洋上のコーヒー


 
  一面見渡す限りの水平線。ただ日が昇り日が沈み無為に流れ過ぎる時間。
…となれば、ここはやはり紅茶の出番なのですが、幸いにしてか、残念ながらなのか、そんな悠長にして優雅な大航海は経験したことがありません。せいぜい私が乗った事があるのは…カーフェリー。
 大きな船です。乗り物に弱い私でも、このくらい大きければ大丈夫だろうと、夕刻出航のフェリーのデッキの上で、ライトアップされた橋の下を潜ったり、岬の灯台を廻ったり、遠離る街の灯を眺めたり、なかなか楽しく過ごしていたのですが。
 外洋に出ると。来ましたねえ、大平洋の荒波が。横揺れ横揺れ、縦揺れ縦揺れ。
ローリング、ローリング、ピッチング(という詩が国語の教科書に載っていましたが。)。出先ではいつも睡眠薬として使っている乗り物酔い止めの錠剤をさっさと飲んで、すうっと意識を強制的に水面下に沈めます。
意識は水の中でも、身体は揺れを感じますから、なんだか水中で水を切って泳ぎ続けるイルカになった気分がします。波。波。波。次、大波。波。波。なんだか愉快です。私はイルカ。水を切って突き進む…。
 翌朝。薬で眠ってはいたものの、なにせ夜半まで揺られ続けていたものですから、全身ぐったり。海は何事もなかったかのように静かで、まだ低い日射しの下で銀色の円盤に収まっています。
 デッキに出て、とにかく、コーヒー。
だいたい交通機関で移動中というのは非日常的環境なのですから、穏やかに紅茶を頂くよりコーヒーで気合いを入れる方が相応しい場面が多いようです。
太陽が昇るにつれ、デッキから見える円盤が青く色付いて来ました。
 あ、船長。陸が見えます。
大都市を載せた島が近付くのを眺めながらコーヒーを飲んで、さあまた新しい町で、冒険が始まります。(N)
 


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