認知心理学とは、人間の高次の認識過程を研究対象とする心理学の一分野である。
 学校現場では、心理学といえば、不登校問題などを扱う臨床心理学がなじみが深かった。本来は、教育心理学という分野があり、大学の教職課程でも勉強したはずだが、ほとんど忘れてしまっている。その大きな理由は、学校現場での現実と大きくかけ離れていたからである。
 しかし、認知心理学は、学校教育の授業の部分を深く研究し、現場の教師のみならず、生徒が読んでも、非常に興味深く、大いに参考になる。
 教師向けには北大路書房から、生徒向けには、岩波書店から読みやすい本が出ている。
 ここでは、J・T・ブルーアー著/松田文子・森敏昭監訳「授業がかわる」(北大路書房)、多鹿秀継編著「認知心理学から見た授業過程の理解」(北大路書房)、波多野誼余夫「自己学習能力を育てる」(東京大学出版会)、市川伸一著「心理学から学習をみなおす」(岩波高校生セミナー)、市川伸一著「勉強法が変わる本」(岩波ジュニア新書)を参考にした。



目   次

1.基本になる概念
   人間の記憶の仕組み
   問題解決の仕組み
   問題解決能力の水準
2.学力をつける方略
   より大きなチャンク、複雑なスキーマを持たせる
   ひとつの学習を他の学習につなげる
   知的な初心者をつくる
3.授業過程への心理学的アプローチ
   行動主義のアプローチ
   認知心理学の情報処理アプローチ
   認知心理学の状況認知アプローチ
4.認知心理学からみた「読み」
   「読み」の認知モデル
   「読み」の基本的な方略
   書写させる 〜「読み」の方略 1〜
   わからない言葉は読みとばす 〜「読み」の方略 2〜
   「つかみ」を工夫する 〜「読み」の方略 3〜
   言葉のネットワークをつくる 〜「読み」の方略 4〜
   国語のスキルを確認する 〜「読み」の方略 5〜
   質問を工夫する 〜「読み」の方略 6〜
   要約させる 〜「読み」の方略 7〜
   今後の展開を予測させる 〜「読み」の方略 8〜




1.基本になる概念


人間の記憶の仕組み

★外部からの情報・刺激→短期記憶(作動記憶)→長期記憶

短期記憶(作動記憶)=コンピューターのメモリーとCPUにあたる。
              容量が小さく、限られた量の情報しか、保持したり処理したりできない。持続時間も短い。処理速度は非常に速い。

長期記憶=コンピューターのHDDにあたる。
         知識をネットワーク構造で記憶する。これを「スキーマ」という。
         スキーマによって関連づけられた要素をいくつかまとめて高次の単位を構成することを「チャンキング」、高次の単位を「チャンク」という。
  ◆概念的記憶=「ことがら」を記憶する。
      ▼意味記憶=誰にも共通する世界に関する抽象的な知識についての記憶。
      ▼エピソード記憶=個人的な体験についての記憶。
  ◆手続き記憶=「やりかた」を記憶する。
           技能、問題解決の仕方に関する知識の記憶。
           「もし〜なら、〜しなさい」というシステムで構成される。これを「プロダクションルール」と言う。     


問題解決の仕組み

★初期状態→操作子→目標状態


■初期状態=既有の知識では解決できない状態である。何をすれば良いか、問題解決の見通しをつける。

操作子=目標状態に至るために、長期記憶の中にある既有の概念や手続きを、方略として使い、長期記憶のスキーマを修正していく。
  ◆弱い方法=広く適用可能で、特定の知識を必要としない方法。
  ◆強い方法=状況や領域に固有な、特定の専門的な知識を必要とする方法。

■目標状態=ただ一つで、よく構造化されている。ただし、ここに至るまではいくつもの道筋があることもある。

不良構造化問題=目標状態や操作子が明確でない問題。


問題解決能力の水準

1.融通性のない固定した基礎的過程の水準。
2.十分なスキーマや事実を自在に使える能力の水準。
3.自発的、意識的に操作子を使用している方略の水準。
4.問題解決者としての自分自身に意識的に気づき、自分の心的過程を観察してコントロールする能力の水準。これを「メタ認知」という。





