欄外 原発災害について

東日本大震災、未曾有の災害です。遅ればせながらまず被災者の皆さんに心からお見舞いを申し上げます。既に全国の多くの方々から支援の手が差し伸べられていますが、今後は復興にむけてさらに広範囲で長期的な支援が必要になるでしょう。これに応えるためには災害直後の同情だけでなく、被災者の皆さんが直面されている不幸の現実を冷静に見つめて正しく理解することが欠かせないだろうと考えています。

今回の災害の受け取り方は関東と関西で大きな差があるようです。東京の友人からは、停電で二晩ほどローソク一本で過ごした、恒例の読書会も取りやめたと聞きました。別の友人は「一ヶ月を経たいまでもスーパーでは一部の商品の品薄が続いている、それに度々の大きな余震に怯えている」と書いてきていました。

関西では災害の直後に一日か二日スーパーから米や電池など一部の商品が姿を消しただけで今は完全に元に戻っています。しかしこれだけの規模の災害がこの程度の影響で済むはずがありません。現に多くの企業では部品の不足で工場の操業を停めているといいます。そうした形で震災の影響は今後長く尾を引き、徐々に日本全体を変えていくのではないでしょうか。

とりわけ福島原発の問題は深刻です。そして今も進行中の災害です。これは震災とは区別して考えるべきでしょう。震災によって引き起こされたのは事実ですが、その性格は自然災害ではなく人災だからです。電力業界も政府も巨費を投じて原発の安全を宣伝してきました。何があっても大丈夫だと云い続けてきたのです。

原発に関わった学者たちもその宣伝を容認してきました。今になって想定を超える地震だったというのは通りません。マグニチュード9の地震は世界ではこれまで何度も起きているのですから。これを今後どう考えるのか。

仮に放射能汚染を比較的短期間に押さえ込むことができたとしても、問題はそこから始まるといってよいでしょう。既に日本は電力総需要の30%を原発に頼っています。これをどうするのか。これは私たち日本人が今突きつけられている問いです。そして長い将来にわたる生活をかけて答えなければならない重大な問いです。

四つの方向が考えられます。

1   原発を増設してこの割合をさらに高める
これは政府や電力業界がこれまで一貫して取ってきた方針です。そうすればCO問題など石油エネルギーの弊害を減らすことができるというのが大きな理由でした。

2 
 総電力需要の30%を原発に頼っている現状を維持する
その場合でも老朽化した原発は作り換えなければなりません。つまり新たな原発の建設を含むことになります。またその際国民は二度と災害を起こさない安全性を求めるでしょう。それがはたして今の科学技術で可能なのか、問題が残ります。

3    原発を減らして依存の割合を低くする

4  原発をやめて脱原発の方向に向かう

 BとCのどちらの場合でも、代替エネルギーをどうするかがただちに問題になります。石油や石炭による火力発電を増やすことができるのか。水力、風力、太陽熱など自然エネルギーの開発は近い将来には間に合いそうにもありません。これらが確保できない場合は電力需要の抑制しかありません。産業や生活の電力への依存度から見てそれはすなわち日本経済の圧縮ということになるでしょう。仮にCの方向をとった場合、国民一人一人が経済生活を
30%切り詰めるわけです。

 この問題については既に一部の新聞がアンケート調査の結果を報じていました。確か@の答えはさすがにごくわずかで、AとBが多く、Cは少数だったと思います。ほぼ常識的な答えでAの現状維持派が思ったより多いのが目立った程度でした。

 しかし私には、まだ今回の原発災害の事態を十分把握した上での回答とは思えませんでした。今後福島原発の廃炉に向けての工程や広範な損害賠償の処理など事態収拾のための手続きが進む中で徐々に国民の意識も固まってくるのではないでしょうか。

 ところで私は数十年前、日本の原発の黎明期に報道記者の一人として原発建設に取り組む電力会社の取材を担当したことがあります。技術的なことが何も分からず仕事らしい仕事はまったくできなかったのですが、ただ一つ覚えていることがあります。

 それは原発の安全性を訴えるための宣伝費が恐ろしく巨額だったことです。その電力会社はアメリカの原発企業と提携し、多数の技術顧問を何年間も招いて日本で何基目かの原発を建設したのですが、そのために支払った技術料よりも宣伝費の方がはるかに高額でした。アメリカの原発企業からこの電力会社に宛てたアドバイスの文書にも「安全性の周知こそ原発の成否を決める」と明記されていました。

 以後私は個人的には原発反対の立場に変わりました。安全のためよりもその宣伝のためにお金が使われるのはおかしいと確信したからです。しかし原発のことが何も分からない一人の若い記者にできることなどありません。会社が出すデータをほとんどそのまま垂れ流すことに終り、結果として私は原発建設に協力してしまったことになります。

 こうして社会の一部でくすぶる安全への不安をよそに原発の建設はどんどん進みました。この間世界では、アメリカのスリーマイル島(1979年)と、ソビエトのチェルノブイリ(現ウクライナ‐1986年)で大事故が起き、これを契機に多くの国が脱原発の方向に舵を切り替えました(オーストリア・スウェーデン・イタリア・フィリピンなど)。   

 ソビエトはチェルノブイリ以後大規模な原発建設計画を白紙に戻し、アメリカでも少なくともスリーマイル島以後2000年までは原発は1基も建設されなかったはずです。しかし日本ではこれらの事故がなぜかブレーキになりませんでした。また国内では何度か危ないケースはあったものの大災害には至らずにすみました。こうして今や原発は総電力需要の30%を賄うまでになっているのです。  

 私たちは既に半世紀近く原発の生み出す電力の恩恵に浴して暮らしてきました。災害が起きたからといって、私は反対だった、賛成だったと言うのは無意味です。今求められているのは、上に上げた四つの選択肢の内どれを取るかの答えです。いずれも将来にわたる私たち自身の生活をかけた決断になるはずです。

 TVの画面には今日も「頑張ろう、日本!」のスローガンが流れています。災害直後にはこれしかないと思うほど優れたスローガンだと思って見ていました。しかし今後はこれだけでは済まなくなると思います。私は「見直そう、日本」という言葉を付け加えたいと思っています。

 私たちの家庭はもちろん、官庁で、企業で、すべての職場でこれまでやってきたっことを総点検することはできないものでしょうか。伸びきった生活を元に戻し、肩の力を抜いて軟着陸を図るのです。かつて七つの海に君臨したイギリスのその後の歴史が少しは参考になるかもしれません。軍事大国でも経済大国でもなく、智慧と勇気のある普通の国になることが最善の道だと私は信じています。

 最後に一言いわせてください。私がこのサイトで取り上げている「馬」の話は、決して金持ちの高級な趣味の話をしているのではありません。馬は生きものであり、自然そのものです。しかも私たちに親しい自然です。その馬を通してみることで私たち自身の思いあがりや考え方の歪みが見えてきます。

 その意味で、たとえば「在来馬の絶滅」というコトバは私にとっては「原発大災害」と同じ重さと広がりを持っています。日本人の多くが再び馬に眼を向ける心の余裕を取り戻したとき、自ずから日本の行方も見えてくるのではないでしょうか。

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