国語科 現代文 研究授業  指導案
一 日時
 平成七年十一月十七日(金)第五限
二 学級
 三年七組 三十五教室
三 単元名
 コミュニケーション授業
四 単元観
 新学習指導要領の国語科改善の基本方針の一つに、「情報化などの社会の変化に主体的に対応するため、目的や意図に応じて適切に表現する能力と相手の立場や考えを適切に理解する能力の育成」がある。一言で言えば、「コミュニケーション」と言えるだろう。文字を媒介とする「書く・読む」の分野のコミュニケーションは、従来からかなり取り組みが進んでいる。『国語表現』がそれに当たる。しかし、「話す・聞く」の分野のコミュニケーションはあまり取り上げられていなかった。それが、新学習指導要領では『現代語』という科目として新たに設置された。我々の日常生活における言語活動の大部分は、「書く・読む」の分野ではなく、「話す・聞く」の分野であることからすれば、この改善は適切なものである。
 さて、今の三年生は、旧学習指導要領の最後の学年になる。『国語I』『国語II』の中にも、「話す・聞く」の分野はあったが、ほとんど取り上げずにきた。また、三年で『国語表現』を選択している生徒も、授業のウエイトは「書く・読む」に置かれているようだ。受験を控えた大切な時期ではあるが、同時に、国語の基礎・基本を学ぶ最後の時期になる生徒が大部分であるのも事実である。そこで、『現代文』の授業で、時代の要請である「話す・聞く」の分野を取り上げることにした。
 単元の目標を達成するために、大きく体験学習と理論学習に分けた。
 体験学習は、さらに二つ分けた。一つは、一人の生徒が多くの生徒に一方的に自分の考えや感想を発表するスピーチ。もう一つは、グループなどでの話し合いである。スピーチは、毎時間一人三分間で三人ずつ実施する。話し合いは、ゲームから始めて、簡単な討論、紙上討論を実施する。
 理論学習は、まず、中村雄二郎の『対話と論争』で対話や論争とは何かについて学習する。次に、実際にあった論争を学習する。題材は、アグネス・チャン&上野千鶴子VS林真理子&中野翠が、「子連れ出勤」について論争した「アグネス論争」を取り上げる。結婚や育児の問題は、生徒がいずれ体験する問題である。しかし、この問題は学校では考える機会もなく卒業する。そこで、この機会に取り上げる。
 そして、理論学習を踏まえて、再び討論をさせる。テーマは、結婚や育児や老後など人生に関する問題をとりあげる。事前に、『マイライフ』という人生において体験する様々な問題についてのアンケートを実施し、その結果などを踏まえて討論させる。
 また、時間があれば、結婚生活をテーマにした諸井薫の『「結婚」の憂鬱」という小説を読んで、具体的に考えていきたい。
1 思い出スピーチ(毎時間のはじめ十五分程度)
2 集団意志決定授業「バスは待ってくれない」(1時間)
3 主張を闘わせる授業「川を渡る女」(2時間)
4 紙上討論「ホームレス襲撃事件」(2時間)
5 評論文「対話と論争」中村雄二郎(5時間)
6 人生シュミレーション「MY LIFE」(1+2時間)
7 討論を読む「アグネス論争」(4時間)
8 討論「これからの人生」(3時間)
五 本時の教材
 討論を読む「アグネス論争」
六 教材観
 この論争は、香港から来てたどたどしい日本語で「ひなげしの花」を歌っていた十七歳だったアグネス・チャンが、子連れでテレビ局に出勤したことを、淡谷のり子が非難したことに端を発する。しかし、それだけならこれほどの論争にならなかったが、アグネスが大学の講義や講演をしていたことや、参議院で参考人として発言したことが波紋を広げることになり、さまざまな人が論争に参加した。その代表的な物をいくつか考えていく。
 中野翠のアグネス批判は、1)a)子連れ出勤を周りのものは迷惑しているはずであること、1)b)職場に託児所と言いだしたこと、1)c)アグネスの発言は清く正しく美しいが厳しさがないこと、2)d)マスコミがアグネスを働く女のリーダーに持ち上げていることである。そして、1)c)子どもは絶対的正義の聖域のイキモノになったと言うことである。
 林真理子のアグネス批判は、2)e)京都外国語大学の講演料とスタッフの数、2)d)マスコミのアグネスに対するスタンスが揺れていることに対する嫌悪感(林自身のマスコミへの僻みもある)、1)c)キレイごとの女子どもの正論への不快感である。
 アグネスの林に対する反論は、1)a)子連れ出勤を周りの人が理解してくれたこと、2)f)自分が芸能人なのか文化人なのか身分不明であることが批判の原因になっていること、1)c)女子どもの正論と言われようが、愛と平和を精一杯訴えていきたいこと、3)a)子育て法として一歳半までは一緒にいてやりたいし、子どもができても働くのは当たり前だと考えたこと、2)d)マスコミの悪用の恐ろしさである。
