Trick Colors 
         
         
         
        
         
         
         
         
        
  
オレンジや黒を基調にした街のディスプレイを横目に見ながら、越前リョーマは小さく溜息を吐いた。 
今年もこの季節がやって来た。 
『Halloween』 
元々はケルトの新年を祝うサウィン祭の前日から行われた収穫感謝祭であったが、それをカトリックが取り入れたものだといわれている。 
ケルト人の一年の終わりは10月31日で、この日は、死者が蘇ったり、様々な怪物が街を徘徊するとされ、人々はそれらから身を守るために自らバケモノの仮装をして身を護るのだという。 
「バケモノ、ね」 
リョーマはもう一度溜息を吐いた。 
「Trick or Treat」 
ふいに、リョーマの後ろから子供の声が聞こえてきて、振り返ると、10歳前後の男の子がリョーマを見上げて笑っていた。 
「今日はまだハロウィンじゃないよ?」 
笑いながらリョーマが言うと、男の子もまたニッコリ笑った。 
「Trick or Treat」 
「だから…」 
「Trick or Treat」 
「ごめんね、今はお菓子持ってないよ」 
降参状態でリョーマが両手を上げると、男の子はクスッと笑って踵を返し、どこかへ走っていってしまった。 
(せっかちな子だな…) 
クスクスと笑ってから、リョーマはすぐ横にあるショウウインドーを見て肩を竦めた。 
「こんな気色悪い色のお菓子もらっても嬉しいのかな」 
やれやれと溜息を吐き、リョーマはまた、歩き始めた。 
         
         
         
         
         
         
「ただいま」 
「おかえり」 
アカデミーの寮に戻ると、部屋では手塚がいつものように穏やかな笑みで迎えてくれた。 
「寒くなかったか?」 
「うん」 
優しくジャケットを脱がしてくれ、そのままハンガーに掛けて壁に吊るしてくれる。 
「寒くなかったけど、街中がオレンジとかすごい色のお菓子で溢れてて、気持ち悪くなりそうだった」 
うんざりしたようにリョーマが言うと、手塚は小さく笑った。 
リョーマが手塚と共にアメリカのテニスアカデミーに入学して、半年以上が過ぎた。 
寮での二人の生活も半年以上が過ぎ、大好きなテニスと、最愛の恋人とともに過ごす日々はとても充実していた。 
確かに、アカデミーのテニス漬けの毎日は楽しいことばかりではなかったが、手塚と二人でいられれば、日々の厳しい練習など、リョーマにはどうということはなかった。 
だがこの季節になると、どうしても長年刻み込まれた記憶が、リョーマの中で嫌でも蘇って来てしまうのだ。 
リョーマは『人』ではない。 
不老不死の身体を持つ、ヴァンパイアだ。 
正確に言えば『不死』ではないが、よほどのことがない限り、ヴァンパイアに死は訪れない。 
「はいコレ、頼まれた本。それでいいんだよね?」 
「ああ、すまない。おかげでレポートがだいぶ捗って、後はこの本を参照する項目だけだ」 
「ふーん。オレがいないから捗ったわけ?」 
「ばか」 
口を尖らせるリョーマを、手塚がそっと引き寄せて抱き締める。 
「でも確かにお前がいると、こうしたくて堪らなくなるからレポートどころじゃなくなるな」 
そう言って額や頬に口づけてくる手塚に、リョーマもクスクスと笑いながらお返しとばかりに手塚の顎に軽く歯を立てる。 
「……もう少しで終わるから…いい子で待っていてくれ」 
「うん。シャワー浴びて、何も着ないでベッドで待ってる」 
「挑発するな、ばか」 
一瞬、グッと、息がつまるほどきつく抱き締められてから、スッと解放される。 
「う、そ。…邪魔しないように、オレ、ちょっと外走って来るから」 
「…そうか」 
「頑張って、国光」 
「ああ」 
リョーマは微笑みながら手塚から離れ、サッと着替えて部屋を出た。 
手塚は今、選手としての練習の他に、指導者としての勉強を始め、かなりオーバーワーク気味だった。そこにさらに自分のことで時間を取らせたくなくて、リョーマは出来るだけ手塚の邪魔をしないように、手塚が机に向かっている時は、部屋を出るようにしている。 
(そのかわり、夜は絶対離さないけどね) 
どんなにオーバーワーク気味でも、普通の人間の何倍もの回復力を持つ手塚は、毎晩必ずリョーマを抱いてくれる。 
そう、手塚も普通の『人』ではない。 
手塚は、『月の狼』と呼ばれる一族の血を受け継ぐ、人狼だ。 
だが手塚は、長年ヴァンパイとして生きて来たリョーマとは違って、『覚醒』をしたのは去年の冬だった。リョーマと初めて二人で行った旅行先で、突然発熱し、美しい『覚醒』を遂げたのだ。 
以来、満月の夜を挟んで数日、手塚の『覚醒』は起こり、その度にリョーマの身体は貪り尽くされ、身体中の血が入れ替わるのではないかと思えるほど、熱い精液をたっぷりと注ぎ込まれる。 
手塚自身は自分の『覚醒』をあまり快く思っていないようだが、リョーマにとっては、その数日間はいつもと違う手塚に激しく淫らに求めてもらえる、甘美で魅力的な時間だった。 
「ぁ……」 
満月の夜の手塚を思い出しただけで身体が熱くなって来る。 
もちろん、普段の手塚も甘く優しく、それでいて熱く激しく抱いてくれ、リョーマはとても満足している。 
だが理性に囚われない『覚醒した手塚』は、野性的で、淫らで、リョーマの理性までも完全に吹き飛ばすほど激しい。 
それが、リョーマにはとても心地いいのだ。 
(だって、オレに夢中だって、身体全部で伝えてくれるみたいだから…) 
クスッと笑みを零してから、リョーマはアカデミーの敷地内を走り始める。 
今日は休日なので授業としての練習はないが、ほとんどのコートは生徒たちで占領され、あちこちから小気味好いショット音が聞こえて来る。 
その中で、リョーマはふと、違和感を感じて足を止めた。 
「?」 
何に違和感を感じたのかはわからないが、リョーマはさりげなく自分の周りに視線を巡らせ、辺りの様子を探ってみる。 
だが別段、目に映る景色に妙なところはなかった。 
(ヘンなの) 
リョーマは小さく首を傾げてから、また走り出す。 
(気のせい、かな) 
きっと街で毒々しい色の菓子を見てしまったせいだろうと、リョーマは思う。 
無意識に昔の嫌なことを思い出してしまって、感覚が過敏になっているのだと。 
(大丈夫。今のオレには、国光がいるんだから) 
ふわりと表情を和らげて、リョーマは少しスピードを上げた。 
         
         
         
         
         
         
         
