☆本格焼酎って?
焼酎には乙類と甲類があります。これは酒税法の上で分類されているもので、その違いは蒸留法にあり。
単式蒸留機なるもので一回だけ蒸留された、アルコール分が45度以下のものを「乙類焼酎」といい、連続式蒸留機なるもので発酵させたもろみを連続的に投入することにより、蒸留される高濃度のアルコールを36度未満になるよう水で薄めたものが「甲類焼酎」という訳です。
乙類は構造上、アルコール以外のいろんな成分が含まれてしまい、それが味となり香りとなるので、原料の良し悪しや技術力などがもろに品質に影響するデリケートな焼酎です。
対して甲類の方は機械的に蒸留を繰り返すために、アルコール分95度前後の純粋なエチルアルコールとして留出され、不純物を含まないために、ほとんど無味、無臭の焼酎になるーということになります。チューハイやカクテルのベースに適している訳です。
この連続式の方は大量生産でき、効率もいいことから「新式焼酎」、対して従来の単式の焼酎は「旧式焼酎」と称されていたのですが、戦後「甲類」と「乙類」に分類されました。ところが昔の通信簿の評価が「甲、乙、丙〜」だったことなどから、「格付けされたような誤解を招く」という業界の要望があり、昭和46年から「乙類焼酎」を「本格焼酎」と表示できるようになっています。(ちなみに甲類の方はその前に、愛称としての「ホワイトリカー」の使用を認可されています)
明治の末に生まれた、いわば新参者に対して、乙類の方は500年もの歴史があったわけで「本家本元」、「本格的」な、という意味合いが込められたのでしょう。

☆酒の分類って?
酒はその製造方法から醸造酒、蒸留酒、混成酒の3タイプに分類できます。
「醸造酒」は清酒、ビール、ワインなどに代表されるように穀物や果実の糖質原料を発酵させ、糖分をアルコールに変えた酒。その発酵法は東洋と西洋で異なり、清酒や中国の紹興酒(シャオシンチュウ; その古酒はご存知、老酒(ラオチュウ)です)などの東洋の方は、原料の仕込み濃度を高くすることができるため、アルコール度数も20度近くまでになるのに対して、ビールやワインなどは仕込み濃度に限界があるためにそれほど高くはなりません。また原料から酒をつくる場合の糖化剤として、東洋では麹を、西洋では麦芽を使うために東洋は「カビ文化圏」、対して西洋の方は「麦芽文化圏」とも呼ばれています。
「混成酒」は醸造酒や蒸留酒に果実や砂糖などを漬け込み、その成分を浸出させてつくるものでリキュールといいます。焼酎に梅の実を漬けてつくる梅酒などがそれです。
そして「蒸留酒」は醸造酒を蒸留することによって得られるアルコール度数の高い酒のこと。ビールからつくるウイスキー、ワインからつくるブランデー、清酒からつくる焼酎などのことです。「えっ、焼酎って清酒からつくられるの?」って声が聞こえてきそうですが、また次回に‥。

☆蒸留酒って?
普通の気圧(常圧)下で水を熱すると100度で沸騰します。つまり、水の沸点は100度。同様にエチルアルコールの沸点は78度で水より低い。そこで酒の主成分のアルコール水溶液を加熱していくと、沸点の低いアルコールが先に蒸気となり、水はわずかながら蒸気となる。この蒸気を冷却して再び液体にすると初めの水溶液より濃度の高い溶液が得られる。この原理を酒類のアルコール発酵醪(もろみ)に用いて得られたのが蒸留酒ということです。
このようなアルコール度数の高さは、長期間の熟成を可能にするばかりでなく、寒冷地での凍結防止や医薬用に活用できるなどの利点があります。
尚、ウイスキーやブランデーのように色のついたものを濃色蒸留酒(ダーカー・スピリッツ)と呼び、焼酎やウォッカ、白色ラム、ジンなどのように無色透明なものを白色蒸留酒(ホワイト・スピリッツ)と呼んでいます。
ところで余談ながらウイスキーやブランデーも最初は無色透明だったそうです。酒は古今東西問わず、密造酒が生まれる土壌はあったようで、ウイスキーを隠すためにシェリーの空樽につめ、何年か後に開けたら、思いもかけぬ色と香りがついていたーというようなことから誕生したのだそうです。もっとも世界の蒸留酒に成長したのは連続蒸留機の発明後で、小麦やとうもろこしなどからつくられるライトなものと3年以上貯蔵のモルトウイスキー(原酒)とをブレンドすることによっていろいろな有名ブランドのスコッチが生まれるようになった次第です。

