*-不思議なねこ話-*


 
 

黒い首飾り消失事件

 私が実家を訪れた時、母は如何にも腑に落ちないと
いった表情で台所に佇んで居た。
何かあったのかと問う私に、彼女は広いステンレスの
流しを示す。
何の変哲もない流しの真ん中に大きな丸い口が開いて
いて、わずかに料理屑が溜まっているのが見える。
排水溝に嵌め込まれたゴミ受けかごである。
これといって不審な点は見受けられないが、何処かが
通常とは異なっている。
普通はゴミ受けの中身などは見えないものだ。
蓋が──無い。

 ここの排水蓋は黒い厚手のゴムがはなびらのように
輪に付いているタイプである。それが、午後から
見当たらないのだという。通いの家政婦さんが洗って
干してくれているのではないか、と言ってみたが、
彼女は昼から買い出しに行ってまだ戻って来ていない
のだ。他にこの時間台所に出入りする者は無い。

 しかし、困惑しながらコーヒーを飲んでいた我々の
もとに、ほどなく重要な目撃証言が寄せられるのである。
目撃したのは買い物から戻って来たくだんの家政婦さん
で、彼女も母に負けず劣らず訳が判らない、といった
表情で話し出したのだ。
「今、通りの向う側にいつものクロを見かけたんです
けど‥」
クロは家の敷地内を頻繁に出入りしている常連野良猫の
若手である。
「クロがどうしたの?」
言葉を切って考え込む彼女に、私は先を続けるよう促した。
「首に、なんだか黒い大きな丸い輪っかを嵌めて歩いて
いたんです‥」

 我々がコーヒーに噎せながらも、この証言を元に、
餌を漁るためにゴミ受けに首を突っ込んで、そのまま
ゴムの蓋を首に嵌めて持ち去ってしまった窃盗犯猫の
追跡捜査に直ちに踏み切ったのは言うまでもない。
 

(報告:なるしあ記者) 


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