「ハロウィンパーティー?」 
「ああ。さっきわざわざ招待状を届けに来てくれたぞ」 
そう言って手渡された招待状に目を通したリョーマは、洗い立ての濡れた髪をタオルでガシガシと拭きながら、パーティーの主催の名前にお祭り好きの友人たちの名を見つけて小さく笑った。 
「なるほどね。こーゆーの好きそうだもんね、あの人たち」 
「そうだな」 
こちらに来た当初は、厭味を言ったり馬鹿にしたりしてきた者が多かったが、今ではリョーマや手塚の実力を心から認め、ライバルとして敬意を表すとともに、長年の付き合いのある友人のように接してくれる者が増えた。 
だからこうして、仲間内で開かれるハロウィンパーティーにリョーマや手塚を呼んでくれるのだ。 
「やはり、仮装をするんだろうな」 
「そりゃそうでしょ。ハロウィンだし」 
真面目な顔で当たり前のことを訊いてくる手塚に吹き出しながらリョーマが答えると、手塚は小さく苦笑しながら「どうすればいいかわからないんだが」と呟いた。 
「じゃあ、アンタはヴァンパイアの扮装でもすれば?オレは狼男やるし」 
「………なるほど」 
真面目な顔で頷いてから、手塚がクスッと笑う。リョーマもぷっと吹き出した。 
「マジでそうする?」 
「いいぞ。面白そうだ」 
二人でクスクスと笑い、自然にチュッと口づけを交わす。 
「レポート、終わった?」 
「ああ。待たせたな。……シャワー浴びて来る」 
「いいよ、そのままで」 
リョーマがするりと手塚の首に腕を回すと、手塚はリョーマの腰に手を回して引き寄せた。 
「ぁ」 
ほんのりと芯を持った雄を押し付けられ、リョーマの瞳が揺れる。 
「とりあえず、夕飯まで、する?」 
時計は四時半を少し回ったところだ。 
「そうだな。とりあえず……」 
「うん」 
うっとりとリョーマが微笑むと、しかし、手塚は小さく眉を顰めた。 
「………いや、やっぱり駄目だ。夕飯の後にしよう」 
「え?なんで?」 
ムッとしてリョーマが唇を尖らせると、手塚はその唇を軽く啄んでから小さく溜息を吐いた。 
「SEXしたすぐ後のお前は…その…とても艶があって……他の奴らにそんなお前を見せたくないんだ」 
「…………」 
「あんなお前を見ていいのは、俺だけだ」 
「…………」 
「リョーマ?」 
黙り込んでしまったリョーマを不安げに手塚が覗き込んで来る。 
「リョー……」 
「じゃ、夕飯いらない」 
「え?」 
リョーマは頬を真っ赤に染めて、じっと、睨むように手塚を見上げた。 
「そんな嬉しいこと言われて、このまま何もしないでいるなんてムリ。アンタでお腹いっぱいにして」 
そう言って手塚に縋り付くと、手塚は暫し黙り込んでから、ギュッと、リョーマの身体を抱き締め返してきた。 
「……簡単なものでよければ、俺が夕飯作ってやる」 
「………最初からそう言えばいいじゃん」 
「そうだな。すまない」 
リョーマをさらに深く抱き込みながら、手塚が笑う。 
「愛してる、リョーマ」 
「オレも、愛してるよ、国光」 
蕩けそうな瞳で見つめ合い、堪らずに深く口づけ合う。 
暫しねっとりと舌を絡め合ってから、手塚がゆっくりリョーマを抱き上げ、ベッドにそっと下ろした。 
「……結界を張ってくる。そろそろ新月だから、あまり強固なものは張れないが、ないよりはいいだろう?」 
「うん」 
手塚がドアの方へ歩いてゆくのを見つめながら、リョーマはうっとりと微笑んだ。 
         
         
         
         
         
         
         
