ドサンコとの出会い 

  その2 名馬 金次郎

午後はファームに帰り、訪ねてきた二人の若者と一緒に再び山のコースに入る。最後まで一緒だと思っていたら、途中で若者二人はオーナーに連れられて別の道を行き、私は息子のKさんについて笹に覆われた深い林に踏み込んでいった。午前の特訓のおかげだろうか、「これがあのミヤコザサか?」などと思ってみるゆとりがあった。(写真:どさんこファーム 雪道)

    ミヤコザサ−野生馬時代のドサンコは冬には雪の下のこの笹を掘り出して食べ、命をつないだという

急な斜面を登り降りし、谷川を渡ってさらに急傾斜を登ってカヤの生い茂る草原に出た。Kさんは「ここでもう一度駆歩をやりましょう」と言うなり走り出した。一面カヤに覆われて道などどこにあるかも分からない。必死に賢治さんの踏み跡を辿るだけだ。それにしても金次郎はすごい。一歩も遅れず、自分の背丈ほどもあるカヤもまったく気にしない。まるで平地を走るようにまっすぐにKさんの後を追った。

少し慣れてきて周囲の状況を観察できるようになった頃不思議なことに気がついた。金次郎は決して躓かないのだ。道は幅50センチもない獣道のようなものだ。中央に幅10センチほどの溝が帯のように黒々と延びている。両側はカヤの根っこなどで土手のようになっている。段差は場所によって10センチ近くもあろうか。

金次郎は器用に両側の土手を渡りながら走る。たまに中央の溝に足を踏み入れることはある。だがそんなときも決して馬体が前にのめらない。鞍がほんの少し沈んだかなと思う程度で、まったく変わらないリズムで前へ前へと走り続けるのだ。どんな足の運びになっているのか分からずじまいだった。

クラブで乗るサラブレッドは整備された砂の馬場でもかなり頻々に蹴躓く。その度に鐙に体重を預け、背を反らせてバランスを維持しなければならない。それはそれで練習にはなるのだが、何故金次郎はこうも違うのだろうか。

サラブレッドの視界は350度位あり、見えていないのは真後ろと背中にいる騎乗者、それに自身の顎の直下だけだという。しかも走るときは首を上げて遠くを見て走る。これに対してドサンコは大きな顔をややうつむき加減にして走る。駄載馬(重量物を背に載せて運ぶ)の習性であろうか?いや、ドサンコは後肢がX脚になっているという。そうした身体の構造にもよるのであろうか。

それにブレーキに極めて敏感だ。サラブレッドでは半減脚で合図を送り、背を起こして鞍に座り、それから拳を締めて肘を引く。これでようやく駆歩から速歩になり、それから常歩に戻って止まる。
 金次郎はほんの少し背を起こすだけで見事にスピードを落とし、拳を締めると完全に停止する。しかも急ブレーキのショックがまったくない。まるで高級ホテルの最新式エレベーターのようなものだ。(写真右:金次郎)

山の上で1時間近くも走り回ってようやく特訓を終え、ファームに戻る。事務所小屋でしばらく話をして夕刻になり別れを告げた。
 オーナーのIさんはわざわざ遠回りして送迎範囲にない函館駅近くのホテルまで送ってくれた。車の中でIさんから聞いた話で分かったが、金次郎はファームでも選りすぐりの名馬だったようだ。

それにしても今日は私の乗馬人生最高の日であった。「函館どさんこファーム」と「金次郎」の名は生涯忘れることはないだろう。宿に着くと、間もなく妻も江刺観光から帰ってきて合流。今回の北海道馬旅行終わる。

(以上 旅行日誌の一節をそのまま再録)

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