■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 不定期刊行物【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験】 第82号 2003/3/3発行 ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 1笑いについて 笑いというのは、演者が観客よりも低い見識でなくてはいけないから 啓蒙することが出来ないし、笑いによって何かを伝えたり 観客の知的レベルを上げたりすることは出来ないと誰かが言ってた。 漫才ベースの笑いというのは確かにそういうところがあるんですね。 弁証法の正・反・合で言えば、 合の位置に観客がいて、正と反の二人が漫才をする。 子供が風邪をひいたと。 母親は、子供に暖かくして寝なさいと言う。 父親は、薄着や乾布摩擦をして体を鍛えなさいと言う。 暖かくして、風邪を治すのが先だ。 いや、そうやって甘やかせるから軟弱に育つのだ。 と夫婦でケンカになる。そのやりとりを 両方の意見を理解出来る位置から 観客は眺める。 漫才ベースってのは、そういう形式になっているため、 演者というのは観客よりも低くて狭い見識しか持ってはならない。 だからお笑いを観ていると馬鹿になる。 確かに、そういう一面はあると思います。 そうじゃないお笑いとして、演者が観客に対して 反の側に位置することで、正の位置にいる観客自身の中から 合の位置を探し出す衝動を生み出そうとするお笑いもある。 電信柱に向かって子供たちがかけっこをする。 子供は電信柱にたどり着けるだろうか? 子供と電柱との間にはある一定の距離があり、 その中間地点が存在する。 子供と電柱との中間地点と子供との間にも 距離があり、その中間地点も存在する。 子供と電柱との中間地点、 中間地点と子供との中間地点、 中間地点の中間地点と子供との中間地点、 そうしていくと、 子供と電柱との間には無限の中間地点があり、 子供が電柱にたどり着くには、 無限の地点を通らなければならない。 無限の地点を有限の時間で通過することは不可能だから 子供はいつまでたっても電柱にはたどり着けない。 この手の懐疑派哲学系の笑いは、 私にとってすごく面白い物でした。 どう考えても間違った結論なのに 論理的に反論することが難しい。 常識・観客=正、非常識・演者=反で 漫才をするこの方法も、 観客の知的レベルを正確に言い当てることが 前提となっていることに変わりはありません。 観客が既に知っているネタでは笑いも意外性も発生しませんし、 観客がまったく知らないことを言ったのでは、 なるほどそうなんだと納得されて終わることになります。 観客が既に知っているパーツを使って、 観客が知らないことを言う、 観客が知らない組み合わせを考える。 これが笑いだと思いますし、これが言語の基本だと思います。 言語というのは、個々の単語は既に相手が知っている単語で なければならないし、その単語の組合わせでできている 文章全体の情報は、相手が知らないことでなければ 伝える意味がない。 タモリという単語が分らなくて、かつ ブレヒトに関してはかなり詳しく知っているという人達相手に 笑いを取るというのは、 私には中々難しいわけです。 相手が何を知っていて何を知らないのか言い当てられないからです。 Ben‘s CafeでTakaさんという人がいて アメリカ育ちの帰国子女で英語も日本語も出来るけど どちらかというと英語の方が得意という方で、 今度、ペーターさんという方と無力無善寺で イベントをされるそうなのですが、 たまたま、私とTakaさんとペーターさんとで しゃべる機会があったんですね。 ペーターさんは見た目日本人なのですが、 ハワイ育ちで日本語は片言。 私は高校時代、英語の点数が30点台で、 10段階評価で3〜4前後だった片言の英語。 Takaさんとペーターさんが英語でしゃべっているのに 私が参加しなきゃいけないという状況になるわけです。 英語で笑いを取らなきゃいけない。 これは正直キツイ。 仮に私が英語完璧だったとしても、 ピーターさんとTakaさんで高校時代の話をされた時、 アメリカ育ちの二人と私では高校のカリキュラムが違ったり 高校時代観ていたテレビドラマや流れていた音楽が 違うわけです。その中で、こういうことなかった?という話をして あるある、そういうのあったよねぇ、 言われなきゃ気付かなかったけど言われりゃ確かにそうだよという 意外性と整合性の両立した思い出話をしなきゃいけない。 少ない語彙の中から、何か面白いことをと思って 以前、Takaさんに連れていってもらった 外人さんの集まる飲み屋で 「Japanese only is Japanese lonely」 (日本語限定の日本人は孤独だ)とか、 俺的には面白いこと言ったつもりなんだけど、 「I see」と軽く流されたりする。 今回もピーターさんに、 オープンマイクで何をやっているのだと言われて 一個しかない英語の持ちネタやりました。 