         
「ホントはさ、ハロウィンって、好きじゃないんだ」 
「ん?」 
情事の後で、リョーマが手塚の胸に凭れながら気怠げに口を開く。 
「だってさ、人間からしたら、オレは『バケモノ』なワケでしょ?そのバケモノから身を護るために仮装したり、ロウソク灯したりするのを、なんで『オレが』一緒にやらなきゃなんないのかなって…」 
「………」 
手塚は、リョーマの髪を撫でていた手を止め、何も言わずにリョーマの髪に口づける。 
「国光みたいにオレをバケモノ扱いしないでくれる人ばっかりじゃないんだ。いや、むしろ、オレのことバケモノだって気味悪がったり、怯えたりする人がほとんどだよ」 
リョーマは、初めて手塚に自分の正体を明かした時のことを思い起こした。 
好きで好きで堪らない手塚に拒絶されるのがとても怖かった。 
でも、好きで好きで堪らないからこそ、なんとかして手塚を怪我から救ってやりたかった。 
たとえ、そのせいで手塚から疎まれることになってしまったとしても。 
そんな覚悟で告白したリョーマを、手塚はあっさりと受け入れてくれた。 
とても愛おしいと、言ってくれた。 
「国光……」 
リョーマが身体を擦り寄せると、手塚がしっかりと抱き寄せてくれる。 
「ねえ国光……どうしよう……どうしたらいい?……アンタのこと好きすぎて、どうしていいかわかんないよ……」 
「リョーマ…」 
「ねえ、好きだよ。ホントに好き。大好き。……国光が、好きで、好きで、堪んない…」 
ゆっくりとリョーマが身体を起こし、伸し掛かるようにして手塚に口づける。 
リョーマから舌を入れて手塚の舌を絡め取ろうとしたが、あっさりと、逆に舌を絡め取られてきつく吸い上げられた。 
「ぁ……んっ」 
再び熱が集まり始めた下腹部を手塚の腹に擦り付けると、口づけながら手塚がクッと小さく笑った。 
「……リョーマ」 
クチュリと小さく水音を立てながら唇を離し、手塚が甘く囁く。 
「もっとだ。……もっと俺を好きになれ。俺の傍にいないと、俺に触れていないと、気がおかしくなるくらい、俺に焦がれてくれ」 
トロリと、リョーマが手塚を見つめる。 
「そんなの……もうとっくに……っ」 
「もっとだ」 
「ぁ……」 
ゾクゾクと、リョーマの身体の奥を歓喜と官能が犯し始める。 
「もっと、俺に狂え、リョーマ」 
「あぁ……」 
堪らなくなって、リョーマは自ら手塚の雄を掴み、胎内に導き入れる。 
「は……あぁ…ん…っ」 
「ん……っ、リョーマ…」 
手塚が両手でがっしりとリョーマの尻を掴み、ゆるゆると揺さぶり始める。 
「あ……ぁ……ぁ……いい…国光……っ」 
先程までの情交で何度もリョーマの胎内に注ぎ込まれた手塚の精液が、手塚の抽挿とともに溢れ出して来る。 
「国光……国光……国光……ぁ…っ」 
「堪らない……リョーマ……あぁ……」 
二人の吐息が甘く熱く絡み合う。 
「お…願い……国…光……奥……突いて……っ」 
手塚に揺さぶられながら、リョーマの指先が、先程自分が付けた手塚の首筋の傷をなぞる。 
「…っ」 
リョーマの甘い懇願に、手塚はグッと歯を食いしばり、いきなり体勢を入れ替えてリョーマを組み敷いた。 
「ぅ、あぁっ!」 
敏感な箇所を突き破りそうな勢いで擦り上げられ、リョーマは金色の目を見開いて身体を撓らせた。 
「……リョーマ……っ」 
リョーマの喉元に熱い吐息がかかり、肉剣をリョーマの最奥に突き刺したまま、手塚の腰がうねり始める。 
「ひ、あ…ぁ…っ、す、ご…いっ……国光……ぁあっ」 
「…あれだけしたのに…もう、こんなに…きつく……んっ、く…っ」 
「だって……好き…国光が、好き…あぁぁっ」 
ギシギシとベッドを大きく軋ませて手塚の腰が波打つ。 
上半身を押さえつけられ、腰だけを上下左右に揺さぶられ、リョーマは喘がされながら恍惚となる。 
時折手塚が口づけながら舌先で牙を撫でるのがあまりにも気持ち良くて、それだけで達しそうになった。 
「くにみつ…くにみつ…、あっ、あぁっ、ぁあぁっ」 
手塚に貫かれていることが嬉しくて、幸せで、リョーマは愛しさを込めて胎内の手塚を思い切り締め上げる。 
「くっ、う…っ」 
それが合図になったかのように手塚の動きがさらに激しく変貌し、リョーマが声もあげられないほど胎内を掻き回され、最奥を突き上げられ、身体全体をガクガクと揺さぶられた。 
「イ、ク…っ!」 
手塚の首筋に牙を突き立てる余裕もないままリョーマが絶頂に達し、胎内の肉棒に押し出されるようにして射精を始める。 
「んっ、あっ、あぁっ、あぁぁぁっ」 
「くっ!」 
リョーマの奥深くを抉り回していた手塚も、最奥に切っ先を突き刺したまま息を詰めて身体を硬直させた。 
「出、る…っ」 
「ぁあ……あ…っ」 
腹の底に、熱いものが何度も何度も叩き付けられるのがリョーマにはわかった。 
「すご…い……い…っぱい…」 
先程の情交で手塚は何度もリョーマの胎内に射精したはずなのに、またたっぷりと、濃厚な熱い濁液が注ぎ込まれて来る。 
「も…少し…っ、くっ、ぅ…っ」 
身体を痙攣させ、さらに奥まで捩り込むように腰を揺すりながら、手塚の射精は続く。 
「ん………」 
「………あ……は…っ……ふ…ぅ…」 
そうして、長い長い手塚の絶頂が漸く引いてゆき、最後にとどめのようにもう一度リョーマの奥深くに入り込んだところで暫く動きを止めてから、手塚はゆっくりと、身体の強ばりを解いていった。 
「………」 
「………」 
暫くの間は互いに何も言わず、ただ荒い呼吸だけを繰り返す。 
だがゆっくりと、手塚がリョーマの胎内から肉棒を引き抜くと、リョーマが身体を揺らして「あ…っ」と声をあげた。 
「だめ…」 
「ん?」 
小さく呟かれたリョーマの言葉に、手塚はほんの少し目を見開く。 
「まだ、ダメ、抜いちゃ、ヤダ」 
「………」 
ゆらりと流すように視線を向けられ、手塚はゴクリと喉を鳴らした。 
「挿れてる…だけで…いいから……まだ、抜かない、で……」 
肩で息をしながら、リョーマが甘えるような声で懇願して来る。 
「オレに、触っててよ、国光…」 
小さな恥じらいの欠片が心で揺れ、リョーマは上気した頬をさらに赤く染めて目を伏せる。 
「ああ…」 
手塚は、そんなリョーマの髪を優しく撫で、再びゆっくりと身体を繋げた。 
「あぁ……国光……好き……」 
リョーマの左脚が手塚の腰にゆるりと巻き付く。 
「愛してる、リョーマ…」 
深く口づけ、たっぷりと唾液を絡ませ合い、二人はうっとりと見つめ合う。 
「……ハロウィンパーティーは、最初だけ顔を出して、すぐに二人で抜け出そう」 
「え……?」 
「…こんなふうにお前と過ごす時間の方が、俺は好きだ」 
リョーマは目を見開くと、クスッと小さく笑った。 
「えっち」 
「俺だけか?」 
「ううん。オレも、アンタとこうしてる方が幸せ」 
クスクスと笑い合い、額を擦り付け合う。 
「リョーマ」 
「ん?」 
「すまない……もう一度だけ、いいか?」 
「ぁ……」 
リョーマの胎内の手塚が再びドクドクと脈打ち、変形を始めている。 
「じゃあ、ひとつだけ、条件出してもいい?」 
「条件?」 
額を擦り合わせながら、手塚が不思議そうに瞬きをする。 
「あのね……今度は、後ろからもして?」 
「え…」 
「でも最後は、またこっち向いて、国光を抱き締めながら、イカせて」 
「………」 
「いい?」 
「了解した」 
手塚はふわりと微笑み、リョーマの額に口づけてから、早速リョーマの身体を反転させて背後から深く抉ってきた。 
「は、あぁんっ」 
シーツの上を彷徨うリョーマの手を捕まえるように手塚の手が重なる。 
「…脚を開け」 
「ぁ…」 
手塚に言われた通りにリョーマが大きく脚を開くと、手塚が腰を割り込ませて、さらに深く熱塊を押し込んできた。そのまま、グイグイと押し上げられて、リョーマの細腰が浮き上がる。 
「ぁ、あっ」 
「リョーマ……あぁ……」 
耳元に手塚の熱い吐息を感じ、リョーマの身体がビクビクと揺れる。 
「くにみつ……はやく…もっと…奥……」 
「ああ……」 
ゆっくりした間隔でベッドが再び軋み始める。 
その後暫く、手塚の張った結界が解かれることはなかった。 
         
         
         
         
         
         
         
