「お嬢様の夏のスポーツ」の巻
─報告者:ましろさん─
キキは箱入りお嬢様猫である。
誰かさんのようにほんとに匣にみつしりになっているわけではないが、
家から外に出ることは禁じられているのだ。
なぜって「変な虫がついたら困るざます」とロッテンマイヤー先生ならぬうちの母が言うからである。
窓の外に飛び交う雀や鳩を見ては「追っかけたい!」と独り言をつぶやくキキであった。
だんだんイライラがつのってくると、家族に八つ当たりをしてうさばらし。
目があっただけで踵をかじる。そばに来ただけで噛み付く。いわゆる家庭内暴力である。
ニャニャ姐さんは「ちょっかい出したら倍返しやで」とにらみをきかせているので素
知らぬ顔で無視しているが、当たられる人間はたまらない。
なんとかストレス解消法を見つけてやらないと・・・。でも外へは出せないし。
そんなある夏の夜、玄関の明かりに引かれてセミが迷い込んできた。
ジジジジ・・・と騒がしく鳴きながらめちゃめちゃに室内を飛び回る。
聞きなれない音に不審な顔で寄ってきたキキの目の色が変わったかと思うと続くのは
サーカスか雑技団か運動会かという大騒ぎ。
大興奮のあまりに全身の毛が逆立って体が2割増しの大きさになって、しばらくはあ
らゆる刺激にピリピリしていたものだ。
この様子を見て「そうか!セミか!」と立ち上ったのはこの家の当主。
次の日さっそく捕虫網を買ってきて、庭へ繰り出す。数分後、網の中で騒ぎ回る虫を
携えて戻ってくると、階上で寝ていたはずのキキが飛んできた。
「よーし、いまやるからなー。・・・そらっ!」セミを放すのと同時に戦闘開始。
はじめはなかなか捕まえられないが、蝉の動きを読むのも、次第にコツがつかめてく
る。2匹、3匹と回数を重ねると、捕まえるのも簡単になり・・・
「すぐ捕まっちゃうのよねー、これ。つまんなーい。もっとイキのいいのがほしいの」
家の当主もキキにとってはただの「セミを持ってきてくれる下僕」である。
網を手にとったとたんに「あら!とってきてくれるのね」と分かるようになってきて
しまった。
期待に満ちた目で見つめられると、張り切ってしまう親ばかぶりである。
帰省してきた息子J氏に得意げに語る当主。
「蝉取りといってもなあ、なかなかムズ
カシイのだ。父さんしかこんなに捕まえられないだろうな」
「ふうん・・・」とおもむろに捕虫網を手に取る長男J氏。てくてくと外に出て行
き、数分もしないうちに戻ってくる。
「・・・別にコツもなにもないんちゃう?」網には蝉が二匹入っていた。
ガラガラガラ(オヤジの権威の崩れ去る音)でもそれしきでヘコむ当主ではない。
「それはゴロゼミ(メス=鳴かない)だろ。それではいかんのだ。鳴くやつじゃない
とキキは喜ばんのだぞ」
長男J氏曰く「オヤジ、往生際悪すぎ」
(おわり)