☆本格焼酎の味と香りT
本格焼酎をつくるのに使われる単式蒸留機はもろみを入れる蒸留釜とアルコール蒸気を冷却する冷却機、それらをつなぐパイプからなるシンプルなものです。
蒸留釜のもろみを加熱するとアルコール蒸気が発生します。この蒸気にはいろいろな芳香成分が混ざっている訳です。つまり、いも焼酎にはさつまいもの、黒糖焼酎には黒糖の、といった具合です。香りにはその他にも麹菌や酵母など微生物がつくる香りや蒸留中につくられる香り、そして貯蔵熟成中につくられるものもあります。樫樽貯蔵がそれです。
一回の蒸留が終わる度に粕(かす)を取り除き新しいもろみを入れて再び蒸留を繰り返す単式蒸留では、初めに留出する液は「初(はな)垂れ」と呼び、アルコール分は高い。中間は「本垂れ」、最後を「末(すえ)垂れ」と呼んでいます。この末垂れには特有の臭いもあり、またアルコール分も低い。蒸留の管理(蒸気圧、もろみ量、末垂れを止めるタイミングなど)次第で原酒のアルコール分の度合いはもちろん、風味、酸味、コクといったものが異なってしまうーという訳です。
その他にも蒸留機の様式や形状によっても味は違ってきます。昔ながらの木桶蒸留機では木の香りが移ったりすると言われています。(といっても、樫樽貯蔵のように強いものではありませんが‥)

☆本格焼酎の味と香りU
本格焼酎の蒸留方法には常圧で行うものと減圧で行うものがあります。たとえば海抜3776mの富士山山頂では気圧が0.6気圧と低いために、水は87度位で沸騰します。つまり圧力が低下すると沸点も低くなるという原理を応用したのが減圧蒸留という訳です。
この方法によりもろみを40〜50度で蒸留すると高沸点成分の含量が少なくなる。この高沸点成分は、原料の特性である香味成分に富んでいるため、減圧蒸留したものは香味の軽い、クセのないものになるという訳です。個性を打ち出しにくいタイプとも言えます。米焼酎や麦焼酎の多くがこの方法で蒸留されているのに対して、イモ焼酎の世界では主流ではありません。

☆本格焼酎の種類
さて一口に本格焼酎といってもさまざまな種類があります。
大まかに分ければ、米焼酎、麦焼酎、そば焼酎、黒糖焼酎、芋焼酎、そして泡盛となります。泡盛を除いたこれらの焼酎は一次仕込みの工程で、酒母である醪(もろみ)を造り、さらに二次仕込みでそれぞれの原料を加えて二次醪を造る、という点で共通しています。この二次仕込みの原料として米を使うか、麦を使うかなどによってそれぞれ米焼酎や麦焼酎となるわけです。尚、泡盛は一次仕込みのみ行い、二次仕込みは行いません。水を多く使い、期間も14日前後と倍近くかけて造った醪を蒸留した焼酎になります。
以上は醪を蒸留して造るので「醪取り焼酎」とも言います。対して「粕(かす)取り焼酎」と呼ばれる本格焼酎があります。これはアルコールが含まれる酒粕を一定期間密封貯蔵し、再発酵させた後、蒸留した焼酎のことです。さらに「粕醪取り焼酎」と呼ばれる焼酎もあって、こちらは酒粕を水に溶かし、酒母を加えて醪を造り発酵させ、それを蒸留したもの。これらは清酒業者の副業的な要素を持っています。
「清酒から焼酎をつくる」というのは、この「粕取り焼酎」、「粕醪取り焼酎」のことだったわけです。