         
10月31日。 
授業を終えた生徒たちは、今日はそれぞれがハロウィンを楽しむために自分の時間を満喫する。 
街へ繰り出す者。 
今日から週末を実家で過ごすために帰省する者。 
そして、寮の中でこっそりと、しかし盛大にパーティーを行う者。 
「……結構……大盛況、だね」 
「ああ…」 
パーティー会場に入った途端、リョーマと手塚は、一瞬言葉を失くした。 
当初、招待状を見る限りでは、リョーマと手塚が招待されたハロウィンパーティーは、一番広そうな友人の部屋の中で行われるはずだった。だが、いざ当日に
なってみると、パーティー会場は大食堂に変更され、しかも寮の管理人の家族も巻き込んでの本格的なパーティーになっていた。真ん中には、何で色付けされて
いるかわからないほど奇抜な色をした大きなケーキまで飾られている。 
「相変わらず、あのカラーリングは頂けないね」 
「………そうだな」 
うんざりと呟くリョーマに、手塚も同意した。 
「リョーマ!クニミツ!」 
入り口で呆然としている二人に声が掛かったのはすぐだった。会場の奥の方から、『魔法使い』が走り寄ってくる。 
「ワオ!」 
その魔法使いが、リョーマと手塚をジロジロと見つめてから瞳をキラキラと輝かせる。 
「似合うね、クニミツ!リョーマも可愛いじゃないか」 
そう言って笑いながら二人を人々の中心へと連れてゆく。 
二人が現れると、ほぼ全員の目が集まった。しかも、それぞれ「素敵」や「カッコいい」、「スゲェ似合ってる」、「クールだ」などと褒め讃えているのが聞こえて来る。 
二人の扮装のテーマは『狼男』と『ヴァンパイア』。リョーマが『狼男』で手塚が『ヴァンパイア』だ。 
つまりは二人は互いの『本質』を入れ替える形で仮装してみたのだ。 
とはいえ、即席で作ったこともあるが、リョーマは髪をオールバックにして黒い獣耳のついたカチューシャを着け、両手にモフモフの手袋をはめただけ。恐ろしい狼男というよりは『可愛いワンコ』に仕上がった。 
しかし手塚の方は、なぜかタイミング良く母から「ハロウィンの時に使ってね」と送られてきた黒いマントを羽織り、髪をざっくりとオールバックにし、リョーマが面白半分に買ってきた作り物の牙を装着していたせいで、かなり本物らしく仕上がっていた。 
その『本物らしさ』は、リョーマのお墨付きだ。 
しかも、髪をオールバックにしたために土台の端正な顔がさらに引き立ち、かなり女性たちの視線を集めていた。 
「なんか、当分抜けられそうにないね」 
溜息混じりに、手塚だけに聞こえるようにリョーマがぼそっと呟くと、手塚も苦笑しながら頷いた。 
「クニミツ、何か食べたいものは?私が取ってきてあげるわ!」 
「あら、私が持ってきてあげるわよ、ねえ、何がいい?」 
ワラワラと手塚の周りに女性たちが集まり、あっと言う間に取り囲まれてしまった。 
「あーあ」 
リョーマはそっと呟いて溜息を吐き、壁の花を決め込むことにする。 
しかし、そんなリョーマにもすぐに声が掛かった。 
「リョーマ」 
寮の管理をしている世話好きの夫婦が二人揃って近づいてきた。 
「さっきあなたに面会の人が来ていたわよ」 
「面会?」 
「ああ、もうすぐここに来るって言ったら、玄関のロビーで待っているって言ってたから、行ってごらん」 
「え、でも、誰?」 
面会など申し込んでくる人間に全く心当たりのないリョーマは、眉を顰めて管理人夫婦に尋ねる。 
「それがその人、かなりユニークでね、自分は『ジャック・オ・ランタン』だって名乗ったんだ」 
「は?」 
『ジャック・オ・ランタン』と言えば、まさにハロウィンの夜に徘徊すると言われている幽霊だ。 
(誰だろ?) 
ますます怪訝に思いつつも、とりあえず会ってみることにしようと思い、手塚に一声掛けようとしたが、周りにあまりに人が多かったのでそのままリョーマは大食堂を出て玄関ロビーに向かった。 
         
