カ サ

「今朝の関東地方の降水確率は午前中・午後共、全体にカサのマークに取り囲まれており、関東北部六十パーセント・・・ピッ☆」
テレビを消して、外に出る。外出するときは、カサを持たなきゃ。

「ガチャ」
「バタン」
「カチャカチャ」
「テクテクテク」
曇ってる。降ってきそう。
やだな、カサ、持ってこなかった。
あ、こんびに。
カサ、買わなきゃ。
なか、はいろう。
とうめい、ビニールがさ。
あ、あった。
きれいな、けんだま。
てかてか光る、つるつるの玉。
まっかな玉、てかてか、つるつる。
まあるいの。
つるつる。
すべすべ。
さわりたい。
さわりたいなぁ。
さわりたい。
きもちよさそう。
なでなでしたい。
ほしいな。
ほしい。
ダメ!
かさ、かわなきゃ。
かさ、かわな・・・けんだま。
けんだま、四百八十円。
よんひぃやく、はぁちじゅぅ?
あ、五百円。
かさ、五百円。
ごひゃくえん、ごひゃくえんかぁ。
けんだま・・・・かおうかな。
テカテカノぷらすちっく。
かわいい。
グリップも握り易そう。
ひんやりして、きもちいいんだなぁ、けんだまのぐりっぷ。
すべんないし、すべりどめもあるし。
たまが、けんさきにあたんの。
カチンって。
いいオトするの。
てかてかしてる。
ほしいなぁ。
ごひゃぁくえんだま。
まあるいの。
おっきいな。
ぐっとにぎると、おててがいたい。
グッて、右手の中指イタイ。
これだすの?
どうしよう。
おもったより分厚いな、五ひゃくえんダマ。
ヨコに、なにか描いてあるの、
五ひゃくえんダマ、
NIPPON☆500☆NIPPON☆500・・よめないや。
けっこ、重いんだよな、これ。
ええぃ、だしちゃえ。
どっち買うの?
かさ?けんだま?
てかてか、すべすべ。
レジ、レジだ。
ひとがいる。
しらない、ひと。
おっきい。
こわい。
「コン」
五百円玉おいた。
なにか、なにかいわなきゃ。
しらないひと。
こわい。
「くれ」
いった。
でかいひと。
顔おろす。
「なに?」
「これ」
ゆびさす。
かさ。
びにーるがさ。
ちがう。
けんだま。
けんだまなのに。
かさ、包まれる。
ごひゃくえん。
けんだま。
「ありがとうございました」
かさ。
いいもん。
かさでいいんだもん。
そとでる。
あめ、ふってない。
いいんだ。
もうすぐふるし。
あ、晴れてきた。
あかるい。
かさ、じゃまだな。
なんで持ってんだろ。
ええぃ、さしちゃえ。
びにーるがさ、さしてあるく。
はれてる。
誰も、さしてない。
みんなみてる。
はずかしいな。
なんで、さしてんだろ。
ええぃ、まわしちゃえ。
「きゅるるる、きゅるる」
かさが回って楽しいな。
みんなみてる。
誰も、さしたかさ、まわしてない。
なんでだろ、たのしいのに。
誰もかさ持ってない。
晴れてる。
恥ずかしいな。
ええぃ、踊っちゃえ。
さした傘、まわして、跳んで、踊っちゃえ。
つま先立ちで、クルルと回って。
ぴょん。
みんなみてる。
誰も踊ってない。
なぜだろう、たのしいのに。
ね、踊ろうよ。
みんな踊んない。
みんなみてる。
はずかしいな。
どうしてだろう。
そうか、オトがないからだ。
オト無しで踊るのって変だよね。
うん。うたっちゃえ。
「ちゃん、ちゃらちゃん、とん、とことん」
音に合わせて、跳んで、舞わって、かさ回し。
跳んで、きゅるきゅる一回転。
みんな踊んない。 へんなの!