☆芋焼酎って?
という訳で芋焼酎です。二次仕込みにさつまいもを使うのでその原料の名を冠して芋焼酎と呼ぶ訳です。
もともと南九州の地酒として定着していたもので、その後、徐々に広がりをみせ始め、今日の焼酎ブームの先駆けともなった、いわば地元の特産品と言えるのですが、唯一例外の地があります。伊豆諸島です。江戸の末期に薩摩の貿易商が八丈島へ流され、伝えたと言われ、現在に至るまで島酒として造られてきています。ただ南九州の方は米麹を使うのに対して八丈島の方は麦麹を使うところが違うようです。
ところでさつまいもはデンプン含量が穀類に比べて少なく、水分が多いために腐りやすく、扱いにくい原料と言えます。そのために新鮮なさつまいもの確保と徹底した選別作業が酒質の出来具合に大きく影響を及ぼします。さつまいもの産地に近いことは言うに及ばず、仕込み時期も秋から冬の収穫時期に限定される-という訳です。
何はともあれ、サツマイモのおかげで旨い焼酎が飲める訳ですが、琉球から薩摩に持ち帰ったのは山川の漁師・前田利右衛門。「唐芋翁(からいもおんじょ)」と崇められ、徳光神社に祭られていますが、実は密航だったとか。
一方、八丈島へ流されたのは阿久根出身で問屋を営んでいた丹宗庄右衛門。こちらは密貿易を行い、幕府に発覚し、島流しされたとか。島民に焼酎つくりを教え、「さつまじい」として尊敬され、後々に「島酒之碑」が建てられた人物。
いやはや、いも焼酎の歴史にはいろんなドラマがあったようです。

☆黒糖焼酎って?
次は黒糖焼酎です。芋焼酎同様に二次仕込みに黒糖を使うことから黒糖焼酎と呼びます。
いつ頃から造られていたのか、定かではありませんが、江戸時代の書物に「砂糖せうちう(焼酎)」の言葉が記されているそうです。当時、砂糖といえば黒砂糖のことであり、「砂糖せうちう」とは、琉球(沖縄・奄美)で造られていた黒糖焼酎に他ならないといえます。そして島津藩主が献上品とするほどの黒糖焼酎は、米よりも高価だった原料を使った贅沢品でもあり、庶民にとっては高嶺の花のような存在だったようです。
財政難にあえぐ薩摩藩にとって、黒砂糖は貴重なドル箱でもあり、厳しく管理されたために、黒糖焼酎は一部上流社会のものでした。庶民の焼酎は甘藷や椎の実、蘇鉄などから造るものだったそうです。
時は流れ、アメリカ軍の占領下から奄美群島が本土復帰したのは昭和28年12月25日。現行の酒税法の基となったものが制定されたのも同じ年。その中で酒類を清酒、合成清酒、焼酎、みりん、ビール、果実酒類、ウイスキー類、スピリッツ類、リキュール類および雑酒の10種類に分類し、徴税する訳ですが、スピリッツ類の中のラムの定義が実は奄美群島で造られていた黒糖焼酎と似た造り、つまりサトウキビの搾汁や糖蜜を使い、発酵、蒸留させたものだった訳です。
同じ蒸留酒であるラムと区別するために焼酎の原料から除かれていた黒糖ですが、それまで黒糖焼酎を造っていた実績もあって、奄美群島に限り特例として認められました。ただし、米麹を使うことが条件として付けられました。
糖化の必要がない黒糖での焼酎造りに、敢えて米麹の使用を義務づけたのは「ラムと区別する必要がある」、「麹菌で生産されるクエン酸により、有害菌の繁殖を抑え、健全な発酵を期す」などの理由からだったそうです。
尚、戦時下の米不足から、奄美群島同様に、黒糖産地である沖縄の宮古諸島や八重山諸島でも黒糖焼酎は造られていたそうですが、本土復帰したのは奄美より19年後のこと。その頃になると米で造る泡盛が回復し、黒糖焼酎はわずかだったために沖縄では特例が認められなかったそうです。