2.学力をつける方略


より大きなチャンク、複雑なスキーマを持たせる

いくつかの要素をまとめて高次の単位に構成することを「チャンキング」、その構成された単位を「チャンク」といった。

人間の短期記憶の容量は、チャンク数にして7±2といわれている。
例えば、個々のアルファベットf・e・s・t・i・v・a・lは7つのチャンクだが、festivalという単語にすれば1つのチャンクになる。意味のある単語として覚えれば短期記憶量も増えることになる。
例えば、憲法の前文をノートに写す時、一字一字見ながら写すと大変だが、ある程度の意味のまとまりで写すと効率がよくなる。そのまとまりが大きくなればなるほど、写す速度は速くなる。

また、長期記憶においても、チャンキングは役立つ。
例えば、鎌倉幕府の始まりを、1192年と数字を丸覚えするより、「良い国作ろう」と覚えた方が覚えやすい。
例えば、数学の問題で使う公式の組み合わせのパターンを覚えてしまえば、機械的に解答できる。

知識のネットワーク構造を「スキーマ」といった。
右図(『授業が変わる』から)の、○で囲まれた単語を「ノード」といい個々の概念をあらわす。矢印を「リンク」といい概念間の関連性をあらわす。
例えば、ものごとをカテゴリー別に分類したものも「スキーマ」である。
例えば、単語を同義語・対義語・派生語など関連づけたものも「スキーマ」である。

このように、大きなチャンクを持ったり、スキーマを大きくしていけば、記憶量が増えたり、イモズル式で記憶を引き出せたりすることができる。

しかも、これらの過程が、無意識の内に起こっているのであれば、作動記憶の容量はほとんど必要とせず、その分、より複雑な高度な作業が可能になる。
例えば、野球のバッティングの時、フォームを改良するのには一つ一つチェックをしていくが、フォームが固まると、一連の自然な動作になっている。
このような状態を、「自動化」という。
自動化された処理は、速く、正確で、努力がいらない。
自動化は、反復練習をすることによって身につく。


ひとつの学習を他の学習につなげる

教師は、日常の学習の中で、既有のスキーマやプロダクション・ルールを修正することによって、新たな問題を解決していくことを望んでいる。
また、日常の学習が、定期試験や受験に役立つことを願っている。
さらに、ある領域で学習したことが、それと関連する領域の学習や、現実生活の問題解決にも役立つことを願っている。
これを、「転移」といった。

「転移」を考える場合、原則的な、一般的な、適用範囲の広い方略を修得させれば、様々な分野で使うことができると考える。これを「弱い方法」といった。
これは学校で教える伝統的な学習技能である。
例えば、ノートのとり方、要約の仕方、キーワードの見つけ方、単語の覚え方などである。
弱い方法は、成績の低い生徒に有効である。
しかし、教えられた直後はよく活用するが、時間が経つに連れて、使用するように言われないと用いようとしなくなる。

方略には、特定の状況や領域においてしか使えない、「強い方法」もある。
一見、他の状況や領域に転移しにくいように考えられるが、実際、「強い方法」を修得している者の方が、呑み込みが早いといわれている。
また、「強い方法」を身につけた者は、改めて「弱い方法」を用いようとはしない。
「強い方法」は、一般的な「弱い方法」を、特定の状況や領域の中で応用しているのである

こうして考えると、一般的な状況の中で「弱い方法」を、取り立てて教えるより、
特定の状況や領域で、「弱い方法」を意識させながら、「強い方法」を教えていく方が有効である。
今学習している特定の状況が、以前に学習した状況や一般的な状況と、どのように、似ているのかを、明らかにしながら教えていく。
また、今の特定な状況が、他のどんな状況で役に立つのかを明確に説明する。
明確にするには、具体的に数値化したり、図示したり、「弱い方法」をプリントなどして明示することが考えられる。


