「太平洋〜モーム短篇集U」

者:S・モーム

社:新潮文庫

コメント:エドワードの親友ベイトマンは、エドワードの婚約者に頼まれて タヒチで働いている彼に会いに行く。 しかしタヒチにいたのはシカゴにいた時の颯爽とした切れ者(今ならヤッピーか) のかつてエドワードではなかった。

初めて読んだのは中学か高校の時の教科書であるが、人にとっての幸せとは何かを考えさせられた。 長い年月が経っても、次の2ヶ所は、心に鮮やかに残っている。

「美そのものだ」とアーノルド・ジャクソンが呟くように言った。 「こうやってまともに美と向かいあえるというのは、めったにないことです。 よく見ておいて下さい、ハンター君、いま君が見ておられるこの光景は、 もう二度と見られないのです、瞬間というのは過ぎ去ってゆくものですからね。 しかしそれは君の心の中で、決して朽ちることのない想い出となって残るでしょう。 いま君は、永遠の存在にふれておられるのだ」(P99)
ベイツマン「じゃ君は、人生で何を重んじるんだい?」
エドワード「君は笑うだろうが、真、善、美だ」(P110)

 

「血の季節」

者:小泉喜美子

社:文春文庫

コメント:1985年に事故で急逝。残した長編は3冊。「西洋の三大ロマンを原形に現代ミステリーとして料理」 (著者の言葉より)したものである。1作目が「弁護側の証人」(シンデレラ)、次が「ダイナマイト円舞曲」(青ひげ) 最後が本書「血の季節」(ドラキュラ)。本の腰巻きの惹句は「耽美派ミステリー 現代に甦えるドラキュラ伝説」この3冊に共通していることだが、丹念つくられ繊細に編まれたストーリーに 魅了され、そのミステリとしての構成にあっと声を上げさせられる。 月並みであるが、本当にもっともっと読みたかった。千葉敦子といい小泉喜美子といい、その損失は大きすぎる。 ちなみに、「女には向かない職業」の翻訳者でもある。

 

「クローディアの秘密」

者:E.L.カニグズバーグ

社:岩波少年文庫

コメント:少女クローディアが弟を誘って家出をする。これだけだとどうってこともないのだけど、 その家出先があのNYのメトロポリタン美術館(!)美術館に家出するなんて最高に羨ましい。 本の冒頭には美術館の館内地図が載っていて、美術館と冒険と秘密好きの血が騒ぐ。 フィクションだけど、リアルで嘘のない物語に大人になって読んだ私も最後までわくわくし通しでした。

 

「トムは真夜中の庭で」

者:ピアス

社:岩波少年文庫

コメント:イギリスの古い屋敷なら、過去を呼び覚まし、過去へ運んでくれるような 古い古い時計が、きっとあるに違いない。 トムは真夜中に古時計が13も時を打つのを聞き、昼間はなかったはずの庭園に誘い出される。 そこにはヴィクトリア時代の少女がいて…。歴史と幻想が織なすファンタジー。

 

「平安朝の生活と文学」

者:池田亀鑑

社:角川文庫

コメント:私の愛用する「平安事典」といったところか。 学生の頃何の気なしに買った一冊だが、平安朝の生活について完結にして的確にまとめ られており、大変わかりやすい。暦や行事、民俗学への興味は今に始まったことではなかったのだ。 ただし、この本が今入手できるかどうかはわからない。文庫本の回転は速く、 私の中では、特に角川書店の回転はすばやい。買おうと思って、気付くと品切れ入手不可となった本のいかに多いことか。 「ミサゴの森」を入手できなかったことが悔やまれてならない、最近まで店頭で見たのに。

 

「ヰタ・マキニカリス」

者:稲垣 足穂

社:河出文庫

コメント:六月の夜の都会の空。ビル明かりの上を灯を点して飛ぶヒコーキ。電車 の散らす青い火花、星、結晶等、つめたくきらきらひかるもの。紫。少年。これら に「なにか」大事なものを感じるあなた、おめでとう。 あなたには「永遠」を手にする資格があります。 夕暮れの坂道を登っていく時視界の隅にちらりと映る、まっすぐみつめると消えて しまうほんの一瞬の儚い、どんな永遠より永く続く永遠を。 新潮文庫にも「一千一秒物語」あります。

