「はてしない物語」

者:ミヒャエル・エンデ

社:岩波書店

コメント:本を閉じたとき、この閉ざされた本の中で新しい物語が生まれていることを確かに感じた。終わることなくはてしなく物語が生まれていく。生まれた物語の一つ一つが無数の枝葉を生じ、その枝葉の物語のそれぞれが独立した物語を無数に生んでいく。一つの終わりは無数のはじまりに通じ、はじまった物語の中で、終わっていくものもある。メビウスの輪のように終わりははじまり、はじまりは終わり。物語が物語を生み、この中で語られなかった物語の語り部が私たち自身なのだと、自分自身に語るために生まれてくる物語があふれそうになるのを感じながら、確信する。想像力、それは人間の偉大な宝。この宝が人生を長くもするし、短くもする。エンデの人生は決して長かったとは言えないが、誰よりも深いものであったろう。そしてこの本の中で、無限に新しいものを生み出しつづけている、エンデの想像力という魔法は永遠なのだ。

 

「レ・ミゼラブル 百六景」

者:鹿島 茂

社:文芸春秋

コメント:文豪ヴィクトル・ユゴーの不朽の名作「Les Miserables」に、みなさんはどんな形 で接しましたか?膨大すぎる原作全てを読まなくとも、子供向けの世界名作全集や 、何度も繰りかえし作られる映画、それにキャメロン・マッキントッシュのミュー ジカル、いずれも私達に強い印象を与えてくれました。 この本は、19世紀フランスでの出版当時に原作に付けられた挿し絵を、その情景 説明とともに数多く紹介しています。世界中の人々の心を揺り動かした物語が陰影 深い版画によって鮮やかに蘇り、映画やミュージカルで得た感動が、更に更に深い ものとなります。 今度、文庫版も出ました。

 

「伝奇集」

者:ボルヘス

社:岩波文庫

コメント:盲目の図書館長、ホルヘ・ルイス・ボルヘス。 アルゼンチン国立図書館館長として九百万冊の現実の本を管理し、無限のバベルの 図書館司書として永遠の言葉を求める、現代幻想文学屈指の作家ボルヘスの代表的 短編集です。 青い縦長版の「バベルの図書館」シリーズ(国書刊行会)はボルヘスが編者となり 、イタリアで出版されたものの日本版です。割高ですが、こちらもなかなか魅力的 なラインナップ。

 

「ナルニア国物語」

者:C・S・ルイス

社:岩波書店・岩波少年文庫

コメント:初めてナルニア国へ行った日のことを、今も覚えている。小学校時代のとある晴れた午後、庭で読んでいた「ライオンと魔女」の、田舎の古い屋敷の洋服箪笥の奥の毛皮の衣装をかき分けて、アスランの国へ行く方法を知った。全7冊の壮大なファンタジーは、ナルニアの年代記の順に並んではいるのだが、やはり最初は「ライオンと魔女」からが面白いと思っている。英国で平凡な生活を送っている子供たちが王族として迎えられ、もの言う獣や魔女、妖精たちの実在する世界、ナルニア。人生の嵐をやり過ごす避難場所として、ナルニアを構築して招いてくれたルイス。復活するアスランや善と悪の戦いなど、キリスト教的世界観が根底を流れている壮大なファンタジーの王国に、今もルイスのまなざしが生き続けているのを訪れた旅人は見るだろう。現実の世界でのルイス教授とアメリカ人の恋人の運命的な出会いを描いた映画「永遠の愛に生きて」(原題のShadowlandこそはナルニア国)では、アンソニー・ホプキンズがこの英国生まれの孤高の作家の生活をかいま見せてくれる。

 

「夜の国」

者:ローレン・アイズリー

社:工作舎

コメント:眠れぬボーン・ハンター(考古学者・人類学者)にして教師、アイズリー博士の夢の 石化したもの。それがこの独創的で意思に満ちた本の、夜の姿=本来のイメージ。古 い骨と闇の世界に魅せられつづけた旅人の魂の散歩道は、雲母の光に彩られた鼓動を 人知れず打ち続ける。ソローやエマソンを継ぐナチュラリストで、20世紀のアメリ カを代表するエッセイストであり詩人であると人は言う。レイ・ブラッドベリは帯に こう書いている。「夜の国は永遠に生きつづける」と。

 

「美術館の窓から」

者:大川栄二

社:芸術新聞社

コメント:大川さんの講演を聞いたことがある。言葉は厳しくても、「愛」としか言いようのない氏の人格に不思議な感電感覚を覚えた。サラリーマンコレクターとして半生を絵の蒐集に費やした大川さんは、新しい美術館でコレクションをプロデュースしたり、夭折の画家を復権させたりと、コレクターの憧れ的存在。現在は桐生市の大川美術館で館長を務めている。絵の見方は絵との会話から始まる…、絵の価値は画家の魂そのものにあるのだと知った。

 

「ナイン・テイラーズ」

者:ドロシー・L・セイヤーズ

社:創元推理文庫

沼沢地方の小さな村に聳え立つ聖堂。華麗に、陰鬱に、響き渡る鐘。 重厚な世界と軽妙な人物描写、クリスティと並び称せられる英国探偵小説の女王、 セイヤーズの名作。ピーター・ウイムジィ卿のお伴をして、ちょっとした飲み物と 、ウィットに富んだ絶妙のお喋りと、謎と、大活劇をお楽しみ下さい。

 

