テーマをめぐって
  競馬への依存

先に、あまりにも急激なモータリゼーションの進展で日本の馬は生きる場所を失ってきた状況を紹介しました。実は馬をめぐってもう一つ日本だけの特殊な状況があります。競馬の人気です。いや、競馬人気への依存といった方がよいかも知れません。

ちょっとぶしつけな設問を許してください。皆さんはサラブレッドという言葉をご存知でしょう。ああ、あの競馬の馬だと誰でも答えます。では、サラブレッド以外にどんな馬をご存知ですか、それはサラブレッドとどう違いますか?となるとどうでしょうか。

とたんに答えに困るのではないでしょうか。アラブ馬、それに子供を乗せたことのあるポニーの名前くらいは出てくるかもしれません。しかしその次には絵本で見たシマウマといった答えになりそうで心配です。実はこんなことを書いている私自身も、数年前まで馬に関する知識は似たようなものでした。

しかしこれは日本に特殊な状況で、ヨーロッパやアメリカではそんなことは考えられません。大半の人が即座にサラブレッド以外の23種の名前を挙げるでしょう。特にその国の誇る伝統馬や国産馬の名前を知らない人は少ないと思います。(写真:サラブレッド  Photo by (c)Tomo.Yun  URL(http://www.yunphoto.net )

アメリカならクォーターホースやアパルーサ、フランスならセル・フランセやカマルグ馬、スペインならクリオージョ、北欧ならアングロ・ノルマンなどなどです。

日本人ならせめて、ドサンコや木曽馬、今は絶滅して見ることのできない南部馬の名前くらいは挙げてもらいたいところですが、それは欲張りというものかも知れません。

さて、あえてこんな設問を試みたのは他でもありません。日本では馬と言えばサラブレッドだと思っている人が大半であること、馬という生きもの全体についてはほとんど関心を失っているらしいことを思い出してもらいたかったからです。

実は、このことは馬の飼育統計の数字からも裏付けられます。現在生き残っている馬の用途別の構成を見てみましょう。

既に紹介したように日本の馬の総飼育頭数は85000頭です。この内競走馬のサラブレッドが45000頭で54%を占めています。さらに乗用馬が16000頭弱いますが、このうち半数以上が競馬からの引退馬で、これもサラブレッドです。ちなみに私の属する乗馬クラブで飼育されている100頭あまりの馬を数えてみたところ80%強がサラブレッドでした。

日本馬事協会「馬に関する資料」の2009年統計 他参照

つまり日本はサラブレッド一辺倒、日本の馬産業はほぼ全面的に競馬に支えられているわけです。別の角度から言えば、日本人は競馬の馬券を通じてかろうじて馬とつながっているということになります。

世界にこんな国はありません。競馬の本場イギリスでさえサラブレッドが総飼育頭数に占める割合は約30%です。アメリカは20%程度、その他の諸国ではそれ以下と思われます。

競争馬以外に乗用馬、農耕馬、挽曳馬(馬車を引く)などがあり、それぞれの用途に適した種類の馬が数多く飼育されています。競走馬はその一部に過ぎないのです。

日本は極めて危ない状況にあると言わざるを得ません。一時4兆円産業とまでいわれた競馬もここ10年人気が凋落気味です。もし大不況の影響などで一般の競馬への関心が去ってしまったらどうなるのでしょうか。壊滅的な打撃は避けられないでしょう。古墳時代から続いてきた日本人の馬との親しい関わりも絶えてしまうことになりかねません。

最後に一つ付け加えておかなければなりません。競馬は本来ギャンブル・イベントです。そのイベントが見るスポーツとしての楽しさに支えられて人気を集めているわけです。しかし私がここで問題にしているのは、人が馬を養い育て、代わりに馬には家畜として人のために働いてもらう直接的な関わりです。支えあって仲間としての共に生きる関わりです。

疾走する競走馬の華麗な姿をTVの画面や望遠鏡のレンズを通して見るだけの関係とはあきらかに異質な関わり合いです。そう考えると、日本の馬をめぐる状況の深刻さが浮かび上がってくるのではないでしょうか。

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