「除夜の鐘は何回鳴らされるか知っているか?」
「108回でしょ?それくらいオレでも知ってるよ」
大晦日の慌ただしさの合間を縫って、リョーマは手塚の元を訪れ、甘い時間を過ごした。
未だに火照る肌を持て余しながら、腕の中で唇を尖らせるリョーマを、手塚は愛おしげに見つめて微笑む。
「ならば、大晦日に打つのは何回だ?」
「?……だから、108回じゃないの?」
「107回だ」
手塚はクスッと笑ってリョーマを抱き締める。
「108回目は、新年に、つまり、日付が変わってから打つんだ」
「ふーん」
リョーマは釈然としないというふうに首を傾げたが、すぐに気を取り直して手塚の胸に顔を埋めてきた。
「で?」
「ん?」
「今の話は何の伏線?」
「え…」
「だってさ、急に除夜の鐘とか言うから…」
「あぁ…」
手塚は小さく苦笑して、リョーマの髪に口づけた。
「人間は108個の煩悩があるといわれているが……俺はどうなのかと、少し、考えていた」
「ふーん?」
「お前に関しての煩悩は、108個で足りるかどうか」
ククッと笑いながら手塚が言うと、リョーマもクスクスと笑って肩を揺らした。
「毎日一個ずつ煩悩を抱えたとして、365個以上あるってこと?」
「そうなるな」
「国光はえっちだもんね」
「お前もだろう?」
「オレは、アンタのことが好きなだけ」
クスッと笑ってリョーマが上目遣いで手塚を見上げると、手塚は小さく目を見開いて言葉を失くした。
「……そこで黙っちゃうと、自分がえっちだって認めたことになるけど、いいの?」
「え……ぁ……いや……」
手塚は苦笑すると、リョーマの身体をグッと抱き締めた。
「……ありがとうリョーマ」
「え?」
「俺の想いを……我が儘を受け入れてくれて、ありがとう」
「……ワガママ?」
「……お前も男だ。なのに、同じ男を受け入れるのには、かなり抵抗もあるだろうに……すまない」
「な…何、言って…」
「でも抑えられないんだ。お前の心にも身体にも負担がかかるとわかっているのに、俺は、お前を抱きたくて仕方がない」
さらにきつく抱き締められ、リョーマは「ぁ」と小さく声を漏らした。
「俺は、こうしてお前を抱き締めているだけでは満足できない。お前の身体を開いて、蕩けさせて、深く深く身体を繋いで、お前の一番奥へ俺のすべてを注ぎ込みたい」
「ぁ……っ」
リョーマの身体がゾクリと震えた。
つい先程まで深く繋がり合っていた場所が、熱く疼き始める。
「く……国光…っ」
「リョーマ……好きだ…愛してる…」
「も…っ、国光のバカっ」
「え……」
リョーマに身体を押し返され、手塚は少し戸惑ったように腕の力を緩めてリョーマの顔を覗き込んだ。
「リョーマ?」
「オ、オレは、えっちなんじゃなくて、相手がアンタだから、いっぱいいっぱい、したくなるんだって……」
「……」
「言ってることわかる?オレが好きなのは、えっち自体じゃなくて、アンタなの。だから、アンタとなら、ずっとずっと、何回でも、何時間でも、……ううん、時間があるだけずっとえっちしていたいわけ!」
「………」
「………聞いてる?」
「あぁ」
頬を真っ赤に染めて睨みつけるリョーマを、手塚は嬉しそうに微笑みながら優しく抱き寄せる。
「……ならば、今日は、泊まっていけ」
「え…」
「このままずっと抱いていてやる。除夜の鐘が鳴っている間も、鳴り終わってからも、ずっと、繋がっていよう」
「………ホント?……いいの?」
「お前こそ、いいのか?やっぱり嫌だと言っても、しばらくは離さないぞ?」
「離さなくていいよ」
リョーマが手塚の背に腕を回してしっかりと抱きつくと、手塚は甘い吐息を零した。
「オレだって、アンタに関しては108個じゃ足りないくらい、いっぱいいっぱい、ヤラシイコトとか考えちゃうんだ……だから、一年の最後の日と、一年の最初の日は、もうそれ以上ヤラシイコトを思いつけないくらい、ヤラシイコト、しよ?」
「あぁ……そうしよう」
そっと身体を離し、二人で見つめ合い、額を擦り付け合って微笑み合った。
