

焼酎のラベルに原材料として書いてある「米麹(こうじ)」-。
焼酎造りの中の製麹(せいぎく)工程で造られるものです。蒸し上がった米に粉状の麹菌(種麹)をまんべんなくまぶし、麹室(むろ)で培養させます。このとき、大量のクエン酸が生成され、一次もろみ中での雑菌の侵入を防ぐ役目もしています。自動製麹機が普及している一方で、昔ながらの手作業で造る蔵も増えています。
この麹菌の持つアミラーゼという酵素が、米のデンプン質を糖に変え、その糖を酵母がアルコールと炭酸ガスに分解するわけですが、このように一つの容器内で糖化と発酵が同時に並行して行われる型式を並行複発酵といいます。尚、ぶどうから造るワインなどは、もともと糖分を含んでいるために、糖化の必要はなく、発酵工程のみでよいことになり、こちらは単発酵といいます。
焼酎を造る上で、縁の下の力持ち的存在の「種麹」-。その種類は黄麹、黒麹、白麹の3種類-。もともと焼酎造りは、黄麹菌と蒸したカンショ(いも)をカメ壷の中に放置して、自然にわきたつのを待つ「どんぶり仕込み」だったのですが、酒母(しゅぼ)とも呼ばれる「一次もろみ」をまず造った後にカンショを加え、本発酵させる「二次仕込み」方式へと移行していったのが、明治30〜40年代のことです。暑い日が続いたりすると、酸敗が起こり、歩留まりも悪くなるために蔵元や杜氏は頭を悩ませた、といいます。
種麹
そんな中、大阪高等工業学校(現大阪大学)醸造科を卒業し、鹿児島税務監督局の鑑定官として赴任していた河内源一郎は酸敗防止策を相談されます。そして河内が着目したのが、沖縄の泡盛で使われている黒麹菌だったのです。鹿児島より温暖な沖縄で年間を通して活躍している菌-。河内は実験や研究を重ね、泡盛黒麹菌の純粋培養に至りました。
黄麹菌で造るのに比べて、黒麹菌の焼酎造りはクエン酸が生成されるために、造りやすい上に、収量も格段に向上したといいます。味の方は辛口でしたが、監督局の転換奨励などもあり、急速に普及していきます。また、河内は培養に工夫を凝らし、より”パワー”のある菌を造るのに躍起になったといいます。
その後、培養中の食パンに淡褐色になった個所を発見します。分離して使ってみると、華やかで甘い焼酎ができたといいます。これが河内白麹菌です。学会に「突然変異でできた。麹菌は変異する」と発表しましたが、誰も信じようとしなかったそうです。大阪高等工業学校の後輩で京都大学教授の北原覚雄がこの河内説を立証したのは、くしくも当人が亡くなった年のことでした。「アスペルギウス・カワチ・キタハラ」という学名が付いたそうです。
さて白麹菌を発見以来、河内は自ら種麹を製造、販売しようと退官し、「河内源一郎商店」を設立します。役所という枠にとらわれずに自由に研究したいという気持ちが強かったのでしょう。
黒麹菌は肺の中まで黒くなると言われるほど作業性は悪かったのですが、黄麹から黒麹に変わり、安定操業している業界の白麹への反応は鈍かったといいます。優れた麹だったのですが‥。
しかし、その後わずか3年ほどで急速に普及していきます。「嗜好の変化が大きい」と背景を指摘するのは、河内商店の後を継いだ山元正明社長。ある黒瀬杜氏も「味がきつい黒は飽きられがち」と振り返っているようです。
そして河内が半生をささげた白麹は、娘婿に当たる山元が昭和26年から10年かけて開発した「河内式ドラム型自動製麹装置」と歩調を合わせるようにして広まっていき、ごく一部を除いて、県内の焼酎工場で使われる麹は白一色に変わっていくことになります。世界貿易機構(WTO)勧告による税率格差是正という不条理な税率のアップや、より多彩なニーズに対応した付加価値の高い焼酎造り-などの要因もあり、黒麹のみならず黄麹造りの復活など、最近は麹一つ取ってみても多様化が一段と進む状況にありますが、「有用微生物のすばらしい働きを借りている」麹造りはおろそかにできないものですし、その姿は変わることはないでしょう。
