「私家版」 監修:ジャン=ジャック・フィシュテル / 出版社:創元推理文庫
2001年02月05日(月)
フランスで大絶賛され、日本でも96年にハードカバーで
出版され話題になったフランス製ミステリが、
文庫で出たので読んでみました。

主人公であり語り手となるのは英国人の出版社社長。
彼は長年の友人であるフランス人作家に対し秘かに復讐を企てます。
友人はその著作によって大きな栄誉を手にした直後、
やはりその著作によって破滅するのです。
ミステリと言っても謎解き興味ではなく(仕掛けはタイトルで判る)、
犯罪の完遂を主人公と共に見届ける小説です。
復讐の動機として語られる主人公の自意識と劣等感、
自らの光の半身とも言うべき友人と影の半身である自分の関係が、
懐かしいようなフランス文学の青春の香を思い起こさせます。

一方、この作品の完成度の高さに対して、
日本では一部にしか評価されなかった理由も分ります。
ミステリらしいどんでんがえし、ほんの小さな、
思いがけない糸口によって犯罪は露にされ
(「太陽がいっぱい」のラストシーンのように)、
巧遅を究めた犯罪も正義の元に断罪されるであろうという
ラストでないと心正しいミステリ読みにとって居心地は悪い。
この不満はたぶん、ストーリーのせいではなく
私が主人公に完全には感情移入できなかったせいだと思われます。
主人公の苦悩に同情して一体化できていたら、
彼の完全犯罪と、その後予感される明るい未来が
読者にとってもカタルシスになったはずですから。
主人公が自分で言う様に、彼は
「誰にとっても魅力のない人間」であり、
その理由は彼の言うように
「傲慢な友人」の存在のせいではなくて
彼自身の鬱屈した物の見方にある、と思えてしまうのです。
(‥‥もしかして。私は知らぬうちに復讐される側?)
主人公に心情的にシンクロ出来る方にとっては
とても楽しめる作品ですのでおすすめしますよ。

作者のフィシュテルはローザンヌ大学の歴史学教授だそうです。
この「私家版」が処女作だそうですから、楽しみです。(N)


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