「リョーマ……」
「………ん」
言葉にはせずに問われ、小さく小さくリョーマが頷くと、手塚はリョーマの額に口づけを落としてから、潤んだままのリョーマの蜜壷に自身をゆっくりと埋め込んだ。
「ぁ……」
「あぁ……リョーマ……っ」
「くに、みつ…っ」
深く繋がり合い、しっかりと抱き締め合い、そして、甘く甘く口づけ合う。
「好きだ……愛している、リョーマ……」
「ぁ……オレも……オレも、……ぁあ…っ」
「ん……ぁ……リョーマ……リョーマ……っ」
熱くリョーマの名を囁きながら手塚が腰を揺すり上げる。
「国、光…」
「ん…?」
「抵抗…なんか、ないよ」
「え?」
動きを止めて、手塚がリョーマの顔を覗き込む。
「オレも、アンタも、男だけど……そのことに、抵抗なんて、もう、ないから…」
「リョーマ…」
「アンタこそ、抵抗ない?……オレ、胸、ないし、筋トレやってるから、筋肉ついてるし、触り心地だって…」
「ばか」
ふわりと微笑んで手塚はリョーマを抱き締める。
「抵抗があることを一晩中続けられるほど、俺は忍耐強くないぞ」
「……っ」
手塚の言葉にリョーマの頬が紅く染まる。
「胸があるとかないとか、性器の形が同じだとかは関係ない。俺は、越前リョーマを抱きたいと思うから、抱くんだ」
「国光…」
「それに、お前は充分、魅力的な身体をしていると思うが」
「え?」
艶やかな光を帯びた瞳を向けられ、リョーマは小さく目を見開いた。
「お前の胸は、高さも柔らかさもないが、ここはかなり敏感だ」
そう言って硬く凝る突起を摘み上げられ、リョーマの身体が跳ねる。
「あっ」
「それにお前の肌は、触感も、味も、最高だ」
「あ、味って……ん…っ」
手塚の指が、舌が、リョーマの肌を滑り、全身に広がってゆく快感にリョーマは唇を震わせた。
「…ここも…同じものがついているおかげで、お前が感じてくれているのがよくわかる。それに、どうすればもっとお前が感じるのかも、わかりやすくていい」
「な……なに、言ってんの…っ」
恥ずかしさが込み上げてきて、リョーマは手塚を軽く睨みつけた。
「……何よりその瞳が、最高だ、リョーマ」
「……ばかっ」
リョーマは堪らなくなって手塚に縋り付いた。
「も、いいから……早く、動いてよ…っ」
「………あぁ……すまなかった…」
リョーマの耳元でクスッと笑い、手塚がゆっくりと動きを再開する。
「ぁ……あ……っ」
「本当に……何もかも、最高だ、リョーマ」
「ぁ…い……いい……そこ、気持ち、いい…っ、ぁあ…んっ」
ギシギシとベッドが軋み始め、やがて激しく、部屋の空気ごと揺れ始める。
「くに、みつ、く…み、つ…っ」
「ぁ…リョー…、マ…、ぁ、くっ」
二人分の呼吸が絡み合い、もつれ合い、やがてひとつになって大きな波となる。
「国、光……も…っ、イク…っ」
「もう、少し……っ」
「ぁ……ん…っ」
「…っ、リョーマ…っ」
射精を堪えるためにリョーマが手塚にしがみつくと、手塚の動きが一気に加速した。
「ぁあっ、あぁぁっ、あ、あ、…っ」
「くっ、ぁ、ぅ、あっ」
ものすごい勢いでリョーマの最奥を抉っていた手塚の動きが、大きく淫らな動きへと変わる。
リョーマもまた、胎内の手塚を思い切り絞り上げながら、自ら腰を揺らす。
言葉で確認し合わなくとも、二人は同時に、同じ場所へと昇り詰めてゆく。
「く…っ」
「ぁあんっ」
二人は同時に全身を硬直させ、痙攣し始めた。
「…っ、…っく、ぅ…」
手塚の熱い精液がドクドクと胎内深くに注がれるのを感じながら、リョーマも熱液を勢い良く噴き上げる。
「ぁ…ぁ……はっ、あ……っ、ぁ…」
「…ぁ……っ…く…っ」
ぶるりと大きく身体を揺らし、手塚が最後の一滴を絞り出すようにグッと歯を食いしばる。
「ん……っ」
リョーマも最後の飛沫を小さく噴き上げ、一気に全身から力を抜いた。
「ぁ……は……はぁ……」
荒い呼吸音が部屋に広がる。
しばらくしてゆっくりとリョーマが目を開けると、愛おしげに自分を見下ろす手塚の優しい瞳がそこにあった。
「……リョーマ…」