リョーマが玄関ロビーに来てみると、そこには誰もいなかった。 
「……いないじゃん」 
念のために玄関のドアを開けて外も確認したが誰もいない。 
「?」 
やれやれと肩を竦めてリョーマが引き返そうと踵を返したその時、大食堂の方で悲鳴のような声が上がった。 
「!」 
急いでリョーマが戻ってみると、大食堂の中が真っ暗になっている。 
「なにこれ、どうしたの?国光!」 
中に入り、手袋を外して明かりのスイッチを探りながら声を掛けるが、手塚からの返答がない。 
いや、手塚どころか、大勢いたはずの生徒たちのざわめきすら、リョーマには聞こえて来ない。 
(おかしい…) 
振り返ると、たった今自分が走ってきた廊下も真っ暗になっている。 
(なんだ?なにが…) 
もう一度視線を部屋の中に戻し、注意深く辺りを見遣る。 
「国光?」 
手塚をもう一度呼んでみるが、やはり返答がなかった。 
「ぁ……」 
ふいに、背中にゾクッと悪寒が走った。 
(この感じ……そうだ、日曜にランニングしていた時に感じたのと、似てる…) 
あの時はこれほど寒気を伴うようなものではなかったが、今は、とても『嫌な感じ』のする感覚だった。 
リョーマはヴァンパイアではあるが、人ではないもの、ましてや実体を伴わないような存在の感知能力に長けているわけではない。 
だが、今感じている悪寒はかなり強烈で、自分が尋常ではないことに巻き込まれかかっているのだけはよくわかった。 
「誰かいるの?」 
暗闇に向かって声を掛けてみるが、やはり誰からも反応はない。 
(これって…) 
リョーマは自分の手に触れている壁の感触に意識を集中させた。 
(この壁から手を離しちゃ、いけない気がする) 
もし離して壁の感触を失ったら、そのまま、自分も向こうの闇の中へ引き摺り込まれるような気がした。 
リョーマは手だけではなく、背中全体を壁に押し付けるようにして、部屋の奥の闇を睨みつけた。 
「?」 
リョーマが睨みつける闇の奥に、ぽつり、と、小さな灯が灯った。 
その灯は、ユラユラと揺れながらだんだんと大きくなって来る。 
(近づいて、来る?) 
まさに人が歩いてくるような動きで揺れる灯を見つめながら、リョーマはグッと顎を引いた。 
足音は聞こえない。 
人の気配もしない。 
ただオレンジ色の灯だけが、ユラユラとリョーマに近づいて来る。 
だがその灯は、ちょうど部屋の中央辺りで、ピタリと止まった。 
『久しぶりだね、リョーマ』 
その灯の辺りから、聞いたことのある男の声が聞こえてきた。 
「え?誰?」 
『久しぶりだね、リョーマ』 
その声が、同じことを繰り返して言った。 
(久しぶり?) 
リョーマが答えずにいると、灯が、仄かに揺らいだ。 
『僕のこと、忘れちゃった?そんなワケないよね?リョーマ』 
「………誰?顔が見えないからわかんない」 
『僕だよ。君が大好きだって言ってくれた、僕だよ』 
ふっと、リョーマの心の中に一人の男が浮かんだ。 
もうどれくらい前のことか思い出せないほど昔に出逢った、一人の男。 
『ずいぶん探したよ、リョーマ』 
「探した?なんで?」 
『だって君、僕のことが大好きだって言ってたじゃないか』 
「……いつの話してんの?」 
『君が僕の前から突然消えてしまって、僕はずっと、君を探していたんだよ』 
「だから、なんで、オレを探したの?」 
『君が僕のことを好きだって、言っていたから』 
話が堂々巡りになる。 
相手に真っ当な話は通じないのだと、リョーマは悟った。 
「で、オレに何の用?」 
質問の仕方を少しだけ変えてみる。 
『君が僕に逢いたがっているから、逢いに来てあげたんだ』 
「べつに、逢いたくなかったんだけど?」 
だんだん冷静になってきたリョーマは、いつもの調子で素っ気なく言ってみた。 
『相変わらずクールだね、君は』 
声の主が、クスクスと笑う。 
「アンタの方が、オレに逢いたかったんでしょ?」 
灯を睨んだままリョーマがそう言うと、笑い声がピタリと止まった。 
『そうだよ、リョーマ。僕は君を探していたんだ』 
話が元に戻ってしまった。 
リョーマは小さく溜息を吐いて肩を竦める。 
「オレのこと探していたアンタは、今、オレを見つけたんだ。次に何がしたいわけ?」 
また質問の仕方を変えてみる、すると、灯が、また揺らいだ。 
『僕のこと好きだって言ったよね?リョーマ。僕も、ずっと君のこと好きだったよ。だから、おいで。一緒に暮らそう』 
「ヤダ」 
リョーマは間髪入れずに答える。 
やっと男の目的がわかってきた。そして遠い記憶の中から、この声の主の正体も、だんだんと思い出してきた。 
「オレのこと拒絶したのは、アンタの方じゃないか」 
『………』 
「オレの秘密を打ち明けたら、アンタは散々オレを罵って、出て行けって言ったんだ」 
『違うよ、リョーマ』 
灯が揺らぎ、揺れながらまたゆっくり近づいて来る。 
『あの時はビックリして、心にもないことを言ってしまったんだ。本当はずっと君を愛して…』 
「ウソだ。アンタはあの後、貴族の娘に取り入って結婚したじゃないか。そうして贅沢な暮らしをして一生を終えたはずだよ」 
『僕はまだ生きているよ。こうして君の前にいるじゃないか。さあリョーマ、僕と一緒においで!』 
「!」 
ゆっくりと動いていた灯が、一気にリョーマの傍に飛んできた。 
「わっ」 
その灯の中からいきなり腕が現れ、リョーマの腕を掴む。 
「離せよ!」 
『おいで、リョーマ。僕には、ヴァンパイアの君の血が必要なんだ』 
「…っ!」 
(そうか、こいつ、オレの血が目当てで……!) 
『さあ!』 
「いやだ!行かない!国光!国光!」 
藻掻いても藻掻いても、男の腕が外れない。 
むしろ、藻掻けば藻掻くほど、男の冷たい手が腕に食い込んでくるような気がしてきた。 
(いやだ、いやだ、いやだ) 
「国光!」 
リョーマが叫んだ瞬間、男の手が、何かに、バシッと弾かれた。 
「ぁ……」 
銀の光が、リョーマの視界を覆う。 
「大丈夫か、リョーマ!」 
「国光…」 
「遅くなってすまない。間に合ってよかった」 
リョーマの目の前に現れたのは、あの、満月の夜の、美しい『銀の手塚』。 
「ど、して……それ…」 
「話は後だ。お前、俺のリョーマをどうするつもりだ」 
手塚が、ものすごい形相で闇に浮かぶ灯を睨みつける。 
『リョーマは僕のものだ。邪魔をするならお前は排除する』 
「リョーマは誰にも渡さない。闇に還れ、亡者よ!」 
「国光、危ない!」 
闇に浮かんだ灯から無数の手が伸びて手塚を捉えようとする。 
だが手塚は慌てる様子もなく、両手を胸の前で組み合わせて、何かを呟いた。 
『ぐわぁっ!』 
手塚に伸ばされた無数の腕が、次々に手塚の前で弾かれ、粉々に砕け散る。 
「すごい…」 
「このままおとなしく還るなら見逃すが、まだ向かって来るならば、お前を消す」 
手塚がまた何かの詠唱を始めると、風もないのに、手塚の銀の髪がふわりと揺らいだ。 
『ヴァンパイアの血は僕のものだ!』 
ついに、浮かんでいた灯全体が、大きく膨張して手塚に襲いかかってきた。 
「国光!」 
「……成就!」 
リョーマの視界が、強烈な銀の光に覆い尽くされてゆく。 
その光の中で、リョーマは、男の断末魔の声を聞いた気が、した。 
         
         
         
         
         
         
         
