たんぽぽのコーヒー



   はじめて「たんぽぽコーヒー」を飲んだのは、入学した年の大学祭での事でした。 ふらふらしていたところを生物部の展示の番をしていた友人に見つかって、いきなり壁のパネルの下にひっぱりこまれた私は、半透明のプラスチックカップを渡されました。カップには、正体不明の透き通った茶色の熱い液体が入っています。展示用に割り当てられた広い教室は閑古鳥の観察が出来る有り様。
「たんぽぽの根っこを煎って作ったコーヒー。大丈夫だよ、飲んで。」
そう言われてもその当時はまだハーブがそんなに一般的ではない頃で、たんぽぽの根っこなんてどう考えても民間薬か代用品、香ばしくはありますが、色も薄いしコーヒーの香りはしません。
「どう?」
「…お茶だよ、これ。不味くはないけど、コーヒーというのには無理がある。“たんぽぽ茶”なら正しいと思う。」
「うん…。薄いのかな。」
彼女達不屈の部員が寝袋持参で撮った高尾山のムササビの、フラッシュにぶれた滑空写真を眺めながら、ぼんやり戴いた憶えがあります。

 たんぽぽがビタミン・ミネラルの豊富な有用植物だと知ったのは、たんぽぽの葉の天ぷらだの、ダンディライオンのサラダだの、お店のメニューに見かけるようになってからです。
子供の時読んだレイ・ブラッドベリの「たんぽぽのお酒」の効用も、それなら納得。

 「たんぽぽコーヒー」は、掘って洗ったタンポポの根を細かく切り、天火でからからに乾燥させてから、気長に煎るのだそうです。小匙1で一人前、他のハーブティーといれかたは同じ。

 時は流れて。
カフェインを含まず薬効のあるおいしいハーブティーがごく身近なものとなり、「もしかしてたんぽぽコーヒーもちゃんといれたら美味しいのかも。」と思って、先日近郊の大きなハーブガーデンに行き、メニューにあった「たんぽぽコーヒー」をたのんでみました。
 すっきりした白い陶器のソーサーに載ったカップには、やはり透き通った茶色の熱い液体。香ばしいけれどコーヒーとは違っていて、味は…ああ!あの生物部の試作品とおんなじ!彼女達は成功していたのです。
あのプラスチックカップの中の馴染みの無い液体は、立派にたんぽぽコーヒーだったのです。
 
   単なる嗜好品の類いに飽いて、健康に良い食べ物の方を
「おいしい」と感じるようになった今の時代なら、あの閑古鳥の生物部もお客がいっぱい押し掛けていることでしょう。(N)



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