伊勢物語


 これも在原業平の話。高貴な女で、身分の違いから親が反対していたのであろう女を、長年にわたって求婚していた。男は女がよほど好きだったのだろう。また、女も男が好きだったのだろう。やっと駆け落ちして、暗い中を芥川というところまでやって来た。略奪愛である。男は長年チャンスを待っていたのだろう。平安時代の恋愛の激しさは今以上かもしれない。
 女は深層の令嬢で、外出したことがなく、ましてや夜の野原など見たこともなかったのだろう、草の上においている露を、「これは何?」と聞く。男は前途も遠く、また夜も更け、追手に追いつかれないうちに先を急ごうとした。こんな時に、男の気持ちも知らないで呑気な姫君だと思ったかもしれない。返事をしている余裕もなかった。このことを後で後悔することになる。しかも、雷が鳴り、雨が激しく降ってきた。そこで、目の前に在った荒れた蔵に女を入れた。そこは鬼が出るという噂の場所であったが、そんなことは知らず、また知っていても雨を防ぐには仕方がない。内にいる鬼よりも、外から追ってくる追手のほうが気になる。追手を阻むために武装し、一晩中寝ないで戸の前に座り、「早く夜が明けてほしい。そうしたら更に遠くに逃げよう」と思っていた。
 中の女も心細かったであろう。今朝までとは境遇が一転した。至れり尽くせりの生活から、汚く真っ暗な蔵の中で一人おびえている。少しは後悔しているのだろうか。蔵には始終雨が降りかかり、雷は鳴り響いている。いくら愛する男が扉一枚隔てていると思っても、心細かったであろう。その時、鬼か何者かと思われる者がいきなり表れ、女を連れ去ろうとした。女は「あれー」と悲鳴をあげたが、雷の音でかき消されて男には聞こえなかった。ようやく夜が明けて蔵の戸を開けて中を見ると、女がいない。男は、鬼が一口で女を食ってしまったのだと思った。地団駄を踏んで泣いたけれども仕方なかった。そして、その気持ちを歌にした。
 女が露を白玉ですかと聞いた時に、露ですと答えて、自分も消えてしまえばよかったのに。実際は、あの時答えることもなかったし、今も自分だけがこうしてここに取り残されてしまった。
 しかしこれは鬼ではなかった。女は二条の后の藤原高子で、いとこに当たる女御のもとに仕えていたが、容貌が大変美しかったので男が以前から求婚していたが、ゆくゆくは天皇の后にして勢力を拡大したいと思っていたので反対していた。それがちょっとした隙に男が連れ出して駆け落ちしてしまった。藤原家にとっては一大事である。そこで兄の基経と国経がまだ官位が低かったころであったが(二人は年齢ではなく官位の順で書かれている)、内裏に参上なさった時に、大変泣いている人がいるのを聞きつけた。この人はだれか。女なら駆け落ちをしたのであれは本意であり抵抗したり泣いたりしないはずである。とすれば、女の親か召使だろうか。とにかく、その声を聞いて男を尾行したのだろう。妹を連れているので、いきなり力づくで取り押さえれば妹に危害が加わるかもしれない。そこでチャンスを待った。男が妹を蔵の中に入れたのを見て、鬼の仕業に見せかけて奪回しようとしたのであろう。しかし、二人はどこから蔵に入ったのだろう。入り口は男が座り込んでいるはずである。予め蔵で待ち伏せしていたとしても、どこから出て行ったのであろう。出入り口が二つあったのか。女が叫び声をあげたのは、暗がりで誰かわからなかったからだろうが、内裏に帰るまでにはその正体が鬼ではなく兄であることがわかったはずである。男は鬼の仕業であると思って諦めるであろうが、女の気持ちはどうだったのだろうか。この時、高子はまだ若くて、入内して天皇の后になる前のことであった。


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0.学習プリントを配布し、学習の準備を宿題にする。
 
1.伊勢物語について、二一六頁を読んで、簡単に説明する。
 ・平安時代
 ・歌物語
  ・物語の中に歌があるのでなくて、歌の説明として物語がある。
 ・作者未詳
 ・「昔、男ありけり」で始まる。
 ・男(主人公)とは、在原業平を指している。
 ・在原業平は、当時ナンバーワンのプレイボーイであった。
 
2.教師が音読する。
 
3.生徒と音読する。

★単語に区切らせ、助動詞を説明し(指摘させ)、難解語句説明し、訳させ、補足説明や 質問をする。
 
4.昔、男ありけり。女のえ得まじかりけるを、年を経てよばひわたりけるを、からうじて盗み出でて、いと暗きに来けり。
 1)「けり」が間接経験の過去である。
 2)「女」の「の」の用法を説明し選択させる。
  1)連体修飾格。「〜の」
  2)主格。「〜が」
  3)同格。「〜で」。下に連体形がある。
  4)独立所有格。「〜のもの」
  5)比喩。「〜のような」
 3)「え〜打消(まじ)」で不可能を意味を表す。
 4)なぜ、男は女を得ることができなかったのか。
  ・親が反対していた。
  ・身分が違う。
  ★よくある話である。
 5)「よばふ」の意味を説明する。
  ・「呼ぶ」に「ふ」がついたもの。
  ・「愛情を訴えて呼び続ける」の意味から、「求婚する」。
 6)「盗み出して」について状況を説明する。
  ・誘拐か、駆け落ちか。
  ・誘拐なら女は同意していない。駆け落ちなら女も同意している。
  ★略奪愛である。平安時代の恋愛も激しい。
 7)「いと暗きに来けり」で、時間設定は夜である。
 