お姫様はお疲れ気味


それはとてもとても昔のことです。もし、そうでないのなら、比較的最近のことかも知れません。ひょっとしたら、いま現在起こってる何事かなのかも知れませんし、今では過ぎ去ってしまった遠い昔の思い出かも知れません。ただ、それはきっとこれから起こることなのでしょうし、その後もずっとずっと繰り返されて行くでしょう。そんな昔の物語。

この国のお姫さまはそれほど美人ではありませんでした。悪い魔女が魔法の鏡に、

「かがみよ、かがみ、世界で一番美しいのは誰じゃ?」

と尋ねたとき鏡に映ったのは、もっと別の美しいお姫さまでした。ひょっとしたら悪い魔女がそのまま映っていたのかも知れません。鏡というのは概して自分の近くにいる人を映したがるものですし、魔法の鏡だって何年も悪い魔女と一緒にいれば魔女に愛着も持つでしょう。何よりその魔法の鏡が魔女以外の女性を知っていたのかさえ怪しいのです。魔法の鏡だってもうかなりの年齢です、いつまでも女性の顔の選り好みばかりしてられません。自然と面食いではなくなり、誰が美人で誰が美人でないのかさえ、わからないぐらいに年月を重ねました。おそらく魔法の鏡は古ぼけてただの鏡になってしまったのでしょう。もう、昔のような魔法が消えてしまってから何年もたちます。長く連れ添うという事は、若かった頃の魔法のきらめきを失い、もっと別の形の熟成された魔法を手に入れることなのです。自然と鏡は目の前の物を映し、鏡の前の物を受け入れるようになっていたのです。

お姫さまが毒リンゴを食べたのは、悪い魔女が悪知恵を働かせたからというよりも、ちょっとした偶然から引き起こされた事故でした。いえ、決していつもの言い訳だとか言い逃れだとかそう言った類のことではございません。今回に関しましては、本当に頭のよろしくないわがままお姫さまの一人芝居だったのです。いつもお城の中で大事にされているお姫さまが、お城での生活に飽き飽きして、王様やお后様の目を盗んで一人で森の舞踏会に行かれ、時を忘れて森のくまさんやうさぎさん達と遊び疲れ、ふと辺りを見回したときにはもう陽は落ちて夕暮れどきでした。早く帰らないと辺りは真っ暗になってしまいます。いつもお城の中で大事にされ、お城から一歩もお外に出してもらえないお姫さまは、お城に帰る道がただでさえあやふやだったのです。まして辺りは夕暮れです。早く帰らなくては陽が落ちて真っ暗になってしまいます。真っ暗な森の中で、か弱いお姫さまが一人で夜を過ごすのはとても危険なことなのです。夜になるとまっくら森にはフクロウさんが「ホー、ホー」と鳴きに来られ、オオカミさんがお姫さまを食べに来ちゃいます。もちろん、オオカミさんにだって相手を選ぶ権利はありますから、あんなわがままでどうしようもないお姫さまがオオカミさんに食べられるとは思いませんし、もし私がオオカミさんであれば、きっとお姫さまの相手などせず、見過ごしてしまっていたでしょう。そのぐらいにお姫さまはオバカな小娘さんだったのです。お姫さまは辺りが真っ暗になる前に、まだ陽が地平線に残る夕暮れの間にお家に帰らなくてはなりませんでした。お姫さまはまっくら森を迂回せず、まっくら森を突っ切って近道をしようと思ったのです。お姫さまがまっくら森に入るのは初めてのことでした。近道をして早く帰りたいという理由の他に、ちょっとした冒険心もあったでしょう。お姫さまはまっくら森を横切って、お城に戻ろうとしたのです。