 林真理子のアグネス再批判は、1)c)アグネスの言うことは新興宗教と同じで反論は徒労であること、1)a)子連れ出勤に全ての人が愛情や好意を持つはずがないこと、d)マスコミのキャラクターとしてアグネスの方が有利であること、2)g)国会議員のミーハーぶり、1)b)職場に託児所を要求する女性がいないこと、2)h)アグネスは恵まれた女性であって、働く女性の代表ではないこと、1)c)自分への批判は個人攻撃と受け取ること、2)f)アグネスが芸能人と文化人、日本人と国際人を巧みに使い分けていること、2)d)日本人が国際人という言葉に弱いこと、3)i)子連れ出勤は働く人間としての自負心が許さないこと、1)c)皆いい人ですということはこの世にはないことである。 上野千鶴子のアグネス擁護は、3)i)林のプロの職業人意識が女性を抑圧していること、j)女性は横紙破りをする以外に言い分を通す方法がないこと、2)d)アグネスの要求は普通の女たちの問題でもあること、3)i)真の敵は男性であることである。
 竹内の意見はアグネスも林も批判している。3)i)林批判は女子どもを家に閉じ込めることになること、3)b)職場の託児所は通勤時の緊張と疲労から現実性がないこと、3)i)職場の託児所は男性に都合のよい良妻賢母が仕事を持つことになることである。 問題になった順番に整理すると、1)正論とは何か。アグネスは愛や平和を精一杯訴えれば正論になると主張する。林らは「女子供の正論」であり、甘くて人の批判を受け入れない独りよがりであり、全ての人に通用するわけではないと主張する。具体例としてアグネスの「子連れ出勤」が問題になった。2)アグネスとは何者か。アグネスは自分を特殊な立場の女性であると認め、働く女性の代表であるとは言っていないのに、マスコミがリーダーとして持ち上げる。そこには、アグネスが芸能人か文化人か不明であること、国際人であることが原因としてある。国際人という言葉に弱い日本人の問題がここにある。3)子育てと男女差別の問題。「子連れ出勤」が話題になりながら、周辺をうろついていたが、いよいよ本題に入る。これは上野や竹内の参戦によってようやくクローズアップされる。アグネスの育児観や職場に託児所をという考えや林らの批判は、周囲の人の理解の有無ではない。林らの意見は、女性の男性化、強者の論理である。弱い立場の女や子供を抑圧する。しかし、アグネスの意見も、子育てを女性が全面的に引き受けることを前提としているのである。
七 生徒観    指導クラスはI類一般系で、多様進路の生徒が集まっている。特に七組は就職希望者が多い。学習意欲は低い。彼らにとって、この時期の教材の条件は、面白いか面白くないかであるが、そう面白い教材があるわけではない。とすれば、これからの人生で必要な問題について考えることではないだろうか。
 生徒が実際の論争を読むのは始めてだろう。教科書では、殆どの場合、一人の作家の一つの作品を読む。参考資料として、同じ作家の作品を読んだりすることはあっても、対立する意見を、学習することは滅多にないだろう。また、教科書の教材は、格式があるというのか学術的というか、実際の言語生活から離れているものが多い(何を基準にして教材が選ばれるのか、甚だ疑問でもある)。このような「下世話」なものは扱わない。しかし、アグネス論争が孕んでいる「正論とは何か」「国際人に弱い日本人」「子育てと男女差別」の問題は、これから社会で生きていく生徒たちが必ずぶつかる実際的な問題である。こうした論争をこそ、教材として生徒に考えさせていきたい。
八 指導観
 問題点は三つに絞られたのであるが、論争の流れを追いながら、問題点がどのように推移していったのかを捉え、個々の問題について掘り下げて考えさせたい。
 まず、概要を説明し、一人一人の意見についてポイントを抑え、誰のどの意見についての反論か、その理由は何か、またどんな感情や思惑が潜んでいるか、論法の術としてどんなテクニックが使われているかを考えていく。 とはいえ、教科書に採用されているような奥の深い(?)文章ではないので、一読すればすぐにわかるか、感情的に書かれていて何が書いてあるかわからないか、ということが起こる不安はある。しかし、それも「生きた」文章を読むスリルと割り切って、生徒と一緒にいろいろな壁にぶち当たっていこう。
 そして、学んだことを、実際の討論に生かしていけるようにしたい。
九 教材の目標
 1 実際の論争を読み、どのように展開するのか、相手の意見のどの点に対立点を求めるのか、相手の意見をどのように否定し自分の意見を主張していくのか、その妥当性を考える。
 2 正論とは何か、アグネスとは何者か、子育てと男女差別の問題について考える。
十 本時の授業
 四時間の内の一時間目
十一 本時の目標
 1 スピーチによって、人前で自分の意見を主張する経験を積む。
 2 接続語などに注意して、段落に分けたり、要点をまとめる。
 3.論点を明確に把握する。
十二 本時の展開

