西部劇バージョン

 奴の生まれたこの街を、こうして丘の上から眺めると、いかにも場末の片田舎、ほろ馬車に揺られてやってきた小さな宿場町という感じがする。

 「ちっぽけな街だゼ」

 そう言うと奴は街に向かって唾を吐いた。丘の上に立つ奴の背から突風が吹き、風にあおられて唾は軽く舞い上がり、左右に揺れながら街に向かって落ちてった。

「俺が生まれたのは、テキサスの片田舎。インディアンが住む、しけた街サ。」

 そう言うと奴は馬から降り、馬をいまにもくずれそうな老木につなぐと、近くにあった石の上にすわった。

 「遠いむかしのことなんでサァ、俺もはっきり覚えちゃいねぇ、ただ、俺を育ててくれたジプシイばあやの話じゃ、俺はばーさんが河で洗濯をしてたときに流れてきた桃から生まれたらしい。」

 私がけげんそうな顔をして聴いていると、奴はあわてて右手の中指と人差し指をを私のくちびるに突きつけ、こうつけ加えた。

 「おっと、誰もこんな話を信用しろなんて言ってるわけじゃないんだ、おいらだって信じちゃいねぇ。」

 そう言うと奴は照れくさそうに下を向いた。

 「ばーさん、むかしっからこーいったジョークが好きなのさ。俺と爺さんはそいつに付き合わされてるだけサ。」

 そう言うと奴はうつむいた顔を右に回し、ふとももの上についた左ひじをつっかえ棒にして、左コブシの上にこめかみをのせ、頭をもたげたままこっちを向いて、右手でこちらを指し、こう言った。

 「ほら、女って奴はうそをついてるうちにそれが現実だって、思い込む生きもんだろ?自分はどっかの国のお姫さまだとか、・・・昨日この村にサーカスが来たとか・・・。まだ十六・七の娘が言うならかわいいモンだが、ばーさん いつまでも お若いらしく、・・・。」

 近くにあった木の枝を拾い地面を掘りながら話してる、妙に照れてそわそわしてるとこから見るとかなりのおばあちゃん子らしい。

 「結構なことですね。」

 私は相槌を入れた。

 「いつまでも乙女心を持ち続ける・・・・なかなか出来ることではありませんよ。」

 私がさらにフォローを入れると、奴は顔を上げ、うれしそうに笑って言った。

 「単にボケてるって話もあるけどな。」

 私達は楽しい時間を過ごした。枝を拾い、火をくべ、夜に備えた。今夜は寒くなりそうだ。

 「俺は桃から生まれたってんで、ピーチボーイと名付けられた。」

 「クスッ」

 奴はマジな視線でこちらをにらみこう言った。

 「おまえいま、笑っただろ?」

 突然のことで、私も対処できず、おろおろしていると。

 「いいんだよ、本当のこと言えよ。」

 口では良いと言ってるが、かなりキテいる。切れる寸前だ。

 「いえ、べつに。」

 そう言うと私は申し訳なさそうに肩をすぼめた。奴はこちらを思いっきり睨み付け、私の足下から頭の先までゆっくりと睨みを利かす。私は目が合わないようにマントの襟を立て、身をかがめる。マントの中の銃口はいつでも彼の心臓をぶち抜ける状態だ。

 「うそだよ。」

 そう言うと奴はニッコリ笑った。ザラついたヒゲのそりあとがもそもそと動く男の笑顔だった。

 「遠いむかしの話サ、こんなことでケンカになったのは。いまはもう若くない。そう、びびんなって。」

 私の体から力が抜け、襟も元にもどる。

 「それから、どうなったんです?」

 私は話を先に進めようとする。

 「俺はジプシイのばあさんとじいさんに拾われ、このちっぽけなジプシーとインディアンの街に育った。こんなちっぽけな街にやってくる保安官なんてのはよっぽどの変わり者か、人のいい甘ちゃんだ。あの日殺された保安官はねぇ、この街じゃ数少ない白人で、なのにジプシーやインディアンにもよくしてくれてた。腕は悪いが気のいいあんちゃんだった。」