「リョーマ」 
優しく頬を叩かれ、リョーマはゆっくりと目を開けた。いつもの、穏やかな手塚の微笑みが目に映る。 
「ぇ……あ、れ……国光……ここ……?」 
「俺たちの部屋だ。大丈夫か?」 
ベッドに寄りかかるようにして、リョーマは手塚に抱き締められていた。 
牙こそ外していたが、手塚はハロウィンの扮装のままだ。リョーマも手袋とカチューシャを着けたままでいる。 
「うん……ぁ、あれは?どうなった?」 
手塚の腕の中で周囲をチラリと見遣ってから改めて手塚を見上げると、手塚は笑みを消して小さく頷いた。 
「俺が消した。この世にはもう、魂の欠片も残ってはいまい」 
「そ………っか……」 
リョーマは目を見開き、ホッと身体の力を抜いて、手塚の胸に顔を埋めた。 
「………ありがと、国光……助けてくれて……」 
リョーマがギュッと手塚にしがみつくと、手塚もギュッとリョーマを抱き締めた。 
「オレ、どうなってたの?」 
「玄関のロビーで倒れていた」 
「そう……」 
ゆっくりと目を閉じ、リョーマはもう一度深く溜息を吐く。 
「ハロウィンに、ホントに亡霊が蘇って来るとは思わなかったな」 
手塚の腕の中で、呟くようにリョーマが言う。 
「あの人、覚えてるよ。大きな農家の息子で、よく一緒に遊んでた。でも、オレがヴァンパイアだって打ち明けたら……拒絶された」 
「………」 
「あの人のことは、風の便りって言うの?よく耳に入ってきてさ……オレたち家族を村から追放したことで英雄扱いされて、あの辺りを治めていた貴族に気に入られて、その家の婿に入って贅沢三昧して暮らしたんだって」 
手塚は何も言わずにリョーマの髪を撫でる。 
「もうずいぶん前に死んだって聞いたんだけど……なんで今頃蘇ってきたのかな……」 
「さあな……そういえば、少し前に、長い間放置されていたどこかの貴族の館が取り壊されたというニュースを見た。取り壊される前に、かなりの量の宝飾品や価値のある絵画などが博物館に収められたのだそうだ」 
「そっか…じゃあ、その館って言うのがあの人のだったんだね。…それで…自分の財産が取られたと思って、取り返すために、蘇ってきちゃったのかも」 
「だからといって、お前のところに来るのはお門違いだろうに」 
手塚がムッとして顔を顰めると、リョーマは力なく笑った。 
「ヴァンパイアの血が欲しいって、言ってた」 
「………」 
「血っていうより、オレに取り憑いて、財産を取り戻す気でいたのかな」 
「………だが、死してなお、お前のことを覚えているとは………あの男は、心の奥では、本当にお前のことを忘れられなかったのかもしれないな」 
「まさか!」 
リョーマは苦笑して手塚から離れた。 
「……でも、どうして満月の時のアンタが、助けに来てくれたの?今日は三日月だから、まだ力が入らないって、言ってたじゃん」 
「まあな。だが新月と三日月では、力の入り方はかなり違う。それにきっと、少しでも月の光があれば、お前の力を借りて『覚醒』出来るのだろう」 
「オレの力?」 
手塚は微笑んで頷き、リョーマの胸を指でトン、とつついて示した。 
「え?まさか、あの『枷』のせい?」 
「よくわからないが、そうとしか思えない」 
小さく微笑み、手塚はリョーマの頬をそっと両手で包んだ。 
「食堂にお前がいないことに気づいて、管理人さんからお前に面会が来ていたことを教えられて……何となく嫌な予感がして俺も玄関に向かったんだ。案の定、俺が玄関ロビーに着いた時にはすでにお前が倒れていて、意識がなかった」 
「……」 
「それなのに、お前の声が聞こえたんだ。頭の中に、俺を呼ぶ、お前の声が」 
「オレの、声、が?」 
手塚がしっかりと頷く。 
「普通ではない事態だと感じて、とりあえずお前をここに運び込んで、部屋に結界を張った。だが、その後どうしたらいいかわからずに焦った」 
「国光…」 
「俺は、母のように自分の力を使いこなせるまでには達していないから、どうしていいかわからなかったんだ。ただ、とにかくお前が引き込まれている世界に行かなくてはならないと、行かせて欲しいと、強く、願った」 
「あの、暗闇の世界、だね?」 
手塚がまた頷く。 
「自分の身体が熱くなったところまでは覚えているが、後のことは、俺自身よくわからないんだ。ただとにかくお前を護りたくて……その一心だった」 
「国光……」 
「………お帰り、リョーマ。無事でよかった」 
ふわりと微笑む手塚に、リョーマも頬を染めて微笑み返す。 
「ただいま、国光…」 
「本当に……お前が無事でよかった……」 
手塚がリョーマの額にそっと自分の額を擦り付け、軽く触れるだけのキスをしてから、グッと強く抱き締めて来る。 
「国光……ごめん、心配、かけて…」 
「今日のことはお前のせいじゃない。お前が無事なら、それでいい」 
「国光…」 
手塚の胸に頬を擦り寄せて、リョーマはふわりと微笑む。 
「国光、格好良かったよ。銀色のアンタは、無敵で、最高だね」 
「普通の俺じゃ、物足りないか?」 
「そんなことないよ。どんなアンタも、大好き」 
「リョーマ…」 
見つめ合い、二人は互いを引き寄せ合うようにして、そっと唇を重ねる。 
「……まだ『銀の俺』の力が、少し残っているんだ……さっき張った結界は、この部屋の中を、完全に外界から遮断できている」 
「それって、つまり、オレがどんなに大声出しても、絶対に外には聞こえないって、こと?」 
「そうだ」 
リョーマの瞳を間近から覗き込んでくる手塚の瞳が、妖しく揺らめく。 
「今、無性にお前を抱きたいんだ……駄目か?」 
「奇遇だね。オレも今、無性にアンタが欲しいよ」 
「リョーマ…」 
「国光……」 
噛み付くように、二人は夢中で口づけ合う。 
「ぁ…」 
手塚がふと、リョーマの手首を見て眉をきつく寄せる。 
「ぇ…?」 
リョーマの手首には、先程、あの男に掴まれた跡がくっきりと残っていた。 
「掴まれた、跡…」 
リョーマの体質ならば、このような痣はすぐに消えるはずなのに、未だにはっきりと残っているのは、よほど強く掴まれたからに違いない。 
それとも、何か、物理的な力以外が働いた結果なのか。 
リョーマの手首の痣から視線を外さない手塚に、リョーマはそっと苦笑した。 
「そんなの、すぐ消えるから…」 
「ああ……だが……」 
手塚はリョーマの手首を自分の口元に引き寄せ、優しく口づける。 
「お前の記憶には残ってしまうだろう。……もう嫌な思いはさせたくなかったのに……」 
そう言いながら、手塚は何度も何度も、リョーマの手首に口づけを繰り返す。 
「……アンタが、記憶に上書きしてくれればいいんだよ」 
「え?」 
リョーマの呟きに、手塚はゆっくりと視線を上げる。 
「嫌な思いをしても、アンタが、すぐにそれを上回るくらいスゴイコト、してくれれば大丈夫」 
「リョーマ…」 
「そうすれば、オレは、たとえその嫌なことを思い出しても、すぐにアンタにされた『スゴイコト』を思い出して幸せな気分になれる、でしょ?」 
「………」 
手塚が目を見開いてリョーマを見つめる。 
「だから、お願い、国光。あの銀の力がまだ残ってるなら、満月の晩みたいに、オレを、『犯して』?」 
「ぁ………っ」 
手塚の身体が、ビクリと揺れる。 
「ぅ……っ」 
手塚の髪が、根元から色を失っていき、同時にサラリと長く伸びてゆく。 
「く……ぁ…っ」 
「国光……?」 
俯いていた手塚がゆっくりと顔を上げる。 
その瞳が、青みを帯びた銀色に輝いた。 
「ぁ…っ」 
いきなり、リョーマの身体が床に押し倒される。 
そのまま俯せにされ、下履きを一気に剥ぎ取られた。 
「あぁっ」 
双丘をグッと割り開かれ、晒された堅い蕾を手塚の熱い舌が舐め回す。 
「ん……あっ、はぁ、んっ」 
少し乱暴に舌が差し込まれて襞が解され、すぐに長い指が入り込んできて中を掻き回された。 
「あぁっ」 
指がどんどん増やされ、やがて四本の指が根元まで入るようになった頃、手塚は熱い衝動をなんとかして堪えるように息を乱しながら、ベッドサイドの引き出しを探ってローションを手にした。 
「く……っ、……ぅ…」 
手塚が低く呻きながら、最後の理性をなんとか保ち、リョーマの後孔にローションを多めに流し込んでゆく。 
「いいよ、国光、もう、大丈夫」 
「……」 
手塚の瞳が獰猛な光を宿しながらリョーマに向けられる。 
「国光……」 
そうして真っ直ぐにリョーマを見つめながら、手塚は自分のベルトを手早く外し、ファスナーを下ろして熱塊を取り出した。 
「………っ」 
手塚は視線をリョーマの後孔に定め、濡れてヒクつく蕾を食い入るように見つめながら、自身にも多めにローションを塗り付ける。 
やがて、ほとんど空に近いローションの容器を横に転がし、手塚はリョーマの腰をしっかりと掴んだ。 
「ぁ…国光…」 
「……っ」 
固く変形した大きな熱塊がリョーマの後孔にピタリと宛てがわれ、そのまま、手も添えずに真っ直ぐ奥へとめり込み始める。 
「ぅ…ん……あ……スゴ……おっきぃ……っ」 
ローションの助けはあるものの、いつも以上に大きく変形している肉棒は、簡単には奥まで迎え入れることが出来ない。 
「ぁ……あ……」 
「く……」 
手塚は時折肩で息をしながら、ゆっくりゆっくりと、それでも一度も引くことなく、リョーマの中を侵してゆく。 
しかし、自身の半分以上をリョーマに埋め込んだ辺りで、手塚はグッと歯を食いしばり、とうとう堪えきれなくなったかのように、そこから一気に根元までを無理矢理捩り込んだ。 
「ひぁぁぁっ!」 
リョーマの背が苦痛に反り返り、すぐに床に崩れ落ちる。 
手塚は何も言わず、肩で息をしながらリョーマの髪を優しく撫でた。 
「……国…光……いいよ……動いて…」 
「………」 
手塚は小さく眉を寄せ、リョーマの背中に口づけを落とす。 
「……愛してる、リョーマ」 
「ぁ……」 
甘い声で耳元に囁かれ、リョーマは苦痛を忘れて嬉しそうに微笑んだ。 
         