手塚が、未だ少し呼吸を乱しながら、そっと口づけてくる。
「ん…」
「最高だった」
「アンタもね」
短い会話を交わし、微笑み合い、もう一度柔らかく唇を重ねる。
「……家に、連絡しなくていいのか?」
「ん……実はさ、今日はこのまま初詣に行くからって言ってあるんだ」
「そうか」
小さく笑い、手塚がリョーマの額に口づける。
「ならば、心置きなく、続けられるな」
「ぁ……あ、でも…オジサンやオバサンは……ぁ、んっ」
「三人とも近所の忘年会に行っている。今年はウチが幹事だから抜けられないと言っていた」
「そっか……だからいなかったんだ……」
クスクス笑って、リョーマは手塚の首に腕を絡めた。
「手伝い、行かなくてよかったの?」
「お前が来るからと言ったら、免除された」
「ふーん、オレのおかげなんだ?」
「ああ。だから、盛大にサービスしよう」
「ぁあんっ、やっ、ぁ…っ」
再びベッドが小さく軋み始め、グチャグチャと淫猥な粘着音が響く。
「ね……もしかして、ホントに日付変わるまでやるつもり?」
「…それもいいな」
「……何回する気?」
「ん?……俺の…煩悩の数だけ、だ」
「マジ?……なんかスゴイコトになりそう」
「ああ、年明け用に、一回分残さないとな」
「やっぱ、そう来たか」
呆れたように溜息を吐いてから、リョーマがクスクスと笑い始める。
手塚も小さく肩を揺らして笑い始めた。
「……回数はともかく、本当にこのままずっと、日付が変わるまでお前を抱いていたい。……いいか?」
笑みを消し、真摯な瞳で手塚が囁く。
リョーマもまた、真っ直ぐな瞳で、手塚を見つめ返した。
「いいよ」
自然に、リョーマの唇から熱い吐息が零れた。
「蕩けちゃうくらい、いっぱいして…」
リョーマが手塚の腰に脚を絡ませ、離れないようにしっかりと締め付ける。
「そうだな……ドロドロに溶け合うまで、しよう…」
「ぁ……国光…っ」
「リョーマ…」
囁くように交わされていた会話も途切れ、部屋の中が、再び淫らな音で満たされてゆく。
そうして二人は本当に、108回の鐘が鳴り終わるまで、ひとつに蕩け合っていた。
「あけましておめでとう」
日付が変わり、手塚の宣言通りに一度愛し合ってから風呂に入り、二人は隣町の神社へと向かった。そこで背後から柔らかく声をかけられた。
「ぁ、不二先輩、明けましておめでとっス」
「おめでとう、不二、お前もここに来たのか」
「うん。君たちがここに来るような気がしてね。今年もよろしく」
深夜にも関わらず、神社の周辺は人が溢れている。その人の波の妨げにならないように、三人は鳥居の横へ場所を移動した。
「もう参拝はすませたのか?」
「まだだよ。君たちは?」
「オレたちも今来たところっス」
「じゃあ、本殿の方へ行こうか」
今度は人の波に乗るようにして、三人は神社の中へと進み、少し並んでから本殿の前に出た。
「まず二礼してから二回手を叩き、最後に一礼するんだぞ」
手塚にそっと耳打ちされ、リョーマは小さく頷いた。
賽銭を投げ、手塚に言われた通りにリョーマはまず二礼する。
(それから二回手を打って…)
パンパン、と音を立てて三人同時に手を叩く。
「………」
「………」
「………」
最後に一礼して、三人は後ろで順番を待っている人に場を譲った。
「何をお願いしたの?」
お決まりの台詞は、不二の口から出た。
「一般的なことだ」
「越前は?」
「ナイショ」
三人でクスクスと笑ってから、少し離れたところで配っている甘酒をもらいにいく。
「わー、あったまる」
ホッとしたようにリョーマが言うと、手塚と不二が柔らかく笑った。
「今年は怪我、しないといいね、手塚」
「………ああ」
呟くような不二の言葉に、手塚は小さく苦笑して頷く。
「お前も、目には気をつけた方がいい」
「そうだね」
昨年、それぞれが苦しんだ状況を思い起こし、今年こそは穏やかであって欲しいと、そっと願う。
「気になるなぁ、越前は何をお願いしたのか」
「え?」
甘酒を飲み終わってしまったリョーマが、きょとんと不二を見る。