 「そういえば、あなたも白人ですね。」

 と、私が言うと、奴はなつかしそうに、

 「ああ、当時街で白人と言えば、俺と保安官とドラッグストアの親父ぐらいのもので、ドラッグストアじゃ、よくものを盗んでおこられてたが、保安官は俺の兄貴分だった。銃の扱い方や豚の飼い方、喧嘩の時のベルトの使い方まで、いろいろ教えてくれた。」

 指を組んだ拳の上に軽くあごを乗せパキパキと燃える炎を見ていた奴は、不意にこちらを向いて手を差し出し、こう言った。

 「ほら、バンガローに寄ったとき、一つだけえらく不細工なトーテムポールがあっただろ?あれ、俺がまだ九つの頃、保安官と作ったんだよ、俺もまだナイフの扱いになれてなくてさ、保安官も白人だろ?うまく削れねぇーんだよ、これが。木ってのはな、力で削ると思うだろ?違うんだよこれが、目なんだ。」

 「め?ですか?」

 「そう、目なんだよ。木をこう、(と言って太めの薪を拾い上げる)横から見る。で、こっちから削るとまずいんだ。」

 と言ってポケットからさび付いたジャックナイフを取り出し、いきなり薪に切り入れる、薪は堅くなかなか削れない。奴は徐々に力を入れる、と、ナイフは木をえぐって宙を舞い私の鼻先まで飛んでくる、思わず飛びのく私。

 「おっと、わるいな。」

 そう言ってナイフを拾い上げ、

 「これを逆向きから削ると、ほら、木の皮を剥くように削れるだろ。」

 「ところで、保安官の方は」

 と、私が話をもとに戻すと、

 「奴等に殺されたよ」

 と言ってナイフをしまった。

 「レッドモンスターと名乗るならず者たちですね。」

 と私がいうと。奴は控えめに

 「ああ」

 と言った。あまり思い出したくない思い出なのは理解できるがあえて聞いてみた。

 「保安官は勇敢にも、ならず者たちに決闘を申し込んだ。決闘の場所はこの丘の上、俺たち村人に迷惑をかけないよう、時間は朝の五時を選んだ。勝っても負けても人に知られない形を取りたかったのだろう。

 八月二日、太陽の照りつける日だった。その日の昼前、丁度、村中が昼食の準備をしていた頃に馬に乗ったならず者たちがやってきて、ロープに縛られた肉の塊を引きずり回した。夕方捨てられたのは砂まみれになった保安官の死体だ。その日の晩に通夜をして、次の日には俺は街を出た。」

 その話を聞きながら、私は皮をなめして作った水筒から銅のコップに山羊のミルクをついだ。

 「ばあさんはジプシイに代々伝わる妙な団子を作ってくれた。戦闘の日に勝つためのまじないを施した大事な団子らしい。俺は戦いの儀式をおこない顔に変な薬を塗って、馬に乗り東に向かった。」

 私は革の手袋をはめ銅のコップを二つ、たき火の中に入れた。今夜はひえる。

 「俺は東の街のどこかにいるという猿キジ狗の三人組をあたった。奴等は既に賞金稼ぎの世界じゃ有名だった。猿は策略専門のチビで、卑怯な手を考えさせれば右に出るものはいないと言われていた。キジはやせた長身の男で、銃の腕が良く、五百メートル離れた位置からテキーラの瓶を射抜くという。狗はごついガタイの男で、テキサスにすむ野生のバッファローを素手で殴り殺したこともあるという。奴等は賞金稼ぎをする中で、当時賞金首の多かったならず者達、早い話がレッドモンスターから賞金首にされてもいた。俺がならず者をこらしめるには彼らの助けが必要だった。」