まっくら森の外ではまだ夕暮れでしたが、お姫さまが一歩まっくら森に足を踏み入れると、そこはもう本当に真っ暗で夜中になっておりました。なにしろ夜更かしの好きなフクロウさんの目覚まし時計が「ホー、ホー」と鳴り響いていたぐらいですから。フクロウさんはホーホー目覚ましで目を覚まされ、森の中での夜の生活を開始されていたのです。森の木々に遮断されたまっくら森では地平線の夕焼けも、お空の星もお月様も見えません。目の慣れないお姫さまはぬかるみに足を取られてころんでお尻を泥だらけにしてしまいました。もうパンツの中までぐちょぐちょです。お姫さまのスカートの後ろには泥でできた大きなお尻の型が出来上がっています。お姫さまの予定では、まっくら森をまっすぐに突っ切っていけば、十五分でお城の前に出るはずでした。でも、進んでも進んでもいっこうにお城は見えてきません。お姫さまのはいてた靴が泥沼の中に入り込んで抜けなくなってしまったのでお姫さまは靴をそのまま脱ぎ捨てて裸足で前に進みました。まっくら森のボウボウ草はお姫さまの腰までもあります。お姫さまの大きくふくらんだスカートの中に、ボウボウ草が入り込んできます。大きくふくらんだスカートの内側にボウボウ草が引っかかってなかなか前に進めません。お姫さまはボウボウ草の引っかかったスカートを力ずくで無理矢理引っ張ると、スカートはびりびりびりと破れていきます。お姫さまは中にスパッツをはいていたので邪魔なスカートを脱いで前に進んでいきました。まっくら森のボウボウ草は奥に進めば進むほど、中に入れば入るほど大きく太くなってきます。ボウボウ草の背丈がお姫さまの肩ぐらいになったとき、お姫さまの大きな胸がボウボウ草の頭に引っかかってなかなか前に進めません。お姫さまの胸の谷間に引っかかったボウボウ草をお姫さまが力ずくで払い除けたとき、ボウボウ草の先っちょはお姫さまの服に引っかかったままぴりぴりと服を引き裂いて向こう側へ払い除けられました。まっくら森のボウボウ草は奥に進めば進むほど、中に入れば入るほど大きく太くなってきます。ボウボウ草の背丈が、お姫さまの背丈ほどにもなったとき、ボウボウ草をかき分けてもかき分けても前が見えず、気がついたときには悪い魔女が魔法のリンゴを栽培しているリンゴの森に来ていたのです。お姫さまはとても疲れていたので、木になっている魔法のリンゴを一個食べ、そのまま眠ってしまいました。

その頃、お姫さまの住むお城では、お姫さまが居なくなったと大騒ぎ。森の舞踏会でお姫さまと一緒に踊ったという森のくまさんの通報で、お城の兵隊達は舞踏会のあった森へお姫さま探しへかり出され、夜を徹してのお姫さま探し。王様とお后様はとても心配で夜もろくに眠れない御様子。心配した王様はお姫さまを捜しだした者にはお姫さまと結婚を許そうとまで言いました。別のお城から多くの王子様が集められ、お姫さま探しが始まりました。その王子様も白馬に乗って舞踏会のあった森まで行き、そこからまっくら森を突っ切ってお城に戻る道を探してみようと思ったのです。でも、夜のまっくら森はとても危険です。まっくら森に入った王子様はボウボウ草をかき分け、森の中に住む毒ヘビやオオカミと戦い、多くの困難を乗り越えて森の中を進んでいったのです。そしてようやくお姫さまを見つけ出した王子様はお姫さまのボロボロになった姿を見て非常にびっくりなされました。なにしろお姫さまのお顔は泥だらけで、服はあちこちちぎれており、ボウボウ草がいっぱいついてて、とても舞踏会に着ていくようなきれいな衣装とは思えません。スカートははかずに足は素足で、ボウボウ草でこすれた傷が足のあちこちについていて、切り傷で血だらけになった足をさらけ出していたのですから。王子様はお姫さまを起こそうと軽く声をかけましたがお姫さまは目を覚ましません。王子様はお姫さまのほほを軽く叩いてみましたが、それでもお姫さまは起きません。王子様はお姫さまの肩を軽く揺すってみましたがそれでもお姫さまは起きません。お姫さまが目を覚まさないので、王子様はお姫さまを抱き起こし、かなり強くお姫さまの肩を揺すり、お姫さまのほほをかなり強く叩いてみたのですがそれでもお姫さまは起きません。しょうがないので王子様はお姫さまを寝かせたまま馬の背中にくくりつけてお城に連れて帰ることにしました。お姫さまを白馬に乗せようと王子様がお姫さまを抱き抱えたその時、お姫さまは目を覚まし、ゆっくりと目を開け、小さな手のひらを口元に持っていくと、わりと明るいおももちでこう言いました。

「あなたが私を強姦している暴君さんね。あなた、私をさんざんおもちゃにして、飽きたら仲間に売り飛ばす気でしょう?あああ、私のように高貴で美しい女性には、どうしてこんな不幸な運命が待ってるのかしら。」

─────お姫さまはお疲れ気味!

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