5.芥川といふ川を率て行きければ、草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ。」となむ、男に問ひける。
 1)「露」ができることを「置く」と表現する。
 2)「なむ〜問ひける」の主語と係り結び。
 3)女はなぜ「かれは何ぞ」と問うたのか。
  ・夜露など見たことがなかったので知らなかった。
  ・深窓の令嬢、箱入り娘で、夜に外に出たことがなかった。
 
6.行く先多く、夜も更けにければ、鬼ある所とも知らで、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、弓・胡 を負ひて 戸口にをり、
 1)「更けにけれ」の「に」の識別。
  ・完了「ぬ」連用形
  ・下二段連用形に接続している。(断定ならば連体形に接続)
 2)「多く」「更けにければ」「知らで」「鳴り」「降りたりければ」「押し入れて」の  主語。
 3)正しい語順に入れ換える。
  ・行く先多く、夜も更けにければ、神さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、鬼ある所とも知らで、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、
 4)なぜ男は女の問に答えなかったのか。
  ・追手が来るといけないので先を急いでいた。
  ・夜が更け、今夜寝る所を探していた。
  ・天気が悪くなったので、さらに早く寝床を探さなければならない。
 5)なぜ男は戸口で武装していたのか。
  ・追手を防ぐため。
  ・鬼と戦うためではない。
 6)蔵の中の女の気持ちを推察する。
  ・男が戸口で守ってくれているとはいえ、恐ろしく、心細い。
  ・昨夜までの境遇と全く異なる。
  ★駆け落ちしてきたことを後悔しているかもしれない。
 
7.「はや夜も明けなむ。」と思ひつつゐたりけるに、鬼、はや一口に食ひてけり。「あなや。」と言ひけれど、神鳴る騒ぎに、え聞かざりけり。

 1)「なむ」の意味を説明する。
  ・願望の助詞。〜てほしい。
 2)「思ひつつゐたりける」の主語。
 3)「食ひてけり」の「て」の識別。
  ・完了「つ」連用形
 4)「思ひつつ」「食ひてけり」「言ひけれ」「え聞かざりけり」の主語。
 
8.やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。足ずりをして泣けども、かひなし。
 1)「やうやう」「足ずり」「かひなし」の意味を確認する。
 2)「来し」の「し」は直接体験の過去である。

9.白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを
 1)「問ひし」の「し」は直接体験の過去である。
 2)「消えなましものを」を品詞分解し、訳す。
  ・消え=ヤ行下二段連用形
  ・な=完了「ぬ」未然形
  ・まし=反実仮想「まし」連体形
  ・ものを=終助詞(逆接確定)
 3)「白玉か何ぞと人の問ひしとき」に該当する部分はどこか。
  ・草の上に置きたりける露を、「かれは何ぞ。」となむ、男に問ひける。
 4)「露と答へて消えなましものを」で男はどんな気持ちか。
  ・露は消えやすいものの象徴。
  ・現実には、「露」と答えていないし、男も消えていない。
  ・気持ちとして、あの時女とじっくり話をして、追手に捕まるかもしれないが、露が消えるように、女と一緒にはかなく死んでしまえばよかった。
  ・それほど女を愛していた。
 
11.これは、二条の后の、いとこの女御の御もとに、仕うまつるやうにてゐたまへりけるを、容貌のいとめでたくおはしければ、盗みて負ひて出でたりけるを、
 1)「仕うまつるやうにて」の「に」の識別。
  ・断定「なり」連用形。(体言接続。完了なら連用形接続)
 2)「仕うまつる」「盗み負ひて」の主語。
 3)「これ」の指示内容は、女が鬼に食われてしまったこと。
 4)女(二条の后)、いとこの女御を系図で確認する。
  ・女(二条の后)=藤原高子。後に清和天皇の后になり、陽成天皇を生んだ。
  ・いとこの女御=明子
  ・堀川の大臣=藤原基経。弟であるが、最終身分が高いので先に書かれている。
  ・太郎国経の大納言=藤原国経。
 5)親が反対していた理由を考える。
  ・当時は自分の娘を天皇の后にして親戚関係を作り、その子どもを天皇にして勢力を拡大しようとしていた。
  ・女性は、政略結婚の道具として使われていた。
12.御兄人、堀河の大臣、太郎国経の大納言、まだ下揩ノて、内裏へ参りたまふに、いみじう泣く人あるを聞きつけて、とどめて取り返したまうてけり。それを、かく鬼とはいふなりけり。まだいと若うて、后のただにおはしける時とや。
 1)「下揩ノて」の「に」の識別。
  ・断定「なり」連用形。体言に接続。
 2)「いふなりけり」の「なり」の識別。
  ・断定「なり」連用形。
 3)「とや」は物語の終わりに用いて伝聞や断定を避ける働きをし、「〜ということだ」と訳す。
 4)堀川の大臣、太郎国経の大納言を系図で確認する。
  ・堀川の大臣=藤原基経。弟であるが、最終身分が高いので先に書かれている。
  ・太郎国経の大納言=藤原国経。
 5)「いみじう泣く人」とはだれか。
  ・女だとすれば、女は連れ出されることを嫌がっていた。
  ・女でないとすれば、いとこの女御か。
  ・また、泣いている場所が「あばらなる蔵」なら女であるが、そこまで追っていくことは可能か。
 6)女の連れ出したのは鬼ではなく兄であったが、「取り返したまう」の方法はどうしたのか。
  ・戸口には男が座っているので入れない。
  ・蔵の中で待ち伏せしていたとも考えられない。
  ・他の入り口があるとすれば、男は間抜けである。しかし、暗く初めての場所なのでそこまでわからなかったなら、仕方がない。



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ほ〜む

  

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