■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 不定期刊行物【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験】 第175号    2007/10/17発行 ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 1文学フリマの出店者リンク集 11月11日東京秋葉原開催の文学フリマのリンク集を作りました。 http://d.hatena.ne.jp/kidana/20070916 http://d.hatena.ne.jp/kidana/20071012 2パーティ 10月6日(土)にとあるパーティに呼ばれて、 ライターの谷本真由美さんhttp://www.amazon.co.jp/dp/4896372573/ という方とお話させていただく機会があって 色々、考えさせられました。 頂いた名刺に書かれた略歴を見ると アメリカの大学院を出て、アメリカやイタリアで 勤務されていた方なのですが、 「日本にはブックフェアがない」 「日本にはブッククラブがない」 という話になり、一応、日本の朗読事情には多少詳しい私ですから 「いえ、日本にもあるんですねどね」と言いつつ、 日本のそれと外国のそれの違いについて 考えたりとかしました。 ブックフェアというのは、販売促進活動として、 作家の人が書店で朗読会を開いたりすることをいうらしい。 ブッククラブとは読書会・読書サークルで、数人の仲間が集まって 一つの本を読んで感想を言い合う、 場合によってはその本を朗読したりする集まりです。 〜〜〜〜 木棚:日本でもそのような朗読会はあるのですよ。 谷本:外国では、街をあげてのフェスティバルというのがあって フェスティバルの月には毎日どこかで無料の朗読会があって 今日はあそこ、明日はここと、 フリーペーパーのフェスティバルマップを片手に 朗読会のはしごをして回る。 日本にはフェスティバルがないし、遊ぶ場所がない。 木棚:日本人からすると日本には遊ぶ場所がないという話は 変で、遊園地もディスコもクラブもカラオケもパチンコも あるじゃないかとなるのですが。 谷本:行政が無料で提供している文化的なフェスティバルとなると ほとんど見ない。 木棚:日本の場合、商業施設であるライブハウスや劇場などを有料で借りて オープンマイクなどのイベントをやるので、 どうしてもお客さんからお金を取る有料イベントになる。 日本でも、公共機関のホールで 地元の高校のブラスバンド部の演奏会なんかを 入場無料でやっていたりする。 谷本:でも、駅から遠いし、会議室みたいな所でやっている。 ブッククラブをやるときに、日本では公民館の会議室を借りて、 長机に折りたたみイスでやるが、 向こうではソファーとアンティーク家具があって、 自宅のリビングのようにくつろげる空間で 読書会なり、朗読会なりをやる。 日本の官僚には教養がない。だから文化予算を組めない。 イタリアの官僚は生まれながらのエリートで 広い邸宅に住み、オペラを観賞し、クラッシックも知っているし 絵画も分かるし、ハードロックやヘビメタもやっている。 日本の官僚は、そんなことを一切せずに勉強だけをやってきた。 だから詰まらないし、向こうに行っても話が合わない。 ヨーロッパのエリートと対等に教養のある話をできる官僚が 日本にいない。 木棚:私も一応、幼稚園の頃ドイツにいたので、 その辺は分かるのですが 向こうは階級社会でエリートは受験勉強などせずに、 最初っからオペラや絵画やクラッシックに触れていれば良いわけで 日本は競争社会で、受験戦争に勝たないと官僚になれない。 どちらが良いとも言いがたい。 アメリカ人の官僚はどうなのですか? 谷本:あそこも競争社会だから日本と同じで勉強ばっかりして 教養のない詰まらない人が多い。 大体、イタリアで問題を起こすのは日本人とアメリカ人と南米人だ。 木棚:どういう問題を起こすのですか? 谷本:日本人やアメリカ人は5時を過ぎても働きたいから働くが 周りは、それをされると自分達の仕事が増えるから迷惑だ。 それで問題が起こる。 木棚:南米の人もそうなのですか? 谷本:南米の人はアメリカで教育を受けているから、 ほとんどアメリカ人だ。 木棚:イギリス人はどうですか? 谷本:イギリスはアメリカとイタリアの中間だ。 