         
         
覚醒した手塚のSEXは半端ではない。 
普通の人間であれば、途中で抱き殺されているかもしれない。 
ヴァンパイアであるリョーマでさえ体力の回復が追いつかず、何度も失神させられては、胎内を抉る肉棒の激しさにまた意識を取り戻す。 
半月前もこうして手塚に貪られた。 
太く長大な肉剣で最奥まで貫かれ、掻き回され、引き抜かれることなく何度も胎内に射精される。 
喘ぎ続けて声は枯れ、擦られ続けた後孔は腫れ上がり、絶頂に至っても、リョーマの性器からはもう微かに濁った精液がポタポタと滴るほどしか出て来ない。 
それでも手塚はリョーマの身体を揺さぶり続け、胎内を抉り回し、絶頂に至れば最奥にたっぷりと吐精する。 
「ぅ、あ……あぁ……ぁ……っ」 
「ん……っ、くっ……!」 
もう何度目なのかわからない手塚の射精を胎内深くに受け止め、リョーマは飛ばされそうになる意識をなんとか繋ぎ止めて、力の入らない腕で手塚を抱き締める。 
「国光……あぁ……国、光…好き……」 
「リョーマ……っ」 
手塚はギュッとリョーマを抱き締めると、固さを失わないままの熱塊をゆっくりとリョーマから引き抜いた。 
「あ…っ」 
途端に、塞き止めていたものが外されたかのように、リョーマの後孔から濁った液体がドロリと大量に流れ出てきた。 
「ぁ、あ……」 
腫れ上がり、感覚もほとんどなくなっているリョーマの後孔は、閉じることもできずに、あとからあとから熱い濁液を溢れさせる。 
「や、だ……っ」 
恥ずかしさに頬を真っ赤に染めて手塚に縋り付くと、手塚は小さく笑って、再びリョーマの後孔に熱塊を埋め込んできた。 
「んぁっ、あぁ…っ」 
「リョーマ」 
だいぶ満たされてきたのか、手塚が落ち着いた甘い声音でリョーマの名を呼ぶ。 
リョーマがゆるりと顔を上げると、間近で美しい銀の瞳が優しく揺れていた。 
「ぁ……国…光…」 
「もう少し、大丈夫か?」 
「ん……いいよ……アンタが満足するまで、付き合うから…」 
自分のことを心配する手塚に気を遣っているわけではなく、本心から、リョーマはそう言った。 
もちろん身体はもうクタクタで、手塚の動きに合わせて腰を揺らめかせることさえ、出来ないでいる。 
それでも手塚に抱かれていたいと思う。 
もっと貪って欲しいと、思う。 
「離さないで、国光…」 
「リョーマ…」 
「好きだよ……大好き……」 
手塚の銀の髪を掬い上げてそっと口づけると、手塚が嬉しそうに微笑む。 
「明日も、明後日も、ずっと繋がっているか…?」 
「うん……いいよ……嬉しい…」 
「あぁ……リョーマ…」 
「ぁ……ん」 
再びユラユラと、手塚の腰が波打ち始める。 
「お前は、俺が、護ってやる…」 
「ぅ、あ……あ…っ」 
濡れた粘着音が次第に大きくなり、肉のぶつかる音が室内に響く。 
「あっ、あっ、あっ」 
「誰にも、お前を、傷つけさせない…っ」 
「あぁっ、ひ、あっ」 
大きく腰を回され、リョーマの身体がビクビクと揺れる。 
手塚に抱かれ続けてクタクタのはずの身体が、リョーマの心の歓喜を表すかのように、甘く震える。 
「もっと……もっと……国光……っ」 
(もっとオレを愛して、もっと欲しがって) 
「リョーマ……リョーマ……っ」 
「ぁ……あっ、あっ、はっ、ぁあ、あっ」 
嵐の中に放り込まれたかのように激しく揺さぶられながら、リョーマはうっとりと微笑む。 
これから先も、ふいに過去の幻影に惑わされることもあるかもしれない。 
だが、たとえ惑わされたとしても、自分の道を、想いを、見失わない自信が、リョーマにはある。 
(国光がいれば、何も怖くない…) 
どんな悲しみも、どんな苦しみも、どんな痛みも、手塚が傍にいてくれさえすれば、つらくはない。 
(アンタを失うことが、オレの、一番の恐怖なんだ) 
「あぁっ、あぁっ、んぁあっ」 
「リョー…、マ……っ」 
手塚があらん限りの力で抱き締めて来る。 
「あぁ……っ」 
リョーマの心が、甘い歓喜に満たされる。 
二人は今、心も身体も、完全にひとつに解け合っていた。 
         