卵黄チーズ
ところで鹿児島市内にある河内源一郎商店は、現在、国内の乙類焼酎用の8割のシェアを持つ種麹の店ですが、焼酎用とは別に、研究する間に発見したおもしろい性質を持つ麹菌約1000種類の中からおよそ30種を使って作った食品類も「麹の館」で取り扱っています。たとえば卵白をかまぼこ風に仕上げた「卵白かまぼこ」はつなぎの保存料を一切使わずに、卵白を固める麹菌を使ったもの。麹菌はでんぷん質を糖分に分解するアミラーゼ、タンパク質をアミノ酸に分解するプロテアーゼ、脂肪を分解するリパーゼの3大消化酵素を豊富に含むため、薬品を使わずに食品加工できるんだそうです。添加物を使えば簡単に出来あがりますが、麹菌を使うことで天然の旨味が引き出され、体にやさしい食品になる-というわけです。この他に、疲れたときにできる乳酸を分解し、また過剰脂肪をも分解してくれるクエン酸と、さつまいもの一種であるアヤムラサキで作った「紅酢」などもありますが、何といってもハマってしまったのが「千寿豆」-。植物性タンパク質の豊富な大豆に、最適な麹菌を付着させ、生育させたものです。歯ごたえがあり、噛めば噛むほど深みの出る味で、焼酎のつまみにもぴったりです。
千寿豆
さて、味噌や醤油、焼酎や甘酒など麹の恵みを活かした食品は昔から家庭でも作られてきました。さすがに焼酎は今では造ることはできませんが、当時は旨い焼酎を造ることが、いい嫁さんの条件だったといいますから、何ともすごい花嫁修行の時代があったものです。また味噌に関しては、豚骨やさつま汁など代表的な郷土料理にも使われ、食文化を彩り豊かなものにしてきたことは言うまでもありません。その味噌ですが、鹿児島では「麦みそ」になります。大麦や裸麦が原料の麦みそは九州、中国、四国地方で主に使われています。麦の粒が残った粒みそで、麹を多く加えるために甘みと麦独特の香りが特徴です。国内で作られる大部分は「米みそ」になりますが、その他に名古屋みそ、八丁みそとも呼ばれる「豆みそ」もあります。これは米麹や麦麹を使わず、大豆と塩だけで作るために、家庭で作るのは難しいと言われています。尚、鹿児島の麦みそは塩分控えめに仕込むので、塩分濃度が低い分、より甘みが強いという特徴を持っています。
紅酢
「みそ作りは麹から」と言われますが、初心者でも簡単に作れるように「手づくり味噌セット」なるものも「麹の館」で取り扱っています。自分で作ったみそはおいしいと思います。何といっても「手前みそ」ですから‥。
麹を使った味噌や醤油、焼酎などは保存料を添加しなくても、貯蔵による熟成が進み、おいしくなると言われています。また、”生き物”である味噌に関して、「みそ汁は沸騰させてはダメ、具に十分火が通ってからみそを入れる」という教えは味噌に含まれる3大消化酵素を生きたまま取り込むために言われてきたことです。事実これらの酵素は高温では破壊されてしまう-という理にかなったことでもあるわけです。お腹の調子が思わしくないときに「生みそをなめれば大丈夫」と昔、言われたことも、味噌の有用微生物が腸内でいい細菌を育て、治してくれる-ということを生活の知恵として知っていたからなんですね。
西洋の麦芽文化圏に対して東洋はカビ文化圏と言われます。麹菌は日本麹カビと呼ばれる独特の有用微生物。昔の人たちは稲穂に生えた麹菌を利用して味噌や醤油を作ったと言われています。このように麹を使って発酵させる方法は、独自の文化と言えるでしょう。その恵みで旨い焼酎も飲めるわけですから、まさに麹さまサマです。
さて、今宵も千寿豆をつまみながら、いも焼酎でだいやめといきますか。麹を育んだ稲穂の国に生きる恵みに感謝しながら‥。(敬省略)