〜〜〜〜 イタリアというのは、すごいところで、新聞の人生相談のところに 「同棲して二年になる私の彼はサッカーの試合を観戦に行ったっきり、  二週間も帰ってきません。連絡もつかないので心配していると、  サッカー場で意気投合した友だちを連れて帰ってきて、 『サッカー場で仲良くなって、しばらく彼の家に泊めてもらったんだ』  と言います。その友だちも私たちの家に住み着いて  二週間になりますが一向に帰る気配がありません。  このまま彼と結婚して良いでしょうか?」 みたいな相談が載ってる国らしい。 二週間連絡つかない=当然、会社も無断欠勤でしょう。 それでも会社を首にならずに、有給休暇を消費しただけで済むのが イタリアで、日本なら二週間、というより二日連絡がつかなければ、 捜索願が警察に出されますが、イタリアはその点、 全然おおらかなんですね。 ラテン系の中のラテン系。 陽気で明るい人のことをよくラテン系というじゃないですか。 私見ですが、ラテン系(イタリア・フランス・スペイン・ポルトガル・南米) は産業革命的な意味での近代化をしてない国なのではないかと 思うわけです。 1400〜1600年 ルネサンス 1500年前後 ルターの宗教改革 1750年〜1850年前後 イギリスで産業革命 1800年前後 フランス革命 イギリスの産業革命が起きたのは1750年からになってますが それは事後的に、あとから振り返れば、あの時起きていたのが 産業革命だったなという話で、産業革命が 大きな意味を持つ革命であることを、フランスから発見されたのは 1850年前後になります。フランスの産業革命は イギリスより百年ほど遅れてスタートしている。 イタリアはルネッサンス時に、フランスはフランス革命時に 近代化しているから、1850年に産業革命が発見されても いまさら再近代化されない状態にある。 産業革命による近代化とは何かという話ですが それまで職人が工房で手作りで物を作っていたのが 工場で労働者が、蒸気機関やベルトコンベアの速度に合わせて 労働を行うという変化がおきる。 工場のベルトコンベアを二十四時間動かすことを前提に 人間が12時間労働の二勤制や8時間労働の三勤制で働くことになる。 ベルトコンベアは止まらないので、誰かが一分遅刻すれば、 誰かが一分余分に働かねばならず、誰かが一日無断欠勤すれば 誰かが一日余分に働かねばならなくなる。 これによって、時間厳守・スケージュール厳守の労働条件が発達する。 よく聞く話では南米の人たちはラテン系で二時間ぐらいの遅刻は 普通で誰も責めないし、誰も悪びれないと言います。 日本のように時計の時間で動くのではなく、太陽の時間で動くので 時間の概念が午前・正午・午後・夜の四つぐらいしかなく 「午前8時集合」と言っても、「午前中に来れば良いのね」と 解釈するので、午前10時に来ても、 まだ太陽が昇り切っていない午前中なので、時間を守ったことになる。 フランスにはシェスタというのがあって、 お昼休憩が12時から3時まで3時間あったりする。 昼食後に昼寝とかするわけです。向こうは日本と違って大陸で、 海が周囲にないので気温の上下が激しく、 その時間帯は暑くて仕事にならないから、休むそうですが 日本だとクーラー入れてでも働かせるでしょう。 変な話、9時から5時までの8時間労働で残業なしで、 シェスタの昼休みが3時間だと、実働5時間で、週休二日だと 月の実働110時間程度かよって話ですよね。 日本だとサービス残業込みで月の実働300時間越えで 労働問題になっている。 これが文化とどう結びつくのかって話ですが ドイツやイタリアでは午後五時を越えて働く奴は 労働基準法を守らない犯罪者で、午後五時以降にみんな 文化的な遊びをする。音楽や演劇を自分達でやって、友人達を招いて それらを見せるし、友人達の音楽や演劇を観賞にも行く。 〜〜〜〜 木棚:向こうでは五時を越えても文化的な遊びが出来ない人間は 人格に問題があると思われるが、日本では五時を越えて 「自分のバンドのライブがあるから」と残業を断ると〜。 谷本:システムのリカバリやってろ(笑。 木棚:五時を越えて文化的な遊びをやる人の人格に問題があると思われる。 ドイツでは二〜三ヶ月に一回、子供を他の夫婦に預けて、 夜、奥さんを連れてレストランや観劇に行かないと 正式の離婚理由にされてしまう。 谷本:ごっそり(財産を)持っていかれますね。 〜〜〜〜 日本の官僚に教養がないと言いますが、労働条件がそもそも違って 向こうは午後五時から午前0時ぐらいまで、 毎日文化的な活動をやっている。 