(分) 教師の意図・留意点             教師の活動(指示・発問)    生徒の活動
導入I(13) 1)授業の開始の挨拶をする。
2)出席確認をする。            3)研究授業で、参観者が多く、発表する生徒は緊張するだろうが、これも巡り合わせと諦めてもらって、平常どおり進行する。ただし、後の授業を見てもらうために2人にする。
1)号令を指示する。      2)座席表を見て、空席をチェックする。            3)「思い出スピーチ」の進行をする。
 1)感想の用紙を配布する。
 2)発表者を指名する。
 3)時間を計る。
1)号令をかける。
3)二人がスピーチをする。   聞き手は、話し方と内容を五段階で評価し、感想を書く。 
導入II(10) 1)時間が省けるように、裏表印刷をし、半分に折って冊子の体裁にしておく。
2)〜5)いきなりテープを聞かせて関心を引く。アグネスや林真理子を生徒がどれだけ知っているのか、そのイメージを確認しておく。アグネスは知っている生徒がいるかもしれないが、林真理子を読んでいる生徒は少ないだろう。テープや似顔絵にイメージは偏ったものになるだろうが、この論争を受け止める世間のイメージも似たようなものであった。
6)教材の対象を説明する。

7)論争の全体像を把握する。
1)教材を配布する。
2)アグネスの「ひなげしの花」のテープを聞かせ、誰の何という曲か質問する。
3)アグネスについて、知っていることを話させる。
4)林真理子についても同じ。
5)林真理子の似顔絵を書く。
6)「この二人が中心になった論争を学習する」
7)論争の経過を読みながら、補足説明をする。
2)アグネス・チャンの「ひなげしの花」

3)歌手・香港出身・曲名など。4)作家など
5)不細工なイメージを抱くだろう。
7)論争の展開の概要を理解する
展開I(10) 中野翠「電気じかけのペーパームーン」
1)目的をもって聞くように、予め柱の数が三つあるなど具体的な指示を与えておく。

2)教材を提示する。
3)中野の意見のポイントを把握する。ポイントは三つである。順番は問わない。その件についてどう思っているのかまで答えさせる。接続語などのヒントを与えて、考える補助をする。1)は子連れ出勤と職場に託児所を一括りにする。4)中野がアグネスに嫌悪感を抱く根底的な理由を考える。
1)「中野の意見には、三つの柱がある。そこに線を引きながら聞きなさい」
2)生徒を指名して音読させる。 3)線を引いた要点を発表させ、板書していく。
1)「『さらに』という接続語に注意する」

2)「『べつにアグネスの個人攻撃をするつもりはない』と方向を変えている」
3)「『それでようやく』と結論的な表現をしている」
4)「中野はなぜアグネスの『職場に託児所を』という要求を快く思っていないのか?」
1)聞く姿勢と観点を準備する。
2)立って音読する。
3)1)「アグネスがテレビ局に赤ん坊を連れてきたことに嫌悪感を抱く。」
「職場に託児所をと考えていることに驚いた。」   2)「マスコミが彼女を働く女のリーダーに祭り上げていることが恥ずかしい」
3)「子どもは絶対的正義であるとさとった」
4)「アグネスの発言には厳しさが感じられないから」

