中央競馬しか興味ないよ、という方であっても、メイセイオペラの名はご記憶にあろう。
1999年のフェブラリーSに優勝し、地方所属馬初の中央GT制覇を成し遂げた名馬である。
その偉業について語る前に、現在の中央競馬と地方競馬の関係について説明しておきたい。


○ハイセイコーとオグリキャップ
現在、レジャーとしての競馬を日本に定着させ、世界一の賞金額を誇っている中央競馬(JRA)であるが、その成功の大きな要因として、2頭のスターホースがあった。

  ハイセイコー。 彼が国民的ヒーローになる以前、電車の中で競馬新聞を広げるのは勇気のいることだったという。
  オグリキャップ。 彼の登場以降、競馬場で女性の姿が珍しくなくなった。

この2頭に共通すること−それは、もともと地方競馬の馬だったということ。
地方出身の”雑草”が、中央のエリート集団をやっつける、という明確な図式が、人々のこころをつかんだのだろう。

○中央GI開放芝コース新設
そうして中央競馬は確固たる地位を固めていったものの、地方競馬は”JRAの二軍”というイメージをぬぐえず、売り上げの差は開くばかり。バブル崩壊以降、いくつかの地方競馬では存廃問題も発生する中で、JRAは地方競馬支援にようやく本腰を入れ始めた。地方の競馬場が次々と廃止になって、競馬界全体のすそ野が狭くなれば、その頂点にある中央競馬のレベルも当然低下せざるを得ないからである。

まず、中央のGTレースに、地方所属馬も出走できるようにした。ハイセイコーやオグリの頃は、どんなに強くても中央に移籍しなければGTには出られなかったのだ。これで、地方は大切なスターホースを失わなくて済む。

 これにいち早く対応したのが岩手競馬だった。それまで、地方競馬場のコースは全てがダート(砂)だったが、盛岡競馬場の移転時に芝コースを新設し、中央挑戦前に芝でのレースを経験できるようにした。


盛岡ご自慢の芝コース(奥)とダートコース

○地方・中央交流時代
 さらに、ふたつの競馬の境を無くすべく、所属に関係なく全ての馬が参戦できる地方・中央交流レースが90年代半ばから全国の地方競馬に創設された。中央の有名な馬やジョッキーを地元勢が迎え撃つという格好で、ふだんは地方競馬など見向きもしないひとたちが大挙して詰めかけた。そんな交流レース草創期の伝説のレースに、これも岩手競馬・水沢競馬場で行われた『南部杯』がある。

当時、東北で無敵を誇った、トウケイニセイという馬が水沢にいた。足に故障を抱えており、長距離の輸送に耐えられないことから中央遠征は叶わなかったものの、その実力は中央の一流相手でも決して負けないものと言われていた。しかし、トウケイニセイにとって不運だったのは、生まれるのが少し早すぎたこと。。 競走馬としてのピークを既に過ぎていた彼は、南部杯で中央馬を相手に奮戦するものの、3着敗退。2着より下になったことのない彼にとっては、まさに屈辱の敗戦であった。


盛岡競馬場スタンドのアトリウム

○ダート統一重賞、そしてメイセイオペラ
 それから数年の間に、交流レースの数は年間40を超えるまでに増加し、97年から中央競馬と共通のGT・GU・GVの格付けを与えることになった(ダート統一重賞)。水沢から盛岡に舞台を移した『南部杯』の格付けはグレードT。これは、広く砂質も良い盛岡競馬場のコースもさることながら、やはり早くから門戸を開放した南部杯の歴史が評価されたのだろう。

統一重賞制定がひとつのきっかけになったかのように、この年からそれまで中央馬に圧倒されていた地方勢が各地で反撃を開始、特に船橋のアブクマポーロは中央馬を全く問題とせず連戦連勝、地方競馬ファンを大いに勇気づけた。そして98年、ついに南部杯を奪還する馬が地元岩手に現れた。それがメイセイオペラである。

 スタートから一度も先頭を譲らぬ快勝で、見事トウケイニセイの無念を晴らしたメイセイオペラ。このレースで負かした馬には中央の強豪はもちろん、あのアブクマポーロも含まれていたことから、地元は湧きに湧いた。 しかし、実際の競馬界がボーダレス化する一方、マスコミや一般の関心はもっぱら中央競馬のみに向けられ、いくら統一GTの南部杯を制したとは言え、その実力が正当に評価されているとは言えない状態だった。やはり中央の舞台で勝たねば認められないのか。。しかし、当時中央側で開催されるダート統一GTはひとつしかなかった。年に一度だけのチャンスだ。

 99年2月、東京競馬場・フェブラリーステークス。最大のライバル、アブクマポーロは不在で、中央馬もこれまでの交流レースで力関係のはっきりした相手ばかり。勝って当然、もしここで負けてしまったら..
 そんな不安をよそに、直線力強く抜け出した彼はすんなりと1着でゴールを駆け抜けた。
岩手競馬、そして地方競馬の夢が、ついにひとつ叶ったのだ。


 あれから10年以上の月日が流れ、ダート王者・メイセイオペラは現在韓国で種牡馬生活を送っている。その中からまた全国区のスターホースが現われ、岩手競馬の名をとどろかせる事を願って止まない。