「Dope head said “to be or not to be” I said “easy come easy go” He was gone」 ドープというのは、馬鹿とかマヌケとか、麻薬常用者とか いう意味で、ヒップホップ文脈では、 カッコイイとかキメてるという意味があります。 日本語一語になおすと 「キメてる奴」「キテる奴」ぐらいの意味でしょう。 行くの過去分詞、goneは死ぬという意味もあります。 (キメてる奴は言う「存在すべきかすべきじゃないのか」って。 俺は言う「たやすく手に入れたものはたやすく失う」 彼は逝った) goを掛詞にすることで、 常套句の意味をずらしてみたという話なのですが、 自分としては結構頑張ってるつもりなんです。 でも、「OH!詩じゃなぁーい。ダイアローグ」 とか言われて落ち込む。 向こうも悪気はないんだけど、片言の日本語だから 直接的でキツイんだよね。 外国語で、韻とか掛詞とか意識しても、外人には受けない。 外国人が日本語でいう駄じゃれって面白くないやん? デープ=スペクターの日本語で初めて言った駄じゃれ 「住めば都はるみ」って面白くないやろ? 英語30点台の俺が英語で思いつく程度の駄じゃれは 英語圏の人なら誰でも思いつくし、意外性がない。 英語圏の人が思いつかないような意外性のある語彙を 俺は持っていないのだ。 かといって、向こうが知らない単語(例えば日本語)で 駄じゃれを言っても相手にとっての整合性がないから 面白くない。 自分と相手の両方からみて等距離にある話題でなければ 笑いが作り出せない。 爆笑問題の太田さんが言っていた二等辺三角形の理論ですね。 話される対象は、漫才コンビの二人から、 等距離でなければならない。 片方がよく知っているがもう片方はまったく知らないような話題だと 一方だけがしゃべってもう一人はしゃべれなくなる。 話の対象が二人から遠ければ二人は近づき、 対象が身近であれば二人は離れる。 二人と対象との間に出来る二等辺三角形の面積は 常に同じでなければならない。 一般に、恋人同士の会話で、 話の対象が遠ければ(Ex夜空の星の話など) 二人の距離は近づくと言われるものを 漫才に応用した理論ですね。 身近な話題、例えば朝ごはんであれば、 漫才師の二人=お客さんにとって身近なものであるため パン派−ごはん派という対立図式で展開出来るが 二人=お客さんから遠い話題、 例えば二十二世紀の自動車とかだと専門家が語るVTRをみて スタジオにカメラが戻ったときに、 語り手というより情報の受け手にならざるを得ない。 手法としては遠い話題を身近な何かに例えることで 対象との距離を詰めて、対立図式を作る方法もあるが、 一般に自分から遠い話題だと人は語り手よりも聞き手になる。 今回自分とピーターさんで話したときは、お互い初対面で ファーストランゲージが英語と日本語で異なるため、 二人の距離は遠い。 すると話題は二人から等距離であると同時に 二人から身近なところへ持っていかなくてはならなくなる。 自分と相手にとって等距離で身近な話題を探そうとすると やっぱり相手が何を知っていて何を知らないかを 言い当てられなければならない。 演者二人と語られる対象との間に出来る三角形の面積が 何を意味するのかという話で。 最近、色んなお笑いのビデオが出ている中で 何で、ツービートの漫才がビデオ化されないんだと 思う機会があって、どうもビートたけしの中では ツービートやビートきよしに対する評価が 極端に低いらしいということが分かる。 オールナイトニッポンを高田文夫と始めたとき きよしさんよりやりやすいと思ったてな発言がある。 ビートきよしさんとツービートをやるよりも 高田さんとやった方がやりやすいし芸のクオリティーも高い。 そういう判断だと思うのですが 私はツービートの方が好きなんです。 高田文夫さんとやってる番組だと、物のたとえに 「**じゃないんだから」と、番組収録後によく行く 焼肉屋さんの名前を出したり、「**マートじゃねぇ―んだから」と 自分の家の近所にあるスーパーの名前を出したりといった 本人とその周辺にしか分からない例を出しちゃうんですね。 高田文夫だとそこでそのまま受けたり、 「ああ、局の隣にあるあのきたねぇー焼肉屋」と 説明を入れたりするのが、きよしさんだと、 分からないという顔をして止まってしまう。 分からないという顔をされると たけしさんは分かるように説明しなきゃいけないので 大変なわけですが、そこが面白い。 たけしさんのオリジナリティーてのは、 フランス座なんていうストリップ劇場でやってる漫才の中に フレミング左手の法則だのマリー・アントワネットだのといった インテリの人達の用語が入ってくるところにあったわけで、 高田文夫が、そのインテリ用語もビートたけし周辺の地域生活ネタも 理解出来た物として受けてしまうと、 演者二人と話される対象との間に出来る三角形の面積が極端に 狭くなってしまうわけです。 