         
         
         
         
         
         
朝の光の中で、リョーマはふわりと目を覚ます。 
結局昨夜は床で散々SEXをして、二人でシャワーを浴び、またベッドでも愛し合った。 
途中で手塚の『覚醒』は解けてしまったが、二人は飽くことなく身体を繋げ続け、甘い情事に耽った。 
(そう言えば、結界って……?) 
リョーマの目では、結界の有無はわからないが、手塚がドアの前に立つことはなかったから、今でもそのまま、この部屋を外界から切り離してくれているのだろう。 
(国光…まだ寝てる…) 
覚醒の起きた次の朝、手塚は遅くまで目を覚まさないことが、時折、ある。 
授業のある日はしっかりとアラームで目を覚ますが、今日のように休日だと、リョーマがベッドから離れない限り、暫く手塚は目を覚まさない。 
(キレイな顔…) 
銀の手塚は息を飲むほどに美しいが、普段の手塚も、そこら辺のモデルや俳優には負けないくらい、整った顔をしていると、リョーマは思う。 
この顔を近づけられて、甘い言葉を囁かれて、その気にならない女性はいないだろうと思う。 
(ま、そんなことしないだろうけどさ) 
クスクスとリョーマが小さく笑うと、手塚のキレイな睫毛がぴくりと動いた。 
「ぁ…」 
「ん……リョーマ…?」 
「おはよ、国光」 
そう言ってリョーマがチュッと手塚に口づけると、手塚は柔らかく微笑み、リョーマの身体をギュッと抱き締めてきた。 
「おはよう、リョーマ」 
ギュウギュウと抱き締められ、リョーマがクスクスと笑い出す。 
「……そういえば、昨日はごちそう食べそびれちゃったね」 
「ん…?」 
手塚は小さく目を見開くと、クスッと笑った。 
「そうか?俺は心ゆくまで味わったが?」 
「………ふーん」 
リョーマはちらっと手塚を見遣ってから、唇をつんと尖らせた。 
「あれで満足しちゃうなんて、まだまだだね」 
拗ねたようにリョーマがそう言うと、手塚は一瞬、目を丸くした。 
「…足らなかったか?」 
「べ・つ・に」 
素っ気なく言ってから、リョーマがぷっと吹き出す。手塚もつられるようにクスクスと笑い出した。 
「………アリガト、国光」 
「ん?」 
「オレね、すっごい、幸せ」 
そう言って微笑み、手塚の胸に頬を擦り寄せると、手塚が甘い吐息を零しながらリョーマの頭を優しく撫でた。 
「俺も、とても幸せで、満ち足りている。……すべて、お前のおかげだ、リョーマ」 
「国光がいないと、オレ、死んじゃうから、離さないでね」 
「離すものか。……お前も、俺から離れないでくれ」 
「離さないよ」 
リョーマが身体を起こし、手塚の瞳を覗き込む。 
「ね……、昨夜、意識のないオレの声がアンタに聞こえたのは、オレが持ってる『銀の枷』のせいだけじゃないと思うんだ」 
「え…?」 
「オレと国光は、もう、離れられないほど、魂ごと結ばれ始めてるんだよ」 
「魂ごと……結ばれる…」 
リョーマは柔らかく微笑みながら頷く。 
「きっとオレ、国光と引き離されたら、魂が死んじゃう」 
「リョーマ…」 
「アンタは、オレの、魂の半分だ」 
「……っ」 
手塚は大きく目を見開き、そして、瞳を揺らしながら微笑んだ。 
「……俺の、お前への想いは、もう『愛してる』じゃ表せないほど大きく、深いものになっている気がしていた。……そうか、お前は、俺の魂の片割れだったんだな」 
「うん」 
微笑んでリョーマが頷くと、手塚もさらに笑みを深くして頷いた。 
「リョーマ」 
「なに?国光」 
「……それでも俺の想いは、愛してるとしか、言い表す言葉がないんだ」 
「充分」 
笑いながら、リョーマから手塚にそっと口づける。 
「俺は毎日お前に恋をしている。これからもずっと、俺は、お前に恋をし続ける」 
「オレもだよ、国光。毎日毎日、アンタのこと、どんどん好きになる。アンタと出逢って、こうして一緒に過ごすようになって、『好きになること』に限界なんてないんだって、わかった」 
二人の視線が、甘く絡み合う。 
「国光、いい匂い」 
「お前も、甘い香りがする、リョーマ」 
堪らなくなったように、二人は互いを引き寄せて口づける。 
甘い舌を絡め合い、互いの唇を柔らかく噛み、少し離れては微笑み合って、また深く口づける。 
リョーマが、疼き始めた下腹部を手塚に擦り付けると、手塚の雄もすでに反応を始めていた。 
「ぁ……」 
「するか?」 
「うん……欲し…」 
だが、二人が互いの性器に手を伸ばそうとした途端、ドンドンと、ドアが叩かれるのが聞こえた。 
「え?」 
「……結界が、すでに効力をなくしていたか…」 
「え?いつから?」 
「さあな」 
二人がそんな会話を交わす間も、ドアはドンドンと叩かれている。 
「クニミツー、リョーマ、大丈夫かぁ?具合悪いんだろう?二人とも、もう平気か?」 
ドアには鍵もかけてあったので、あられもない姿をすぐに見られることはなかったが、二人は苦笑しながら急いでパジャマを身につける。 
「クニミツ!」 
手塚がドアを開けると、昨夜のハロウィンパーティを主催した友人が心配そうな顔で立っていた。 
「すまなかった、昨夜、急に二人とも腹が痛くなって」 
「そうだってな。もういいのか?」 
「いや、まだ少し」 
「え!そうだったのか、起こしちゃってすまない!」 
手塚が苦笑すると、その友人は慌てて手にしていた紙袋を手塚に渡し、「お大事に」と言って立ち去った。 
「あれ、もう行っちゃった?」 
「ああ」 
手塚が肩を竦めると、リョーマも同じように肩を竦めた。 
「それ、なに?」 
「ん?さあ」 
手渡された紙袋を覗き込み、手塚が笑う。 
「なに?なにが入ってんの?」 
クスクスと笑いながら手塚に紙袋を手渡され、その中を覗き込んで、リョーマは顔を引きつらせた。 
「……余計ハラ壊しそう」 
袋の中には、いかにも身体に悪そうな蛍光色にも見える色づけを施された、クッキーの数々。 
「ハッピーハロウィン、リョーマ」 
「ハッピー……かな…?」 
溜息を吐くリョーマを、笑いながら手塚が抱き締める。 
         
昨夜の出来事がただの夢であったかのように、今日も幸せで甘い一日が、始まった。 
         
         
        
        ●●● END ●●● 
         
        
        
         
 
        
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        20081031 
         
         
         
 
        
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