 

「怪人オヨヨ大統領」

者:小林信彦

社:角川文庫(復刻された)・ちくま文庫

コメント:オヨヨ大統領シリーズ第2弾。シリーズは「オヨヨ島の冒険」に始ま り、「オヨヨ大統領の悪夢」まで8冊に及ぶ。 小林信彦の本領発揮、映画やテレビ、ミステリの秀逸なパロディが縦横無尽に繰り出 されるスラップスティック。 怪人二十面相も真っ青の悪役・オヨヨ大統領は、弟である小林泰彦さんの挿し絵その ままのイメージ。 本書では、オヨヨが、ヴァン・ヘルシング教授を返り討ちにした吸血鬼・オヨヨ男爵 の末裔だという ほのめかしも。マルクス兄弟を知ったのも、彼らが登場するオヨヨシリーズ。良くも 悪くもこのシリーズから受けた影響は計り知れない。 いまだに、店でラーメンを食べ残すと、「包んで下さい」と言いたくなる。参考:小 林信彦が中原弓彦名義で共訳しているマルクス兄弟の解説書は 「マルクスブラザーズのおかしな世界」(晶文社刊)

 

「日本語の作文技術」

者:本多勝一

社:朝日文庫

コメント:ルポルタージュ作家の指南する、“書く”日本語の文法。自分以外の 他者に、自分の意図を誤解なく伝えるための 文章力をきたえれば、日常生活にも役立つはず。具体的な文例の良し悪しを、プロの 記事などからも多数引用している。 最近テレビなどの話し言葉では「〜が」が優勢で「〜を」が消えつつあるが、それに つけてもこの本を思い出す。 「を」は書き言葉を整理するためにも重要なつなぎ言葉だ。 ちょっとした言葉の順序、点の打ち方で文章の意味する所は全く異なってしまう不思 議。 文法を学ぶと同時に、ルポルタージュをものしたい気分にかられる本。

 

「ラング世界童話全集1〜12」

者:アンドルー・ラング

社:偕成社文庫

コメント:四半世紀を経て、’98年に全集として入手できた童話集。 色で分けられた全12巻には、ラングが収集した世界各地の童話がちりばめられてい る。 翻訳は川端康成・野上彰。だからこそ昔のままの訳で復刻されたのでは。 1977年からこの文庫に収められているが、タイトルが変わっているのでわからずじま いだった。 私が手がかりに探していた物語は「みどりの騎士」と「きいろい小人」で、 かつてはそれらのタイトルで1冊の本になっていた。他には何も覚えていず、以前国 会図書館で 検索した時に初めて「ラング」という名前を知ったくらいなのだ。数は少ないがオリ ジナルの ラング創作童話も他から出ている。 私が読んだ頃とは全くちがう外見で届いた12冊、インターネットで注文した時には色 別の タイトルだったので、その中に探していた話が果たしてあるものか半信半疑だった。 ラングは、夢の図書館冒頭からリンクする短編に出て来る作家のモデルでもある。

 

「漆の里・輪島」

者:中室勝郎

社:平凡社

コメント:「銀花」の世界が広がる、魂の輪島語り。「塗師の家」の再生にからめ、輪島の文化風物が本のなかに立ち上がる。おそらく現実の旅にも増して息づきながら。 杉浦康平の、本の造作哲学も堪能できる。

 

「ブックマップ プラス」

者:工作舎

社:工作舎

コメント:工作舎、と聞いてアンテナがピンとなる人には最強の羅針盤。一国の文化度というものも、こういった羅針盤のジャンルの豊富さで測れるのかもしれない。

 

「佐藤雅彦全仕事」

者:佐藤雅彦

社:マドラ出版

コメント:クリエイティブ・ディレクター佐藤雅彦が電通時代の自作CMを語り尽くす。だんご3兄弟以前の主だった仕事を網羅。プレゼンの直前までアイデア勝負するクリエイターの宿命も、少年時代の思い出も、ああポリンキー。個人的には、ポリンキーを出すまで認知度の低かったメーカーと大手広告会社の関係に興味が沸く。

