人と馬との関わりを取り戻すためにも、在来馬を絶滅から救うためにも、何としても新しい働き口を確保してやりたいものです。そう考えたとき、競馬以外で誰もがまず思いつくのは乗馬でしょう。嬉しいことに、その乗馬への一般の関心はここ10年着実に高まる傾向にあります。先にもちょっと触れた馬の種類別飼育頭数の推移がそのことを裏づけてくれます。
馬種 |
軽種馬 |
農用馬 |
乗用馬 |
小核馬 |
在来馬 |
肥育馬 |
合 計 |
1993 |
72,779 |
28,378 |
9,797 |
____ |
3,361 |
6,778 |
121,093 |
1998 (H10) |
64,120 |
22,412 |
11,646 |
_____ |
2,892 |
10,260 |
111,330 |
1999 |
61,954 |
20,574 |
12,189 |
____ |
2,677 |
9,436 |
106,830 |
2000 |
60,795 |
19,537 |
11,739 |
____ |
2,510 |
9,396 |
103,997 |
2001 |
59,883 |
18,236 |
13,274 |
2,013 |
2,455 |
8,700 |
104,561 |
2002 |
58,413 |
16,963 |
14,225 |
1,627 |
2,400 |
12,390 |
106,018 |
2003 (H15) |
56,096 |
15,057 |
13,755 |
1,610 |
2,301 |
13,136 |
101,955 |
2004 |
53,027 |
13,576 |
13,705 |
1,602 |
2,294 |
12,399 |
96,603 |
2005 |
50,411 |
11,951 |
14,512 |
1,486 |
2,087 |
12,439 |
92,886 |
2006 |
47,596 |
10,578 |
15,468 |
1,412 |
2,067 |
9,847 |
86,968 |
2007 (H19) |
45,978 |
9,516 |
14,799 |
1,237 |
1,851 |
10,748 |
83,974 |
2008 |
45,277 |
8,888 |
15,829 |
1,178 |
1,860 |
10,098 |
83,129 |
日本の馬飼育頭数の変化(農林水産省2009年7月「馬の改良増殖等をめぐる情勢」)
(* 表の数字は農林水産省が日本馬事協会など幾つかの馬関連の中央団体の調査をもとに集計したもの。各中央団体はそれぞれ下部組織からの報告・登録をもとに集計しているので非加盟組織や報告漏れの数字は含まれていない。したがって実際の飼育頭数はこの表よりかなり多いと考えられる。しかし全体の趨勢を掴むにはもっとも頼りになる資料と思われる)
少し詳しく見ておきましょう。まず軽種馬はアラブ馬とサラブレッドが中心ですがかなり大幅に減ってきています。一時は地方競馬で活躍したアラブ馬が今はほとんど生産されなくなったことが響いているようです。したがって現在残っている軽種馬はほとんどすべてがサラブレッドと考えられます。(photo
by Tomo Yun)
農用馬は本来農耕馬のことですが、今は帯広で開催される「ばんえい競馬」の重種馬(ブルトン系、シャイヤー系など)が中心になっています。そしてばんえい競馬の人気の凋落に伴って年々減り、関係者の間では肥育馬への転換などが取り沙汰されているようです。
小格馬はペット用の体高80センチほどの小さな馬から公園で子供の相手をするポニーまで沢山の種類があります。ただしポニーという言葉は国際的には体高148センチ以下の馬のすべてを指し、日本の在来馬はすべてこれに含まれます。また外国には大人の乗用馬として活躍するポニーが沢山います。
肥育馬はいわゆる馬肉用の馬で増減はありますが毎年1万頭前後で推移しています。このほかに輸入馬肉が相当量ありますが、全体として日本人の馬肉食の習慣はこの程度の規模にとどまっていることを示すものとして注目されます。
こうして見てくるとすべての馬種が減っている中で乗用馬だけが毎年着実に増え続けているのが目立ちます。2004年には農用馬と位置が逆転して乗用馬の方が多くなっています。先に触れたように(課題その2競馬への依存参照)この中には競走馬からの転用が半数以上含まれています。しかしそれでも一般の乗馬への関心の高まりを示していることに変わりはなく、馬たちにとって大きな希望の光に違いありません。
農林水産省のこの報告は乗馬人口にも触れていて、2007年時点で全国の乗馬クラブ数約1000ヶ所、会員数が約7万と推定しています。これは乗馬クラブとその会員の数ですから実際の乗馬人口はこれよりかなり多かったはずです。そして乗用馬へのニーズは今後もさらに増えると予測していますから、3年を経た今はひょっとすると20万近くにもなっているかもしれません。
この分でいくと近い将来乗馬がレジャー産業の中で確固たる地位を占め、誰もが気軽に乗馬を楽しめる時代が来るのではないかと期待が膨らみます。しかし拙速は禁物です。乗馬は馬という生きものを相手にするスポーツです。ゴルフのクラブのように工場で大量生産するわけには行きません。
何よりも乗用馬の安定した供給体制が整わなければなりません。競馬からの引退馬を考えれば頭数は揃うかもしれません。しかし乗用馬にに転換するためにはそのための調教が欠かせません。牡馬には去勢も必要です。調教が不完全な馬は危険です。牡馬の調教の様子を実際に見たことがありますが、そばにいるの怖いほどの迫力です。とても素人が近づけるものではありません。(写真下:馬場練習)
乗用馬の調教ができる人はどの位いるのかという質問に、専門家の一人は「さあ、乗馬クラブの3分の1位には調教師がいるかな」と答えてくれました。これではとても足りないでしょう。調教師だけではありません。厩務員、装蹄師、獣医など馬の飼育管理に当たる専門家集団が必要です。それぞれ必要な数の要員が育たなければなりません。これらの条件が整ったとき、乗馬ははじめて安定した発展を期待できるものになるのだと思います。
もう一つ忘れてならないのは社会一般の馬という生きものに対する理解です。たとえば道路交通法では馬は軽自動車として扱われています。しかし舗装道路の片側をニ、三頭の馬が歩いていたらどうでしょうか。車のドライバーはいやな顔をして通り過ぎ、子連れの母親は歩道の端に寄って逃げるように去っていくでしょう。
無論危険の防止や渋滞の原因を作らないことは馬を連れている者の責任です。しかしそんな心配がない場合でも馬は邪魔なもの、危険なものとしてしか見られないのが現状ではないでしょう。事実馬が道路を歩くことはほとんどなくなっています。わずか2キロほどの距離を移動するのにも馬運車で運ばれているわけです。
これはモータリゼーション(車社会化)によってここ数十年の間に作られた状況です。馬という生きものを徹底的に社会から締め出して来た結果です。それが本当に私たちの幸せにつながっているのかどうか、今一度考えてみる時期に来ているのではないでしょうか。