 たき火の中で山羊のミルクはブクブクと沸騰しだし、表面には薄いミルクのまくが張り始めている。

 「俺は三人の賞金稼ぎを求めて、東へ向かって旅に出た。長くつらい旅だった。砂漠の砂嵐の中で何夜も過ごし、朝起きると髪と口の中がじゃりじゃりして砂っぽかった。シャワーの代わりに砂浴びをして体を洗った。街に着いては水と食料を買いあさり、三人のうわさを聞いてはまた旅に出る。旅が長引けば長引くほど馬はやせ、疲れは増した。革袋に詰めた金貨が空になりかけた頃、やっと三人に会えた。」

  ミルクが完全に煮立ってしまっている。私は銅のコップをたき木で火から離したかったが、話の途中でミルクに手を出すこともできず、ミルクを煮立たせたままにすることと、相手の話の途中でミルクを気にすることのどちらが失礼なのか迷いつつ、結局煮立たせるままにすることにした。風が吹くと火はより勢いを増し、吹き上げる突風に合わせて火が高くなったり、低くなったりしている。

  「酒場で会った三人はただ、よそ者は信用できんという態度で、金にならない殺しはしないと俺に言った。殺しはあくまでビジネスで、俺がレッドモンスターのボスに賞金をかけない限り、殺しはしない。これが彼らの返事だった。手元の革袋には多少の銅貨と婆さんにもらったキビ団子。こんな物では彼らを動かせるわけもなく、こちらとしては銃の腕を見せ、誠意でもって納得させるしかなかった。あちらさんはレッドモンスターから命をねらわれていようが、どうしようが、殺しで喰っている以上、殺しの腕を安売りは出来ない。その一点張りで、俺には金がない。旅の費用も尽きかけたころだった。レッドモンスターの一味が彼らの宿に奇襲をかけた。三人とも宿を抜け出し一命はとどめたが、三人ともケガを負ってしまっている。特に狗は心臓のすぐ上の動脈をぶち抜かれて血が止まらない。腕や肩なら包帯で縛って止血できるが、心臓じゃ縛ることもできやしねぇ。でかいガタイをした狗の体からハンパじゃない量の血が流れ出て止まらない。緊急に止血剤が必要だった。俺は婆さんにもらった団子を取り出しこう言った。

 『ここに止血の薬草がある。これをすりつぶして傷口に塗り込めば狗は助かる。だがこれはビジネスだ。レッドモンスターをつぶす約束がなければ、団子はゆずれない。』」

「ミルクが煮立ってますよ。」

 私はやっとの思いで声をかけ、火の中からコップを取り出した。奴は革の手袋をはめたまま銅のコップを取ると、

 「くちびる、火傷すんなよ。」

 とだけ言って、口をつけ、少しミルクを口に含むと、

 「あちぃ。」

 とつぶやいた。

「そんなことをして危ないとは思わなかったのですか?」

 と私が尋ねると奴は口をすぼめたまま両眉を上げ、どうして?という顔をしているので、私は続けてこう言った。

 「向こうは仮にも賞金稼ぎの殺し屋さんで、策略専門の猿もいる。殺しの腕を安売りしたくなければ、あなたの頭をぶち抜いて草団子だけもらえばいい。違います?」

 すると奴は、

  「違うな。彼らは賞金首しか殺さない。」

  「治安を乱すお尋ね者には銃口を向け、一般人には銃を向けない。それが彼らの倫理だということですか。」

 「いや、処世術さ。誰彼かまわず殺しまくると、誰からも命をねらわれる。賞金首しか殺らなければ、賞金首からしか命をねらわれない。生きてくための生活の知恵さ。」

  彼は何事も無いかのようにミルクを飲んでいたが、私は湯気の立ってるミルクの水面に吐息をかけてふうふうやってから一口飲んだ。熱いミルクが喉元まで入ってきて胃の中まできても胃の外壁を確かに感じられるほど熱いミルクだった。

  私が

 「命知らずの賞金稼ぎの割に、せこい処世術ですね。」

 と言うと、奴は

 「だから、賞金稼ぎなんだよ。」

 とつぶや (以下略) 

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