知的な初心者をつくる

問題解決している自分自身のスキーマを観察してコントロールする能力、思考について思考する能力を、「メタ認知」といった。
成績の悪い生徒は、自分が授業を理解していないことにすら気づかない。つまり、メタ認知の能力が低い。
メタ認知が自然にできる人は、学習に困難を感じない。新たな分野に挑戦しても、熟達した分野でのメタ認知が役立つ。
こうした人を、「知的な初心者」という。
教育の最終的な目標は、知的な初心者をつくることである。

基本的なメタ認知能力とは、
自分自身の問題解決行動の結果を予測する能力、
自分自身の行動の結果を評価する力(自分はうまく解けたか)、
解決に向かう自分の進歩をモニタする能力(自分はどのように解いているか)、
自分の活動と解決は、より大きな現実に対して、どの程度合理的かを確かめる能力(これは意味があるのか)である。

メタ認知を発達させるためには、
1.自分の問題や、課題の要求に合わせて、適切なスキーマを選ぶ。
2.手持ちのスキーマでうまく関係付けができない(思い込みが激しい)場合は、柔軟的に、スキーマ自体を変える。
3.スキーマを目に見える具体的な図などに書いてみる。
4.使っているスキーマを、他の人にうまく説明できるか試してみる。これを「発話思考」という。
5.ある情報を受け入れやすくするために、前もって足掛かりになる情報を与えておく。これを「先行オーガナイザー」という。


3.授業過程への心理学的アプローチ


行動主義心理学のアプローチ

★知識とは、刺激と反応の結びつきである。
★動機付けは、賞と罰の外発的動機付けである。
★教師は、生徒に一方的に情報を与え、生徒の行動を賞と罰でコントロールする。
★生徒は、賞罰を受容する受け身的な存在である。仲間の役割は考慮されない。

(1)プログラム学習
◆基本的な知識を強化することによって、より高次な知識を獲得させる。
◆課題のステップの間隔を小さくし、目標とする行動に確実に到達する。
◆学習者が、自発的・積極的に課題に反応する。
◆学習者の反応の正誤が即時に与えられ,確認できる。
◆学習者の誰もが与えられた問題を解くことができるようになる。
◆みんなが同じステップを進んでいく直線型プログラムと、解答によって進む方向が異なる分岐型プログラムがある。

(2)完全修得学習
◆学習者に十分時間を与えて援助すれば、学習内容を完璧に理解することができる。
◆学習内容に関連する知識を学習者がどの程度保持しているか。
◆学習者がどの程度動機づけられているか。
◆授業がどの程度学習者にふさわしいか。
◆次の学習内容に進む前に、それ以前の学習内容を完全に習得することが期待される。
◆完全習得ができたかどうかは、教師が生徒に獲得してほしい知識や技能を獲得できたかどうかの結果によって定義される。
◆完全習得の程度は、80〜90パーセントの正解率である。
◆完全習得できていない場合は、繰り返し学習する機会を与える。
◆最初に完全習得できた者も、何度か繰り返して完全習得した者も、同じ評価が与えられる。


認知心理学の情報処理アプローチ

★知識は、情報の意味ネットワーク構造(スキーマ)や過程を構成することである。
★動機付けは、好奇心や興味などの内発的動機付けである。
★教師は、情報提示を工夫して生徒の好奇心を引き出す。
★生徒は、情報を積極的に処理し、知識を構成する。仲間と共同して推理や問題解決をすることがある。