単純計算して一日七時間ほど、毎日文化活動して、 それが十年二十年蓄積すれば、教養の差はおのずと出てくる。 一日二十四時間を、8時間働いて、8時間文化活動をして、 8時間寝ると決められているヨーロッパと、働けるだけ働いて、 家は風呂と飯と寝るだけの日本では、教養を求めるのが酷だ。 日本で教養のある人は、演劇や音楽やオペラを広く知っているが 向こうで教養のある人は、演劇や音楽やオペラを広くやっている。 この差はでかい。 〜〜〜〜 谷本:向こうでは芸術学校に行くのは、無料で奨学金も出るが 日本ではお金を払わないと学校に行けない。 木棚:第三舞台の鴻上さんのエッセーで面白かったのは、 日本政府が一年間に出す文化予算と、イギリスで一番大きな劇団に イギリス政府が一年間に出す予算を比べると、 イギリスの劇団の方が大きい。 イギリスで二番目に大きな劇団と比べても、イギリスの方が大きい。 イギリスで三番目に大きな劇団と比べてやっと日本の方が勝つのだが、 それは日本政府が演劇に出す全予算ではなく、演劇も音楽も文学も 全部を含めた文化予算と、イギリスで三番目に大きな劇団に出す予算を 比べて、日本がやっとかろうじて勝っただけの話だというのがあって。 〜〜〜〜 鴻上さんは日本政府はもっと文化に予算を回すべきだと言う。 谷本さんも、そうだろう。でも、私はそんなに単純な話でもないと思う。 http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/169gou.txt で書いたような、芸術の戦争責任論が敗戦国日本では大きく問われる。 鴻上さんのエッセーで書いてあったが、 ブロードウェー(オフやオフオフ含む)や ロンドンと比べても日本の小劇場の小屋の数は多いらしい。 政府予算による無料でみられる劇団がないかわりに、 有料でみせる小さな劇団の数は外国より多い。政府の息が掛からない アナーキーな表現の種類は日本の方が多いといえるし それは政府予算の少なさから来ていると思う。 岡田斗司夫著 東大オタクキングゼミp147〜148より 「いま通産省では『国立国民映画学校』というのを つくろうとしているんですよ。ネーミングもすごいんですが(中略) なんかすぐに吉原で女の人がどつきあいするような映画ありますよね、 ああいう映画の監督にガンガンお金を渡しちゃおうとしています。」 1998年発行だからデータは古いですが、吉原でどつきあいというのは 任侠映画・ヤクザ映画ですね。これのブームは68年ごろに学生運動と 表裏一体でやってきます。 安保条約反対で、岸内閣に反対する学生運動を封じ込める目的で 反共連合と言いますか、愛国団体・任侠団体を束ねて岸内閣と つないだ人達がいて、政府と右翼団体・愛国団体・任侠組織が 反共という目的で手を組んで、そのプロパガンダとして 仁侠映画を流行らせたというのがあった。 それと同じ流れが1998年地点でもあるということです。 政府が文化に金を出すときに、政府は当然、自分達にとって 好ましい文化にお金を出すことになる。 それはどういう文化かというと、 「親や兄弟、お国のために命を捨てるのが男の生き方」みたいな もろ第二次大戦前の戦争翼賛映画じゃないかという方向へ行く。 そのような方向へ持っていった岸元総理の孫が安倍元総理だという 流れを見ると、政府が文化に金を使えば良いという 単純な話でもないだろうと思う。 〜〜〜〜 木棚:日本政府も文化に予算を使おうという話があって、 その予算を使う対象が仁侠映画だというのですけど。 谷本:趣味悪〜〜〜い。やっぱ、官僚に教養がないから、そうなるんだよ。 木棚:60年代の安保闘争時に(中略)、〜という教養があるから 政治的に正しい判断(反語)をしているのだと思います。 谷本:こわ〜〜い。 ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□ 【賞なしコネなしやる気なしで作家を気取る100の実験メルマガ】 登録ページ http://www.pat.hi-ho.ne.jp/kidana/mmg.htm 登録と解除は上のページで。 関連HP:掲示板に感想・御批判入れて下さい。 http://www.tcup3.com/356/kidana.html ■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□■■■■□