*- ねこ物語 -*


 

「冷食店の招き猫」
─目撃者:猫八さん─

 私は見た!アイスクリームを売る猫を。
場所は中国天津です。アイス、結構売れてました。

 発見したのは、98年の5月ごろです。夏至が近づき、夜8時を過ぎても
まだ夕方みたいな街を、ブラブラしていた時です。
 前方にアイスクリームを売っている店があったのですが、アイスの冷凍
ケースの上面ガラス部分に寝っころがっている猫が見えました。
一緒に街に出ていた先輩におしえようと、指差しながら
「あ、あそこ見て…」
猫がいる、と私が言い終わらないうちに、先輩は
「可愛ゆぅーーいーーぃーーぃ??」
 と、語尾にドップラー効果がかかるほどの勢いで走って行ってしまい
ました。そして寝そべっているトラネコを抱き上げ、むにゅむにゅ撫で
回したり、頬擦りしたり。猫の方は、注がれる愛情に、なされるがまま。

 そうこうしていると、店の奥からオヤジが出てきました。
「没票、買票!」と、バス車掌の決り文句(「切符買え」)を言い始めた
のですが、先輩は何にも耳に入らない状態。私は「行きましょう」とも
言えず、その店で売っているアイスなどを買って、時間引き延ばし工作
をしていました。

 この事が有ってから、先輩は仕事が少し早く終わると、私を連れて
出掛けるようになりました。で、この猫の居る店へ行くのです。先輩は、
すたたっとアイスの冷凍ケースに近寄ると、寝そべっている猫を抱き上げ、
「まー、みぃこ(彼女も猫は須く「みぃこ」の人でした。)、こんなところに
寝ていたらアイスが買えないわぁ。」
 などと、ワザとらしく言いながら、私の方を見ます。 私は、これまた
ワザとらしく「どれが善いかなぁ…。」
 と、時間をかけながらアイスを選ぶのです。

 しかし、そうしていると、奥からオヤジがまた出てきて、「冷凍庫を早く
閉めないと、アイスが溶けるだろ!」などと嫌味を言う訳ですが、これを
聞かされるのもまた私の役目。「先輩も食べますか。」とか言いながら、
閉めかけた扉をもう1度開けて、また時間稼ぎ。
 で、「アイスを食べながら行くのも良いけど、ここで食べてからにしま
しょうか?」なんて、またまたワザとらしく言いながら、ウベアイスを
ワシワシ掻き込む。「先輩も食べないと、溶けちゃいますよー。」と、
私は婉曲に「猫はそれぐらいにして」と言う意味を込めながら先輩を
見るのですが、「それあげる。食べて良いよ。」と、先輩は無情な一言。
「うへぇ、ビールの前にアイス2個ぉぉ。」と思いながらも、時間稼ぎの為、
私はまたワシワシと掻き込む。

 私が食べ終わると、また嫌味なオヤジが出てくるので、その頃になると、
先輩も「みぃこ、バイバイ。また来るね。」と、トラネコに挨拶をしています。

 この様にして、私は一夏中、トラネコの店に通い続けました。
なぜ夏の間だけか、と言うと、冬になるとこのトラネコは店の奥に
引っ込んでしまったのです。
 夏の間、店の中で一番涼しい場所、それはアイスを売る冷凍ケースの
ガラスの上、ですね。  

 

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