上山競馬場

 山形県有数の温泉地・上山に、地方競馬ファンあこがれの競馬場があった。
あった、と書かなくてはいけないという事実が、未だに飲み込めないでいる。

市営かみのやま競馬場は、温泉街からすこしはなれた街はずれ。無人駅で降りて、
畑の中を歩き、桜並木を上りつめると、山ふところに抱かれるようにして競馬場があった。
ひんやりとした空気が気持ちいい。

スタンドはこじんまりとしているが、中はいつもオジサンたちであふれていて、結構にぎやかだ。
名物の「
玉こんにゃく」一本100円は、しっかり味がしみていて、食べ始めると止まらないうまさ。
なにより、このスタンドから眺める景色がすばらしい。小さなコース(一周1050m)と、
背景の小高い丘、周囲の山々、そして空とが美しく調和し、まさしく日本のいなか、といった感じの
風景を創りだしていた。

 

 ぼくが『温泉行き』という言葉に出会ったのも、ここかみのやま競馬であった。このコトバは、
「馬券で大勝ちすること」くらいの意味らしいのだが、大儲けしたら温泉に行こう、という
つつましい発想は既に過去のものであり、競馬場で実際に耳にしたことはなかった。
しかし、ぼくのうしろにすわっていた一家6人連れ、
大穴を当てて喜ぶおじいちゃんに、小さな男の子が言ったのだ。
 これで『おんせんいき』だね、おじいちゃん!

かみのやま競馬場は、地元のひとみんなに愛されています、とパンフレットに書いてあったが、
ほんとうにそうなんだな、とこの家族をみてしみじみ思ったことだった。ローカルな雰囲気を求めて
”旅打ち”をするひとにとっては、まさに探し求めた桃源郷、そんな表現も決してオーバーではなかった。

 競馬場はしばらく場外発売所として存続するそうだが、そこに家族連れの笑い声が響くことは
もう無いだろう。あの日まだ小さかった男の子の記憶の中に、おじいちゃんと過ごしたかみのやま
競馬の記憶は残っているだろうか。

(2003.11廃止)

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