テーマをめぐって
   その4 どさんこの資質

先にドサンコはそのやや小さな身体に素晴らしい能力を秘めていると書きました。そこで今回はドサンコの特徴と資質について私の知る限りで整理しておきます。説明の都合上サラブレッドと比較しながら進めます。まずサラブレッドについてです。

サラブレッドは、18世紀のはじめイギリスが中東からアラブ馬を輸入してイギリスの在来馬などとの交配を重ねて人工的に作り出した馬の品種です。その後3世紀にわたって現在に至るまで、競馬に勝つことだけを目的に、厳重な血統管理のシステムの下で改良が続けられてきました。

従って最大の特徴はスピードです。人を乗せて時速6070キロの猛スピードで走ることができます。こんな馬は他にはいません。もう一つの特徴はその姿の美しさです。体高(肩までの高さ)160170センチ、体重450500キロ。肢が長くすらりとした体型で、その上筋肉質。誰が見ても馬として理想的な美しい姿をしています。この二つの特徴から、人が作り出した最高の芸術品とまで称えられています。(写真:日高ホロシリ牧場で)

ただし弱点がないわけではありません。サラブレッドの桁外れのスピードは、競馬のコースとして設定される14キロの距離の場合に限ってのことなのです。それ以下のたとえば400メートル競走の世界記録はアメリカのクォーター・ホース(短距離に強い乗用馬)が持っています。また長距離の耐久レースはもっと苦手で、記録には登場しません。

また肉体的・精神的に弱いところがあります。寒さや病気、ケガに弱く、光や物音に驚きやすい神経質な性質で、飼育・管理には相当の技術と費用を要する馬なのです。要するにサラブレッドは、競馬という華やかな舞台で勝つことだけを目的に作り出された、いわばF1レーシング・カーのような馬だと覚えておけば大きな間違いはないと思います。

ドサンコの特徴は大体サラブレッドの逆のことを言えばよいようです。身体は体高(肩までの高さ)125135センチ、体重250350キロと小さく、モンゴル馬など多くのアジア馬と同じ中型馬に属します。短躯胴長で頭が大きく、見てくれはとてもサラブレッドに及びません。走るスピードも同様です。

しかし小さな身体には似合わない強い脚力と持久力を持ち合わせています。この優れた資質は登坂能力や駄載能力として発揮されます。ベテランの騎手なら斜度60度の雑木林の斜面を登ることができるといいます。また150キロの荷物を背に載せて180キロの行程を踏破した記録があります。(写真左:どさんこ 月毛)

身体が頑丈で特に寒さにはめっぽう強く、病気や怪我が少ないのが大きな特徴です。さらに蹄が硬くて通常は蹄鉄を必要としません。これらの特徴はサラブレッドにはないものです。

性格は頭がよくて気の強いと言われます。そのくせ落ち着きがあって人にはきわめて柔順です。矛盾する性格のようですが、馬の場合これを克服するのが調教と呼ばれる仕事のようです。ある老練な調教師から聞いたことがあります。「気の強い馬ほど調教で良い馬になる。だからやり甲斐もある。もっとも気の強い馬の調教は半分命がけの仕事だけどね」と。

乗用馬としてみた場合また別の特徴が浮かび上がってきます。きわめて乗りやすい点です。身体が小さいこともかえって日本人の体格に合っています。サラブレッドの場合、騎乗の際必ず踏み台を使いますがドサンコでは不要です。背の低い人でも十分ひとりで乗ることができます。

鞍の上下動が極めて小さいことも優れた資質の一つです。これは馬に乗る者にとって、特に初心者にとって非常に有難い利点です。この特徴がどこから来るのか、ドサンコの身体の構造によるのか、あるいは駄載(背中に荷を積む)馬として長い間使役されてきた習性によるのか今の私には分かりません。

また走る速さもサラブレッドにはかないませんが、遅いというわけではありません。素人の乗馬なら十分満足できるスピードで走ってくれます。しかしこれらは実際に馬に乗ってみなければ分かりませんからいずれ私の経験を披露することにします。

もう一つ大きな特徴は、粗食に耐え、苛酷な環境を生き抜く力、耐乏性です。ドサンコは江戸時代、北海道の冬の原野に放置されて半ば野生化していました。その頃雪の下からミヤコザサを掘り出して食べ、人の手を借りることなく生き延びたといいます。
 (写真:鞍を付けたドサンコ)

その経験から学んだのでしょう、今も通年放牧が可能な馬なのです。つまり原野に放しておくだけで、勝手に食をあさり、自然交配・自然分娩して子孫を増やす能力を持っているのです。これは世界の馬の中でもまれな資質ではないでしょうか。

こうした資質を持つドサンコは日本が世界に誇りうる名馬といって差し支えないと思います。しかし今は活躍の場がなく、いわば宝の持ち腐れの状態です。最大の原因は既に見たように世間の無関心です。北海道ではともかく関東以西では、ドサンコと言うと馬ではなくて北海道生まれの人間のことだと思っている人さえ少なくないようです。

何とかもう一度この名馬に眼を向けて、働き口を与えてやってほしい、これが私の願いです。幸い在来馬の中でただ一種、ドサンコは増殖に必要な頭数が生き残っています。今の内に保存ではなく活用の道を切り開かなければ間に合いません。皆さんもご一緒に考えてみてくれませんか。

                                                   

目次に戻る