
6.開店準備をする若い女性のなげやりな態度の理由を理解する。
7.行為の習慣化の意味を理解する。
8.行為を習慣化しない方法を理解する。
9.「けだかい行為」「しぶとい挑戦」の意味を理解する。