(1)発見学習
◆知識の本質を発見的な手続きによって学習する。
◆発見とは、以前気づかなかった諸概念間の関係性や類似性、新しい概念の構造や意味を見いだすことである。
◆単に知識の本質を教えるだけでなく、その知識をどのように獲得すればいいのかを示す。
◆生徒は、学習の基本的な構造から、主体的に独力で関係性を発見することを通して、「やればできる」という自分の能力に自信を持つようになる。
◆純粋の発見学習は、教師は何も提供しない。生徒は適切な情報を選択できず、自力で発見するのは困難である。
◆導かれた発見学習は、教師が十分な情報を提供する。発見は容易になるが、お膳立てされた教材と既有知識の結合に止まることが多い。

(2)有意味受容学習
◆学習材料が有意味であることによって、学習すべき材料を相互に関連づけてその意味を獲得したり、スキーマを構成しやすくなる。
◆学習者が適切なスキーマを持っていることによって、学習材料を相互に関連づけることができる。
◆受容学習で、学習内容を最終形態で提示し、より多くの情報を学習者に与える。
◆知識獲得が容易になり、忘却の影響を受けにくい堅固なスキーマが形成される。
◆後続の学習材料をある包み込むような抽象的で一般的な情報(「先行オーガナイザー」)を、予め与えると、後続の学習が促進される。


認知心理学の状況認知アプローチ

★知識は、個人を取り巻く世界(コミュニティ)に分散している。
★動機付けは、コミュニティに実践的に参加することによって得られる。
★教師は、ガイド訳であり、生徒と共にコミュニティに実践的に参加する。
★生徒は、コミュニティへに実践的に参加し、積極的に知識を構成する。仲間と共同で知識を構成する。

(1)バズ学習
◆一斉授業を基本としながら、小集団での学習を組み込む。
◆一斉授業の中で、教師が課題を提示し、生徒は自分一人の力で取り組む。
◆バズセッションと呼ばれる、生徒が6人程度の小集団で共同して課題に取り組む場面を与える。
◆課題をめぐる活発なコミュニケーションが展開し、より多面的で深い取り組みができる。
◆習得の遅い生徒は、わからないところや疑問に思う所を仲間に気楽に聞けるので、学習が改善される。
◆習得の早い生徒は、教えることで自分の習得の質が一層高まる。
◆学習面でも交友面でも能力が向上し、リラックスした学校生活をおくることができる。

(2)ジグソー学習
◆小集団の各メンバーに、いくつかに分割された異なる課題を与える。
◆同じ分割課題を与えられた生徒が集まって、専門家集団を構成して、協同して習得する。
◆元の小集団に戻り、他のメンバーに習得した学習内容を伝達する。
◆小集団の中で、習得したことを順次伝達し合うと、どの生徒も分割課題をすべて学習できる。
◆すべての生徒が、教師の役割と生徒の役割を果たすことができる。





4.認知心理学から見た「読み」


「読み」の認知モデル

1.情報の入力
 ・本を読む場合、眼球は次の運動を繰り返す。
   ・ある単語の上で止まる(=「凝視」)、
   ・次の単語にジャンプする(=「サッケード」)、
   ・前の単語に戻る(=「リグレッション」)する。
 ・凝視する単語は、
   ・内容語(名詞、動詞、修飾語)の80%、
   ・機能語(接続詞、助詞、助動詞)の40%である。
   ・つまり、内容語の方が、凝視する時間が長く、情報を多く取り入れていることになる。

2.単語の理解
 ・まず、印刷された文字を、意味のあるかたまり(=「視覚表象」)として認識する。
 ・次に、その視覚表象が、長期記憶の一部に蓄えられた単語のパターン(=「心内辞書」)に合うかチェックする。
   ・単語の意味や文法が明確で、心内辞書にある場合は、労力を要せず、無意識の内に終了する。
   ・単語の意味や文法が曖昧な場合は、心内辞書の中から最も適合するものを選ぶ過程が必要になる。
   ・ある単語は、何らかの意味的な連想的な関係のある他の単語も活性化する。

3.文の理解
 ・認識された単語間の意味の関係や、文法に関する知識が導入される。
 ・意味の関係は、「何が何だ」「何がどうした」「何がどうだ」など、主体者や対象と状態や行為の関係(=「命題」)を理解する。
 ・文法的知識は、単語の配列のままで把握し、文の意味内容の理解につながらなければならない。