「妖精族のむすめ」

者:L・ダンセイニ

社:ちくま文庫

コメント:まるで濃厚なチョコレートを食したような読後感。ファンタジーを読 んで鼻血が出そうになるなんて、なかなか味わえない愉悦です。蜜のような短編にあ ふれる力強いポエジーの密度には、一行もゆるみがありません。同じダンセイニでも 「魔法使いの弟子」のような長編とはまた一味違う趣です。
翻訳/荒俣宏

 

「姑獲鳥の夏」

者:京極 夏彦

社:講談社文庫

コメント:個性的な登場人物達が大人気のシリーズ第一作目。 幻想的に語られる怪奇な事件が、ことごとく合理的な解釈をもって現実世界に還元 される、伝奇小説的ミステリの傑作。 不可思議な事件と同様、超常的存在である「妖怪」や「呪い」の解釈も豊富な事例 に基づいて鮮やかに読み説かれます。 怪奇と幻想、あるいは妖怪と民俗学、世界の認識について興味がある、または派手 なキャラクターが好きという方、中でも特に本の虫という方には特にお薦め。気に なっていたけれど長さに手が出なかった方、文庫になりましたので是非お試しを。

 

「孤島パズル」

者:有栖川 有栖

社:創元推理文庫

コメント:臨床犯罪学者火村英生のシリーズが人気を集めていますが、江神先輩とアリスのシ リーズは透明な感傷の美しい、青春のミステリです。 月夜の海に漂うボート、秘密の地図、宝探し。殺人事件、読者への挑戦。 この作品で彼等と仲良くなったら、パズルミステリの傑作「双頭の悪魔」で姿を消 した仲間を探しに行き、真っ向から謎に挑みましょう。

 

「心に残る人々」

者:白州正子

社:講談社文芸文庫

コメント:人間相手の取材は労力の要る仕事だし、思うような結果にならない場 合も多い。なまじ弁の立つ著名人自身の言葉より、取材する側の主観に重きを置き、 断片から本質を重ね観るような白州さんのスタイルは、彼女が〈ただものでない〉こ とを充分知っている著名人たちにとって怖いものであったろう。文体の妙はいうまで もないが、相手が、この白州さんにどう接するか、その一点から読んでも人間性が見 えて面白い。この一冊を読み終えたとき見えてくるのは、明治維新から大正、昭和に 至る日本のたどった道に他ならない。そう思うと、江戸以前に取材文学がなかったこ とが惜しまれる。

 

「コピー・カプセル」

者:ハル・ステビンズ

社:誠文堂新光社

コメント:広告コピーライティングのための哲学書といった趣。コピーライター を志願するなら、まずこれを読んで実行すれば、どこにいても最初から志高く仕事が できるだろう。ぶ厚いが、箇条書きでわかりやすく書かれ、エマソンはじめ各界の引 用も豊富。著者はアメリカの広告界で活躍したコピーライター。コピーに必要なのは 深い人間性と共感であるという、現在の日本でこそ読まれるべき座右の書。正しいコ ピーとはこうあるべきだ、広告はコピーなのだ、コピーの仕事は人間としてすばらし いのだ、と力説してくれる先生は滅多にいるものではない。そして、自信をなくした コピー書きならずとも人生の妙味を味わい楽しめるのが、この本の最大の魅力かと思 う。(2000.4現在絶版)

 

「コーリング(1)〜(3)」

者:岡野玲子

社:マガジンハウス

コメント:幸か不幸か、このマンガを通して初めて「妖女サイベルの呼び声」(「コーリング」の原作:パトリシア・A・マキリップ著 佐藤高子訳 ハヤカワ文庫)の世界に触れた。今日まで、この絢爛豪華ともいえるファンタジーの世界を知らなかったのは不幸せであるが、このゴージャスな世界を岡野玲子の美しい絵で堪能できたのは幸福だ。いや、もしかしたらやはり、この繊細できらびやかな絵でこの物語を知ったのは不幸なのかもしれない。「想像力には翼が生えている。」自分自身のイマジネーションによって、もっともっと遠くまで飛んでいけたのかもしれないのに、私は岡野玲子のイマジネーションに囚われて翼を失い、原作を読んでも、岡野玲子の世界を忠実に辿っていくことしかできないのかもしれない。私のとってはエルド山の魔女(妖女)サイベルと騎士コーレンの物語であるが、過去に未来に、外に内にと、壮大で内的にも非常に深いファンタジーである。また、サイベルとともに暮らす伝説の動物たちが非常に魅力的でもある。キーワードは「愛」「憎しみ」「復讐」「自由」「真理」「癒し」。マンガだと侮るなかれ。

 

「朗読者」

者:ベルンハルト・シュリンク

社:新潮クレスト・ブックス

コメント:36歳の女性と15歳の少年。ふたりは恋人になった。描かれた世界に同化し て、仮の人生を生きることで現実の世界を生きやすく形づくっていく。私の他者に共 感する想像力は、そうして獲得してきたと思う。朗読者のスタイルには、淡々とした 時間の経過と語り手である少年の内面は描かれるけれども、ハンナという女性の内 面、いわゆる人生の薀蓄などは、かすれた活字の間にしまわれて浮かび上がらない。 なのに、読み進むうちに、彼らの人生の薫りが、私を取り巻き、豊かさをくれるの だ。やがて、ほんのちょっとした出来事から、敏感に何かを察するようになる。そし て思う。生きるということ、その単純な美しさを。
※ストーリーの醍醐味が損なわれ ないよう、未読の方は解説を後に回すべし。