懐かしい思いがした。  
友人宅で、お茶を飲んだ時、  
お茶の香りに、きっぱりとした冬の寒さを思い出した。  
どんな寒い冬の日でも、祖母は玄関を毎日水で洗い流し、  
いつも清清しく保っていた。  
開け放され、冷たくも爽やかな空気で満たされた祖母の家。  
そして、玄関には水仙の花が生けられている。  
水仙の香りは、厳しい寒さに似合っていた。  
今でも、寒い日には今はもう無い祖母の家と、  
それからほどなくして亡くなった祖母のことを思い出す。  
あの厳格にして清らかな寒さを。  
 
なぜ突然思い出したのだろう。  
あたたかな友人の部屋で首をかしげた。  
この懐かしさはどこからやってきたのか。  
友人の部屋は非常にシンプルで、迷いの無い部屋だった。  
10年近く会ってなかったかもしれない。  
見た目にはほとんど変らない彼女も、  
学生の頃とは全く違う大人の女性になっている。  
色んな事をとりとめもなく考えながら、  
やっと、得心。  
 
それは、お茶の香りだった。  
友人に聞けば、それは「茶王」というのだそうだ。  
かすかに、冬の水仙の残り香があった。  
水仙が、祖母の思い出を呼び起こしたのだった。  
そういう話をすると、友人は首をかしげ、  
水仙の香りはしないが、ちょっと薬臭くはあるといった。  
高麗ニンジンをブレンドしているらしい。  
かすかな薬臭さが、祖母を連想させるのかもしれない。  
祖母の部屋の薬の匂い。  
それに混じる水仙の香り。  
冬の寒い日、水仙が庭で咲く。  
水を打った後の玄関。  
寒いけれど、暖かな太陽。  
一杯のお茶の向こうに、懐かしいさまざまなものが見え隠れする。  
心ゆたかな子供の頃。  
 
友人は「茶王」を台湾で買ったという。  
あまりに美味しいお茶だったので、  
調べるて見ると横浜と神戸の中華街に支店があることが分かったそうだ。  
後日、私は神戸のお店に「茶王」を買いに行った。  
友人に詳しく聞いていなかったので、  
6種類の「茶王」の中で、友人宅で飲んだお茶を見つけるのは難しかった。  
考えた末に買ったお茶は、確かに美味しかったのだが、  
あの時のように、水仙の香りは、  
あるいは大切な思い出の香りはしてこなかった。  
 
けれど、思い出を目の当たりにするというのは  
幻でも見るようなそんな数奇な偶然だと思うから、  
それでよかったのかもしれないなあと。  
残念ではあるけれど、その一方では、  
得がたい一瞬の魔法に触れられたことで、 
より幸せが深まったように思えるのだ。  (シィアル) 
 
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