4.文と文の統合
 ・代名詞や指示語、同義語や類義語など、意味的に重複している部分に注意する。
 ・接続詞など、内容上の因果関係の強さに注意する。

5.文章全体の理解
 ・文と文の命題を結合させて情報を統合し、文章全体の意味(=「主題」)を理解する。
 ・文章の全体構造に関する知識や、文章中の話題に関する知識を利用する。

6.メタ認知的モニタリング
 ・自分の理解に曖昧な点はないか。
 ・自分が理解した論旨に混乱や矛盾はないか。
 ・自分が理解している主題に一貫性があるか。

6.ボトムアップ的な処理
 ・1→2→3→4→5と、低次なレベルから、高次なレベルへと処理を進めていく方法。(=「データ駆動型処理」)

7.トップダウン的な処理
 ・より高次なレベルの処理が、低次のレベルの処理に影響を与える方法。(=「概念駆動型処理」)
 ・メタ認知的モニタリングが働く。


「読み」の基本的な方略

6つの基本的な読解機能
1.読みの目標は意味を構成することであることを理解している。
2.適切な背景知識を活性化する。
3.注意や認識的資源を概念の主要な内容に集中的に配分する。
4.既有知識や常識との内的一貫性や両立性があるかどうかという観点から構成された意味を吟味する。
5.解釈、予測、結論を含む推論を引き出しテストする。
6.読解が起こっているかどうかを確かめるために、全過程をモニタする。

4つの方略
1.要約
  ・テキストに出てくる情報を統合するために、背景知識を活性化させ、注意を主題に配分し、一貫性を持つように主題を吟味する。
2.質問
  ・要約に必要な機能
    +
  ・重要な部分をピックアップするために主題をモニタする。
3.明瞭化
  ・難しい点に注意を配分し、主題の批判的吟味に携わる。
4.予測
  ・テキスト中にある内容と活性化された背景知識を基礎にして推測を行い、テストする。

教師の役割
1.方略が目に見えるようするために、明瞭に、具体的にする。
2.習得した方略が不活性化な状態になるのを防ぐために、方略を使われる文脈の中で結合し、方略を相互に連動させながら教える。
3.なぜ方略が役立つのか、どこで特定の方略を用いるべきかを、生徒が完全に気づくようにする。
4.自分の現在の読解レベルにかかわらず、生徒が方略の有効性に気づくようにさせる。
5.生徒が自発的に方略を使うようになれば、責任の主体を生徒に移行させていく。そのために、生徒への要求を次第に上げていく。


書写させる 〜「読み」の方略 1〜

最近の生徒は、板書をノートに写すのが非常に遅い。
原因の一つには、カラーペンを使ってカラフルに書こうとしたり、訂正するためにホワイトで消したり、線を定規を使って律儀に引いたりなど、ノートの美化がある。
しかし、黒一色で文字だけを書く時も遅い。
見ていると、視線がしきりに黒板とノートを間を往復する。
一度に記憶できる量が少ないのである。
ひどい場合は、1字ずつ往復しているのではないかと思える生徒もいる。
これでは、筆記マシーンであり、意味として頭に入ってこない。

そこで、教科書を書写させる。
古典などでは、後で文法事項を書き込んだり、訳を書き込んだりするために、本文をノートに写させる。
ここで、考えているのは、現代文の教材を書写させるのだ。
そして、時間を計り、どれだけ速く書写できるか、タイムを競ったり、タイムを縮めたりさせる。
速く写そうとすれば、1字1字見ながら写していたのでは追いつかない。
ある程度、かたまりとして短期記憶する必要がある。
そのかたまりが大きくなればなるほど、書写のスピードは速くなる。
また、文章を意味のまとまりとしてとらえられるようになる。
そうすれば、板書のスピードも速くなり、授業時間のロスも少なくなる。