「オレはべつに、カミサマにお願いなんてしないっスよ?」
「え?しなかったの?」
不二が目を丸くすると、リョーマも目を見開いてから、クスッと笑った。
「だってオレは、もうカミサマにお願いしなきゃならないことはないっス。宝物も手に入ったし」
そう言ってリョーマが微笑むと、不二は肩を竦めてからクスクスと笑いだした。
「そうだったね、越前。じゃ、僕はもう帰るよ。お邪魔さま」
「気をつけて帰れよ、不二」
「うん、君たちもね」
いつもの微笑みを浮かべながら、不二は人の波に消えていった。
「本当に何も願わなかったのか?」
不二の消えた方を見つめながら手塚が問うと、リョーマはチラリと手塚を見遣ってから笑った。
「一個だけ、頼んだよ」
「………そうか」
「うん」
「帰るか?」
「そうだね、寒い」
「………俺の家で、いいか?」
「あっためてくれるんなら」
「ああ、ヒーターもいらないくらい、温めてやる」
「うん」
そっと手を握られ、リョーマは頬を染めて手塚を見上げた。
「……いいの?手、繋いでも…」
「誰も気づかない」
「…そうだね」
リョーマは嬉しそうに微笑み、手塚の腕に身体を擦り寄せた。
「国光は、何をお願いした?」
「たぶん、お前と同じことだ」
「……カルピンが長生きしますように、って?」
「………」
「ウ・ソ」
黙り込んでしまった手塚の顔を覗き込むと、穏やかに笑っている手塚と目が合った。
「…余裕だね。なんか、悔しい」
「余裕なんかない。本当にカルピンのことを願ったと言うなら、引き返そうかと思った」
「マジで?」
リョーマが目を丸くすると手塚はまた笑った。
「俺も、もう願いは叶えてもらったから、これ以上望むのは贅沢かと思ったんだが……どうしても、願わずにはいられなかった」
「………うん」
「リョーマ…」
リョーマの手を握る手塚の手に、グッと、力が籠った。
「ずっと………」
そっと引き寄せられ、耳元に囁かれた続きの言葉を、リョーマは嬉しそうに目を閉じて聞く。
「ダメだよ、国光」
「え…?」
「そんなこと、カミサマに願わなくたって、叶うんだから」
「………」
手塚は一瞬口を噤み、そうして、ふわりと微笑んだ。
「確かにそうだな」
「でしょ?」
二人でクスクスと笑い合い、人の波間を擦り抜けて歩く。
「星、綺麗だね」
「ああ」
どんどん人影もなくなり、川沿いまで来る頃には誰もいなくなった。
「遠回りしてよかったね。もう誰もいないよ」
「ああ」
人目がなくなると、手塚は大胆にリョーマの肩を抱き寄せた。だが何も会話は交わさず、二人はそのまま歩く。
「ねえ」
暫く歩いてから、リョーマが静かに口を開いた。
「ん?」
手塚も静かに聞き返す。
「来年も、一緒に初詣に来ようね」
「…そうだな」
「その次の年も、その次の年も、ずっとずっと、一緒に初詣、しよ?」
「ああ、そうしよう」
柔らかく同意する手塚を見上げ、リョーマは足を止める。
「約束」
「ん?」
手塚に向かって唇を尖らせ、目を閉じるリョーマを見下ろして手塚は微笑んだ。
「ああ、約束だ」
そっと囁き、唇が触れ合うだけのキスをする。
唇が離れると、静かに目を開けたリョーマは満足げに微笑んだ。
「寒いね。早く帰ろう」
「ああ。すぐに温めてやるから」
「うん」
二人はまた身体を寄せ合い、誰もいない道を二人だけで歩いてゆく。
「国光、今年もよろしくね」
「こちらこそ、今年も、その先も、ずっと、よろしく頼む」
「あ、ズルイ!オレも、ずっとずっと先まで、よろしくお願いします!」
「わかったわかった」
しっかりと手を握り合い、微笑み合い、二人は同じ速さで、歩く。
今はまだ暗い道も、やがて日が昇るように、いつかはきっと明るい光が差してくる。
二人で歩いてゆけば、道を見失うこともない。
「リョーマ」
「ん?」
「愛している」
「オレも、愛してる」
静かな新しい一年の始まり。
二人の想いも、さらに深みを増して、新たな時間を刻み始めた。
終
※どの作品の二人なのかはご想像にお任せ致します(妖笑)※