 

「宙ノ名前」

者:林完次

社:光琳社出版

コメント:夜空の見えない都会の方、忙しくて夜空など見ている暇の無い方に朗報! あの月と星との名の由来と、ゆかりの文学、美しい写真満載の夜空の図鑑「宙ノ名 前」がハードカバーに続いて、お求め易く大きいムック判で出ました!昼の空の「 空の名前」(高橋健司著)も同時発売。 林完次氏のエッセイつき写真集「天の羊」(光琳社出版、変型横判!)も素敵です 。

 

「ダーシェンカ」

者:カレル・チャペック

社:新潮文庫

コメント:子犬に聞かせる小さなおとぎ話。著者自作のカットや苦心の写真につけられたキャ プションが、一瞬「猫や」を「犬や」にしてもいいかな、と惑ってしまうほど愛ら しい。河井文庫の『チャペックの犬と猫のお話』の 中にもはいっています。 チェコの作家カレル・チャペックは、「ロボット」という言葉の生みの親、名高い 戯曲家、SF大家。

 

「百年の孤独」

者:ガルシア・マルケス

社:新潮社

コメント:中南米の大地の呪縛が日本語を親とする私の想像力の谷間にからみつく。読み終えた後一ヶ月くらいはかなり影響が残った。今でも折に触れてこの年代記の場面が立ち上がってくる瞬間がある。ある晴れた日に文字通り昇天してしまう無垢な少女とか。こうする他にどうしようもできないはずの、彼らの歴史がそこに在る。

 

「シャイニング」

者:スチーブン・キング

社:文春文庫

コメント:もう何年も前の大晦日に、初めてキングを読んだ。私の最も好きな作家永井龍男の文章は、簡潔にしてバランスの取れた過不足のない完成されたものであった。それに比べて、キングのそれは、これでもか、これでもかと、一つのことを執拗に書き込む。キングは行間を読まさない。行間がないのだ。執拗な文章はリアルで、書きこまれた情景は思い浮かべなくても、すぐ目前に見えている。主人公が静かに激しく、蝕まれ、壊れていくさまが怖い。そして何より、映画では描かれなかった生け垣動物が、これまた恐いのである。是非読んで欲しい。この年以来、私は大晦日が近づくと、キングが読みたくなる。

 

「スリーパーにシグナルを送れ」

者:R・リテル

社:新潮文庫

コメント:原題は「ザ・シスターズ」。通称“シスターズ”と呼ばれるCIAの男性職員(にはちがいない)究極のコンビがKGB相手に繰り広げる、笑いと涙と裏切りのスラップスティック。木を見て森を見ず。或いは森を見て木を見ず。そこに反復する殺意。この作家はこうしたフレーズから話を創り出しているのかと思わされる。ホイットマンの「草の葉」もこの本で知った。読み始めたら止まらない種族の一冊で、北村太郎氏の訳文が光る。

 

「坂の迷宮」

者:志賀洋子

社:日本経済新聞社

コメント:町外れの坂道を一一上っていくのは何の為。 神代の坂から、平安、鎌倉、江戸の坂の個々の役割や意義、異形のものの立ち現れ る境界世界の解説が纏められ、黄昏どきに現地を彷徨したくなる本です。私が以前 住んでいた、大好きな坂の街も紹介されていました。ただあてどもなく坂を上り、 坂を下ればするりと異空間に滑り込めた街でした。

 

「花迷宮」

者:久世光彦

社:新潮文庫

コメント:懐かしいTVホームドラマの名演出家・久世光彦氏は、実は甘美な幻想に満ちた文章 の名手です。これは幼い頃に読んだ本とそれにまつわる思い出を綴ったエッセイ集 。それにしても私の父と同年代の方なのに、なぜ幼少時の読書体験や愛読書が私と 同じように思えるのでしょう? 絵本を広げたその陰で、親に隠れて正史や鏡花を読む至福の時間。いつしか夕闇に 沈む部屋。花の香。