これが、ビートきよしさん相手だと、 たけしさんは都会的で反社会的なインテリで、 きよしさんは昔ながらの地域社会を大事にする農村的な非インテリ、 演者二人が左右に大きく分かれることで、 たいていの観客はその間に位置することが出来る。 少なくともどちらかの言っていることは理解できるし、 どちらかに共感できる。 かつて久米宏と横山やすしが組んだテレビスクランブルは 久米を学級委員長役、やすしを番長役に仮想し、 世の中のほとんどの人はこの級長と番長の間に納まる と仮定して番組を作ってました。 つまり三角形の面積は、お笑いの想定購買層となるわけです。 狭きゃ狭いなりに濃い濃密な世界を作れるかもしれませんし 広ければ広いなりに大変ではあるかもしれません。 ボケとツッコミでいうと、一般にボケが非常識・非日常、 ツッコミが常識・日常となりますが、それはどのような観客が観るかで 相対的に変化します。 かつてのきよしさんに近いノリで、たけし軍団のグレート義太夫さんが たけしさんとしゃべるような場面が時々あります。 たけしさんは義太夫さんを笑わそうと、 色々ひねった面白いことを言いますが、義太夫さんは笑いません。 勘の良い他のたけし軍団メンバーは笑うのですが 義太夫さんは笑ってもそれが顔に出ない。 心配した他のメンバーが「殿がここまで言ってるんだから笑え」 というが笑わない。かなりひねった面白いジョークをいうが まったく笑わない。 最後の最後に、たけしさんが一言「コマネチ」と言うと笑う。 するとたけしさんが「俺もな、ベネチア映画祭で賞を取ったり、 色々受賞したり、文化人と呼ばれたり、色々あったよ。 漫才で出て来てたけど、少しづつステップアップして、 今や世界のたけしと言われてるんだよ。 その俺がいくらしゃべってもダメで、結局笑ったのがコマネチかよ。 俺の二十年間は何だったんだ。」 となげくネタがあって、 インテリの人はたけしさんサイドに感情移入して 義太夫って馬鹿だな、たけしのギャグが理解できなくって 結局、コマネチしか分からないでやんのと思い、 お馬鹿サイドの人は、たけしって馬鹿だな、 なに難しいこと言ってんだよ。その小難しい知識が、 なんかの役に立ったことあんのか?やっぱ世の中実利だよ実利。 つって笑う。 客が感情移入した側が、ツッコミで、 感情移入しなかった側がボケだが、どちらがボケかは解釈で変わる。 やすしきよしの、下町ヤクザ文化=やすし、 オフィスのサラリーマン文化=きよしの漫才も、 ドリフのいかりや=管理者、志村=被管理者のコントも どちらがボケかは客層によって変わる。 2参照 サゲの四分類は、「へん」「合わせ」「ドンデン」「謎解き」の 四つで、 日常の両端に整合性がない非日常と、 整合性がありすぎて作意的に見える非日常を設定し、 整合性がない非日常へ落ちるサゲを「へん」 整合性がありすぎて非日常なサゲを「合わせ」 一端、合わせ側へ寄っておいて、へんの側へ落ちるサゲをドンデン、 一端、へん側へ寄っておいて、合わせの方へ落ちるサゲを謎解き、 と枝雀さんは呼んだ。 「らくごDE枝雀」ちくま文庫 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480027777/qid=1078302076/sr=1-1/ref=sr_1_10_1/250-5890640-6053040 ちなみに、戦前の漫才に関する本でいうと、 エンタツ・アチャコさんの漫才台本作家で 漫才作家を名乗った最初の人物秋田實さんに関する本で 「漫才作者 秋田実」 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/458276391X/ref=pd_ecc_rvi_3/250-5890640-6053040 西洋のお笑い系口承文学を知る本では 「西洋の落語―ファブリオーの世界」 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4122029406/qid=1078302206/sr=1-3/ref=sr_1_8_3/250-5890640-6053040 3イベント情報 3/7(日)ポエトリー地下劇場 司会:ドクター・セブン 出演:ムロケン・平山昇・油本達夫(横浜詩人会)・ロバート=ハリス 美音妙子・稀月真皓 場所:神奈川県民ホールギャラリー第五展示室 開演18:00〜 入場無料 定員100名  ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験メルマガ】 登録ページ http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/mmg.htm 登録と解除は上のページで。 関連HP:掲示板に感想・御批判入れて下さい。 http://www.tcup3.com/356/kidana.html 発行者 木棚 環樹:kidana@pat.hi-ho.ne.jp ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□