展開II(12) 林真理子「今日も思い出し笑い」
1)目的をもって聞くように、予め具体的な指示を与えておく。
2)教材を提示する。
3)林の意見のポイントを把握する。ポイントは三つある。それぞれの段落に分けることによって把握しやすくする。段落を分ける学習にもなる。第二段は内容の変り目、第三段は「最後に」がヒントになる。
4)第一段は「アグネスの講演の対する驚き」。まとまった部分を抜き出すのは難しいが、林が「週刊朝日」の記事のどの点に驚いたのか、講演に行く人数と講演料の多さであることに気づかせる。また、なぜ人数と料金に驚いたのか、林のやり方と僻みについても説明できれば触れる。
 第二段は「ジャーナリストの姿勢が揺れたことへの嫌悪」。まず「ジャーナリストとしての姿勢」という答えが予想されるが、さらにどんな姿勢かを考えさせる。また、揺れた内容についても、引用記事から確認する。
 第三段は「『女子どもの正論』にうっとおしさを感じる」。二重括弧が付いているので見つけやすいだろうが、主語まで答えさせる。また、それに反対するとどう思われるか、それにうっとおしさを感じる林の感覚についても触れる。                    

1)「林の意見を三段落に分けるように」
2)生徒を指名して音読させる。 3)段落の切れ目とその理由を質問する。


4)各段落の要点を質問する。
第一段            1)「林は『週刊朝日』の記事をなぜ『手の込んだジョーク』と考えたのか?」          2)「なぜ不満を抱くのか?」  3)「この感情は何と言えばいいのか?」            第二段
4)「第二段の要旨は?」
5)「今回はどんな姿勢だったのか? そのことに対してどんな感情を抱いているのか?」
6)「このあたりの書き方にも『僻み』が感じられる。
第三段
7)「第三段の要旨は?」
8)「それに対してどんな感情を抱いているか?」

1)聞く姿勢と観点を準備する。
2)立って音読する。
3)1)はじめ〜5上6
2)5上7〜5下4
3)5下5〜おわり


4)第一段
1)「四人ででかけて百万円という数字も異常である」

2)「仕事は一人ですることだと思っている」        「自分でさえ彼女の何分の一の金額しかもらっていない」
3)「僻み」


4)「ジャーナリストとしての姿勢」
5)「スタンスが揺れた」
「嫌悪の情を禁じえない」
7)「『女子どもの正論」
8)「うっとおしさを感じる」
まとめ(4) 中野と林の意見を整理する。
 中野の「マスコミが彼女を働く女のリーダーに祭り上げていることが恥ずかしい」と、林の「ジャーナリストの姿勢が揺れたことへの嫌悪」は、「マスコミの姿勢」で一致。
 中野の「子どもは絶対的正義であるとさとった」と、林の「『女子どもの正論』にうっとおしさを感じる」は、「女子どもの正論」で一致 中野の「子連れ出勤と職場の託児所要求」と、林の「講演」は独自の視点であり、合計四つの問題点に整理できる。用語の整理をして、アグネスの反論とかみ合わせる。
1)「中野のアグネス批判と林のアグネス批判を比べて、問題点を整理しよう。中野と林で共通するのはどれか」
2)2)を『マスコミの姿勢』、3)を『女子どもの正論』と名付けておく。
3)残った、中野の1)を『子連れ出勤・職場の託児所要求』、林の1)を『講演』と名付けておく。
3)この二人の批判に対してアグネスがどのように反論するか、次の時間に読むことを予告する。
1)中野の2)と林の2)。中野の3)と林の3)。
1)スピーチの感想を回収させる。2)号令をかけさせる。      1)スピーチの感想を回収する。2)号令をかける。

十二 本時の評価

 1 多くの人前で自分の意見や思いを述べられたか。
 2 「アグネス論争」について、争点を理解し、関心をもたせることができたか。
 3 論理的な読解ができたか。
 4 意見の背後にある感情や思惑が理解できたか。
 5 論争の仕方や技術を理解できたか。



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