専門用語を使えば、チャンクを大きくするのである。


わからない言葉は読み飛ばす 〜「読み」の方略 2〜

最近の生徒は、完璧主義である。言い方を換えると、融通がきかない。
文章を読んでいて、わからない言葉に出会うと、そこで「読み」がストップしてしまう。

専門用語を使えば、凝視する時間が長くなり、情報入力が遅くなる。

意味のわからない言葉は、辞書で調べる。それが基本だ。
でも、実際、わからない言葉に出会う度に、辞書を引くことは不可能である。
また、辞書を引いて、長期記憶にインプットしても、使用頻度が低ければ、すぐにアウトプットされない。
また、あまり多くの単語の意味を長期記憶に止めておくことも不可能である。

意味のわからない言葉は、こだわらず、読み飛ばすことである。
後で、文脈から意味を類推すればよい。(これには、別の方略を用いる。)


言葉のネットワークをつくる 〜「読み」の方略 3〜

意味のわからない言葉は辞書で引く。これは、国語教育の常識である。
でも、せっかく辞書で引いた言葉も、互いにバラバラでは、実際の役には立たない。
言葉のネットワークを作って、互いに関連づければ、長期記憶から引き出しやすいし、意味がはっきりわからない言葉が出てきても類推できる。

専門用語を使えば、語彙のスキーマを構築して、心内辞書を拡張するのである。

自由連想的に連鎖させて行く方法もある。
この場合、リンク(関連性)は任意である。

また、リンクをパターン化する方法もある。
例えば、上位語や下位語を探索して、カテゴリー化することも考えられる。
例えば、類義語や対義語を探索して、意味のネットワーク化することも考えられる。

上位語・下位語のネットワークは、論と例に分類して段落分けをするのに役立つ。
類義語のネットワークは、言い換え部分を探したり、内容で段落を分けるのに役立つ。
対義語のネットワークは、二項対立で論が展開されている場合に役立つ。

探索する言葉は、評論など論理的な文章に使われる単語で、使用頻度の高いものを選ぶ。


「つかみ」を工夫する 〜「読み」の方略 4〜

コメディアンが最も工夫するのが、「つかみ」である。
「つかみ」というのは、登場した時にどれだけ客の注意を関心を引きつけるかということである。
これは、授業でも同じである。
「つかみ」に成功すれば、7割方うまくいく。

では、何を「つかむ」か。
生徒の中に既にある、興味・関心や知識のスキーマである。

いつ「つかむ」か。
それは導入でしょう。特に、新しい教材に入る前でしょう。(毎時間の導入に「つかみ」ができれば申し分ないが、至難の業である。)
例えば、教材の内容に関連したことがらについて、アンケートや心理テストをする。これはかなり成功率が高い。
例えば、教材の内容に関連した話やエピソードを話す。生徒が受け身になるので、生徒の気分によって成功率は大きく変動する。
また、教材を一読した後、初発の感想を書かせるのも、一種の「つかみ」である。
わからない所・自分の考えと一致しない所・おもしろいと思った所などを書かせる。
これは、オーソドックスな方法であり、今さら取り立てて言う必要もない。

専門用語を使えば、先行オーガナイザーによる、既有スキーマの活性化である。


国語のスキルを確認する 〜「読み」の方略 5〜

国語というのは掴み所のない教科だといわれる。実際、その通りである。
特に現代文で、個々の教材を読解するのであるが、ついつい内容の理解に終始してしまい、授業の後、国語って何?を感じることがままある。
数学や英語のように、積み重ねが見えにくい教科である。

とはいえ、国語にもスキルがないわけではない。
むしろ、日本語を読解する道具としての国語教育は、スキルを確実に身につけさせることであるとも言える。

数学なら、公式を教え、覚えさせ、練習問題で実際に使えるようにトレーニングする。
国語にも、少しだが公式はある。
古典文法や、漢文の句形なんてのは、最もわかりやすいだろう。
現代文でも、接続詞の用法、指示語の把握、段落の切り方、文章構成のパターン等々。

授業の中で、こうした公式を使って読解を進める場合に、公式をまとめたプリントをその都度配布する。
実際の教材を読解する中で、生徒にそのプリントを見せながら、教師が段落切りや接続詞や指示語のスキルを見せてやる。
そして、徐々に、生徒もそのプリントを見ながら、自力で読解させていく。

専門用語を使えば、手続き記憶の中の操作子の明示である。


質問を工夫する 〜「読み」の方略 6〜

生徒主体の授業が求められている中で、生徒の活動を活発にするために、質問を多くすれば良いかと言えば、問題は単純ではない。
たしかに、教師の一方的な説明だけの授業は流行らない。
しかし、かつてあの林竹二氏が実践したように、教師の説明だけの授業でも、生徒の内面を大きく揺さぶることはできる。

それならば、何のために質問するのか。
最も大きな目的は、「発話思考」である。
頭の中で理解したことを、口に出して説明することによって、スキーマを確認することができる。
また、生徒に考える時間を与えるためでもある。
質問のタイミングによって目的も変わってくる。

文章を読ませる前に、質問を提示しておく場合。
これは、先行オーガナイザーの役割をする。
これから何を学習するのかをあらかじめ与えておくことによって、効率よく文章を読むことができる。
生徒の既有スキーマを活性化させ、答えを予測させる。
生徒は予測を確かめるように文章を読んでいく。
ただし、答えにあたる部分のみに注目して文章を読むようになり、文章の全体性や表現の工夫が読みとばされる可能性がある。
この手法を取り入れたのが、仮説実験授業である。
理科でよく実践される授業形態だが、国語にも応用できる。
質問を用意して、それに対するいくつかの答えを提示し、正解を予測させる。
授業で読解しながら正解に至るプロセスを考える。

文章を読ませた後で、質問する場合。
これは、スキーマの修正を促進する役割をする。
生徒はまず自分のスキーマで文章を読む。
いくつかの質問について考えることによって、自分の「読み」を揺さぶられる。(思わぬ質問自体に揺さぶられることもあるだろう。)
自分の「読み」と一致していれば、スキーマを補強することになる。
自分の「読み」と一致していないが、その答えが納得できればスキーマを修正することになる。


要約させる 〜「読み」の方略 7〜

文章を読んだ後で、○○字以内で要約しなさい。
オーソドックスな手法である。
それだけに古くさい、ありきたりだと言う理由で敬遠されることもある。(と言うか、僕自身敬遠してきた。)
ところが、要約こそ、スキーマの補強や修正に最も大きな役割を果たす。
本文中の言葉を使うにせよ、キーワードを探し、つなげるのは、独自の作業である。
その文章のどこが大切だと考えるのか、その関連性をどのように考えているのか。
要約によって、自分の「読み」を確定するのである。


今後の展開を予測させる 〜「読み」の方略 8〜

芥川の「羅生門」を授業すると、ほとんど必ずと言っていいほど、「このあと下人はどうなったか、続きを作ってみよう」という展開になる。
一つの教材を学習した後に、他の事例を考えさせたり、後続部分を予測させることはよくある。
これはスキーマの拡張の役割をする。
学習によって修正したスキーマを使わせ、自分のものにさせるのである。
これは、「読み」の最終段階である。
その予測の延長線上に、次の教材がくれば、学習の連鎖が起こり、発展的に展開していく。
単元学習とか、テーマ学習とかいうのが、これに当たる。
できれば、そういう有機的なつながりを持った教材を発掘して、構成したいものである。
そうすれば、生徒は知的な初心者として、次の教材に臨むことができる。

究極の方略は、自分は何がわかって何がわからないのかを、生徒自身が知ることである。
そして、どんな方略を選択するのか、自分で決められるようになることである。
つまり、行き着く所は、メタ認知能力を身につけさせることである。




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